10.森の民
前回のあらすじ
原生生物を撃退するが、村には森の民の戦闘員たちが押し寄せる。バランタインたちは村を守るため彼らを迎撃する。
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前方に見えるのは100人ほどの男たち。肌は白く手が長い。石斧や竹やりのようなものが前線に立ち、その後ろに弓を持つ兵がいる。隊列を組んでいるわけではないが、ある程度まとまってこちらに迫ってきている。
俺とサラ、そして母は後方に構える。弓を十分に引けるサラに対して、俺と母は弩を持つ。村の男たちが弾幕で使ったものだ。俺はあの不思議な力を使えばおそらく弓を引くことは出来る、しかし体のサイズがそれに準じていないのだ。
弩は弓とは異なり、矢を装填するのに時間がかかる。俺たちは敵が来るまでの間、村にある弩にあらかじめ矢を装填しておいた。矢のストックは十分だ。
父はハイドに乗って待機している。板金鎧と兜を身にまとい、両刃の武骨な長い剣を持つ父はまさしく騎士といった風貌だった。
敵がこちらを認識した。数の差は歴然としている。トラに対峙したときよりもより暗く、重い緊張感が俺にのしかかる。相手は人間だ。殺し合いが始まる。俺らが勝てば目の前の集団と同じ数の命が消えうせる。
敵の先頭にいる男が、雄たけびを上げながら先陣を切って突撃する。その他の男もそれに続く。正面から突撃する敵に対し、父は右から弧を描くように斜めから突進する。歩兵と騎兵の機動力の差は言うまでもない。父は先頭の男の首を右手の剣で刎ね、左へと抜けていく。ヒット&アウェイ方式だ。
馬に乗る父に追いつこうと男たちは追随するが、当然距離が空く。集団から外れた者たちを狙い、俺たち3人は矢を放つ。出来るだけ山なりにだ。西日を背にしているので彼らはどうしても回避が遅れる。対して敵の矢はこちらまで届かない上に、父の鎧がそれを弾く。装備の違いが表れている。
矢は面白いほどに命中する。しかし屈強な男たちはそれだけでは致命傷にならない。矢を受け動きが鈍ったものを父が剣でとどめを刺してやっと絶命する。消耗戦だが、勝てる。
しかし、敵も一筋縄ではいかない。敵の陣の最も奥にいる中年くらいの男が、角笛のようなものを吹いた。数秒の静寂の後、森からまた原生生物が出てきた。三日月のような角を持つ巨大な獣__牛だ。サイズだけで言うとトラより大きい。一歩ごとに地響きを起こしながらこちらへ向かう。
父は正対する森の民の集団を、牛が迂回するよう突進してくると予測した。しかし、牛は森から出現し、森の民の集団を突っ切って一直線に父へと突進した。少なくない森の民の犠牲を出しながらである。
父は回避が遅れ牛の突進を正面から受けた。馬を巻き込まないために空中へと飛んでいたため、父は俺たちの後ろへと吹き飛ばされた。取り残されたハイドは牛と相対している。移動速度では勝るものの、さすがに父のように牛の突進を受けたら致命傷だ。
サラは緩く矢を牛に放った。皮膚が堅いらしく矢は刺さる気配がない。しかし煽りとも取れるその攻撃により、牛の注意は俺たちの方向へと向かった。
「どうなさいます、奥様。」
父が吹き飛ばされたため、牛と森の民の集団は全員俺たち3人に注目していた。
「サラ、あれの時間稼ぎは出来る?」
母は牛の方を見る。
「はい、数分程度ですが。」
「いいわ、では、あなたに命令します。コルネオーネが戻るまであの牛を引きつけなさい。」
「かしこまりました。」
「バランタイン、手綱は引ける?」
「やったことないですが、やるしかないのでしょう?」
母は頷く。
「ハイド!こっちへ。」
ハイドを呼び俺と母が乗る。俺が前、母が後ろだ。母は弓を持っている。
「敵兵に一瞬近づき、そして離れなさい。お父さんがやっていたように。」
