第7話 リアルイベントに誘われる

 新作、初プレイだ!

 いきなりオンラインプレイに行くぞ!

 操作方法もマップも武器の性能も知らないけど、気にしない!


 しかし、キャラクタークリエイトが始まった。


 ……ん?

 立ってください? 腕を伸ばしてください?


「マジかよ! 僕の体格にあわせて、キャラクリされるの?! いや、銃の操作とか、自分の体格にあっていた方が直感的で分かりやすいけど、ヤバすぎ!」


 画面の指示に従っていき、僕は僕そっくりの体格のキャラを作成した。顔はデフォルトで用意してあるパターンの中から、比較的似ているものを選んだ。

 前面カメラで撮影してリアルの顔を取りこむことも可能らしいが、恥ずかしいからやらない。


 さあ、準備完了。行くぞ!

 チームメイトに迷惑をかけるのだけは申し訳ないから、100人サバイバルモードを選んだ。全員が敵だから、初心者の僕が周りに迷惑をかけることはない。


 僕は知識も経験もないまま、オンライン対戦を開始した。


 ――世界が綺麗すぎた。

 草が揺れている。ヤバい。塊じゃない。1本1本の草だ。もう、現実世界の草と見分けがつかない。

 僕が頭を動かすと、景色も動く。

 空を見上げるとキラキラ光ってる。なんだっけ。プリズムだっけ。太陽光が雲の隙間から差しこんで、うんたらかんたらでキラキラだ。


 マジでこれゲーム映像?

 僕は首をゆっくりと左右に動かし、景色を楽しむ。

 すっげ……。もう実写じゃん……。


 と思っている間に、いきなり画面が真っ赤に染まった。


「うわああっ!」


 突然のことに驚き、思わず叫んでしまった。

 視点が後方上空に移動して、倒れた男が映る。僕が操作していてたキャラクターだ。撃ち殺されたらしい。


「やっべ。映像が綺麗すぎて、操作するの忘れてた……」


 僕は別のゲームルームに参加する。


 ⅢをやりこんでいるからⅤもいけるだろうと、いきなりオンライン対戦に突撃したのは失敗だった。

 何が駄目かって、もう、ボタン配置がⅢと違う。


 視界の操作は頭を振ればゴーグルがその動きを検知してゲーム画面も連動して動くから旧作と同じ。キャラクターの移動も従来どおり、手に握ったコントローラーを使う。

 ただ、左手コントローラーのスティックで兵士が移動するのは旧作と一緒なんだけど、右スティックで体の向きを変えようとしたら円形のメニューがポップしてしまった。


 ダッシュしようとしたらナイフを振っちゃうし、敵がいたから伏せようとしたら手榴弾を投げてしまった。


 操作を戸惑っているうちに足下に敵の手榴弾が転がってきて、僕は爆死。


「操作オプションは確認すべきだった……」


 僕はオンラインプレイを中断し、操作設定を変更してからオフラインの射撃演習場で操作練習した。

 左スティックで移動し、右スティックで体の向きを変更し、頭を動かして視点を移動し、腕を動かして銃を持ったつもりで実際に構えてボタンで射撃する……という操作設定にした。

 リアルで腕を振ることによって走ったり、足踏みをして歩く操作も可能だったが、疲れそうだし、移動はスティック操作にする。


 オフラインキャンペーンのハードモードで、初見殺し以外は対処できるようになったころ、階下から母が夕食に呼んできた。

 時間が跳んだ。

 いや、まあ、よくある。熱中しすぎた。というか、帰ってきたのが2時くらいだから、すぐ夕方になって当然だ。


 夕食を摂り、風呂に入って短い髪が乾く間もなく、ゲームを再開した。

 数回だけオンライン対戦で遊ぶと21時になったので、父さんにVirtual Studio VR Ⅲを返した。残念だけど、父さんもゲーマーだから、これはしょうがない。父さんがゲーマーだからこそ、お下がりで高額なゲーム機を貰えるんだし、あまり我が儘は言えない。

 父さんがゲームをしない時期なら夜も借りられるんだけど、間の悪いことに、フライトシミュレーターの新作が出ていて、父さんはそれを遊んでいるから、返却必須だ。


 僕が旧型機のVirtual Studio VR Ⅱを起動すると、すぐにSinさんからバーチャルプライベートルームへの招待がきた。

 招待に応じると、僕の目に映る自室が、一瞬で重課金者を思わせる豪華な部屋に変わった。カーテンやテーブルかけが白やピンクのフリフリで飾られ、全体的にガーリーな雰囲気だ。ソファに熊や兎の縫いぐるみがズラッと並んでる。


