故郷を追放された落ちこぼれの少年は、最強の魔力で冒険者としてまっすぐ生きます

天野わたぐも

第1話 たったひとつ、残ったもの


「エミル、お前を村から追放する」


 焼け落ちた家の前で、僕は追放を言い渡された。


 村のはずれにある僕の家。


 赤子の頃に拾われた僕は、そこでじいちゃんと7年。


 じいちゃんが亡くなってからはひとりで3年。


 合わせて10年、ずっと過ごした大切な家だ。


 昼間は普通に家を出たのに、夕方戻ると焼け落ちていた。


 焼けあとの前で待っていたのは、見知った3人。


 なかでも20代の若さで村のおさを務めるレヴァンが、僕に追放を宣言してきた。


「えっ……? なんで家がなくなってるの? それに追放って、どういうこと?」


 状況が飲み込めずに、僕は立ちつくす。


「とぼけんな! 家が燃えたのも追放も、お前が魔法を使ったからだろうが!」


「私たちはね、火のついた家からキミがあわてて逃げるの、見てたんだよ」


 レヴァンと一緒にいた2人、グラッグとジュリアがそう言って笑みを浮かべる。


「このテセロムの村では剣技を重んじ、村のなかでの魔法や魔道具を禁止している。なのにお前はそれを破って魔法を使い、家を燃やしてしまったというわけか」


「ち、違うよ、僕じゃない! 家を出たとき火なんてなかったし、それに僕は魔法が使えないんだ」


 疑うような目を向けてくるレヴァンに対し、僕はあわてて否定した。


「冒険者だったあのじいさんだ、魔法や魔物に関する本が家にいくつもあっただろ」


「それはあったし読んでもいたよ。でも僕は魔法が使えたことはないんだ。今日だって村の外で練習したけど、一度もできないんだ」


 村の外なら魔法は禁止されていない。僕はそこで今まで何度も試してみた。


 でもどれだけ魔法を唱えても、発動のきざしすらみられない。


 生まれてこれまで、魔法を見たことがないせいか、または別の理由か。


 魔法の感覚を、まるでつかめないでいた。


「おいおい、お前。剣だけじゃなく魔法もダメなのかよ。はっ、だっせー」


「剣の方もぜんぜん勝てないのにね。村で一番強いレヴァンとは大違いでさ」


 グラッグとジュリアが僕を見て笑う。


 実際に僕の剣の腕前は言われた通りで、模擬戦でも誰にも勝てたことはなかった。


 だから弱いのは事実だしくやしくはあるけど、言われるのは仕方ないのかな……。


 でも身に覚えのないことは、ちゃんと否定しなきゃ。


「たしかに弱いのはそうだけど、僕はやってないよ!」


 必死にうったえた。


 グラッグとジュリアは思い違いで僕を犯人と考えてるみたいだけど。


 レヴァンなら信じてくれるかもしれない。


 レヴァンは弱い僕をよく模擬戦の相手にさそってくれる。


 いつも手も足も出ずボコボコにされるけど、見捨てず何度も相手をしてくれた。


 少し怖いところはあるものの、面倒見の良いレヴァンならきっと信じてくれる。


「落ちこぼれは魔法に関しても落ちこぼれか。まあグラッグとジュリアの話をふまえると、家でこっそり魔法を使ったらまぐれで発動し、制御できず家が燃えて怖くなりそのまま逃走、というところだな」


「レヴァン、僕じゃないよ! グラッグとジュリアはきっと見間違いをして――」


「言い訳するな! 見苦しいぞ!」


 レヴァンが急にどなったので、僕は体がビクッとなってしまう。


 信じてくれると思ったけど、そんな感じじゃないみたい。


「改めて言おう、エミル。村の掟を破ったお前を追放する。今後この村に勝手に近づけば命はないものと思え」


「そ、そんな……、僕は、違うのに」


 レヴァンの決定に、僕はとまどいを隠せなかった。 


「おい、追放が決まったろ。早く行かねえと、この場で斬られて死ぬことになるぜ。準備はいらねえだろ、なんせ全部燃えちまったんだからよう」


「見た感じ持ってるの木剣くらいかな。なにも持たずに出ていくようなものじゃん、かわいそー」


 グラッグとジュリアが笑っている。


 人の笑顔は好きだけど、これはなんだか怖いような気がした。


「……わかったよ。この村を出ていけばいいんでしょ」


 僕はうつむき、気持ちを振り絞ってそう答えた。


 村で問題が起こったとき、必要に応じて罰を与えるのは村の長の役目だ。


 村の長であるレヴァンが追放すると判断している以上、どうしようもない。


 それに家が燃え、疑われて、追放まで言い渡され、心が限界だった。


 僕は涙をこらえながら、村を去ろうとする。


「ああ、そうだエミル。最後にお前に渡す物がある」


 不意に声をかけられ、振り返ってみると。


「これだけは燃えずに残っていてな。じいさんが残した大切な物なんだろう?」


 レヴァンの手には、見覚えのある冒険者タグが握られていた。


 じいちゃんの冒険者タグだ。


「ほらよ」


 冒険者タグがこちらに向かって投げられる。


 全部燃えて無くなったと思ったけど、これだけは無事だったんだ。


 ああ、よかった。


 じいちゃんの物がひとつでも残っていたことに、僕は喜んだ。


 投げられたそれを受け止めようと、手を伸ばし。


「ファイアボール!」


 えっ、あれ? 魔……法……?


