第6話

「おはよう」


 少し掠れたその声の主に、今度は美紀が満面の笑みを送った。

 スタイリッシュなスーツに身を包み、長身で目鼻立ちの整った爽やかな男性――竹野内たけのうち大希だいきだ。

 二十七歳の美紀より四つ年上の大希は、美紀と同じ課の上司だ。そして付き合って三年になる美紀の彼氏であり、先月プロポーズを受けた婚約者なのだ。


「おはよう、大希」


 美紀がそう言って大希の腕に手を絡めた途端――


「こらこら、会社ではダメだって!」


 大希は素早く身を躱し、少し照れた様子で辺りをキョロキョロと見回してから、誰もいないと分かると、人差し指でツンと美紀の額をつついた。

 社内恋愛が特に禁止されている訳ではなかったが、大希は人前でベタベタするのをあまり好まない。しかし美紀は、それを知っていてわざとそうしてみたのだ。

 このところ大希の仕事が忙しく、休日出勤と残業続きでしばらくデートもできていない。プロポーズを受けた先月から一度もだ。

 美紀は口を尖らせ少し拗ねた様子を見せた。


「ごめんな。時間作るからもうちょっと待ってて」


 些細な抵抗をしたものの、申し訳なさそうに眉をひそめる大希を見て、困らせてしまったことを後悔した。おそらく大希も、時間が作れなくてもどかしさを感じているはずなのだから。

 美紀は尖らせた唇を緩め、小さく頷き笑顔を見せた。会えないといっても本当に会えないわけではなく、会社では顔を合わせているし、美紀のデスクからは大希の姿がよく見える。それが社内恋愛の良いところでもある、と美紀は思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る