「はい、分かりました。」
そう言い、母が馬の腹を蹴る。
隣ではサラが牛の突進の一撃目をひらりと交わしていた。
野蛮人と形容するに相応しい男たちの集団に近づく。そして離れる。母はその間矢を放っていた。サラと比較すると非力ではあるが、それでも男たちに命中し、攪乱は出来ている。
しかし、野蛮人だの猿だのと罵られる森の民は戦闘に長けていた。父がしていたようにヒット&アウェイを繰り返すと、先ほど牛を使役した男が妙な動きをしていた。
彼は陣の前へと歩を進めこちらに寄る。母は奴に矢を射るも問題なく交わされる。そして集団の前へと出るとこちらを向き剣を構える。俺ははっきりと感じ取った。彼の身体に粒子のような、光のようなものが集まっているのを。俺は背筋に冷たいものを感じ、背を向け距離を取ろうとする。
衝撃音のようなものが聞こえる。額には気持ちの悪い汗が流れている。嫌な気配を近くに感じる。
「バランタイン!」
母の声が聞こえ、横を向くとその男が真横に迫っていた。馬の全速力に追いついたのだ。そして男は宙へ飛び、回転しながら母、俺、ハイドを一気に切り裂こうとする。
俺は手綱を離し、馬から飛んだ。そして父からもらった小刀を鞘を抜かずに持ち、斬撃を受けた。その力はトラの時の比ではなかった。だが、俺の身体を駆け巡るあのむずむずした感覚も、トラの時より強く感じる。
俺は地面に叩きつけられた。背中を打ち一瞬息が止まるがすぐに立ち上がる。目の前には先ほどの男がいる。赤ん坊が戦場にいることへの疑問かは不明であるが、彼は驚き動きを止めていた。
「バランタイン!」
母の声が近づく、おそらく俺を回収するつもりだ。
「母上、僕は大丈夫です。他の兵を!」
俺はこう叫んだ。また馬に乗ったところで、この男に狙われるに決まっている。同じ轍を踏まないのはこちらだって同じことだ。
それに、なんだかこいつに殺される気はしなかった。
「絶対に無茶しちゃだめだからね!約束できる?」
「はい!」
こんなところで親子のような会話をするとは。だが現実的で合理的な母が、自分の大切な息子をこんな野蛮な男の前に立たせたということに、俺は信頼をおいている。あの一撃を止めたことはそれだけ母にとって衝撃だったのだろう。
「お主、名は?」
男が尋ねる。
「バランタイン・ラムファードです。」
「そうか、覚えておく。その小さき体でそれだけの祝福を受けているとは。敵ながらあっぱれだ。」
祝福?なんだそれ。
「何をおっしゃっているのか分かりません。」
「なに、祝福を知らずに扱っているとは。祝福とは母なる自然が与えた配慮のことだ。それを知らずに使うとは、罰当たりな。いやもしかしたら母なる自然が生み出した御子なのか。まあいい、お主、差し出がましい願いであるのは承知して居るが、母なる自然とともに生きてはくれないだろうか。」
思ってもみない質問だ。つまり裏切れと。もちろん答えはNoだ。
「申し訳ないですが、お断りさせていただきます。できればこのままあなたたちには帰って頂きたい。」
「ははは。敵に情けをかけるとは戦士としてはまだまだだな。だがその祝福に尊敬をしるし、決闘を申し込む。」
「それを受けて、僕に何の得が?」
「我が軍を撤退させよう。そなたたちは一人一人が腕が立ち、頭もいいようだが、それでも劣勢であろう?」
俺は少しずつ劣勢に回るサラ。行きの切れる母を見る。父はいつ戻れるか分からない。
「分かりました。その勝負受けて立ちます。」
「おお!ありがたい。では尋常に。」
男は手を後ろに向ける。決して手を出すなと言うジェスチャーだ。
俺は体を彼らの言う祝福、つまり「魔女の力」を身にまとい。父にもらった刀を抜く。
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