 理解が追いつかぬまま、僕は衝撃で後ろへ倒れる。


 じいちゃんの冒険者タグは、僕の手元には届かなかった。


 レヴァンの手から放たれた炎の球が、空中で燃やしてしまったから。


「あっ、ああっ……」


「「「あははははははははっ!」」」


 涙でぼやけた視界の先から、3人の笑い声が聞こえてくる。


「ううう、な、なんで……?」


「弱いお前が以前から気に入らなかったんだ! だから模擬戦と称していじめてやったのに! 痛めつけられて泣き顔でも見せればいいものを、気にしてませんみたいな顔しやがって! どこまでも腹が立つやつだ、弱いくせに強がってんじゃねえよ!」


 レヴァンの言葉は聞こえているのに、意味が頭に入ってこない。


 なんで? どうして? 僕のなかをそんな思いがずっとかけめぐっている。


「だから燃やしてやったのさ、今みたいにお前の家も俺の魔法でな! おっと、言っておくが他のやつに伝えてもムダだぞ。やったのはお前だと俺たち3人が証言するからな。村の長である俺を含めた3人と落ちこぼれのお前、どちらが信頼されるかは、お前程度の頭でもさすがにわかるだろ?」


 燃や……した? レヴァンが? 僕の家を?


 悪い冗談に聞こえるけど、冗談じゃないと心の痛みが知らせてくる。


「さすがレヴァンだな! 燃やす前にアイツの家から冒険者タグなんて持ち出してどうするのかと思ったが、こう使うとは考えつかなかったぜ」


「きゃー、レヴァンってば剣が強いだけじゃなく魔法までできちゃうんだ。でもー、村のなかで魔法使って大丈夫なの?」


「ばれなければ使ってないのと同じだ。しかしひどい顔だなエミル。ここからでも涙でぐしょぐしょなのがわかるぞ」


 3人の楽しそうな声が、いやでも耳に入ってくる。


「落ちこぼれのお前にお似合いの姿だ。じゃあな、二度と村には近づくなよ」


「うう……うわああああああああん」


「「「ははははははははははは!」」」


 僕は声をあげて泣いた。


 くやしくて悲しくて、ひたすら泣きつづけた。


 去っていく3人の声が聞こえなくなっても、泣きやむことができなかった。



 ◇◇◇



「エミル。エミルや」


 ぼんやりとした意識のなか、僕を呼ぶ声が聞こえる。


 聞き覚えのある声、なつかしくて優しい声だ。


 ぼやけていた視界が形をとらえ始める。


 僕は住みなれた自分の家のなかにいた。


 目の前のベッドではじいちゃんが横になっている。


「いいかいエミル、わしはもう長くない。充分過ぎるほど生きたからわしのことはいいんじゃが、お前をひとり残してしまうのだけが心残りでな」


 そんなこと言わないで。ずっとそばにいてよ。


「生きていればこの先、つらいことや悲しいこともあると思う。しかしなエミル、それでもお前にはまっすぐな気持ちで生きていてほしいんじゃ。そうすれば暗闇のなかでも、きっと光がみつかるからの。わしにとっての、お前のように」


 ベッドに寄りそう僕の頭に、じいちゃんの手が乗せられる。


 この温もりと心地よさが、いつまでも続いてほしかった。



 ◇◇◇



「……ん……じいちゃん……」


 目を開けると朝日がまぶしく、身体には硬い地面の感触があった。


 どうやら泣きつかれて、あのあと眠ってしまったみたい。


 僕は立ち上がりながら、さっき見た夢のことを思い出していた。


 なつかしいな。あれはじいちゃんが亡くなる前に、実際にあったできごとだ。


 振り返って、焼けてなくなった家の跡を見た。


 もの悲しさが胸の奥からこみ上げてくる。


 でもいつまでも悲しんでたら、きっとじいちゃんが心配するよね。


「大丈夫、まっすぐ生きるよ」


 じいちゃんの残してくれた物は全て燃えてしまったけれど。


 想いは僕の心に残ってるから。


 それを大事にしていこう。


 僕は顔を手でぬぐうと、前を向いて歩き出した。




――――――――――――――――――


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