第二章 ザクセン編
14.ザクセン選帝侯
前回のあらすじ
部族化を進める森の民に対応するため、小隊をブランデンブルクに配置することに。
しかしそのためにはザクセン選帝侯の許可が必要となる。バランタイン、サラ、シロックの3名でザクセンに赴くことになったが、サラの顔は晴れない。
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2か月後、俺たちはザクセンに向かうことになった。あの後数回森の民の小規模の襲撃はあったが、人数も練度もはるかに低く、あっさりと撃退した。父は、森の民でも良い身分でないものが略奪のために徒党を組んだと分析した。
相手こそ弱いものの、俺とサラは訓練の成果を実践する機会を得ることができた。俺の魔法は現在身体能力向上、いわゆるバフのみであり、日に日に増加する魔力を体外に放出する術は有していない。
サラの顔は晴れない。
「大丈夫よ、今回は私たちは使者。堂々としてればいいの。」
母はサラに気を遣う。
「はい。最善を尽くします。」
彼女はよそよそしかった。
俺たちは途中までハイドに乗り、エルベ川で下ろしてもらった。森の民は落ち着いたがハイドも重要な戦力であることに変わりはない。というか、城の馬はサシで戦ったらただでは済まない。俺たちが実戦経験として戦った小規模の森の民くらいなら、ハイドかジギルに任せておけば文字通り蹴散らしてくれる。
ハイドと別れ、橋を渡る。馬を一頭で勝手に帰らせることに慣れてしまっている。最近はジギルに構っている。俺の相棒の馬が生まれる日も近いかもしれない。
ザクセンの領域に足を踏み入れた。といっても農村部でブランデンブルクと大きな差はない。違う点を挙げるならば、ブランデンブルクは東の村へ行けば行くほど屈強な男たちが増え、村に武器が配置されるようになる。森の民の対策だ。
ザクセンにはそのような心配はないため、のどかな農村が広がっている。
「母上、ザクセン選帝侯に会ったことはあるのですか?」
「ええ、何度かね。コルネオーネが騎士の叙任を受けるときのいざこざとか、辺境伯を授与の授与の際に何度も手伝ってもらったわ。」
「どのような方なのですか?」
「今のザクセン選帝侯はね、コルネオーネと同世代よ。彼は領主になる前に森の民を討伐した話はしてもらったわよね。その時に一緒に戦ったザクセン軍の当時の軍団長が今の選帝侯。」
「なるほど。父上のように顔が怖くないといいのですが。」
それを聞き、サラがぷっと笑う。そして母とひそひそ何か話している。
「まあ、それは会ってからのお楽しみね。」
母が言う。
「ええ、楽しみです。」
少し歩いていると、正面から明らかに服装の違う者たちが馬車を連れてやってきた。そして俺たちの正面で止まる。紳士のような男が馬車から降り、こちらに頭を下げる。
「お待ちしておりました。どうぞお乗りください。」
待っていた?アポなし訪問だぞ?俺たちは言われるがままに馬車に乗り込んだ。乗り込む際にサラは大きく息を吐いていた。
馬車で彼は自己紹介を始めた。
「私はイプキス・マスクと申します。一応ザクセン軍の軍団長を務めさせていただいてます。」
「あら、これは、お手を煩わせてしまいましたわね。」
母がしゃべり方を変えている。
「いえ、ラムファード家は我らがザクセン領の重要な友人です。急な来訪といえども当然です。」
「あら、急な来訪の割にはお迎えが早かったじゃない。素晴らしいわ。」
母と彼の間で腹の探り合いが行われている。しかし、敵対しているという訳ではなく、ご遊戯を行っているような感覚を受ける。
「ザクセンの政治情勢は今後も安泰でね。」
「シロック様のお墨付きを受けることになるとは、大変恐縮です。」
あ、なんか信頼関係が生まれたみたい。母のしゃべり方は普段に近くなっている。俺は置いてけぼりだ。前世の年齢を加味すると母とはそんなに年齢は変わらないはずなのだが。これがこの時代のコミュ力というやつか。
「それで、一応お聞きしますが、今回はどのようなご用件で?」
は少し声を抑えて話す。
「ブランデンブルクに小規模の常備軍をおきたいの。」
「ほほう。それはまた大きな試みですな。」
「そう。そのためには選帝侯の推薦が必要になる。」
「条件は?」
「この子たちよ。」
母は俺とサラを見た。あ、これは自己紹介をしなければ。ここは身分が上の俺からだな。
