美しく燃ゆる

@osamuk5511

第1章 回想

何度も巡り合うことを、人は運命と呼ぶ。

 


一.梨香の回想

「おばあちゃんね、二回もおじいちゃんにさよならしたの。」

「サヨナラ?」

「ばいばいのことよ」

理香は孫の光弘を膝の上に乗せて、語りかけていた。

「ばいばいかあ。ばいばいをしたの?」

「最後は一緒にいることにした。だから、あなたに会えたの」

七十九歳になった理香は、光弘の小さな重みを膝に感じることができているという事実が、改めていくつもの選択の果ての幸せであるということを、実感していた。

「あなたのママを産んでからすぐ、おじいちゃんに出会ったの。すごく格好良くて、まるで王子様みたいだったわ」

「王子様は知っているよ。白いお馬さんに乗っているんだよね」

「そう。その王子様よりもっと、おじいちゃん格好よかった。おばあちゃんね、出会った時からおじいちゃんのことが大好きになったの。明るくて、頑張り屋さんで、優しくて。それで、何度か会ってから、すぐに仲良くなった。でも、おばあちゃんね、二回もおじいちゃんとさよならしようとしたの。」

「どうして?」

光弘はまだ、さよならの意味を理解していない。そんな光弘の反応を見て、できればいつまでも知らないままでいてほしいものだ、と理香は思う。


「最初のさよならは、大晦日の日だった。その日の夜、おばあちゃんはおじいちゃんと別々に過ごしていた。おばあちゃんは、その時に結婚していた人のお家にいた。結婚していた人は、全然おうちに帰ってこなかったの。だから、おばあちゃんは、まだ小さかったあなたのママと二人で過ごしていたの。でね、おばあちゃんはおじいちゃんと一緒に年を越したくて、年が明ける瞬間におじいちゃんと電話をしようと思っていた。でも、おじいちゃんはよその女の人と旅行に行っていたの。おばあちゃん、悔しくて、悲しくて、あなたのママを抱きしめて、泣いた。」

「おじいちゃんはワルイヒトだったの?」


光弘は、不器用に無理やり顔を歪めて言った。


「みっちゃんは、悪い人だと思う?」

「とっても優しいよ。お布団巻きで遊んでくれるもの」


理香は少し嬉しくなって、光弘の柔らかい背中に手を当てた。その背中は少しだけ汗ばんでいた。


「そう。おじいちゃんはとっても優しくて、またおばあちゃんのことを迎えにきてくれた。さよならしたあと、おばあちゃんはあなたのママのことをたくさん可愛がった。おじいちゃんと会えなくなって、それでも、あなたのママがいるから大丈夫だった。さよならしてから半年が経った頃だったかしら。おじいちゃんね、またおばあちゃんのところに来てくれたの。『僕は課長になったんだ、君のためにがんばって何か成果を残したらまた会えると思った』って言ってね。なんて単純な人なんだろう、って思った。」


光弘はまたわざとらしく顔を歪める。課長という言葉が悪い意味だと思ったのだ。


「カチョウってなあに?」

「ちょっとだけ偉い人のことよ」


理香は本心から答えた。


「おじいちゃん、チョットダケエライの?」

 理香は思わず吹き出しながら、光弘の柔らかい髪に顔を埋めた。

「とっても偉い」

「トッテモエライ」

「二回目のさよならをしたとき、私は横浜に住んでいて、おじいちゃんは福岡に住んでいたの。おじいちゃん、『ちょっとだけ』偉くなって、お仕事で福岡に行っちゃったの。離れ離れね。そんなとき、私はたくさん不安なことがあって、心も体も疲れてしまったんだ。それで、おじいちゃんに会いたくなくなっちゃったの。おじいちゃんの愛が重くなったのね。今度こそ、もう終わりだと思った。でも、おじいちゃんはそれでも諦めずにおばあちゃんに逢おうとしてくれたのよ。」

「おじいちゃんのアイガオモクナッタ」


理香は耐えきれず、声を上げて笑った。網戸から入ってきた小さな風に、レースのカーテンが揺れた。


「あなた、重要なところをしっかり抜き出すのね。お利口さんだね。」

 

褒められたのがうれしかったのか、光弘は大きな目を細めて笑う。

 


「おじいちゃんね、今度は部長になってた。それに、他にも仕事を始めていて、お金持ちになってた。おばあちゃんが大変な時に助けられるように、おばあちゃんのやりたいことができるように、辛い時は休めるようにって、頑張ってくれたの。それでね、大きなお花を持って、おばあちゃんに会いにきてくれた。あの時のおじいちゃんのこと、おばあちゃん一生忘れない。顔をくしゃくしゃにして泣いていた。誰より格好悪くて、世界一格好よかった。おばあちゃんはとっても嬉しかった。」


「おじいちゃん、トッテモエライんだね」

「そう、とっても偉い。それで、おじいちゃんはおばあちゃんのことをギュッとしてくれたの。こんな風にね」

 

 理香は光弘を強く抱きしめた。

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