第29話 トレッドミル床コントローラーの初期設定をする

「カズさんも機材チェックお願いします」


「あっ、はい」


 うわっ。僕までスタッフに呼ばれた。タイツ着てないけどいいのかな。あ、いや、僕はVTuberじゃないからタイツは要らないんだけど。

 招かれた先は、広い会場に並んでいたのと同じ、トレッドミル床コントローラーだ。


「本日使用するのはトレッドミル床コントローラーと言って、歩いても体が前に進まない装置です。全方位対応のルームランナーみたいなものです。専用の靴に履き替えていただきます。靴のサイズはどれくらいですか?」


「に、26です」


「では、こちらのミドルサイズを使用してください」


「は、はい」


 専用の靴を履いてから僕は、いよいよ床コントローラーに乗った。いまのところ、ただのデコボコした床だ。普通に歩ける。

 服のようなものを着ることになるだろうから、そっちに背を向ける。


「それではハーネスを装着しますので、腕を横に広げて、じっとしてくださいね」


「は、はい」


「緊張しなくても大丈夫ですよー。締め付けが苦しかったら言ってくださいね」


「は、はい」


 ムリムリ。こんなハイテクを使うなんて、緊張するよ。SFだよ、こんなの。

 準備を終えたらしきアリサがやってきてじっと見つめてくる。

 あ……。なんか、間抜けな格好が面白いから、見ているとちょっと落ちつく。


「基本的にひとりで脱着が可能な作りになっていますので、外すときは今とは逆に、腰のここと、胸のここを開いてください」


「は、はい」


「それでは、こちらのVirtual Studioを装着してください」


「は、はい」


 もう同じ言葉しか繰り返していない気がするが、僕はスタッフさんの指示に従ってVRゴーグルを装着する。


「センサー調整アプリが起動されるので、画面の指示に従ってください」


「は、はい」


 ああっ。もう、最初に「は」ってどもるのをやめたいのに、どうしても言ってしまう。


 ゴーグルには、緑一色の地面と、灰色の細い道が表示された。最初期の3Dレースゲームみたいだ。


『道に沿って歩いてください』と表示された。


 え、いや、でも、歩いたら、台から出ちゃわない?

 僕は恐る恐る一歩踏みだす。


 え? あれ?


 たしかに僕はリアルで足を踏みだし前に進んだ。

 ゲームグラフィックも移動した。

 2歩、3歩と移動してみる。でも、僕は台から落ちた気がしない。

 もう一歩進む。次はもう少し強めに……。

 待って、待って。歩ける。普通に歩ける。


「僕、床コントローラーに乗ってますよね?」


 不安になった僕が尋ねるとスタッフさんが「大丈夫ですよー」と応えてくれた。

 さらに、アリサが「もっと早くしても大丈夫だよ」と楽しそうに付け加えてくる。


「え、いや、でも……。あっ。画面に『走ってください』って出た!」


「ほらほら、カズ! 走っても大丈夫だよ。こっちこっち!」


「はい。走ってみてください。本日のイベントに参加されるアスリートチームにも同じ物を使っていただきますけど、短距離走の選手が走っても大丈夫でしたよ。遠慮なくどうぞ」


 もう何回目か分からない「は、はい」を口にしてから僕は恐る恐る走りだす。


「もっと速くても大丈夫だよカズ。ほら。私、さっきから前で喋ってるけど、ぶつからないでしょ?」


「う、うん」


 マジだ。どうなってんだ、これ。僕は走っている。普通に息が切れて苦しい。

 なのに台から落ちてアリサに激突することはない。すげえ。これが、ハイテクコントローラー!


「うっそだろ。ジャンプしてって出た! していいの?!」


「いいですよー」


「いいよ! カズ、ジャンプして! 私に抱き着いていいよ!」


 スタッフさん、おまけにアリサが許可をくれたから僕はジャンプする。

 ゲーム内画面の映像も跳びはね、やがて着地。


 すっげえ。なんの違和感もない。


「ん? なんか自動販売機みたいなのが出てきた。5番を押す?」


 僕は画面の指示に従い、四角い物体に複数あるボタンのうち、5と書いてある物を指先で押してみる。


「すごい! 本当に押してる気がする!」


 どうなってんだ、これ。手にはコントローラーを握っているだけで、別に普段と違う機材で指を覆ったわけでもないのに、感覚までフィードバックしてくるの?


「次は3番か。うわあっ!」


 3番のスイッチを押したら、急に指が何かに締め付けられた。僕は反射的に指を引く。しかし、何かに掴まれてる?

 強めに引いたら振りほどくことはできたが、たしかに指に何かが触れていた。なにこれ。バーチャルとは思えない。


 僕がゴーグルを額の方にずらすと、正面のアリサが顔を背けて、肩をプルプルさせていた。


「……イタズラした?」


「うくくっ……!」


「僕の指、掴んだ?」


「な、なにも、してない……。いひひひっ……!」


 スタッフさんを見ると、彼女も笑いを堪えていた。いや、これ、絶対、アリサが悪戯したでしょ。


 その後、初期設定を再会。画面の指示に従い、体を右に向けたり、左を向けたりした。


 やっべえ。ただの設定変更に過ぎないのに、楽しすぎる。

 マジで現実世界の動作が画面に反映される。しゃがめるし、階段の上り下りもできるんだけど、どういう仕組みになってるんだろう。マジヤバ。


 なお、伏せだけはできないので、ボタン操作だ。

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