2.父の背中

前回のあらすじ


生後一か月で意思を持った行動が可能となる。前世を含めた人生最大の危機を迎える。


生後二か月でハイハイが可能となり、離乳食が食べられるようになる。

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生後3か月。俺は父と部屋にいた。父は部屋を四つん這いで徘徊する俺を見ながら、何か書き物をしていた。顔が恐ろしく怖い父だが、彼に見守られていると、母とは別ベクトルの安堵感を与えてくれる。前世で赤ん坊だった記憶はもちろんほとんどない。そのため母性や父性について真面目に考える機会などなかった。



 俺は新たな体を得て、普通の人が理性を持つ前に受ける愛情というやつを、理性的に受け止めることが出来るという極めて稀な経験をしているという訳だ。前世の両親は早世しているため異世界に転生するにあたっては思い残すことは特にない。しかし、異世界に来て別の両親から受ける愛情を通して、死んだ前世の両親の偉大さを実感した。



 すまん、真面目な話をしてしまった。現状を話そう。今日は珍しく父が家にいた。昼間は基本的に家にいない。しかし夕食時には大体帰ってきているので、父がどんな仕事を行っているか大体わかっている。




 父は騎士だ。それも叩き上げらしい。細かいことまではまだ分からないが、この城周辺の農民から収穫物を回収し、近くの都市へ納める仕事をしている。治安維持も彼の仕事だ。農民同士のトラブルがあった際は、簡易的に裁判のようなものを実施し民主的に解決するらしいのだが、彼はその際に中立の立場で判断を下す。いわば裁判官だ。


 

 が、それは一般的な騎士の職務であり、父は別のことをやっているらしい。ある日母は子守歌のように

「あなたの父は特別な騎士なのよ。とっても強いの。だからあなたも強くなるのよ。」

と言っていた。何がどのように特別なのかは言っていなかった。単に惚気なのかもしれないが、彼女の言葉には含みがあるように感じた。


 父のことを考えていながら、部屋の徘徊を続ける。なぜ理性もある俺が動き回るのか?それは赤ん坊としての本能と、あとはあれだ、なんか気まずくて赤ん坊っぽいことをしているだけだ。あまり仲良くない上司と飲みに行っている際に頑張って会話を盛り上げているようなもんだ。


 俺が飲み会トークが如きハイハイをしていると父が近寄ってきた。すると俺を抱きかかえ、身体を一瞥した。




「成長が早いとは聞いていたが、まさかここまでとはな。」

 父は立膝をつき、俺の足だけを地面につけた。おいおい父よ、俺の脚はまだ生まれたばかりのバンビにも満たないんだぜ?

「頑張れ。」



 彼があまりにも真っすぐ見つめるので、やらざるを得ない気がしてきた。温かくはない床を足裏で感じる。父の手はゆっくり離れていく。怖い。だが、やるっきゃない。足に力を入れる、視界が揺ら__がない。

「さすがだ。」

俺は生後3か月にして立つことが出来た。自分でも驚きだ。



父は一歩下がりまた立膝をついた。

「こっちだ。」

腕を広げ、待機する。まさか、歩けというのか?今立ったばかりだぞ?

「頑張れ。」

こいつ、同じことしか言えないのか?だが、彼は変わらず期待のまなざしを向けている。ああ、いいよ、やってやるよ。


 

 一歩踏み出す。さすがに体がぐらつく。ハイハイとは異なる平衡感覚が試されている。しかし、何とか保てている。怖くてたまらない。転倒に備えるため、手は広げていく。



 3か月ぶりの歩行は上手くいった。たったの三歩。前に進んだだけだ。しかも3歩目でつんのめり、倒れこむようにして父にたどり着いた。しかし、やってやったぞという達成感を味わうことが出来た。


「よくやった。偉いぞ。」

無茶ぶりをしてきたにもかかわらず、父の誉め言葉は素直にうれしかった。

「お前の筋肉を付き方を見て、できると思ったんだ。良かった。初めての話した時と乳離れしたときには立ち会えなかったからな。ちょっと待っててくれ。お母さんに自慢してくる。」



 普段一言で会話のキャッチボールを終える父が初めて饒舌にしゃべった。俺が立ったのが霞むくらいに珍しいことだ。








 水泳、スキー、自転車は一度覚えたら忘れないとされている。歩行も同様だ。あの日以来、歩行を何度も繰り返すうちに、1時間くらいは歩き続けられるようになった。母は俺が歩くたびに感動し、対して父は母やメイドに対し自分事のように誇らしげにしていた。うん、案外親バカなのかもしれない。




