第二章 ゲーム大会初日。僕達は絆を深める?

第17話 僕達はゲーム大会の会場に到着する

 バスの座席に着くのと同時にアリサが寝てしまったので、移動は無言で過ぎた。

 アリサとジェシカさんはどこか遠くから来たのだから、朝は早かったのだろう。


 正直なところ、ふたりとも異性でしかも外国人なので、僕がまともに会話できるはずがなく、無言の移動は好都合だった。


「いひひひっ!」


 ときおり、甲高く可愛らしい笑い声が背後の座席から聞こえてくる。楽しい夢でも見ているのだろう。


 移動中はスマホで今日の大会について調べた。


 東京国際エンタメフェスティバルでは漫画やアニメ等様々なイベントを実施していて、そのひとつが『Battle of Duty Ⅴ』の大会だ。


 大会は、Virtual Studio VRのメーカーが主催で、BoDの開発メーカーや周辺機器メーカーが協賛している。有名なゲーム配信者とVTuberがゲストに来るらしく、試合が全世界にオンライン中継されるそうだ。


 ゲーム大会の目玉は、なんといってもトレッドミル床コントローラーだろう。

 ゲーム台の床にビー玉みたいな球体が敷き詰められていて、プレイヤーが歩いてもその場から移動せずに留まり続けることができるらしい。ルームランナーの全方向版凄いやつ……みたいなイメージかな?


 つまり、VRゴーグルを装着してリアルな映像を見ながら、実際に歩いたり走ったりして遊ぶということ。スティックでキャラクターを移動させるんじゃなくて、ガチで足を動かすの!

 プレイヤーの動作を感知して、足下の球体が逆方向に回ることによって、その場に留まるんだって。

 すっげえ。そんなので遊べるんだ。楽しみすぎる。


 それで、メーカーはトレッドミル床コントローラーの精度や操作性をアピールしたいため、BoDプロプレイヤーチーム、在日米軍チーム、プロスポーツ選手チーム、配信者チームという、バリエーション豊かな4チームが選ばれた。


 たしかに、今時の実際に体を動かすVRゲームで、銃器の扱いに長けた軍人と、運動能力に優れたアスリートと、ゲーマーが戦ったら勝敗がどうなるのか気になる。

 僕もひとりのゲーマーとして、軍人と戦えるのは嬉しい……。『FPSプレイヤーが戦場に行ったら軍人より強いのか議論』にひとつの答えを出せるかもしれない。もし軍人をキルできたら、プロフィールに書いて自慢しよ。


 浮かれていた僕は、プロでも軍人でもアスリートでもないのに、なんで自分が招待されたのか、気にもしなかった。


 バスを降りてからは、眠ったままのアリサをジェシカさんがおんぶしたので、僕が代わりにキャリーバッグを運ぶ。

 アリサは体が柔らかいらしく、軟体動物のようにぐにゃんとなってジェシカさんの背中に張りついている。


 しばらくして東京国際芸術ホールに到着した。ジェシカさんは、人通りの多い表側ではなく人の少ない裏側の入り口から入る。


 そして、周囲のひと気がなくなってから、彼女は口を開く。


「おーい。アリサ。起きろ。会場に着いたぞ」


「うーん……」


 ジェシカさんが背中からアリサをおろした。

 アリサは自分の足で歩いているが、まだ寝ぼけているらしく、ふらふらしている。


 ふたりがエレベーターに乗り、僕はその後ろにキャリーバッグを乗せてから、最後尾についた。

 イベントはまだ開場時間ではないし裏口から入ったので周囲に人はいないが、ジェシカさんは周りを見てから話しだす。


「カズ。手短に言う。オレはイベントのゲストで招待されたVTuber。さっきも言ったが、お前はオレの弟ということになってる。今日はオレに話をあわせてくれ」


「え?」


「アリサもVだよー。あとでサインしてあげるー。私の、初めて、カズにあげるー」


 アリサがふにゃんとした声で言ってふらついたので、ジェシカさんが背中に腕を回してを支えてあげた。

 僕も同じタイミングでアリサを支えようとしていたから、ジェシカさんの手を触ってしまった。

 慌てて手を離す。


「アリサ。危ないからしっかり」


「うーん。ねむいー」


「しょうがないな……」


 エスカレーターが終わったので、再びジェシカさんがアリサを背負って歩きだす。


「えっと、どこまで話したっけ。今日ゲストで来る予定だった子が急に来れなくなったから、カズはその代理」


「配信者チームで参加するということですか? でも。僕、一般人ですよ」


「マジでごめんだし、あとで正当な報酬を支払うし、御希望ならほっぺにキスくらいのお礼もするんだけど、オレ、今まで一緒に遊んでいるとき、けっこうミスってお前の声を配信にのせてた。カズはオレの弟として配信デビューしているから、配信者チームに入る資格がある。カズの存在は、わりとオレのファンから認知されてる。ファンアートっつうか、お前の想像図みたいなのも出てる」


「えっ?!」


 僕はキャリーケースの取っ手から手を離してしまい、慌てて掴みなおし、少しだけ早歩きでジェシカさんに追いつく。


「マジでごめん。ほんと、ごめん。でも、大丈夫。配信っていっても普段どおりでいいから、頼む」


「え、あっ……」


 半分くらい、聞き逃した。『御希望ならほっぺにキスくらいのお礼もする』って言ったよね?!

 外国人だし、キスのハードル低い感じなの?!

 優勝賞金100万円の山分け目的で来ているんだけど、追加報酬があるの?!


 ソワソワしすぎた僕は、ジェシカさんが立ち止まったことに気づかず、アリサのお尻に激突しそうになり、急停止。


「よし。ついた。アリサ。こんどこそガチで起きろ」


「うー」


 ジェシカさんはアリサをおろすと正面に回りこんで、髪に手櫛を入れ、うさ耳リボンの形を整えてあげた。

 アリサが「んー」と目を細めている仕草は子猫みたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る