第5話
電車が揺れ始めると、美紀は違和感を覚えた。
毎朝うんざりするすし詰め状態の車内が、今日はさほど気にならないことに気付き不意に顔を上げると、つり革を持つ男性の肘に頭をぶつけ、“すみません”の会釈をする。
いつも以上の混み具合だ。
ならばこの不思議な感覚は何だろう、と考えた。空腹と心が満たされたことからくるゆとりの為だろうか。こんな気分で出勤できるなら、あの店に毎日通ってみたいとさえ思えた程だ。
電車が停車してドアが開き、勢いよく押し出される――と、ふわりと甘い香りがした。そして、満面笑みの女性が美紀に駆け寄る。
「おはようございまぁす」
甘ったるい声で美紀に挨拶するのは、会社の三つ後輩の
「おはよう。瑠璃子ちゃんこの時間珍しいね」
「そうなんです。いつもはギリギリなんですけど、今日は美紀さんとお話したくて、一本早い電車に乗ったんです」
「え? どうしたの?」
「昨日、美紀さんが教えてくださったお店に行ってきたんですけど、すっごくお洒落だし、お料理もおいしくってほんと最高でしたぁ!」
体をくねらせ話す度に、揺れる巻き髪から甘い香りが漂い、美紀の鼻腔を蕩かす。
「彼氏と? あ、今はいないって言ってたっけ?」と美紀が尋ねると、「そうなると嬉しいんですけどね……」と瑠璃子は頬を赤らめた。
――可愛い……めちゃくちゃ可愛い!
そんな顔をされたら男性なら堪らないだろう、などと考えながら、美紀は瑠璃子に見とれていた。
甘い声とあどけない表情には似つかわしくないスタイル。カーディガンを羽織ってはいるものの、胸元の大きく開いたワンピースからこぼれ落ちそうな胸は、同性の自分でさえも目の遣り場に困ってしまうほどなのだ。
会社に到着するまでにすれ違った数人の男性達が皆、瑠璃子のそれにちらちらと目を遣る様子を、美紀はまじまじと見つめていた。
当の本人は知ってか知らでか、気にもしていない様子。どちらにしても、それは瑠璃子にとってはどうでもいいことなのだ。瑠璃子が媚びない性格だと、美紀は知っていた。恐らくそれが、瑠璃子が異性からも同性からも好かれる理由なのだろう。
「じゃあ私、お手洗いに寄ってからロッカー行きますね」
甘い香りを振りまきながら、瑠璃子は小走りで去っていった。
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