思い出ロウソク |終点《ピリオド》

終点

 その日からオレは、毎日ロウソクを使うことが日課となった。過去に体験したことがあるはずなのに、まるで初めてのような気持ちで見ることができた。

 これまで齧られていた思い出を一気に取り戻して、軽く頭がパニックになったがすぐに慣れた。今回は二つの例を紹介しよう。

 小学六年生での修学旅行のとき。高台に建てられたそこそこ高そうなリゾートホテルに宿泊することになったオレたちは、深夜にこっそりと会う約束をした。

 抜き足差し足の要領で、オレたちはしんと静まり返ったロビーで落ち合うと、そのままホテルを出る。二分ほど歩いて着いたのは、街の景色を一望できるテラス席だ。 

  

「……先生にバレてない?」

「バレてたらここにいるわけないじゃん。にしても、夜風が涼しいねぇ〜」

 

 安らかな表情を浮かべながら燈火は、耳にかかった髪をかきあげる。その瞬間、いっぱいに空気を含んだロングヘアの髪が、鳥のように舞い上がったように見えた。

 燈火の全身が、薄暗い月明かりに照らされている。うっかり見惚れそうになってしまったが、すぐに視線をそらし、なんてことない口調で平静を装った。

 

「そうだな。涼しいな」

「ひゅーちゅん。今あたしたち、すっごい悪いことしてるみたい」

「安心しろ、すっごい悪いことだから」

「なんで悪いことなのに安心するの? 変なの」

 

 とうぜん時間のせいか、すっかり街は寝静まってしまっている。暗黒色のビル群が互いにくっつき合い、まるでモンスターのように見えて少しかっこいいと思った。

 そんなことを考えていると、急に底冷えするような風が吹きつけてきた。次の瞬間、燈火が後ろから大胆にも抱きついてくる。心臓の音が聞こえる気がしてドキドキする。

  

「少しだけ、温まってもいい……?」

「…………」

 

 こくりと頷き、無言でそれを受け入れた。今オレの肩に燈火の顔が乗っている状態だ。スースーと柔らかい息遣いがオレと互い違いに聞こえる。意識しないわけがない。

 さっきも言ったが、このときのオレたちは六年生。すでに第二次性徴期の真っ最中で、視界がおぼつかない暗闇で二人きりの空間。になるのは当然で……


「なぁ燈火、オレ……」

「大丈夫だよ。言わなくても」

「ほ、本当に……?」

「うん……わかってる。あたしもずっと……」

 

 そのまま流れるようにして、オレたちは唇を重ねた。このころになると、性への興味や関心が活発になり、初めてディープキスというものを経験した。

 くちゃりくちゃりといやらしい音を奏でながら、舌の出し入れに集中した。んっ、んぅ、という燈火の桃色吐息アエギゴエをもっと聞きたくて、より深く没入していった。

 頬の裏側、歯の一つ一つにも舌を巡らした。半分泣きそうで、でもそれ以上に幸せと興奮が入り混じった燈火の顔がたまらなく愛おしかった。

 ゆっくりと唇を離した間には、月に照らされてぬらぬらと銀糸状のアーチを形成していた。言葉セリフは不要だった。ただ互いを欲していた。それだけのことだった――

 

「ひゅーちゃんひゅーちゃん、あたし思うんだけどさー……」

 

 次の思い出は、結婚式ごっこをやり出して一年後の小学三年生のときだった。とある学校があった日の帰り道。

 もっとリアルさを出したいという燈火から持ちかけられた提案を、オレは不満げに聞いていた。


「? ボクたちってなんかいもチューしてるから、それってけっこんしてるってことじゃないの?」

「ちがうよちがうよ! こないだお母さんのむかしのアルバムを見たんだけど、そこにこーんなに大きいドレスをきて、かおにへんなうすい布かけて、左手のくすりゆびにゆびわをはめてたの。

 だから今あたしたちがやってるちゅーだけじゃ、けっこんしたとは言えないと思う」

「……なんかけっこんって、むずかしいんだな……」

 

