第三章 アスリートチームとの試合。ちょっとトラブったけど絆は深まる?

第28話 顔出しNG者用の部屋に案内される

 ゲーム会場は暗幕を降ろした視聴覚室みたいな部屋だった。

 まだ観客は入っていないらしく、分厚い扉を閉じると、室内は静かになった。

 マネージャーさんは僕の手を放すと、なぜか上機嫌そうなスキップで前方へ向かった。「わかさぶん吸えた~」と言っていたが、わかさぶんって何?


 部屋の左右離れた位置でゲーム台らしきものが2列に並んでいて、明かりが中央に光の道を作っている。


 幻想的な光景だ。

 進むにつれて、深夜こっそり親に内緒でゲーム機の電源を入れるような、いけないことをしている感が背筋を這い上がってくる。


 あ!

 人型ロボットのプラモデルを立たせる台座みたいな器具が左右に並んでいる。トレッドミル床コントローラーだ!

 足下が球状ローラーの集合体になっていて、プレイヤーは床コンの上で歩いたり走ったりしても、その場に居続けることになるらしい。

 床コンの端から支柱が伸びていて、そこに、救命胴衣みたいなやつが着いている。あれを装着して、台の上で走るらしい。


 うっわ。早く遊んでみたい!


 床コンだけでなく、コントローラーに接続する銃型アタッチメントも各種用意されているようだ。


 最高すぎる。

 やっべ、ついさっき嫌なことがあったばかりだけど、わくわくしてきた。


 移動中に漏れ聞こえてきた情報によると、大会初日の今日は午前中に僕達配信者チームとプロスポーツ選手チームが対戦し、午後に在日米軍チームとBoDプロチームが対戦するようだ。


 2日目の明日、勝利チーム同士が戦い、優勝が決まる。優勝賞金100万円、山分け、狙うぞ!

 初戦がスポーツ選手チームなのは幸いだ。

 いくらリアルでの身体能力が高くても、ゲーム自体は初心者だろう。BoD経験者の僕とSinさんがいれば、圧勝……! のはず……!


「Hey! カズ、下痢みたいな顔してるよ? ハンカチは多めに持ってきた?」


 薄暗い室内を奥に向かう途中、アリサが弾むようにして振り返った。


「持ってきてないけど……」


「えっ。私に負けて泣くんだから、10枚は持ってこないと!」


「あー。そっか。僕に負けて泣くアリサに貸すハンカチを持ってくるべきだったか……。ごめんね」


 アリサは、むーと唸りながら奥に向かい、最奥のゲーム台の前に立った。

 しかし――。


「アリサ。オレ達はこっち」


「え?」


 ジェシカさんがマネージャーさんと一緒に、ゲーム台の列を通り過ぎていき、手招きしている。


「ここはあっちの観客席にお客さんが入るし、会場の様子も配信に映る。だから、オレ達は別室だよ」


「はーい」


 あ。そっか。そういえば、ジェシカさんもアリサもVTuberなんだっけ。


 僕は立ち止まり、知り合いがいない場に取り残される不安に襲われかけるが「おいおい、カズ。お前もこっち」とジェシカさんに招かれる。


「え? 僕も?」


「カズも顔出ししていない配信者だから」


「あ。そういう扱いなんですね」


 ということで、僕達は奥にある別室送りとなった。


 メイン会場に比べるとかなり小さい部屋なんだけど、随分と様相が異なる。

 トレッドミル床コントローラーが部屋の中央に一台だけあり、奥と手前は、何か得体の知れない空間となっていた。

 先程まで見てきたトレッドミル床コントローラーとは別種の床コントローラーが置いてあり、その周辺を、七五三の撮影でもするかのように棒が何本か立って囲いを作っている


 なんなんだ、あの領域テリトリーは……。


 さて、僕が室内の光景を観察している間にジェシカさんとアリサは、マネージャーさんに連れられて、さらに奥に移動し、室内だとは思うけど板で隔たれた位置に消えた。


 僕は、最初から部屋にいた見知らぬ女性2人とともに取り残された。めちゃくちゃ気まずい。

 幸いなことにスタッフらしき女性陣は初めこそ「誰こいつ」という視線を向けてきたけど、すぐに何やら機材を操作し始めて、僕の存在を忘れてくれた。


 けっこうな時間が経った。僕は自分のVRゴーグルを出してBoDの練習でもしようかと思ったけど、室内にいる人達に不審がられるだろうし我慢した。

 いや、でもゲームイベントにいるスタッフだろうし、別に僕がVRゲームしてても怪しんだりしないよね?

 などと何度も考えがグルグルしていたら、ようやく、奥に行ったジェシカさん達が戻ってきた。


「海に潜るんですか?」というのが僕の第一印象。姉妹は、ボディラインがくっきり出るピチピチの全身タイツみたいなのを着ている。

 アリサの方はストーンッて感じだから構わないんだけど、ジェシカさんが大人の女性であることをこれでもかというくらい強調しているから、僕は直視できない。


「では、緒方アリサさんからセッティングします。こちらに来てください」


「はい」


 アリサはスタッフに呼ばれて、棒で囲まれた位置に移動した。


 いったい何をするんだろう。ジェシカさんが僕の方に近づいてくるけど、近づけば近づくほど彼女がエッチな格好をしているように見えてくるから、僕はアリサが何をするのか興味があるフリをしてそっちに意識を集中した。


「ん。気になる? これは3D配信のモーションキャプチャーをするための機材。オレ達の体にいくつかセンサーがついているだろ? アレを周囲のカメラで撮影して、CGに人間と同じ動作をさせるってわけ。ほら。普段はスタジオで別の機材を使っているんだけど、今日は持ち運べる機材を使っているっぽいな」


「なるほど……。ふたりって、本当にVTuberなんですね……」


「うん。でも、カズは気にしなくていい。ウケようとして変なことを言う必要もない。いつもどおりにしてくれ」


「はい」


「今日はコラボ案件で、機材の宣伝がメインになってくるから、悪いんだけどオレはカズのことは相手してやれない」


「あ、はい。Sinさんが無言なのは、まれによくあることなので了解です。……あの、なんで僕が真ん中になる配置なんですか?」


「ああ。センサーが離れていた方が誤作動しづらいからじゃね? それか、単に機材の配置の都合」


「なるほど」


「さて。アリサの準備ができたみたいだからオレの番だな」


 ジェシカさんは数歩進み、くるりと振り返ると両手で自身の腰辺りにあるセンサーを指さす。


「乳首ッ!」


「……犬じゃあるまいし。そんな低くないでしょ」


 僕は全精神力で、呆れてるアピールをした。


「お前が、恥ずかしがってオレの胸を直視できないようだから、からかったんだよ。言っただろ。Hカップだって。……あれ? そういえばお前、オレに『胸のグレネードよこせ。僕が投げる!』って、言ったことなかったっけ? 投げる?」


「い、言ってないです!」


 僕は、あからさますぎて不自然かもしれないけど首を90度曲げてそっぽを向いた。

 背後から、くすくすっと笑う声が聞こえてきた。

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