第25話

 それから三十分程で美紀の順番が来た。


「お次のお客様、店内でお連れ様がお待ちです」


「あ、いえ……待ち合わせではないです」


 美紀が店員に応えるも、「いえ、あちらでお待ちです」と――案内された先には、笑顔で手を振る海斗の姿があった。


「美紀ちゃん並んでるの実はここから見えてたんだけど、しばらく眺めるのもいいか、なんて思ってさ」


 そう言って、また海斗は笑った。


 海斗に近付くにつれ、視界がぼやけていく。

 慌てる海斗もぼやけた。

 美紀の頬を、また涙が伝っていた。


「会いたかったの。謝りたくて」


「え? ちょっ……何?」


「この前のこと、ずっと謝りたくて……」


「ちょっと待って。とりあえず座って」


 海斗に促され、美紀が椅子に腰をおろすと、海斗は落ち着いた口調で話し始めた。


「俺は、ただ美紀ちゃんに会いたくて、今日ここに来たんだけど」

 

 海斗の指が美紀の頬に触れ、優しく涙を拭った。


「海斗君に奥さんがいること分かってたのに、何であんなことしちゃったんだろうって……」


「妻とは別れてるよ、四ヶ月前に。……実はもう何年も別居してた」


「四ヶ月前って――」


 海斗は気まずそうに苦笑いしている。


「うん、美紀ちゃんと出会ってちょっと経った頃かな」


 美紀は愕然とした。

 毎日顔を合わせて会話を交わしていた海斗が、それほどの大きな問題を抱えていたことに、まるで気付かなかったからだ。四ヶ月前の海斗の様子を思い返してみたが、何一つ思い当たる節がなかった。


「――何で話してくれなかったの!?」


 つい声を荒げてしまった。


「普通言わないだろ。てか言えないだろ? 婚約して幸せ真っ只中の美紀ちゃんに」


 美紀は言葉を詰まらせた。確かにその通りだと思った。


「……ごめん……なさい」


「何で美紀ちゃんが謝るんだよ。これは俺たち夫婦の問題だし、離婚するのはもう前から決まってたことなんだ。たまたまそれが、四ヶ月前だったってだけだよ」


「……そう」


 美紀はそれ以上言葉が続かなかった。


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