5.初めてのおつかい??
前回のあらすじ
騎士の仕事を見学した。そこには異民族を一挙に葬り去る父の姿があった。
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しゃべれるようになった。父の職場見学の2か月後。生後6か月ほどだ。
もともと思考力は前世から受け継いでいるため、サラを含む大人たちと同等の知能水準の会話が可能となった。初めての歩行は一大イベントであったが、会話というのは赤ん坊という庇護すべき対象から、一個人へと昇華するための大きなステップである。生後間もない子供が自分たちと同じように話せることに、彼らは俺がしゃべるたびに驚嘆が感じられる。あまりに現実離れしているためだろう。
そのように驚嘆を毎度受ける俺だが、母と父はなんだかんだで俺が誇らしいらしく、俺が何かしゃべるために褒めたたえる。サラはもう当然とばかりに受け止めている。キャスおばさんは、まあ、リアクションはでかいが、生まれてすぐの時よりは落ち着いている。
対してアマレットはおすわりが出来るようになり、乳歯も生え始めた。
さて、これに伴う大きな問題が一つ俺に迫っている。それは騎士を目指すか否かという決断が迫っているということだ。父は俺にあと一週間で決断しろと言った。
騎士は基本的に7歳くらいからどこかの主君に使え、雑用、勉強、鍛錬を行う。騎士になるのは大体領主や豪族の次男や三男だ。長男は多くの場合領主となり、政治を行う。要するに跡継ぎではない上流階級の人間が騎士となるわけだ。
しかし、俺の場合は特殊だ。なんせ父は騎士ながら領主でもあるのだ。長男である俺は領主となるのが通常ではあるが、父は俺に騎士になることを望んでいる。口下手なのはわかるが情報不足も甚だしい。
せっかくしゃべれるようになったのに父が俺に伝えたのは、
「大事なのは情報ではなく意思だ。」
のみである。さすがに納得できないので、なぜ7歳までではなくあと一週間で騎士になるか決めなくてはならないか尋ねた。
「騎士は大切な判断をその場で下さなければならない。戦闘中だけではなく、人生の選択もだ。自分の将来を1週間で決められぬような人間は騎士には向いていない。」
父はそれだけを伝えた。それ以降父が騎士について話すことはなかった。
歩行もコミュニケーションも自由に行えるようになったため俺には、キャスおばさんもしくはサラの同行が条件ではあるが、自由な外出許可が下りた。ほとんどの場合はサラと外出する。そのたびにキャスおばさんはお節介を発動し、色々と指示を出す。そして母に
「サラをもっと信頼なさい。」
と咎められるまでがセットだ。
今日はサラが領内の案内をしてくれるそうだ。サラは俺が一番よく話す相手になってくれている。ついで母、キャスおばさんとなる。あの堅物はカウントするまでもなく、ダントツでビリだ。
「本日は西をご案内いたします。しっかりつかまっててくださいね。」
さらがジギルの速度を上げる。風。バイクに乗って高速に乗っている気分だ。馬に乗っているというのにジギルは揺れを感じさせない安定した走りを見せている。移動中は暇なのでサラと俺は話す時間が多くなる。
「ねえ、サラ。サラってどれくらい強いの?」
「私、ですか。うーん、ご主人様に教えていただいているので弱くはないと思うのですが、弓はまだしも剣はまだまだ未熟です。」
「そうなんだ、キャスおばさんと父さんはどれくらい?」
「キャスおばさんは騎士にも引けを取らないお方です。メイドとしても私より手際が良いです。まあ、だからこそ私を信頼してくださらないのでしょうね。」
彼女も出かけることのことを気にしていたようだ。まあ10歳ちょっとの少女がああいう言われ方をしたらさすがに堪えるだろう。
「いや、サラを信用しているから要求も高いのでしょう。」
「ふふ、バランタイン様はお上手ですね。奥様みたいです。」
「母上?」
「ええ、奥様は戦闘能力は高くはないのですが、教養が深く政治の部分ではとても秀でているのですよ。」
あの母が、か。親バカにしか見えないのだが。
「ご主様が今のように騎士と領主の兼任できるのも奥様のおかげと言って差し支えないでしょう。奥様がいなければ私もここにはいないですし。」
「え?どういうこと?」
「その話はご主人様に言わないように仰せつかっているので、秘密です。」
彼女は俺の頭をなでて言う。そう言われちゃこれ以上深くは聞けない。
「父さん、秘密ばっかりだなあ。」
「まあ、そうおっしゃらずに。ご主人様は貴方とアマレット様のことをいつも気にかけておられるんですから。」
まあ、それはなんとなく分かるが。
「父さんはどれだけすごいの?」
「ご主人様は一般騎士が10人いても敵わないお方です。ザクセン選帝侯から騎士に任命されたのは実力が故です。恐らく選帝侯にも引けを取らないかと。」
「選帝侯って?」
