15.狂人
「それでえ、妙な気配を出したのはだあれ?昔戦った奴にそっくりだったのよ。」
うん?こいつ魔法が見えるのか?
「あの、僕です。」
俺は恐る恐る手を上げた。
「まあ、あなただったの。よかったわあ。敵だと思っちゃったのよ。」
「私が見せてくれるようお願いしたのです。」
マスクがことの経緯を説明した。俺も軽く自己紹介をした。魔女の力のことを除いて。
「まあ、そんなに大きいのにまだ1歳くらいなのねえ。さすがあなたの息子ね。」
彼は母を向きニコッと笑う。母もそれに返す。
「ペル様、馬車代は弁償してくださいね。」
マスクが空いた天井を見ながら言う。
「ええ~。嫌よ~。先週城の子たちにお洋服買ってあげたんだからお金ないのよ。」
「あなた、先々週も買ってたじゃないですか。会計係が頭抱えてましたよ。もっと節制を___」
「あらあ、説教モード。やあねえ。かわいい子たちにはかわいいものを着させてあげるっというのが、大人の甲斐性ってもんでしょうよ。」
「騎士見習いにお洒落は不要です。」
「まあ、堅物~。そんなこと言ってるからモテないのよ。」
「あなたが緩すぎるのですよ。追加で仕事してもらいますからね。」
「ええ~、せっかくお客さんがいらしてるのにい。分かった、城につくまでに終わらせられるやつ教えて。」
「かしこまりました。奴隷市場で詐欺が横行しております。」
「どんな?」
「質の悪い奴隷に薬物を飲ませ、無保険で投げ売りを行っています。奴隷のほとんどは購入後一週間もたたずに死亡しています。」
「刑罰は?殺しちゃっていいかしら?」
「詐欺罪とおそらく薬物の売買も行っています。が、極刑には届きません。アハトで済ませましょう。」
「それだと殺すのと変わらないのだけれどね。」
「法による治安維持においては形式が大事なんですよ。」
「それもそうね。じゃ、行ってくるわね。」
「お気をつけて。」
「じゃあ、城についたらまたお話しましょうね。」
彼は俺らにそう言い、飛び立った。嵐が過ぎ去ったような感覚だ。
「いやあ、お騒がせしました。」
マスクが頭を掻きながら言う。
「あれがザクセン選帝侯ですか。」
俺はつい口に出てしまった。
「ええ、帝国を代表する選帝侯の1人です。」
マスクは皮肉を込めてそう言った。
「愉快な_方ですね。」
最大限の誉め言葉を言っておいた。
「ええ、普段からいつもどこか放浪しては城のものにお土産を買っています。一応領域の巡回ではあるのですが、あの方にとっては遊んでいるのと変わらないのでしょう。」
「ザクセンもだいぶ法整備が進んでいるようね。」
母が尋ねる。
「ええ、もちろんペル様の権力と武力あってこそですが、大きな犯罪等はほとんど起きていません。罪人は一人ずついちいち裁判にかけずとも、規範に基づいて刑罰を決められるようになりました。」
「ところで、アハトとは?」
俺は疑問を投げかける。
「アハトとは帝国の庇護から外すという刑罰です。ザクセンにおいては極刑に次ぐ2番目に重い刑罰になります。アハトを受けた罪人はたとえ殺されても帝国は一切関知しません。殺したものも無罪です。」
なるほど、追放処分という訳か。
その後は帝国情勢や流行りの遊戯など、世間話で暇をつぶした。そして俺たちは目的の都市へと到着した。
ザクセンの主要都市、アイゼナハは山に作られた都市だった。斜面に沿って家が建てられる。そしてその一番高いところに城が建てられていた。
「ヴァルトブルク城です。」
マスクが説明する。
「防衛力が高そうな城ですね。」
まず思ったのはこの感想だとは。父やキャスおばさんの稽古は思考にも影響しているらしい。
「ええ、まだ治安が安定していない時期にも崩れることなく統治が続けられた理由です。」
石造りの荘厳な、だが美しさのある城の前に立ちすくむ。
「では、こちらへ。」
マスクは城を案内する。
「あの、行きたいところがあるのですが。」
サラはマスクの顔を見ながら言った。
「もちろんですとも、護衛はお付けしますか?」
マスクがサラに言う。
「いえ、お構いなく。1人で結構です__。」
「かしこまりました。」
