9.決意
前回のあらすじ
俺とサラは村を襲撃する猛獣を撃退する。
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父は剣をトラから抜き、こちらに向かって走ってきた。トラがこの村に接近したとき以上の速度だ。
「怪我はないか。」
父が尋ねる。
「私もバランタイン様も無事です。」
サラが返答する。
「遅くなって済まなかった。森の民が集団戦を仕掛けてきている。俺は別部隊の相手に時間がかかってしまった。だがおそらく本命はこの村だ。森に火を放ったが、それでも2時間もしたらここに本隊がくる。お前らは城へ戻れ。」
「私も戦います。」
「だめだ、バランタインもいるし、なによりこれから来る本隊は前回森に潜入したときに倒した奴らとは比べ物にならないほど強い。」
「なぜ分かるんですか?」
「それは、だな__。」
「ご主人様、実は今日内密にソーニャ様からご主人様が森の民を撃退した話を伺いました。勝手な行動を謝罪します。ですがこの際ですので情報を全て共有してください。」
サラは頭を下げた。
「分かった。だが情報共有は後だ。少し待て。」
父は崩れた家から木板を取り出し、ナイフで文字を削り出す。そしてそれをハイドに渡し、尻を軽くたたいた。馬は走り出した。
「キャスを呼んだ。1時間以内には応援がくる。」
父はまた廃材を集め、適当な石とナイフを擦り火を起こした。そしてまた、上空の鳥を狩った。今回はサラの弓を借りた。
「疲れただろう。食え。」
言われるがままに食事をする。先ほど食事をしたのにもかかわらず、あっという間に平らげてしまった。
「あの獣は森の民が使役したものだ。前回俺があいつらを襲った際も位の高そうな連中が使役していた。だが今回はその獣を捨て駒のように前線に出している。奴らは魔女の力を使っているというのは知っているか?」
「はい。」
俺は返事をする。
「森の民は実力主義だ。弱いやつから前線に出ていく。相手側の陣地に入れば入るほど魔女の力を持つものは多くなり、その力も増す。獣を使役できるのは魔女の力がある程度強いものだけだ。つまり__」
「前線に出ている兵までもが以前より強い魔女の力を持っているということですか。」
話に割って入る。
「それも可能性としては有り得る。だがおそらく違う。獣の数には限りがある。人間よりも強く使い勝手のいいやつらを下級兵に使役させるとは思えん。サラ、お前はどう見る?」
今度はサラに質問を投げる。予備校の講師のようだ。
「より強い魔女の力を持つものが戦術的に村へ送り込んだということですか。」
父は頷く。
「そうだ。俺の所へ兵が派遣されたのは、あの獣がこの村を破壊するための時間稼ぎをするためだろう。そこへ本隊がやってきてここを占拠する算段だったはずだ。」
「でも、あのトラを撃退したのですから、作戦は中止になるのでは?」
「いや、その可能性は低い。森の民の特徴は?」
父がさらに引き続き質問する。
「魔女の力を持つことと近接戦は帝国の騎士をも凌ぐということしか。」
「そうだ。魔女の力と森での生活で得た身体能力が奴らの特徴だ。接近戦になれば俺でも楽ではない。だがあいつらはこの村を襲う上で大きな障害がある。それはなんだと思う?」
サラが必死に考えているのが分かる。俺はサラが思いつかないようなら自分には到底無理だと諦める。10歳くらいの少女だがその思考力は大人の俺をはるかに凌駕している。しかしながら悩むサラの横顔を見て、偶然ひらめいた。
「村の男たちの弾幕?」
父は驚いた表情をした。
「よくわかったな。これは難しい質問のはずだったんだが_。奴らは森に住むため、馬を使わない。そのため平原が続くこの地形で歩兵が弓兵を突破するのは奴らとて難しい。」
俺はトラ相手に必死に矢を放ち続けた彼女の横顔が焼き付いていたのだ。サラは感嘆の表情を浮かべた。
