第8話 待ち合わせ場所に金髪少女がいた

(北栄4番出口……。来てしまった……)


 地下鉄の階段を上り終えれば、これでもかってくらいの快晴だから、僕は太陽が眩しくて思わず手でひさしを作って眼を細めた。


(乗り換えに失敗して遠回りしたのに、約束より30分も早い……)


 万が一にも遅刻したらまずいと思い早めに出すぎた……。


 昨晩は眠れなかったのに、まるで眠気がない。

 オンライン対戦で裏取りが成功したときくらい心臓がバクバクして、呼吸が辛い。

 階段を上って息が切れただけかと思ったのに、いつまで経っても落ちつかない。


 ヤバい。

 もうすぐ生Sinさんと会うんだ。どんな人なんだろう。


 多分、噓だろうけど、Sinさんは自称超絶美少女だ。アリスに似ているそうだから、髪を染めていて小学生か中学生くらいの身長なんだろうか。

 いや、身長は普通に成人女性で、コスプレをしているのか?

 たしか今日のイベントはコスプレして参加してもいいらしいし。


 いや、待て、待て、待て。

 やはり声の高い男という可能性は捨てきれないし、そもそも口調や行動パターンや知識量からして、少女という年齢かすら怪しい。


 英語がペラペラで、平日の昼間や夜中0時過ぎにもゲームしているような人が、少女の可能性は低い。


 落ちつけ、落ちつけ。

 想像に怯えるな……。


 僕は手提げ鞄からお茶を出して、軽く喉を潤す。


(マジで来てしまったんだし、あと30分でSinさんが来る……)


 4番出口のすぐ手前は、ビルの1階にコンビニが店舗を構え、右隣にはシャッターの降りた雑貨屋がある。

 左隣には準備中のラーメン店があり、その先には何かの店舗が続いている。


「Sinさんらしき人はいないよな。さすがに8時半は早すぎたか」


 周囲に確認できるのは、コンビニ客や、休日出勤らしきサラリーマンくらい。


 眠れない一晩で悩み続けた。

 初対面の相手に会うのは怖い。

 緊張しやすい僕が、異性とまともに会話できると思えない。


 しかし誘いを断ったら嫌われるかもしれない……そう思ったら、来るしかなかった。

 それに……。

 優勝賞金100万円!

 12人チームで100万円を山分けしたら、ひとり8万円。あと少し足せば、自分専用のVirtual Studio VR Ⅲが買える。

 スマホを買ってもらう代わりに高校3年間のお小遣いは月額2000円になっているから、1年近く貯金する必要がある。だが、そこは「中間試験で成績が良かったらお小遣いちょうだい」作戦と「期末試験で(略)」作戦によりブースト加速する。

 大会の優勝賞金を貰えば、一学期中にバチャスタが買えるはずだ!


 そうしたら父さんのを借りなくても、Sinさんといつでもゲームができる……。

 勝つしかない……!


(ところで、さ。Sinさん、お互いが気づけるように、目印くらい決めとこうよ。超絶美少女というのは、いつものノリで言った軽い冗談でしょ?)


 周囲を見渡してみても、人を探しているらしき年上の女性はいない。


 車道を挟んだ向こう側の森林公園に何人か若い女性がいるようだけど、4番出口を指定してきたのだから、Sinさんが5番出口側にいる可能性は低い。

 目の前を通り過ぎていった外国人観光客ファミリーも当然、違う。


「……ん?」


 デデン・デッ・デデン・デン……。


 ……気のせいだろうか。BoDのテーマ曲が聞こえる。


 デデン・デッ・デデン・デン……。

 デデデ~・デ~・デ~・デ・デデデ~・デ~デ~デ♪


 いや、気のせいじゃない。

 校歌よりも聞いたあの名曲がたしかに聞こえてくる。


 音の出所を探ると、ラーメン屋の立て看板の陰に大きなキャリーバッグがあって、上に金髪の少女が座っていた。


 少女は黒と赤のチェック柄をしたワンピースを着ている。


 僕の方に背中を向けているので、見えるのは後頭部だけ。

 真冬の太陽みたいに澄んだ金髪を、バニーランドの入り口で売っていそうなうさ耳カチューシャで飾っている。


 なんか、不思議の国のアリスの2Pカラーみたいな子だな……。


 ……え? 噓? 小学生くらいにしか見えないけど、もしかして、Sinさん?


 というか髪の隙間からちらっと見えているの、あれ、VRゴーグルのヘッドバンドじゃない?!


 僕は少しだけ看板の向こうを覗きこみ、少女の横顔を確認する。

 間違いない。Virtual Studio VR Ⅲを装着している。明らかにそこから、いまはBoDのローディング中に流れるBGMが音漏れしている。


 うっそだろ。屋外でVRゲーやる?!

 Virtual Studio VR Ⅲはちょっと大きな水中眼鏡くらいのサイズだからギリギリ屋外で着用しても恥ずかしくないサイズだ。自転車に乗っているおばちゃんがつけているサンバイザーよりは遥かにマシ。

 だけど、それは大人の場合であって、小柄な少女の頭には不釣りあいにデカくてゴツい。


 テレビCMで『MR機能で街に飛びだせ』とか言ってた気がするけど、マジで屋外で使うの?

 それって、観光地のお城とかでVRゴーグルを使って、殿様や侍を現実世界に表示したり、建築当時の映像を重ねたり、そういう用途でしょ?!

 さすがに街中でFPSは違うでしょ?!

 屋外で使うなら、せいぜい道案内くらいでしょ?!


「あっ!」


 アリス(仮)が、腕を動かして、明らかに銃を構えている。頭を左右に振って、手に握ったコントローラーのスティックを細かく動かしている。

 脚を動かして、椅子代わりのキャリーケースをドコドコ蹴っている。


 ワンチャン、動画視聴やインターネットの可能性もあったけど、ないわ。絶対確実に間違いなくBoDしている……。

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