 城の敷地が俺にとって手狭になってきたころ、父は俺と少女のメイドを連れて城の外へと連れて行った。父と少女のメイドが別で馬に乗っている。俺は父に続いて馬を走らせる少女のメイドに抱えられている。この年で赤ん坊を抱きながら馬を走らせられるとは、彼女の有能さには驚くばかりだ。


 父は前方で安全確認をしながら馬を進めている。やはり騎士ということもありその後ろ姿は雄大でかっこよかった。



 城を離れるとしばらく平原だったのだが、45分くらいたつと低い木が生えている植生へと変化してきた。それをさらに進み、低い木と高い木とが乱立する場所へときた。人が通っている形跡はあるが、かなり自然に近しい環境にいるのが分かる。父はそこで馬を止めた。



 一同はそこで足を止めた。身長の関係で馬の乗り降りは手伝ってもらわないと難しい。少女のメイドに助けられ、馬を降りる。


 初めての外出にしてはかなり険しい場所だ。獣なのか虫なのかよくわからない生物の鳴き声が聞こえている。少女も俺も警戒心を高めている。



「すぐに戻る。」

父はそう言い、森のより深くへと駆けていった。速い。大型トラックが横を通りすぎたような風圧を肌で感じる。姿は瞬く間に消えうせる。30秒くらい経過すると、父が戻ってきた。何かを抱えている。毛むくじゃらな、何か。




「少し時間がかかってしまった。」

父が毛むくじゃらを俺たちに見せる。それは、生きた獣であった。牙が生えて全長は1メートルほどの動物、猪だ。父はこの間に、猪を見つけ生け捕りにしてきた。

「準備はいいか?」

 なんの準備か俺には分からなかった。しかし彼女には伝わったようで、彼女は頷いた。彼女には珍しく、緊張が伺えた。彼女は俺とつないでいた手を放し、弓矢を手に取った。


「いくぞ。5秒後だ。」

「はい、お願いします。」

父は捕まえた猪をリリースした。猪は一目散に俺たちから離れる。

「ご、よん、さん、に、いち。」


彼女がカウントをしている間、父は俺を持ち上げ、肩車をした。カウントを終えると彼女は父のように森の中へと消えていった。そよ風の如き風圧が頬を伝う。




「よく見ておけ。」

父は俺にそう言ったが、目が離せるはずもなかった。そこには優しく俺の尻を拭いた優しいメイドの姿はなかった。


 彼女は弓を引き絞りながら猪にぴったりとついている。しかし木々が邪魔をするため、狙いをつけても打つべきタイミングが計れていないようだ。


 そのため彼女は猪の動きを予測し、矢を放った。猪に向け矢を放つのではなく、放った矢の射線に猪が来るようにしたのだ。矢は猪の後ろ脚に刺さり、猪は転がる。彼女は転がる方向へ先回りし猪を受け止め、懐に持っていたナイフで胸を刺した。猪は動きを止め絶命した。




 少女のメイドは仕留めた獲物を肩に担いだ。そして俺と父のところに駆け寄ってきた。父は俺が見やすいように猪と彼女を追いかけていた。かなりの速度だったのにも関わらず、俺には一切負担がかかっていない。



「上出来だ、よくやった。」



 俺たちは帰路についた。帰り道は父に抱えられて帰った。彼女は仕留めた獲物を抱えていた。自分が必死に仕留めた獲物だ。思い入れがあるのだろう。そう考えると、父は案外気を遣える人間なのかもしれない。




「まだ先にはなるが、お前もいずれやってもらう。」

 父は俺の頭をなでながら話した。

 ええ、まじかよ。少し前にびびりながら歩いたのがお遊びみたいに思えてくるじゃねえか。できる気がしねえよ。

「そういえば、お前が初めて立って歩いたお祝いがまだだったな。アマレットも首が座ってきたことだし、今日は豪華な飯にしよう。」


 そう言うと父は馬から降りた。地面から適当な石を拾ったかと思うと握力でそれを2つに割り、上空へと投げた。すると俺たちの真上を飛んでいた鳥の群れへと命中した。落下する鳥を両方ともキャッチし、何事もなかったかのように馬に乗った。



 俺と少女のメイドは驚きの表情を隠せない。それに気づいたのか、父は少女に聞こえるように、

「大丈夫だ、いずれ出来るようになる。」

と言い、また家路へと戻っていった。






 特別な騎士であるという父の片鱗を垣間見ることが出来た気がする。



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