「獣を寄こし、男たちを逃げさせた時点で奴らの作戦勝ちだ。」
「申し訳ございません。私のミスです。」
「いや、十分すぎるほどだ。住民を逃がしトラを退けた。十分すぎる。バランタインと俺の故郷を守ってくれて、本当にありがとう。」
父は頭を下げた。
「いえ、私もバランタイン様に命を救われました。バランタイン様、あのトラの一撃を防いだのですよ。」
サラは戦闘時のことを父に伝えた。なぜか誇らしげだ。
「そうなのか、少しいいか。」
父は驚き俺の身体を触る。そして首を傾げる。
「うーん、身体的にはそれは信じがたいが。まあこの子ならあり得るのかもしれないな。」
父は納得しかねるようだった。
「それにしてもなぜ彼らはこの村を狙うのでしょう。」
父に尋ねる。
「それは食糧確保が目的だろう。昔から奴らは村の農作物を目的に村を襲っていた。最もなぜ今となって、しかもここまで戦術的に侵略を計画したのかは分からない。」
「それは、森の民の人口が増えたからよ。」
遠くで馬に乗って話す女性の声が聞こえる__。それは母だった。
「バランタイン、ケガはない?」
母は俺に駆け寄り強く抱擁した。
「ええ、安心してください母上。」
母はサラにも声を掛けた。
「あなたもよく頑張ったわね。」
「いえ、自分の出来ることをしたまでです。」
サラはあくまで謙遜した。
「いいえ、頑張った子は褒められるべきなのよ。おいで。」
母はサラも抱きしめた。熱い抱擁は10数秒続いた。
父は母に尋ねる。
「森の民の人口が増えているというのはどういうことだ?」
「おそらく、ここ数年間で彼らが社会性を持つようになった。今までは森の民同士も食糧の奪い合いをしていたのが、誰か権力を持つものが現れた。今回の襲撃が戦術的だったのはおそらくそれが理由。そして秩序を持った社会は安定し、人口も増える。そして直面するのが—。」
「食糧問題か。」
父が答える。父が俺たちにしていたように、母は父に講釈を垂れている。
「そう。彼らが直面する重要な問題。彼らの統治者にとってはこの襲撃は自身の存亡にも関わる大きなイベントになるはずよ。ここを占領できれば安定した穀物の確保が可能になる。森の民の繁栄には欠かせない場所よ。」
「だが、退くわけにはいかない。」
「当たり前よ。なんのために私が来たと思っているの。」
母は自分の頭を人差し指でトンと叩く。
「さて、あなたたち2人は西へ逃げなさい。」
母は俺とサラに話す。
「私は戦います。」
「僕も足手まといにはならないと思います。」
俺とサラは反論する。
「これはもうほとんど戦争よ。子供がいるべきところじゃない。お願い、別に負け戦じゃないから。ね?」
母は懇願するように言う。だが、俺は言うことを聞く気になれなかった。
「母上。僕は今日父上と母上の身の上話を聞きました。2人にとってこの村がいかに特別か。僕は知っています。お願いです。戦わせてください。後方で構いませんので。」
正直前線になど出たくはないが、ブラフを含めて言う。前世から引き継いだ大人の悪いところだ。
「ソーニャ、やってくれたわね。」
「ああ。」
父と母が目を合わせる。
「分かったわ。2人は私と一緒に後方支援よ。ただ一つ約束。死なないこと。いいわね?」
はい、と俺とサラは返事をする。
全員が持ち場につく。父が隣にいる。死亡フラグにはなるが、ここで言いたいことを言っておこう。
「父上。」
「どうした。」
「僕、父上のような騎士になりたいです。」
父は驚いたが、落ち着いて話す。
「そうか。」
父は板金鎧を身に付ける。母が持ってきてくれていた。腰には剣を括り付けた。
「あと、父さん。」
「ん?」
「剣の方がかっこいいですよ。」
「そうか。」
日はもう暮れ始めている。東からは松明の光、そして地響きが聞こえてきた。
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