「バランタイン・ラムファードと申します。」
他に何か言おうとも思ったが、ラムファードを名乗ればまあ十分だろう。
「サラ__ベルモットです。ラムファード家の使用人をしております。」
彼女はミドルネームを飛ばした。
相手の男は大きく声を張り上げた
「おお!あなたがベルモット様でしたか!一度お目にかかりたいと思っておりました。ザクセン選帝侯はあなたに会いたがっておりましたよ。」
「私も久しぶりに会いたいと思っております。」
彼女は抑揚のないしゃべりで返答をした。
「そして失礼ではありますが、こちらのご子息様は?」
彼は俺に何が出来るのか気にしているようだ。
「大丈夫、父の選出よ。ザクセン選帝侯は多分うちこの子の方が気に入るわ。」
「左様でございましたか。とんだ失礼を。バランタイン様、大変申し訳ございません。差し手がましいお願いではありますがなにか証明していただけないでしょうか。」
彼は頭を下げた。驚くほど愚直な人間だ。俺が本当にザクセン選帝侯が気に入る人材なのかテストしようという訳だ。だがこの力は秘密ということにしてある。
「この子の力は出来るだけ隠しておきたいの。契約していただける?」
母はマスクに尋ねる。
「かしこまりました。私とて騎士の端くれ。約束は命に代えても守る所存であります。」
「バランタイン、いいわよ。」
母のお墨付きを得た。
「一応断っておきますが、この力をたとえ見せたとして認識できるかどうか。父上も分からないと申しておりました。」
「構いませんよ。契約ですので、信じるまでです。」
騎士における契約の重要性は父からよく聞かされた。やむを得ない事情を除き、契約を守らない場合は騎士としての資格が剝奪される。騎士の精神性としても約束を守ることは大切な要因なのだが、社会規範としての役割も大きいという訳だ。彼は秘密を厳守するという義務を、俺は力を見せるという義務を負っているという訳だ。
俺は魔力を全身を覆うように纏わせる。この状態は攻撃や防御の際に足や手などに魔力を移動させやすい、ニュートラルな状態だ。分かりやすく言うと、戦闘モードになったということだ。
俺を包む光は初めて殺し合いをした時の数倍もの輝きを放っていた。
「見えないかもしれませんが、一応現在力を行使しております。」
マスクは興味深そうにこちらを見ている。
「はい、確かに。」
「見えるのですか?」
「いいえ、なんとなくそう思うだけです。」
「そうですか。」
何をもって確信を持ったのか分からないが、信じてくれるならそれでいい。
俺は魔力を少しずつ薄めていく。すると馬車の遠くで地響きのようなものが聞こえる。俺は気になりあたりを見回す。馬車の中では俺以外の3人が耳を塞いでいた。
「ナアアアアイイスチュ、ミイイイイチュウウウウウ!!!!」
頭に響く大声が上から聞こえる。そいつは馬車の屋根を突き破り、俺らの真ん中に片膝をつきながら着地した。大男。
「うーん、この着地。イッツ・ビューティフォー。」
呆然とする俺をよそに、母とサラは彼に声を掛けた。
「相変わらずね。」
母が埃を払いながら言う。
「おお!その声はシロックだねん!!!どう?コルちゃんとはヨロシクやってるのお??」
そいつは下品に腰を振った。
「ぼちぼちよ。」
母は微笑みを崩さず返す。
「だと思ったわあ。お肌の調子良さそうだものねえ。まーたきれいになっちゃってえ。イッツ・ジェラシイィィィ!!」
とてつもない音圧で吹き飛ばされそうだった。
「お久しぶりです。」
次に口を開いたのはサラだった。この男はまた大きなリアクションを取った。
「オゥ!サラじゃなあい。久しぶりね。あなたももう立派なレディね。」
「ええ、ペル様も変わりないようで。」
「ええ、アタシは変わらず絶好調よん。と・こ・ろ・で、このキュートなボウイはだあれ?」
男はこちらを向く。
「バランタイン・ラムファードです。」
「私の子よ。」
母が付け加える。
「オゥ!子供がいたなんて早く教えてよお。水臭いんだからあ。」
「まだ生まれて半年よ。」
「ホワッツ!成長の早い子なのねえ。かわいいわあ。」
彼は驚きながらも、片膝をつき名乗った。
「アタシはソナ・ペル。ザクセン選帝侯なの。よろしくね、坊や。」
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