第31話 ミニスカ女将軍が現れた。緒方シンのコラボ衣装だろうか

 ん?

 今度は軍服なんだけど違和感のある格好の女性が近寄ってくる。

 GameEvent11は軍服といえば軍服なんだけど、戦場の兵士が着るような服ではなく、基地司令部にいる将軍のようなコートを着ている。胸や肩が勲章や金色の刺繍で飾られていて、如何にもお偉いさんという感じだ。

 ただ、髪は銀色で下はミニスカート。VTuber緒方シンのデザインを反映した、コラボ衣装というやつだろう。


「よう、カズ」


 ジェシカさんだと分かっているのに、僕の口からは「Sinさん、ちわっす」と普段の挨拶がこぼれた。


「アリサがゲームに熱中するのが目に見えているから、その分、オレが多めに周辺機器の紹介をする。だから悪いんだけどゲームが始まったら、お前と話している余裕がなくなる」


「あ。構いませんよ。僕の声が配信にのらないってことですよね? その方が気楽です」


「そう言ってくれるとアライグマ助かる。またな」


 ジェシカさんは去っていった。普段なら言わないような『アライグマ助かる』とかいう謎の言葉を口にしていたが、もしかして、配信用の人格が漏れたのだろうか……。


『みなさん、準備はよろしいでしょうか』と、室内のスピーカーから音声が聞こえてきた。


『本日はゲーム内チャットを使用してもらいます。近くにいる全プレイヤーと会話可能です。味方だけでなく、相手チームにも声は聞こえるので、作戦の相談は慎重に。ゲーム機器の故障や体調不良などでゲームを中断する場合はVRゴーグルを外して、イベントスタッフを呼んでください。それでは、「準備完了」を押してください』


 司会らしき人の指示に従い、僕は画面の『準備完了』にカーソルをあわせて、コントローラーのトリガーボタンを押した。


「ヤバい。緊張で指が震える」


 ゴーグルを上にあげて右隣を見ると、アリサが身体の調子をたしかめるように、ライフル型コントローラーの銃口を素早く小刻みに動かしている。


 左隣を見ると、ジェシカさんもライフル型コントローラーを構えていた。


「うわっ……。カッケぇ」


 女性としては長身のジェシカさんがライフルを構える姿は様になっていた。


 銃床――銃口とは反対側の端――を肩に当てて、しっかりと固定している。

 本で見た『射撃訓練をする兵士』の写真にそっくりな姿勢だ。まあ、全身タイツだけど……。


 見とれていたら、いきなりジェシカさんが銃口を僕に向け、不敵な笑みを浮かべる。

 声は聞こえないが「バン」と口にしたようだ。


「うっ」


 玩具だから弾が出るはずもないのに、心臓に衝撃を感じた。

 本当に撃たれたかのように激しく脈打つし、出血したのではないかというくらい、顔や胸が熱くなった。


 胸を押さえていた手を離すと、もちろん血は出ていない。


 僕の様子がおかしかったのかジェシカさんが口を開けて笑っている。


 つい、くらっと眩暈がしてしまった。

 自己紹介のときにジェシカさんから撃たれた人達も、同じ衝撃を感じていたのだろうか。


 襟元をぱたぱたと扇いでみたけど、ゲームのロード中に動悸が治まることはなかった。


 いけない、いけない。

 もうすぐ始まるし、ゲームに集中しないと。

 優勝賞金でVirtual Studio VR Ⅲを買い、これからもSinさんとゲームするぞ!


 ローディング中に表示されるテキストによれば、ステージは森の一画、数キロメートル四方が戦場になったようだ。


 深い夜の森なんだけど、炎上した軍用車両が周囲を照らしていたり、掘った穴にガソリンか何かを入れて作った焚き火が有ったりして、明るい場所もある。

 さらに、上空に照明弾や曳光弾が行き交ったりして不定期に明るさが変化する。


 やりこんでいないからマップの要所がどこかは分からない。

 行き当たりばったりでやるしかないな……。


 ゲームルールはシリーズ伝統の、12VS12の『占領戦コンクエスト』。

 拠点を制圧し続けるか敵兵を倒すとポイントが入り、先に100ポイント入手したチームの勝利だ。


 2ラウンド先取の2本勝負で、決着が付かなかったら『殲滅戦デスマッチ』で戦うらしい。

 1ラウンド目は僕達配信者チームが米軍を操作し、アスリートチームがソ連軍を操作することになった。

 やー。警察とマフィアのカーチェイスモードならスティック操作でいけそうだから実際に走らずに楽ができるかもと思ったけど、そう上手くはいかない。在日米軍がイベントにゲスト参加しているから、多分、イベント中はミリタリー系のマップやキャラを使うことになるんだろう。


 僕は初期装備にアサルトライフルを選択し米軍拠点に出撃。


 周囲を見てみれば、想像以上に初心者が多いようだ。


 みんな操作方法が分からないまま適当にボタンを押しているらしく、発砲したり手榴弾を投げたりしている。匍匐前進で木をよじ登ろうとしているのは、ふざけているだけか……?


 あ。手を振ったりお辞儀したりしている人もいる。

 なるほど。みんな配信の挨拶をしているんだ。僕以外の人はトレッドミル床コントローラーの感想を言う必要もあるだろうし、すぐには行動できないだろう。


 とりあえずどこから攻めるか……。


 僕はジェシカさんとアリサに近づき、いったん待つ。

 ふたりは正面の誰もいない空間に向かって手を振り、上半身を左右に揺らしている。ゲームチャット以外のところで喋っているらしく声は聞こえない。配信の挨拶だろうから邪魔はできない。


 アリサもジェシカさんも、本当にVTuberなんだ……。


 この間、敵が進軍しているのかもしれないけど、アスリートチームも個人かイベントスタッフか何かしらによって撮影されたり配信したりしているだろうから、最初の動きは遅いかもしれないし、焦りは禁物。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る