4.騎士

前回のあらすじ

父に騎士になるよう進言された。

首を縦に振らない俺に父は騎士の仕事を見せると言う__

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騎士の仕事を見せると意気込んだ父。いったいどのようなことをするのかと、期待に胸を膨らませたが、それは存外地味なものであった。


 父は出身の村と同じように、ところどころにある集落に赴き、収穫状況や近況について話す。その際、一言目には必ず

「変わりはないか。」

 と尋ねている。



 5か所ほど回ると、さすがに疲れが出てくる。歩けるようになったとは言え、この身体は体力的には大人には遠く及ばない。子供は元気いっぱいな生物とばかり思っていたが、一度大人の身体を経験すると、子供の身体は体力を多く有しているのではなく、回復が早いのだと分かる。バッテリーの少ないスマホは充電が早いのと同じように。



 俺たちは一度城へと帰還した。これだけ移動続きなのに馬はぴんぴんしている。俺はこの時仕事は終わったものだと思っていたが、父は昼食後、何やら使用人2人に指示を出している。家には張り詰めた空気が流れていた。


 しかし、その緊張感をもってしても、俺は疲れと満腹感で眠くなってきていた。父はそれを知ってか知らずか、事務的な口調で

「少し休め。日暮れにまた出発だ。」

 といった。俺はそれに甘え、少し仮眠を取った。まあ、年齢を踏まえると「お昼寝」と言った方が正しいのだが、騎士の同行者として形だけでもかっこよく努めよう。




 1時間ほど寝た後、父は俺を城のある部屋へと連れて行った。その場所は母やキャスおばさんから入るなと結構厳しく釘を刺された部屋だった。


 そこは武器や鎧が置かれている部屋だった。長短や形が様々な剣。2メートルはあるのではないかという長い槍。棍棒のようなものまであった。

 対して防具は同じ種類の鎖帷子が4つほど並んでいる。そして部屋の端にはこれぞ騎士といった全身を覆う鎧があった。




 圧倒され、思わず近づく。

「それは叙任時にザクセン選帝侯から賜った板金鎧だ。触っていいぞ。」

 それを受け、素直に触る。メッキなどではない、本物の金属の冷たい感触がする。重厚という表現が相応しいその鎧だが、防具というよりも芸術作品という印象を受けた。


 素直に言おう、少年心がときめいてしょうがない。


「残念だが、今日はそれは使わない。」


 父はきれいに並べられた鎖帷子の1つを身に付ける。サラに教えられたが、これはチェインメイルと呼ばれ、メンテナンスが簡単らしい。そしてその上にサーコートと呼ばれるワンピースのようなものを羽織った。




「必要ないとは思うが、一応これをもっておけ。軽くていい。」

 父から渡されたのは5センチほどの、沿った形状をしている薄い剣。俺はこの剣を知っている。


 これは、日本刀だ。日本刀の短い方だ。確か脇差といったっけ。ここにある武骨な剣と比べるとかなり繊細なつくりになっているのが伺える。


「気に入ったか。そうか、ならそれはこれからお前のものだ。」


 日本人としてノスタルジーを感じていただけだったのだが。まあ物欲を感じたのは事実であるし、ありがたく受け取ろう。




「今度はもっといいものを見せてやる。時間だ、行くぞ。」

 父の手にはメイスと呼ばれる先端がウニのようになっている棍棒があった。


 また、城門へと歩いていく。父が武器庫に入った時点で勘づいていたが、これから戦いに出るのだ。いや、村を訪問している時に敵なんていなかったがな。


 城の外ではサラ、キャスおばさん、そしてアマレットを抱いた母_シロックが待っていた。




 サラとキャスおばさんは馬に乗っていた。この2人は父と比較して軽装備だが、サラは弓を、キャスおばさんはレイピアを持っていた。ええ、この2人も行くんだ。というか、キャスおばさん戦えたんだ。普段はあんなに世話焼きの優秀なメイドなのに。



