あのー、おれ蛮族なんだけど・・・未来世界はオレよりヤバい蛮族だらけなんじゃないか?
@timtimkimotie
#1 半裸刺青ロン毛マント
静穏とした森だった。
微かに聞こえるのは小鳥の鳴き声だけ。それがむしろ静けさを助長するようで、昼寝にはちょうどいい静けさだ。
ぽかっと開けた、木漏れ日の射す広場。彼はそこで眠っていた。
精悍な顔立ちの男だった。長い髪は伸び放題で、身に着けているものは下衣とぼろぼろのマントだけ。そこそこ焼けた肌にはおびただしい刺青が刻まれているという、ただならぬ雰囲気だ。
息をひそめてその様子を観察していた彼女は、思い切って一歩踏み出した。
がさり。
背を丸め、胎児の姿勢で昏々と眠っていたその瞼が、わずかに震えて持ち上がった。
「うむ・・・・・・ ふあ~あ、よく寝た」
びくりと固まった少女のことなど認識してすらいなさそうに、彼は地面に両手を着けて腰を上げ、猫のように伸びをした。
頭をがしがしかいて、やおらに首を少女へと振り向ける。
ぼんやりしていた緑色の目が、だんだんと人影へ焦点を合わせていく。
「ん? ・・・・・・誰だ、お前は」
「えっ、あっ」
頭頂から猿の耳を生やしたその少女は、唐突にぶっきらぼうな声を投げかけられてしどろもどろに尻尾を足へ巻き付けていたが「そんな顔しなくても取って食ったりはせん」と軽く笑われたことで少し緊張が和らいだらしかった。
足を揃えて、ぺこっとお辞儀をする。
「え、えと・・・ ボクはケチャマヨっていいます。
スミマセン、こんなところに野良プレイヤーさんがいるなんて、ボク気づかなくって・・・」
「? 『ぷれいやあ』? それはどういう言葉だ」
「え?」
二人の頭上にはてなマークが出現した。
子どものようなしぐさで首をかしげた男は、何かに合点したようにぽんと手を打った。
「ああ~・・・・・ なるほど! ここは戦士の楽園なのだろう?」
「は、はい?」
「なるほどなあ~! 楽園ならば半人半獣のみ使いがいてもおかしくはないな!
ぷれいやあがなんのことなのかは知らんが、きっと楽園の間でだけわかる言葉というものだろう?
なあ、楽園のみ使いよ。トナカシアはどこにいるか知っておるか」
「え、誰・・・・・・」
「つれなくするなよ! おれたちの可愛い妻だ! 知ってるだろう? あの時は侍女を伴い、誰よりも勇敢に戦ったからな!
真っ先にここにたどり着いておれたちのことを待ちかねていたはずだ!」
「ゲフッ、ゲフッ・・・ いやだから何のことですか!?」
背中をバンバン叩かれ、矢継ぎ早にまくしたてられたケチャマヨはとうとう声を荒げた。
男は狐につままれたような顔で黙り込み、「・・・・・・違うのか?」とつぶやいた。
そうかと思えばおとがいに手を当て、ケチャマヨに背を向けてぶつぶつと思案し始める。
「ではここは冥界なのか・・・・・・ だがおかしいぞ、神官の言い伝えによれば冥界は暗く寒く、絶えず濃霧に包まれているという。
神官の言い伝えが間違っていたのか、それともここは妖魔が見せた幻覚の中で、おれはまだ戦っているのか」
「ちょっと? いつまでも自分の世界に引きこもっていられたらボクも手助けのしようがないんですが・・・」
「うぬ? 助けてくれるのか!」
「ぎょっ」
急回転してこちらを見る刺青だらけの男の期待にきらきらした目。
なかなかどうしてコワイものがある。
ケチャマヨはひきつった笑顔でそれとなく目を逸らしながらも、なんとか答えた。
「ま、まあ助けます、よ・・・? 困ってるのに力にならないなんて、エンジョイ勢の肩書きに泥を塗るような真似ですからね」
「嬉しいぞ~! なにしろおれも『オレ』もどうしたらいいかさっぱりわからんのでな。助けてくれるのならおれも礼をするからな!」