サラは一人で城から下っていった。
俺と母は先に入城する。城門を抜けると使用人が一列に並び、頭を下げている。ここにきてブランデンブルク辺境伯という父の身分の重さを感じることが出来た。もちろん選帝侯の方が上位なのだが、丁重にもてなすに足る水準であるということは身にしみて感じた。
母のように尊厳ある振舞いをしなければと気を引き締めた。
「いらっしゃあい。歓迎するわ。」
上 空から声がする。主塔と呼ばれる城の最も高い塔の上に彼はいた。頭を剃っているにも関わらず口元には黒く太い毛が茂っている狂人_ザクセン選帝侯だ。既に仕事は終えていた。片手に成人男性を抱えている。おそらく、あれが奴隷市場で詐欺を働いたという男だろう。
ザクセン選帝侯はそこから俺たちの前に飛び降りた。脇に抱えられた男性は断末魔に近い叫び声を上げていた。それはそうだろう、数十メートルの高さから落ちているのと同義だ。俺なら失禁する。
「遅かったじゃないの。」
彼はどしどしとこちらに近づいてくる。
「はい、こいつ裁判にかけといて。」
彼は罪人を雑にマスクに投げた。マスクも軍人らしく彼の腕を絞め、身動きが出来ないように抑える。
「さて、ザクセン選帝侯としてあなた方をお迎えできるのを喜ばしく思います。ほんとはコルちゃんにも来てほしかったんだけどねえ。まあいいわ。とりあえず私たちはあなた方を客人として扱います。どのような要件で訪れたそしても、ね?」
彼は母を見て口角を上げた。彼女もまた微笑で返す。2人の間に握手が交わされた。
「それはそうとして、バランタイン殿。次世代を担うものとして私のかわいい坊やたちを紹介したいのだけれども、よろしいかしら?」
「ええ、どうぞ。」
「イッツ・アメージング!では、あなたたちご挨拶を。」
すると彼の後ろから7歳から15歳くらいまでの子供たちが7人ほど現れた。全員が剣を携帯している。彼らは横一列になる。
「この子たちは私が面倒を見ているのよ。全員騎士見習いなの。一応この中から次のザクセン選帝侯を選ぼうと思っているの。いずれあなたとお仕事することになるかもしれないわね。では、そちらから名乗っていただける?」
俺が先か。俺は名前、家柄を名乗った。
「それではこちらを代表して一名。シェリー。」
「はっ。」
1人の男子が前に出る。年齢的には13,4歳。中学生といった感じだ。
「シェリー・ヴェルムトと申します。お見知りおきを。お会いできて光栄です。」
彼は手を差し出し俺もそれに応える。物腰が低く、礼儀正しいという印象を受け取った。
「イッツ・ファンタスティック!!では一緒に食事にしましょう。ちょうど梨が収穫期でおいしいリキュールもあるわよ~。子供たちはめっ、よ。」
穏やかな空気のまま一同は城へと入る。使用人、客人、城主の順番は関係なくだ。俺は大きく息を吐いた。ふと後ろを振り返るとサラがいた。
「サラ!お帰り!」
俺はサラの方に小走りで寄っていく、すると俺の横を何かが追い越した___
「サラ・ベルモットォ!!」
それは先ほど握手をしたシェリー・ヴェルムトだった。彼は剣を抜き、サラに切りかかった。サラは動けていない。
「おやめなさい。」
彼の太刀筋を防いだのはザクセン選帝侯だった。
「しかしペル様、こいつは裏切り者で___」
「今は客人です。剣を収めなさい。」
ザクセン選帝侯は凄む。彼はしぶしぶ従った。彼はサラを睨みつけた後、城に足早に入った。
「お騒がせして申し訳ございません。」
選帝侯は俺に謝罪した。
「なぜ、彼はこんな___」
「事情があります故、お許しください。」
「しかし、いくら何でも!」
俺は食い下がろうとした。
「バランタイン様!」
サラが叫んだ。
「これは私の問題です。ご心配をおかけしました、しかし何も気にしないでいただけると幸いです。」
彼女は冷たく言い放った。俺は何も言えない。
「来て早々、ご迷惑をおかけしました。」
サラは選帝侯に謝罪した。
「いいのよ。」
客人は全員揃った。
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