 燈火の話を聞いて、そんなにめんどくさいなら別に今やっている行為だけを結婚と認めたほうが楽だなと思ったが、本人はいたって乗り気でオレの腕を引いていった。

 親が買ったであろう古い号の絶句シィを読みながら、本格的な結婚式ごっこに取り組んだ。そして初めて指輪やベール、ベールアップ、ステンドグラスの存在を知った。

 

「見てみてー! ベールできた!」

「あれ? その布ってカーテンについてたやつだよね? だいじょうぶなの?」

「へーきへーき。だいじょーぶだいじょーぶ」


 燈火が根拠のない自信を口にしたときは、ほぼ決まって母親に怒られてたから、きっと今日の夜とかに怒られるのだろうなと想像した。

 それはそうと、他にもデパートで指輪を買ったり、ステンドグラスの代わりである透明折り紙で色んなキャラクターや動物などを作ったりして時間を過ごした。

 ふとそんな日常が、当たり前が――とても嬉しくて、尊くて、涙が出るほど幸せな時間だと思うことがある。いつもなら恥ずかしくて言えないけど、今日なら言えそうだ。

 オレは透明折り紙を切っている燈火の後ろ姿に声をかける。すぐにこちらを向いてくれた。きょとんとする彼女とは対象的に、赤面している自分がいた。

 

「オレ……ちかうよ」

「ちかう? なにを?」

「オレ……もっとあたまよくなって、りょうりとかもうまくなって、スポーツもばんのうになって……燈火がオレと……けっこんしてよかったっておもわせてやるよ!!」


 何回もキスをした仲のはずなのに、恥ずかしすぎて顔を合わせられず、しかも最後は早口になってしまった。せっかく啖呵を切ったのに、あまりにもかっこ悪い……

 心のなかで嘆いていると、唐突に頬に柔らかいものが当たった。唇だ。ちょくご燈火は照れているのを隠すようにして、オーバーなほどにっこり笑いながら、


「みらいのだんなさんなら、きっとできるよっ!

「…………ありがとう」


 白い歯を見せながら不器用に笑う姿を見て、オレは――まるでと直感した。他にもたくさんの思い出を、ロウソクで魅てきた。

 運動会の思い出、お泊り会をした思い出、ゲームセンターで遊び尽くした思い出、一緒に学校をサボった思い出。

 どれもすべて、目がつぶれてしまうほどに光り輝く太陽だ。齧られた思い出、欠片、残骸だったころは、今や見る影もなくなっていた。

 あぁ、今オレは、最高に幸せだ。睡魔が極限状態のときに、ふかふかのベッドに入ったような極楽浄土。このまま……このままオレは……ずっとずっとずっとずっと……

 

 ずっと――


     *


「ああ燈火、ああああ燈火、ああ燈火」

 

 我ながら最高の一句を詠んでしまった。燈火とオレとのラブロマンスをこれ以上とないほどに表現しきれている。もしかしなくても天才かもしれない。

 食べ終えたあとのカップラーメンは汁が入ったままの状態で一カ月以上放置され、ぷぅんと異臭を立ち込め始めている。だがそんなことは一切気にならない。


「燈火……スーッ、スーッ」


 突然だがクイズだ。オレはいったいなにをしているでしょーか? 正解は……毎日の日課の一つであるベールを嗅いでいる最中でしたー! ぱちぱちーっ!

