第12話 相棒が僕の窮地を助けてくれる
「何かお困りでしょうか?」
止まった自転車から降りたのは、どこからどう見ても警察官。
ど、どうして。
僕は賞金100万の山分けに吊られて都会に来て、ゲームしてただけなのに、警察に捕まるのか……?
女子とリアルで仲良くなれるかもしれないという下心を抱いたから、罰があたるのか?
どうしよう。
息が苦しい。頭がクラクラしてきた。
視界がグニャグニャ歪む。
ギャルふたり組が早口で何かを訴えているけど、何を言っているのか分からない。
やだ。
怖い。逃げたい。
「なるほど。君、ちょっと、いいかな」
警察があからさまに不審者を見るような目で間近に迫ってくる。
ね、ねえ、アリシア、泣きやんで誤解を解いてよ。
一緒に最高難易度をクリアした仲間だろ。
フォロ、ミー! フォロ、ミー!
こんどは君が僕を護ってくれよ!
「それゲーム機でしょ? アタシ見てたんだけど、そいつがその子からゲーム盗ってたの」
「そいつ痴漢だからタイホしてよ。アタシ、やめなって注意したらお尻触られたしー。タイホしてお金貰えるんでしょ。お金チョーダイよ」
「マジ、お金貰えるの? じゃあアタシ胸触られたーっ!」
お前らは黙れよ。
というか警察の人、ギャルの言っていることがおかしいって分かるよね?
ほら、僕は右も左も、手にはコントローラーを握っているから、痴漢なんてできないよ。
警察官はギャルの態度に眉をひそめている。
ギャルに対して不審感を抱いているようだ。
でもアリシアは「うえええん」と絶賛、号泣、続行。
そして、警察官の「大丈夫?」という問いに、アリシアは爆弾投下。
「うぐうっ……顔射されて、倒された! レイプされるかと思った! うえぇぇぇん!」
ひいいっ。
レイプとか言わないで!
FPSプレイヤーにはフルボッコという意味で通じるけど、一般人には絶対に誤解を与える!
警察官の目の色が変わり……僕が『もうやだ』と弱気になりかけた瞬間、背後で小さな足音がした。
「おいおい、なーに、やってんのさ」
少し呆れているような声。
普段よりもクリアなハスキーボイスがリアルで耳に聞こえたから、僕の脳は軽く混乱している。
振り返らなくても分かる。
何度も窮地を救ってくれた相棒が、僕の背中を護りに、やってきた。
「カズ。お待た」
彼女の低くかれた声は、大通りを過ぎゆく車の騒音に呑みこまれることなく、僕の耳を優しく撫でた。
もう、周囲の視線に怯える必要はない。
恐怖が霧散すると、代わりに、期待や不安が膨らんでくる。
2年間いつものようにオンラインゲームを遊んでボイスチャットをしてきたけど、一度も会ったことがない相手が、今、背後にいる。
1歩、また1歩と声の主が近づいてくる。
「おまわりさん。おつとめご苦労さまです。私の連れが、どうかしましたか?」
初めて聞く丁寧な口調に驚き、本当にSinさんかと疑いながら僕は振り返る。
たくさん想像していた外見の、どれとも似つかない。
「え?」
白い肌と灰色の短い髪に、青灰色の瞳。
黒地に蛍光ブルーのラインが入ったオーバーサイズのパーカーを着た外国人女性が、人懐こそうな笑みを浮かべている。
かなり背が高い。僕は遅めの成長記中だからいずれ追い越すと思うけど……。
「Sinさん?」
「うん」
目の前の美人がSinさんと同じ声で返事をしてくれた。どういうこと。
答えは分かっているんだけど、脳の処理が追いつかない。
僕の脳が処理落ちしている間にアリシアが泣きやみ、Sinさんらしき女性に全身で抱きついた。
Sinさんはアリシアの頭を撫でながら、警察官に声をかける。
「この泣いている子は私の妹です。こっちの男の子は私の彼氏。ゲームに熱中しすぎて、ちょっと喧嘩しただけですから、なんの心配も要りません」
彼氏? 僕が?
Sinさんは僕に向かってウインク、そして、投げキスをしてきた。日本人がやったら滑りそうな仕草なのに、めちゃくちゃ決まってる。
この場を乗り切るための噓とはいえ、心臓に悪いんだけど。
「妹のアリシアはゲームで負けて泣いちゃっただけです。よくあることです。ね。アリシア?」
「うん……」
Sinさんは体の向きを変えたから僕からはもう表情は見えない。
警察官とギャルは口をぽかんと開いて、信じられないものを見たという感じだ。
分かる。
そっちの業界はよく知らないけど、多分、世界で最も有名なファッション誌とか美容誌とかで表紙になるような美人が目の前にいるんだから、見とれて当然だ。
世界史の試験で、世界三大美人の名を挙げる設問があったら、彼女の名前を書けばきっと正解になる。
「お騒がせしてすみません。私の妹達を気にかけてくれてありがとうございます」
Sinさんらしき外国人女性が手を振ると、ギャルは罠にはまったサルのような顔で、警察官は初恋に落ちたような顔で、何度も振り返りながら去っていく。
Sinさんは彼等が振り返るのをやめるまで、手を振り続けた。なんか凄い。それほど僕と歳が離れているようには見えないけど、これが社会人のコミュニケーション能力……!
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