「気を付けてね。あなた。二人もね。」

 父と使用人の2人が頷く。俺は置いてけぼりだ。

「バランタインも、言うことをよく聞くのよ。」


 母は言い聞かせるように言う。知らない人について言っちゃだめよ、のテンションだ。

 俺は子供っぽくうん、と言った。




「いい子ね。ほらアマレットもお兄ちゃんに行ってらっしゃいしましょうね。」

 母はアマレットをゆする。俺は妹に寄ってその手を握る。小さな手は俺の手を握り返し、丸い目は俺の目をしっかりと見ている。彼女もいつの間にか成長しているのだ。


「いってきます。」




 父は母を背に、俺は妹を背に出発した。方角はサラの狩りの見学を行った森だ。

 高低差がある木が乱立した場所に差し掛かったあたりで、父は歩みを止めた。

「ジギル、ハイドはここで待機だ。バランタインとサラの後方を守れ。森には誰も入れるな。」


 ジギルとハイドは家で飼っている馬の名前だ。


「サラとバランタインは隠れながらついてこい。敵と接触しても戦わず、森を出ろ。ジギルとハイドに任せるんだ。」

「分かりました。」

 サラが返事をし、俺も頷く。

 キャスおばさんはサラに対し、見下ろすように一言、

「バランタイン様には傷一つつけないように。」

 そこには世話焼きのメイドの姿はない。

「心得ております。」


サラは父に対する態度以上に頭を下げ返事をする。そこには強い上下関係を感じさせる。



「よし、では参ろう。」




 父とキャスは足音を立てずに進んでいく、その10メートルほどを俺とサラが続く。サラはずっと俺の手を握っている。以前行った時よりも森が深いため、方向感覚が失われそうになる。だが夕暮れであるためところどころ差し込む光が助けになる。



 20分ほど進んだだろうか。原生林の重苦しい空気が少し緩和される。しかし前方の2人にとっては来たる命のやり取りへのカウントダウンである。


 前方に狼煙が見える。が、それは俺らにとってであって、敵から言えばただの光源確保の副作用に過ぎない。人がいる。人数はそれなりにいそうだ。



 父は俺らに向け手を上げる。そこで止まれという合図だ。俺たちは身を屈める。少し遠くに人影が見える。原生林の中で、その部分だけが禿げている。そしてそこには建物がふたつ並んでいた。一つは矢倉で、もう一つは倉庫のようなものだ。いずれも地面から5メートルほどの高さに設置されている。



 矢倉には長い弓を持った男が2人おり、地面にいるものは短い弓、もしくは剣を持った男がいる。年齢に多少のばらつきはあるが、全員が戦闘できそうな風貌をしている。


 父はキャスおばさんと目を合わせる。父はまず木に登りキャスおばさんに合図をする。キャスおばさんはまず建物から離れて火を囲む歩兵たちにゆっくり近づいていく。既に剣は抜かれている。そして談笑する兵に一気に近づきレイピアと呼ばれる細い剣を横に振る。


 軽やかな動きで彼女は2人の首を切り落とす。敵襲を認識した残りの2人が剣を抜く前に、キャスおばさんは腕を折りたたみ長い剣の先端を、新選組のごとく2人の眉間を順番に刺した。


 4人を葬ったキャスおばさんは、焚火を薙ぎ払った。木造の矢倉へ向けて。矢倉の足元では火がくすぶり、それに気づいた他の兵が集まっていく。それを見たキャスおばさんは父へ手を上げた。



 父は広葉樹による葉でこちらからは見えないほど高く上っていた。しかし、合図は見えたようで、20メートル以上ある木からより上へと飛び、回転しながら落ちていく。俺の身長より少し大きい戦棍を軸に、その回転は速まっていく。向かう先は人の集まる、矢倉の足元だ。




 彼の一撃は前世の俺が死因以上の衝撃、100キロ越えのスポーツカーの衝突をはるかに凌駕する威力を持っていた。あまりの轟音と衝撃は俺たちの場所へと到達する、体は後方へと吹き飛ばされそうになったが、サラの掴んだ手がそれを防いでくれた。


 そこは跡形もない更地となっていた。直地点にはクレーターが出来上がり血しぶきはその周りに広がっている。そこには先ほどあった2つの建物も、人間の遺体と推定できそうな物体すら残っていない。遺体はキャスおばさんが始末した4つだけだ。父は一通り遺体を確認しこちらへと向かう。


「帰ろう。」


 帰りは4人で並んで帰る。行きとは違う穏やかな時間が流れていた。だが俺は先ほどの光景の衝撃から立ち直れない。前世ではありえない人間の動き、瞬く間に消えうせる生命。






 神に与えられたニューゲームは生易しいものではなかった。ある意味で俺が異世界へと転生したのを自分事として捉えたのはこの日だったかもしれない。




 日はすでに落ちていた。


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飼っている馬の名前

栗毛:ジギル(雌)

主に荷物の運搬等に従事する。愛想が良く、体力もある。

すこしハイドが苦手。




黒鹿毛:ハイド(雄)

父が主に乗る。城に住む人間しか乗せない。足が速い。

ジギルにいつもちょっかいをかける。

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