 まだ微かに甘い匂いが残っている。昨日は何度かしゃぶってしまった。今が何月何日なのかはすでによくわからないが、そんな俗世のことなんてどうでもいい。


「幸せだよ……オレ今、すっごく幸せだよ……」


 ここは城だ。オレと燈火だけが住まう秘密の楽園。現実世界のような醜い争いもなく、怒りもなく、悲しみもなく、そこにあるのは抱えきれないほどの幸せだけ。

 そこに咲き乱れるラベンダーやジャスミン、金木犀などの匂いに囲まれて、終わらぬ絶頂にオレはただ酔いしれていた。その酔いを解消するように、オレたちは踊りだす。

 アン・ドゥ・トロワ♪ アン・ドゥ・トロワ♪ ダンスはあまり得意じゃないが、は、まるで紳士のように華麗に燈火をエスコートしていた。

 燈火はまるで太陽のような笑顔だ。守ってあげたい。あなたを苦しめる全てのことから。学校なんて行っている場合じゃない。この城を守らないと。オレは聖騎士パラディンだ。


「もう一回……運動会のやつ見ようかな……」


 このロウソクの使い方は、ほんの一ヶ月前まで一日に一回までしか使えないものだと思っていた。

 だがそうではなくて、カルアの言葉セリフを思い出してほしい。


 ――暗い部屋で一人きりのとき、ロウソクを灯して火を見つめるだけ!


 そう。オレは暗い部屋という言葉セリフに引っかかって、うっかり夜にしか使えないものだと思っていたが、ただ暗い部屋という状況だけでいいことに気づいた。

 そのためアパートの部屋の中は常に真っ暗。人間は太陽の光を浴びない体調を崩すらしいが、残念だったな。オレはこの通りぴんぴんしてるぞ。

 あともう一つ。ロウソクはランダムな思い出しか魅れないと思ったが、じっさいは事前に特に魅たい思い出を頭に浮かべるだけで実現できることに気づいたのだ。

 つまり自分の意思でランダムではなく、好きな思い出を延々と魅ることができるのだ。これが最終的に、オレを完全に不登校にさせる決め手となった。後悔はしていない。

 

「あぁ燈火、幸せだよ、幸せだよ、幸せだよ……」


 脳内の遠い箇所で別の意識が働く。自分の状態を客観的に見てみた。結果を一言で表すと――だなと感じていた。今日も相変わらず太陽が眩しい。

 今までは齧られた思い出がはっきりすれば、気になってしまうこともなくなって前へと進めるものだと考えていたが、事態は、それよりだんぜん悪化した。


「ヤギって紙食べるけど……透明折り紙も食べるのかな……」


 試しに一つ食べてみた。むしゃむしゃもぐもぐぐにゅぐにゅぱくぱく……まずい。ペッと床に吐き出す。

 話題を戻すが、先ほども言ったように思い出という名の太陽がほぼ完全に目を潰してしまい、現実に対して盲目になってしまった。控えめに言って最高だ。


「いや、やっぱり修学旅行にしよう! そして燈火と……デュフッ、デュフフフ……」

 

 思う存分思い出に浸れる幸せ、これ以上何を望むというのだ? 何回か家にチャイムを鳴らしている人がいたのだが、家賃を払うときを除いてすべて無視した。

 もしかしたら先生や学級委員長などが、オレのために学校のプリントや宿題などを届けてくれたのかもしれないが、大きなお世話だ。決めたんだ。この場所こそが……


「オレの……現実――」

 

 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!!!


 やかましくチャイムが鳴る。おかしいな、まだ家賃を払う周期じゃない気がするぞ。何度も何度もインターホン鳴らしやがって……ウザいな。

 オレはずんずんと玄関へと歩み出る。もしかしたら大家ではなくて、学校の先生や親なのかもしれない。そうゆうときは決まって、こちらから扉を拳で殴ったあと、


「帰れ!」

 

 と、言えばたいていは引き下がってくれるのだが――扉の向こう側の相手は、チャイムを鳴り止ませる気配がない。ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……

