8.敵襲
前回のあらすじ
父の本心に触れる。東から殺気が近づく。
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村の中心にある鐘が鳴る。そして男の叫び声が聞こえる。
「敵襲!東より敵襲!」
村が一気に騒がしくなる。満腹で穏やかになった気分は一瞬で引き締められた。先ほどまで食事をしていた3人はそろって東の方を向く。
遠くに見えるのは猫?いや違うトラだ、速い。3キロくらい先にいる点が少しずつ大きくなっている。近づいてきている。殺気が迫る。
「なんなんだよ。あれ。」
俺はうろたえる。
「ジギル!女性や子供を連れて西の方へ!バランタイン様もお手伝いを!」
隣でサラが叫ぶ。ジギルは村全体を一瞥する。村には人を運ぶ用の馬車はない。しかし、武骨な荷車ならある。ジギルは荷車が入っている倉庫を蹴破る。
俺も言われるがまま倉庫に入る。荷車は二台あった。俺は近くにあったロープでジギルと荷車を繋いだ。そして避難誘導をすべく外に出ようとするが、ジギルが前に立ちはだかる。
「村の人を誘導するんだ、どいてくれ!」
そう叫ぶがジギルはどかない。ジギルはもう一台の荷車の方を向く。まさか、これも繋げというのか?ジギルは早くしろと言わんばかりに鳴く。
分かったよ、そこまで言うならやっていやる。俺はもう一台の荷車を先につけた荷車の後ろに取り付けた。これでジギルを先頭に荷車が2つ連なる。
「頼んだ。」
そう言い、俺もジギルも倉庫の外へ出る。
外ではソーニャを中心に避難誘導がされていた。この村の規模は大きくはないが、それでもそれなりに人がいる。荷車は小さい。20人ほどが限界だ。子供を中心にぎゅうぎゅうになりながら2つの荷車に乗る。小学校の1クラス分の人数が乗るのを確認すると、ジギルは動き出す。
力自慢のジギルでもさすがに重いようで、最初から速度は出ない。荷車には乗らない大人たちが後ろから押し、初動をつける手伝いをする。少しずつ前へと進む。速度が上がる。ジギルはそのまま走り去っていった。
村の東側では、サラが男たちとともに弓や弩を構えている。トラはすでに1キロ先だ。一般人の腕力では射程範囲外だ。しかしサラは例外で少し高台で弓を射ている。高速射撃だ。3つの矢を同時に、3秒に一回のペースで射ている。しかし弓がその動きに耐えられないようで、彼女の傍らには矢だけではなく、弓のストックが5つほどあった。
トラは多少速度を落としてはいるが、それでも前進を進めている。距離にして約500メートル。男たちの射程距離にはまだ入らない。トラは大きく回りこもうとするが、サラを弓が男たちの動線から逃げさせない。
トラはこちらに正面から突撃すると決めたようだ。左右にフェイントをかけるのをやめ、サラのリロード時間のその一瞬でぐっと距離を詰める。俺は父からもらった刀に手をかける。
「撃て!」
サラの掛け声とともに男たちはいっせいに矢を放つ。突撃する動物に矢を当てることなど容易い__はずもなく。トラは体を捻りながら上へと飛ぶ。狙う先は最も厄介な狙撃手—サラだ。
サラも軽やかにそこから離れる。サラがいた家は潰れる。男たちの張った弾幕はなすすべなく突破された。
「手伝っていただき、感謝します。徒歩で逃げた女性たちを回収しながらあなたたちも西へ逃げなさい。」
サラは端的に支持を出す。男たちは自前の馬に乗り撤退する。誰も彼女の指示に背いたりしない。
「バランタイン様もお逃げください。」
「いえ、僕も騎士の一族です。戦わせてください。」
「__分かりました。死なないように立ち回ってください。いいですね?」
「了解です。」
サラと俺の会話には緊張が張り詰めていたが、どことなくうれしそうにも感じた。
俺たち二人とトラが対峙する。でかい。博物館のティラノサウルスを彷彿とさせるサイズだ。トラは俺には目もくれず、サラだけを見つめている。サラは矢を一本引き絞っている。両者、円を描くように間合いを計る。俺に出る幕はあるのか?足手まといになるだけじゃないのか?そんな不安が頭を支配する。
先に動いたのはサラだった。間合いを一足で詰め、トラの眉間を狙い下からうち上げるように射る。懐から射られた弓はさすがに躱せない。矢はトラの左目に命中する。しかしトラは動きを止めず右の前足でサラに殴りかかる。
上手だったのはトラだ。こいつは先手を取られた瞬間負傷を受け入れ、一撃でサラを仕留める方針に変えたのだ。
まずい、サラが死ぬ。彼女は父のような装備を着ていない。トラの持つ爪で引き裂くのは容易い。死ぬなとは言われたが、こういう時に動けなくてどうする__。飛び込むしかない。
すると俺の身体にまたあの感覚が広がる。遠くにいる父を探そうと目を凝らした時と同じ感覚だ。今回はそれよりもはるかに多くのムズムズが体に走る。
俺はトラの渾身の一撃を剣で受けた。しかしそれでもこの獣相手では力負けをする。俺は後ろへ吹き飛ばされる。サラはその間にトラの左目側へ移動し矢を放つ。トラは反応するものの被弾する。回避一辺倒になるトラに対し、サラは余裕を持ちより強く弓を引き絞ることが可能となり、急所ではないにしても矢が深く刺さるようになる。
俺は家に叩きつけられた。衝撃が全身を伝う。だが不思議なことに体は動く。トラに対し有利に戦闘を進めるサラの手助けをするため、俺はトラの視界に入るように立つ。トラは俺とサラを交互に見るようになった。
さすがに分が悪いと感じたのかトラは背を向け東の森へと撤退する。俺もサラもそれを追うつもりはなく、去り行くトラの背中を眺める。
「助かりました、バランタイン様。お怪我はありませんか?」
「大丈夫。自分でもびっくりだよ。」
「流石ですね、バランタイン様。」
「いや、サラがいなかったら死んでたよ。」
「子供や女性の避難は?」
「ジギルが連れて行ってくれた。大丈夫。」
「よかったです。」
「ねえ、サラあの化け物はなんなの?」
「恐らく、森の原生生物です。村を襲うなど聞いたこともなかったのですが__。」
情報共有をしながもトラの背から目を離さない。するとトラの左からものすごい速度で何かが近づいてくる。今日身に付けた遠くを見る技術を駆使し、目を凝らす。
その何かは父だった。逃げるトラに馬で接近し、首へ剣を刺した。
トラは死んだ。
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