 部屋の中央、でっかくて丸いクッションで、洋ゲーの主人公感あふれる禿げマッチョが違和感を放ちまくっている。なんで、アバターはおっさんなのに、部屋を可愛いもの好き女児って感じにしてるんだろう……。


「こんばん――」


「ようやく来た! ずっと待ってたんだぞ!」


「父さんのⅢ借りてたから――」


「手短に聞く。明日、暇か? 暇だな? 暇って言え」


 Sinさんは慌てた様子で次々と言葉を重ねてくる。僕は戸惑いつつも返事をする。


「あ、うん。暇で――」


「よし。明日9時、北栄駅の4番出口。出たところのコンビニな」


「え?」


「9時、北栄、4番、遅れるなよ。賞金100万山分けだ」


「いやいや、待って。急に何?」


「VTuberのアリスっぽい超絶美少女が目印だ。時間がない。落ちる。じゃあな!」


 シュンッ。

 軽い音とともに、僕の視界に映る景色が自室に戻った。


「は? 何? 言いたいことだけ言ってオフラインになった?」


 ゲームフレンド一覧からOgataSinを見つけ、招待メッセージを送信。

 反応はない。というか、Sinさんのステータスがオフラインになっている。


「北栄? 電車で行ける距離だけど……。え、え? 何、明日って。……まさか、これ?」


 ちょっとした心当たりがあったので、もしかして……と思い、Virtual Studioのポータルメニューを起動して『お知らせ』を表示する。


 新作ゲームやコンサート配信などのお知らせが並ぶ中に、『Battle of DutyⅤ大会』の案内があった。


「えっと……。東京国際芸術ホールでエンタメフェスティバルというイベントがあって……。あれ、けっこう大規模? ステージイベントや物販まである? そこでBattle of DutyⅤオンライン対戦の大会があるのか」


 会場の最寄り駅は、Sinさんの指定した北栄駅だ。


「このイベントに行くの? でも現地の観戦チケットは売り切れで、買えるのはオンラインの配信チケットのみだよ? え? Sinさんがチケットを持っていて、一緒に行く予定の人が行けなくなったの? 僕に断る時間を与えないように、わざと落ちたでしょ! すぐ戻ってくるんでしょ?」


 ゲームフレンドのステータス画面は相変わらず、OgataSinオフラインとなっている。


「いやいやいやいや、ちょっと待って。休日にふたりで出かけるって、いきなりすぎる」


 そりゃあ、もちろん、会ってみたいと思ったことは何度かあるけど、いきなり明日と言われたら、心の準備が追いつかない。


「まじで明日、会うの?」


 お母さん以外の女性とふたりで出かけたことなんてないぞ……。


「というか、自分で自分のこと超絶美少女って言っていたけど、冗談でしょ? VTuberのアリスに似ているとか言っていたっけ?」


 Virtual StudioのWebブラウザを起動して、仮想のキーボードをタイプして『VTuberアリス』を検索してみた。

 検索結果の画像は、エプロンドレスを着た金髪碧眼の可愛らしい少女だった。名前のとおり、不思議の国のアリスをモチーフにしているようだ。

 勝ち気な表情というか、やんちゃな顔をしている。


「いやいや、Sinさんが少女キャラに似てるはずないでしょ。本当に行ったら動画を撮られて晒される系? いや、でもSinさんがそんなことするとは思えないし……。ヤバい。9時集合なら6時には起きたい。早く寝ないと」


 僕は慌ててVRゴーグルの電源を落として片づけ、室内灯を消してベッドに飛びこむ。


 けど、瞼を閉じても、目が冴えていつまで経っても眠れない。

 心臓が高鳴っていて、眠れるわけがない。


 Sinさんとはフレンドになってから2年が経つ。

 リアルフレンドがいない僕にとって、実質、最も長いつきあいの友人だ……。

 友人……。

 いや、そう考えるとなんか照れるな……。


 と、とにかく、会話の総量なら家族の次に多いはず。


 そんな女性(10%くらいの可能性で男の可能性も捨てきれない)といきなり会うなんて……。


 遠くからバイクのエンジン音が近づいてくる。

 へえ、新聞配達って3時に来るんだ。


 待って。

 一睡もしていないのに4時ってどういうことだよ。


 っつうか、夜なのに時計が見えるのっておかしいじゃん、っていうか5時じゃん。


 時計を見る度に時間が跳んでる。


 なんで、カーテンがオレンジ色の光に染まっているんだ。


 ヤバい。

 一睡もできないまま一瞬で朝が来てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る