 頭にきた。一発だけなら殴っても許されるのではないだろうか。オレは衝動に突き動かされるがままに、片手は拳を構え、もう片方は鍵を解錠する。出てきた相手は……


「――ッ!! れ……」

「先輩!!」


 ドンッ!! となぜかオレは、廉夏に突き飛ばされていた。完全に不意打ちの攻撃だったため、なすすべもなくよろめいて床に後頭部を打ち付ける。

 ドタドタと忙しなく部屋に上がり込むと、廉夏は小さくやっぱり……とまるで悔しさを押し殺したような声をもらす。そして素早い身のこなしで手に取ったのは……


「なっ……それをいったい、どうするんだ……!」

「……こうするんです」


 と、廉夏はなぜかオレと燈火しか知らないはずのベールを、持っていたハサミで――。それと同時に、自分の心も一緒に切られてしまったような感覚がした。

 一瞬目の前で起こっている現実が受け止められず思考停止してしまったが、すぐに事態の異常に気づく。慌てて廉夏を止めようと飛びかかった。しかし、


「来ないでください!」

「フガッ!!」


 またしてもオレは、廉夏に両手で突き飛ばされてしまった。今度は警戒していたのに、純粋な力の差で負けてしまった。どうして、そんなひどいことをするんだ。

 オレはただ少しだけ、思い出に浸っていただけじゃないか。髪型で隠れていて表情がうかがいしれない廉夏は、窓ガラスの前まで行くと、今度はステンドグラスを破いた。


「や、やめろ……やめて、くれ……」

「…………」


 ビリビリビリビリビリビリと、廉夏は無言で一心不乱に破いていく。一通り作業を終えると、クルッとオレの方へ顔を向ける。

 暗闇に浮かぶ廉夏の顔は――涙でぐしゃぐしゃに崩れていた。それはあの鉄棒のとき以来か、引っ越してしまったあの日のような、剥き出しの泣き顔だった。

 

「私だって、こんなことしたくありません……」

「じゃあ……なんでこんなこ――」

「このままだと本当に、燈火姉ちゃんがいる場所にいっちゃうからじゃないですかァ!」

「――ッ! 廉……夏」

 

 初めてだった。こんなに廉夏が叫び散らすのを見たのは。今でもかすかに鼓膜が震えてしまっている。

 その衝撃で思わず口ごもっていると、彼女はせきを切ったようにして話し始めた。


「私は今……先輩に対して怒っていますが、それ以上に、自分に対して怒っているんです。どうしてかわかりますか?」

「どう……して」

「先輩が完全に引きこもってしまった期間、私は何度も今日のように家に押しかけようとしました。でもできなかった。

 なぜなら、先輩がすごくすごく燈火姉ちゃんを好きでいることを知っていたし、なにより……見てしまったんです。二人が――結婚式をしているところを」

「――ッ!! だ、だから……」

 

 どうりで納得がいった。

 二人だけの秘密であったはずの結婚式ごっこを廉夏が見ていたとしたら、まっすぐベールやステンドグラスに向かっていったことに説明がつく。


「いや、まだ当時はお互いに子どもでしたから、結婚式ごっこというべきでしょうか。そんなことはどうでもいいんです。

 燈火姉ちゃんが死んだとき、一番先輩が苦しいとき私は、引っ越してしまって助けられなかったって話は前にしましたよね?

 やっぱりいかなる理由があっても、あのときの自分を許すことができません。本来なら自分は、こんなふうに先輩に大口叩いて、説教する資格なんてないんですよ」

「…………」

 

 しばしの沈黙。その間、まるでここ一帯の酸素がなくなってしまったかのように息苦しい。

 しばらくしてやっとしゃべり始めたと思ったその声は、喉だけではなく、体全身で訴えてきたように感じた。

  

「でも……でも…………でもぉ……!!」


 ぽろっと手から、破れた透明折り紙がこぼれ落ちる。両手で顔を覆い床に膝をつけると、ヴッ、ヴッと呻くようにして泣いてしまった。

 オレはその場から動けない。直感的に閃いたのは、廉夏の涙を止めたいだった。必死で体を動かしてみる。左足……右足……左足……右足……左足……右足、左――

 

