第3話 元婚約者の妹
街の門番にはなぜか滅茶苦茶怯えながらの対応をされた。
亡霊を見るかのような目をして……って、そりゃそうか。
ダンジョンの入り口がギルドの地下にあるせいで、俺が帰還したことを知らないんだもんな。
もうとっくに街を出た後だから、心の中で門番に謝っておいた。
この街の外はなだらかな丘陵地帯になっている。
もう半年以上たったんだもんな……。
畑や果樹園には様々な野菜や果物が実っている。
ダンジョンに入る前はまだ少し肌寒い春のはじめで、エランダと一緒に巡回に来て秋の実りを祈ったんだ。
この場所で2人。婚約して3年も経つのに名前を呼ぶのも少し恥ずかしながら歩いたっけな。
それが、できたのはクズの子供で、俺は追放とはな……。
「ラクス様」
そうそう。そんな風に可愛らしい声で俺を呼んで……って、え?
「はぁ、はぁ、ラクス様。よかった、追いつけました」
「シファ?」
俺に声をかけてきたのは、エランダの妹のシファだった。
エランダと同じく耳に心地よいハスキーな声だが、エランダよりも少しだけ柔らかな声。
どうやら走って追いかけてきたらしい。
そう言えばこの娘は馬は苦手だったからな。
無茶をさせないように、近くまでやってくるのを待つ。
やってきたシファは領主の娘なのに慣れない運動をしたからか肩で息をしている。
このまま去ったら俺が鬼だな……。でも出て行けって言われたんだけどな。
と思っていたら、そのまま抱き着いてきた。
「ラクス様、無事でよかった」
咄嗟のことに慌てる俺……。
いや、俺は君のお姉さんの婚約者なんだが……元、だけども……。
「せっかく帰って来たのに出て行っちゃうなんて……どうしてなんですか!?」
そのまま俺の腕の中でぷりぷりと可愛らしく怒っている。
いや、俺も嫌になったけど、出て行けとも言われたんだけども……。
「嫌になったからな……まさかあんな嘘が蔓延してるとは思わなかった」
「やっぱり嘘なんですね?私、何回もジキルの話がおかしいって言ったのに誰にも聞いてもらえなくて」
やっぱり、か。
シファは理解してたのか。でもまだ子ども扱いされてるシファが何を言っても、俺は不在だしな。
そう言えばクレアはどうなったんだ?
まぁどうでもいいか。
もう出て行く俺には関係ない。
「もともと俺は旅の冒険者だ」
「そんな……私も……お姉ちゃんも……寂しいよ」
いや、俺に出て行けって言ったのは君のお姉ちゃんなんだけども……。
可愛らしい肩まで伸びたプラチナブロンドの髪を揺らしながら問い詰めてくるこの子はきっといざこざに関しては聞いていないのかな?
「パーティーや資産は奪われるし、市民権もないから街から出て行けっていわれたんだけどな?」
「えっ?」
やっぱりそうか。
呆然としている顔も可愛いが、エランダがこいつに正直にすべて話すとは思えないしな。
この娘は3年前のスタンピードでモンスターに襲われてケガをしたんだ。
その時に酷いケガを負ったし、髪も斬られてしまった。
そのタイミングで参戦した俺が助けたんだが、それ以降だいぶ懐かれたんだよな。
「ラクスさんがいなくなったら、この街はダンジョンに抗えなくなります?実際、この半年の探索は中層止まりです」
「あ~、それはやばいな」
スタンピードについてわかっていること。
それは、スタンピードのきっかけは下層のモンスターなんだ。
ダンジョンやボスモンスターごとに期間には差があるが、一定期間、下層のモンスターを間引かないと、増えすぎて中層に移動し始める。
それを嫌って中層のモンスターが上層に、上層のモンスターが地上にという流れで移動が起きるんだ。
移動し始めると興奮したモンスターは歯止めが効かなくなる。
暴走してるから普段より強い。
さらに、下層や中層のモンスターも途中で止まらない。時間が経てばこいつらも外に出てくる。
最悪の場合は中層のボスや、下層のボスまで出てくるんだ。
抑えるためには下層のモンスターを間引く必要がある。
世界には何か所か、下層ボスを倒したらスタンピードが起こらなくなったって話もあるけど、これは証明はされていない。
でも、逃げて来た経験からすると深層のモンスターは下層には行かなかったのは間違いない。
あのときはギリギリだった。
階段を見つけて飛び込んだんだが、何かに弾かれるように深層のモンスターはそこで回れ右して帰って行った。
「でも、市民権も失って、追放と言われてしまったら、俺の一存で残ることはできないよ。悪いけど」
「えぇ?」
なにせ街に入っただけで不法侵入と、不法滞在だ。
もちろん冒険者ギルドが身元保証してくれれば一定期間は滞在できるけど、ギルド長があの感じだと無理だ。
「だから……」
「ちょっと待ってください!」
「ん?」
「そもそもラクスさんは半年間行方不明だったため推定死亡として扱われたんですよね?」
「そう言っていたな。その規程は冒険者になった時に説明を受けたから、そうなんだと思うぞ」
この国の冒険者は全て冒険者ギルドが管理している。
登録するとカードが貰えて、それが最低限の身元保証をしてくれるんだ。
その登録の時に規程の中でも重要なものを説明してくれるんだけど、確かに聞いた覚えがある。
「それなのになぜ市民権の話になるんですか?」
「ん?」
確かに……言われてみるとおかしいな。
この3年で勉強したところによると、市民権は領主が与えるもので、死亡した際には抹消されるけど行方不明者などの抹消は領主決済じゃなかったか?
それに個人資産はギルドの推定死亡時じゃなくて、領主決済による死亡認定の際に失われるはず……。
そもそも3年程度しか滞在していない俺の個人資産なんてたいしたことはないと思うが、あれはどうなったんだ?
「私、調べてみます。だから……」
「いや、いいよ。もう婚約者でもなくなったし、パーティーもない。戻る気にはなれないんだ」
「あっ……」
俺は優しくシファの頭を撫でながらそう宣言した。
心底この街にいるのが嫌になったんだ。
俺を慕ってくれるこいつには悪いけど。
シファはどうしようもないと思ったのか、俺に抱き着いていた腕を離す。
「嫌です……」
「シファ……」
泣いているようだ。
ごめんな……。
「私、諦めませんから!」
泣きながら叫ぶシファ。
美少女の涙に心が揺らいでしまう。このまま連れて行くわけにはいかんしな……。
「これ、やるよ」
「えっ?」
申し訳なさからかもしれない。
それでも何かしてやりたくなった。
だから、昔から身につけていたお守りをあげた。
守りと癒しの力があるお守りで、昔から持ってたやつだからちょっと汚れてるけども。
いつ手に入れたのかはわからないけど、何個かあったから何か心配なことがあったらあげてた。
その1つを、シファに渡す。
そして泣き続けるシファを置いて、俺は街から去った。
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