「神聖帝国における騎士としての最上位の役職です。帝国は主に6つに区分されているのですが、それらをそれぞれ統治する存在です。世襲的な要素もありますが全員人間離れした戦闘能力を有しています。また、国王選挙で立候補できる権利を持ちます。」
「国王?ここは帝国なんだよね?」
そう答えるとサラは少し驚いて、
「その指摘が出来るとは、やはりバランタイン様はすごいですね。」
「神聖帝国には現在皇帝が1名、国王が1名居られます。皇帝が崩御された場合には国王が皇帝に繰り上がるのです。形式上は国王ですが、実態は次期皇帝という訳です。」
「付きました。ここから先はザクセン選帝侯が直接統治する場所になります。」
目の前には、広く比較的穏やかな川が流れていた。
「エルベ川と言います。きれいでしょ?」
サラは目をキラキラさせている。
「この先にもし入ったらどうなるの?もしかして殺されたり??」
「いやいや別に私たちは問題ないですよ。農民が土地から逃げ出してきた場合などは別ですが。ただ、入ると面倒なので今日はここまでにしましょう。」
彼女は苦笑いを浮かべ、踵を返す。
帰り道は他愛もない話をする。好きな料理、母の面白いエピソードなどだ、いたずら心で理想の男性を聞いたが顔を赤らめて耳を引っ張られた。おかしいな、このくらいの女の子は恋バナが大好きなはずなのに。
「あ、ご主人様が遠くに見えますよ。巡回中ですかね。」
帰路につき少し経つとサラがそう伝えた。父はあの戦闘以来、頻繁にパトロールへ出かけた。
「え、どこ?」
「前方、大体7キロくらい先にいらっしゃいます。」
「俺はそんな遠く見えないです。」
「いえ、出来ると思いますよ。集中してみてください。」
「いや、見えないって。サラだからじゃない?」
「あちら側はこっちを見えていますよ。お父様が見えるのですからあなたもできるはずです。」
うーん、そこまで言うならやってみるか。目に力を込め、集中線を狭めていくように見るポイントを限定していく。しかし、見える範囲は変わらない。
「頑張ってください、出来ます。」
彼女は俺の肩を持って応援する。すると、体の中からふつふつと沸き起こってくる。力加減が分からずに漏らしてしまったときや、初めて歩いたときにも感じた妙な感覚だ。
すると視界が一気に鮮明になった。遠くに見えていた緑が、葉の集合体と認識できるようになる。そして確かにかなり先で顔に多くの傷がある俺の肉親がこちらを見ているのが分かる。
試しに手を振ってみる。すると父は頷いた。そしてそのまま森の方へと走っていった。
不思議な体験を終えると、村が見えていた。俺が初めて父に連れられたあの村だ。黄金色は以前より縮んでいる。小麦が収穫されているのだろう。
サラもこの村にはよく来ているようで村民と挨拶をしている。領主の人間であるのにも関わらず、村民は年相応の女の子という感じで扱っている。対して俺は目が合うたびに深くはないが、頭を下げられる。立場仕方ないのかもしれないが少し寂しい。
「あら、サラちゃん、久しぶりね。」
そう言って寄ってきたのは、母の親友であったという女性だ。
「お久しぶりです、ソーニャ様。」
彼女は続いてこちらを向く。
「あら、そちらはバランタイン様ね。以前お会いしたときは自己紹介できませんでしたね。ソーニャと申します。ご領主様には大変お世話になっております。」
「先日はどうも。しゃべれるようになりましたので、こちらも自己紹介させていただきます。改めましてバランタイン・ラムファードと申します。生後6か月ほどになります。」
「驚きました。前見た時ですらご立派でしたのに。ご丁寧なあいさつ感謝いたします。」
彼女は微笑を浮かべる。言葉はかしこまっているが優しさがにじみ出ている。
「そうだ、せっかくいらっしゃったんだから。ご飯食べていって。ね?いいでしょ?」
「いや、申し訳ないですよ。急な来訪でしたし。」
助けを求め、サラの方を向くが、サラはたしなめるように言う。
「バランタイン様。ご領主のご子息なのですから、堂々となさってください。ご好意を受け取るのも礼儀の1つなのですよ。」
「で、でも、城で用意されているので__。」
「それなら大丈夫です。私はラムファード家の給仕係ですよ。」
そこまで言われたら断りようはない。
「では、頂きます。」
ソーニャは微笑を強めて答える。
「うれしいです。バランタイン様は鳥のスープがお好きだと伺っておりましたので、昨日から仕込んでおいたものがあります。サラ様から教えていただいたのでお口に合うかと思います。」
そう言ってサラに目くばせする。サラは少し悪い顔をしている。
くそ_こいつら謀ったな。別に悪いことではないのだが。なんだか負けた気がする。
そして俺を知らず知らずのうちに俺を蝕んでいた重大な事実に気づいてしまった。
俺はサラに胃袋をつかまされた。
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