「ちが、う……」


 突然天啓のようにして、頭に考えが入り込んできた。オレは廉夏の涙を止めてやろうとしているんじゃない。を止めようしているのだと。

 燈火の涙を拭いたことは、これまでに数え切れないほどだ。だから目の前で同じように泣いてしまった少女が、生きていたころの彼女と重なってしまった。

 決して廉夏のためにやろうとしている善意ではない。これはだ。その事実が、心臓を鎖で巻きつけられたようにして締め付けてくる。

 とてもじゃないが、今のオレには廉夏の元へ行く資格なんてない。あまりにも思い出に埋もれすぎて、汚れすぎてしまったから。嗚咽まじりに廉夏が言う。


「でも……ひっ、好きな人には生きててほしいからぁ……ひっぐっ……これからの人生、過去ばっかり見てないで……前を向いて、生きてほしいからぁ!!」


 はぁ、はぁと息を切らしながら床に両手をつく廉夏。今にも倒れてしまいそうなほどに体力も、精神も疲弊しているように見えた。

 しかしそれに対して、オレの心は妙に落ち着いていた。先ほど突き飛ばされた痛みはどこ吹く風。ゆっくりとした足取りで歩いていく。

 

「……前を向くことだけが、人生なのか?」

「……えっ?」

 廉夏とはしっかりと距離を空けた状態で、うつむきながら、ぽつぽつと雨が降るように語り始めた。

「聞いたことあるだろ? 人は幸せを求めて生きているって。その通りだと思う。温かいご飯を食べるため、ゲームをするため、大好きな人を引っ張っていけるくらい……強くなるため。

 でもそれは……中間地点の道があってはじめて成立するもんなんだよ。

 温かいご飯を食べるためなら材料、ゲームをするためならゲームカセットとゲーム機、そして……大好きな人を引っ張っていけるくらい強くなるためなら、大好きな人。

 オレはその中間地点を……神様に没収されちまったんだ。幸せを奪われたのと一緒なんだ! そんな人生に前を向いて、希望を持って、いったいなんの価値がある?

 オレができることはただ一つ、いつか死ぬその日まで、噛み終えたあとのガムをひたすらに味があると洗脳しながら、何度も何度も何度も、噛み続けることだけなんだよ……」


 最後はゲリラ豪雨のように、オレは廉夏に言葉セリフの雨を降らした。体の中に溜まった毒をぶちまけたように、いくらかすっきりとした感覚がする。

 しばらく黙って話を聞いていた廉夏が、オレの方へと歩み寄ってきた。足先が視界に映っていた。


「先輩、顔を上げてください」


 優しげな声色で、導かれるようにして面を上げた瞬間――ガシッと両頬を両手で逃げられないように捕まえられ、口づけをされた。

 頭の中に、いつもロウソクで見てきた燈火の笑顔が浮かぶ。気づいたときには、先ほどオレがされたときと同じように、両手で廉夏をはねとばしていた。すぐに謝る。


「ごめん! つい……」

「いい……です、よ。別に。もうから」


 よろよろとおぼつかない足取りで立つ廉夏。その表情は……なぜかニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。いつかのカルアを連想させた。

 ビシッと人差し指でオレを指さすと、笑みはとたんに、冒険へ赴く戦士のような覚悟を決めた顔つきになった。そして、

 