「ゲフッ、ゲフッ・・・」
「おれたちの名前はヴァルヴァリという。この辺りの国で王をやっている者だ」
「はあ」
それはもうわかっていることだ。
ヴァルヴァリという男は気づいていないようだが、彼の頭上には
「ああそれと」
「はい」
「危ないぞ」
「はい?」
ヴァルヴァリは突然ケチャマヨを突き飛ばし、自分の耳をぶちんと引きちぎって投げつけた。
耳は血の飛沫を上げながら野蛮な短剣に形を変え、突進してくる大猪の目に
『プギィイッ!』
片目を潰された猪はのけぞって悲鳴を上げた。ヴァルヴァリは猪へ走りながら、まるで熟れた果実へそうするように自身の右腕を捥ぎり取った。
ヴァルヴァリは長剣に変じた腕を猪の頭蓋目掛けて斜め下へと突き込むと、剣に抱き着くようにして体重をかけ、ごりゅんっと猪の首を捩じ折った。
『ブモッ・・・』
延髄を破壊された猪はぶるるっと震えて地面にくずおれ──
「ぬん?」
──倒れこむより先に光の煙となってかき消えた。
代わりに、こんなものが出てきた。
◆──────INFO──────◆
【スマッシャーボアの肉】
『:食材:スマッシャーボアの肉。クセはあるが上手く調理すれば濃厚な旨味を楽しめる』
【スマッシャーボアの牙】
『:素材:スマッシャーボアの牙。魔物なだけあって並みの革鎧など歯牙にもかけない鋭さを備える』
【スマッシャーボアの毛皮】
『:素材:スマッシャーボアの毛皮。頑丈なので防具にも使用されるほか断熱性とワイルドな雰囲気から敷物、上着としても需要がある』
◆────<CLOSE>────◆
「? おーい、ケチャマヨとやら。もう大丈夫だぞ」
青白く光るそれへ若干の興味をそそられつつも、ヴァルヴァリはへたりこんでいたケチャマヨへ声をかけた。
ケチャマヨは、目の前で火の粉が散っているような奇妙な目つきをしてヴァルヴァリを見上げていたものの、すぐさまブンブンと頭を振って立ち上がった。
「すごいです・・・ スマッシャーボアを一撃で」
「うひ、おれは王様だからな。人食い猪など大した相手ではないさ」
「うひ・・・」
精悍な顔つきからは想像もつかない卑屈な笑い方に、ケチャマヨは苦笑いするしかなかった。
「ところでケチャマヨよ、これはどうやったら消える?
珍しいのは間違いないがさっきからついてきて鬱陶しいぞ」
「あ、そこの<CLOSE>って表示されてる部分を触れば」
「おう、本当に消えやがった。光る板かよ・・・おもしろいな!」
(メニュー画面を知らない?)
メニュー画面にじゃれつくヴァルヴァリを見ながら、そんなのはおかしいと眉をひそめる。どういう縛りプレイをしていたとしてもメニュー画面を一度も開かないでゲームを進めることは不可能だ。
ヴァルヴァリの衣装は少なくとも初期装備のようには見えないし、装備を変えるためには必ず画面を切り替える必要があるのだ(強制装備でなければ!)。だから、彼がそれを知らないというのは自分を騙すつもりでもなければありえない。
「ケチャマヨ? どうかしたか」
しかし、ひとまずケチャマヨは答えの出ない思考を打ち切ることにした。
「・・・・とりあえず、ボクが拠点にしてる街に移動しましょう。
ここじゃまた襲撃されるかもわかりませんから。ヴァルヴァリさん、こちらに」
「あいわかった」
ケチャマヨは巻物を取り出し、起動させるための文言を呟いた。
声紋認証を受け取った巻物からいくつもの文字が滑り出し、二人の体を取り巻く。
そして──たちどころに二人の姿は、森の中から消え去った。
あのー、おれ蛮族なんだけど・・・未来世界はオレよりヤバい蛮族だらけなんじゃないか? @timtimkimotie
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