3.示された道

前回のあらすじ

歩けるようになった。

少女のメイドの狩りを見学しに行った。

父は化け物だった。

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「ば、ばらん、ばりゃんたいん。」

「そう!上手ね、いい子よー。」

母は大興奮である。父は何も言わないが何度も首を縦に振っている。多分喜んでいるのだ。


初めての外出から一週間。俺は言語を覚え始めていた。まだ文を構成するのは難しいが、2文字や3文字の単語なら発音できるようになってきた。






夕食後の一族が集まる温かな時間だ。夕食前、俺が割とはっきりした発音で「いただきます」を言ったので、みんなが俺に自己紹介をしているところだ。


「ママの名前はね、シロックっていうの、シロック・ラムファード。」


「私は、サラ・ナイルズ・ベルモットと申します。ベルモットでもサラでも構いません。一応今年で10歳になります。」


「私はキャスター・ウィンストンです。長らく当家の使用人をしております。ここではメイドでも名前で呼ぶことになっていますので、そうですね、キャスおばさんとでもお呼びください。」

「おばさんだなんて。」

母が口を挟む。

「いいのです奥様、バランタイン様からそう見えるのは当然ですので。」

キャスおばさんは母を制止する。



「ならいいのだけれど。ほらパパも自己紹介して。」

「俺か。俺は改めてでいいさ。覚えるのも大変だろう。」




「ご主人様、仮にも当主なのですからしっかりなさってください。」

キャスおばさんが窘める。

「私もそう思います。」

サラも同調する。


「そうか、ならそうする。」

父は律儀にも俺の前に立膝を付いて述べる。


「我が名はコルレオーネ、コルレオーネ・ラムファード。5年前に叙任を受け騎士に成った次第である。ザクセン選帝侯より、ブランデンブルク、つまり国境付近における地代の回収及び治安維持、加えて異民族の帝国侵入を阻止する任を仰せつかまつっている。」



「きし」


父があまりにも堅い自己紹介をするので、気圧されてしまった。口から出たのは腑抜けた言葉だった。


「いかにも、騎士は強きを挫き弱気を助ける存在。そして主君に絶対の忠誠を誓うもの。バランタイン、そなたも騎士となり弱気きを_苦しむ人々を助ける存在になってほしい。」

 父の言葉は相当の重みがあった。しかしこればかりは首を縦に振る気にはなれなかった。


 いやいや、待て待て待て。俺は普通の人間だぞ?少し成長が早いからと言って、中身はアラサーの会社員だ。いきなりそのような誇り高い人間になり、身を殺して仁を成せってか?無理に決まっている。


 そして、俺はなんの因果か分からないが、偶然にも2回目を生きる権利を得たのだ。何者かになるという霧のような夢を追い求め、散っていった。



 転生は多少なりとも前世を頑張った自分へのご褒美のように感じていた。次は楽しくいきたいという自分の望みを叶えるために与えてくれたものだと。騎士になったら、前世と同じではないのか?



 俺は黙ってしまった。キャスおばさんは「まだそんなこと言ったって分かりませんよ。」と、父をフォローしていた。しかし、父だけは俺の拒絶の意を感じ取ったように思う。










 その予感は当たっていたらしい。数週間後、彼はまた俺を外に連れ出した。今回は遠くに森は見える方向ではない。今回は辺り一面が黄金に輝いている_と錯覚する場所。小麦の畑だ。恐らく今が収穫期なのだろう。何人かはそこで作業をしている。


 この世界に来て初めて見る、他人だ。いや、よその世界から来ている時点で全員他人と言えば他人なのだが、城で共に暮らす人たちに対してはもう他人という感情は持てなくなってきている。俺は案外、この世界に馴染んできているのと感じていた。しかし、いざ外に出てみるとこの世界は俺にとって未知であるということを実感させる。絵画で見るような光景が現実として目の前に広がる。



 小麦畑を抜けると集落らしきものが見えてきた。すると遠くから父の存在に気付いた男性がこちらに駆け寄ってきた。

「おお、騎士様、そろそろ来ると思っておりました。ささ、こちらへ。」

父は言われるがままに案内され、馬を降りた。村の中で最も大きな家に通された。

「ぶどう酒が少々ございますが、飲まれますか。」

先ほどの男性の妻らしき人が言う。

「いや、結構。」

父は断る。



先ほどの男、その妻、父、俺でテーブルに座る。

「いやはや、今年は豊作でございました。これも騎士様のお力があってこそでございます。」

「いや、そなたたちの努力の成果だ。」

「はは、ご冗談を、土地を3つに分けて春と秋に別のものを収穫せよとおっしゃったのは騎士様ではないですか。」

麦の畑はかなり広かったが、あれでも耕作地の3分の1なのか。




「うまくいったようで安心した。それで、今年はまだ来ていないのか?」

「ええ、おかげさまで。今年の地代も問題なく収めることが出来そうです。」

 何が来ていないのか俺にはよく分からなかった。

「それで、そちらの方は?」

男は俺の方を向く。

「私の息子_バランタインだ。4か月ほど前に生まれた。」

「よろしくお願いします。」

呂律の回りにくい口で挨拶をする。目の前の夫婦は驚きを隠せていない。

「まさかご子息様がいらっしゃったとは。そうですか、やっと、なんですね。」

「ああ。」

妻の目には涙が浮かんでいた。




「こんな健康そうな子が__本当に良かった。」

「ああ、今度妻ととアマレット_この子の妹を連れてくる。」

そういうと夫婦はまた驚いた。

「シロック、本当に強くなったのね。」

「ああ。」

女性のすすり泣きが部屋に響く。訳の分からない俺は独りぼっちという感じだ。だが、彼女は泣きながらもそんな俺に気づいてくれた。


「あなたのお母さんね。あなたと妹さんが来るのをずっと待っていたのよ。もう少し大きくなったら話してあげる。お母さんには内緒だよ。」





 謎の対談はそれっきりだった。




帰り道、父は俺に話しかけた。

「私と妻はあの村で育った。先ほどの女性は妻の幼馴染だ。」

なるほど、だからあの女性は喜んでいたのか。まだまだ説明不足だが、なんとなく理解はできる。



「私が騎士になったきっかけはあの村を守りたかったからだ。」

父は自分の剣に触れる。



俺は子供じゃない。騎士とはという説法を受けたとして、それに感化されるような純粋さはとうの昔になくなってしまった。

 それに前世であれだけ渇望していた何者かになりたいという欲望は、一度死んで、薄れていた。




「お前には才能がある。単に成長が早いというだけじゃない。俺が持ってない何かを持っているような気がする。」

 才能ねえ。前世じゃそんなものは持っていなかったな。そういう競争は前世であきらめた。



「俺は騎士になれと命令するつもりはない。決して楽ではないし、命の危険もある。だから自分の目で見て、自分で判断してほしい。」

 父は馬を走らせた。全速力で。






「今日は我が任務をご覧に入れよう。」

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ここまで出てきた登場人物の名称のまとめ


主人公:バランタイン・ラムファード

妹:アマレット:ラムファード

父:コルレオーネ:ラムファード

母:シロック・ラムファード

少女の使用人:サラ・ナイルズ・ベルモット

おばさん使用人:キャスター・ウィンストン




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