第30話 射撃訓練場に、なんか出演作品を間違えたかのような少女が来たぞ……

 初期設定とチュートリアルを終えたあと、ゴーグルを外して床コントローラーから降りて、軽く息を切らしていたら、ふと気づいた。


(え? 待って。リアル身体能力が反映されたら、僕、クソザコにならん?)


 スティック移動じゃないからガチで疲れるし、走ったらアスリートに勝てるはずないし……。


 僕の不安を余所に、イベントの準備は進んでいく。

 ゲーム台の近くに机が置かれて、FPS専用の特殊コントローラーがズラッと並ぶ。


 ハンドガン型コントローラー 7,800円。

 アサルトライフル型コントローラー 19,800円。

 スナイパーライフル型コントローラー 24,800円。


 たしかそれくらいのお値段。親のお下がりゴーグルで遊んでいる僕が、ほしいと思っても、購入を検討したことすらない周辺機器がズラッと並ぶ。

 でも、僕は使い慣れたバチャスタ標準のコントローラーで参加するつもり。


 スタッフが大会ルールを説明しているのを聞きながら、僕はつい右隣スペースのアリサに見とれてしまった。


 アリサは手慣れた様子でアサルトライフル型コントローラーを構え、足踏みをし、さらにはアヒルみたいにお尻をふりふりしている。


「スケール感、おかしい……」


 アサルトライフル型のコントローラーはM16A4をモチーフにしているらしく、長さは約1メートルだ。

 アリサの身長は140センチメートルもない?

 ライフルを構えているというより、ライフルに抱きついている感じだ。

 全身タイツのゴーグル少女が大きな銃を持ち、歩いているのにその場に留まり続けているのは、なんとも奇妙な光景だ……。

 アリサやジェシカさんが使う床コントローラーの方がデカいし上半身を固定する支柱がないし、多分だけど高額で精度がいい。知らんけど……。


「Nnn……」


 アリサは調整に満足したらしく、嬉しそうに鼻から息を吐いた。


 視線に気づいたアリサがニコッと微笑み、お尻を僕に向けて振る。お尻の輪郭がくっきり見えるんだけど、恥ずかしくないのかな……。


「Hey. Fucking A My ass hole!」


 かわいらしい声なのに、ピー音に差し替えたいくらい下品な内容だ。

 意味、分かって言っているのかな。


「オッケー、ブロ……」


 一応返事したけど、僕の表情は引きつっていただろう。


 アリサの言葉を多少無理してお上品に訳すなら『オレのケツを舐めろ』になる。

 これは『ケツを舐められる位置にいろ』という意味で、転じて『オレについてこい』という意味になる。ゲームに出てくる海兵隊が使う言葉だ。


 アリサは絶対、数年後に意味を正しく理解して苦しむはず。


 僕が中学生のとき、ネットのBoD掲示板に『Kazu1111強すぎ。土煙のように不意に現れては敵部隊を混乱に陥れるから、これからは彼のことを「土煙のカズ」と呼んで尊敬しようぜ』と書きこんだ黒歴史が消えないのと同じだ。

 いまだに僕のことを土煙と呼ぶフレンドがいる。つらい。

 あの頃の僕は国内でも有数のつよつよクランに所属していたから、気が大きくなっていたんだ。許してくれ。


 いつかアリサも黒歴史に苦しむだろう。


 僕は色々といたたまれなくなったのでゴーグルを装着した。ゲームが始まっていないから僕からはまだアリサが見えているが、これでアリサからは僕の表情は見えない。


 僕はBoDを起動し、射撃訓練施設に移動した。

 訓練施設には銃器がひととおり揃っているだけでなく、ヘリコプターや戦車や車両もあり操作の練習ができる。


 僕はリアル歩行とスティック操作を交互に使い、訓練場をうろついてみた。

 スティックの方が楽だけど、リアルで歩く方が細かい調整ができる。物陰から上半身を出したり引っこめたりするとリアル体力を使うけど、使いこなしたら鬼強いぞ、これ。


 僕が練習していると、広い訓練場のあちらこちらに、ちらほらと他プレイヤーも現れ始めた。

 みんな、土色の地味な野戦服を着ているけど、ちゃんと女性プレイヤーは女性兵士アバターになっている。身長と体格も違うので、同じ服装でも遠目に違いが分かる。


「ん?」


 な、なんだ。

 なんか場違いなグラの、小さいヤツがいるぞ。頭上に浮かんだIDはGameEvent10だ。

 多分、アリサだ。


 BoDは警察マフィア抗争モードもあるけど、メインはミリタリー系だ。キャラクターのカスタムに用意されたパーツはミリタリー系の物が多い。


 なのに……。

 水色のドレスに白いエプロンを重ね、うさ耳リボンをつけた小柄な少女がいる……。

 一見すると不思議の国のアリスって感じだけど、エプロンの上に弾帯を袈裟懸けにしているし、肩の上から背中のアサルトライフルがはみだしているし、ゴツいブーツを履いている。


 顔は、可能な限り可愛いくしようとした努力の痕跡は見えるが、彫りが深くゴツい。


「えっと、何それ……」


「アリサのコラボ衣装!」


「あ、そうなんだ……。敵からすぐに見つかりそう……」


「じゃあ、私がヘイト集めたらカズが敵を倒してもいいよ!」


「あ、うん」


「私を囮にしたら、カズも頑張ればキルレート1.0行くかもね!」


「キルレか……」


 僕のBoDⅡでの対人キルレートは0.6だ。

 これは、6回敵を倒す間に自分が10回死ぬということを意味している。まあ、つまり、僕は撃ちあいが弱い。


 いや、いいんだよ。

 僕は弾丸を配ったり仲間を治療したり、攻撃目標を破壊したりして、立ち回りでチームに貢献するプレイスタイルだから。


 なお、ジェシカさんとアリサはOgataSinというアカウントを共有していたから、それぞれの成績は分からない。ふたりともキルレート1を越えているだろうけど、アリサの方が低いだろう。突撃馬鹿モードのSinさん、つまりアリサは殺しまくるが死にまくる。


 僕たち3人を比較すると、同じ試合の結果なら……。

 僕6キル10デス20アシスト。

 ジェシカさん10キル3デス10アシスト。

 アリサ20キル15デス2アシスト。


 だいたいこんな感じの違いが出る。


 ファンタジーで例えると、僕がタンク、ヒーラー、支援魔術士を臨機応援にスイッチするタイプ。

 ジェシカさんが勇者や魔法剣士みたいな万能タイプ。


 アリサは攻撃力特化の狂戦士。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る