「宣言します。私は必ず、先輩の口から――廉夏が好きだと言わせてみせます。幸せを奪われた? なら私が、新しく中間地点の道になるだけですから。

 さっきのキスは、ほんのあいさつ代わりです。覚悟しておいてください。思い出なんてどうでもよくなるくらいに……メロメロにしてみせますから」


 と、言うと廉夏は、情熱に燃えた目をオレに向けたあと、後ろ手で手を振りながらその場をあとにした。ガチャンと扉の閉まる音が、やけに大きく聞こえた。

 オレはただなにも言えず、廉夏によって切られたり破かれたベールや透明折り紙を見つめていた――


    *


 その翌日からだ。廉夏による猛アタックが始まったのは。朝、またしても家に押しかけられ、半ば強制的に学校に登校させられる羽目になった。

 外に出てすぐ、異常なほどの寒さを感じた。今日は何日か廉夏に尋ねたところ、十一月の八日と告げられた。実にオレは、約四ヶ月間は引きこもっていたと理解した。

 驚くのもつかの間、廉夏は一目を憚らずまるで付き合いたてのカップルのように腕を絡めてきた。周りのにやにやとした目つきやひそひそとした声が、体中に突き刺さる。

 思い出の中では何度も燈火に腕を抱かれた経験はあるのだが、体がはるかに成熟した今の状態では、自身の意識に反して鼓動が暴れていた。


「お、おい廉夏。その……んだが……」

「当ててるんです。言いましたよね? 先輩をメロメロにするって。あと、これで終わったと思わないでください」

 

 まるで死刑宣告のような言葉を浴びたあとは、昼ご飯のときに学食まで連行されて、強引に食べ物を口の中にねじ込む(強制アーン)を執行させられてしまった。

 当然だが、みんなが見ている前で。オレは顔から火ではなくマグマが出てしまいそうだった。放課後は道が分かれるときまで、朝と同様に腕を絡めてきた。なんか慣れた。


「すごく……疲れた……」 

 そんな激動とも呼べる日々が一週間ほど続いたある日の放課後、

「なぁ、廉夏」

「なんですか?」

「もう――

「えっ……」


 オレはいつもの拘束された腕を、するりと解いた。

 最近はおとなしく捕まっていただけに不意を突かれたのか、特に抵抗されることはなかった。


「いいって先輩……どうゆう、ことですか」

「本当は全部、わかってるんじゃないのか? オレがまだ――って」


 とたんに廉夏の表情が強張る。

 直後きょろきょろと目が左右に動いていることから、必死でなにかしらの理由を放り出そうとしていることは明白だった。

  

「で、でも先輩は……初日こそ散々でしたけど、次の日からは律儀に私とご飯食べてくれたり、一緒に帰ってくれたりして……。

 ど、土日には私とデートしてくれましたよね? ゲームセンターを回ったり、プリクラを撮ったりして……順調、で……」

 

 徐々に言葉セリフが頼りなく、弱くなっていっているのを感じた。ギチギチと心が握りつぶされるような音がする。

 本当はこんなこと、言うつもりじゃなかったのに、どうしてオレは……

 

「たしかに、ここまでオレを好きでいてくれて、デートにも誘ってくれて、感謝しかない。ありがとうの言葉セリフだけじゃ足りないくらいだよ」

「じゃ、じゃあどうして――」

 言うな。それは本人に伝えるべきではない。

なんだよ。今オレが抱いているのは、恋愛感情なんかじゃない。よくしてくれたことに対しての――感謝の気持ちなんだよ」

 

 あーあ、言ってしまった。

 今のオレは、人を笑わすという役割を抜き取ったピエロより最下層の存在だろう。逆に笑えてくる。

 

「せ、先輩……」

  

 捨てられた子犬のような目、震える手と肩、色を失った唇、すべて自分が招いたことなのに、無責任にもこれ以上視界に入れることができなかった。

 踵を返し、オレは走った。後ろで廉夏がなにかを言っていたような気がするか、忙しない自身の足音で無理やり隠した。あのときと同じ、全然成長してねぇじゃねぇか。

  

「ごめん……ごめん……!!」

 

 まるでビデオテープの巻き戻し映像を観ているようだ。しかし今回は、それ以上に酷い気がする。

 なぜなら、思い出ロウソクという選択肢が用意されたことにより、今オレはどうしようもなく……燈火の温もりを欲していた。使いたくて使いたくて仕方ない。

 さっき感謝の気持ちとか抜かしていたオレは、いったいどこに行っちまったんだよ! 心のなかでそう叫んだが、答える者はとうぜんいなかった。

 薬物中毒者のように微弱振動を繰り返す手で、ロウソクを手に取り火を灯す。食い入るような目つきで揺らめく火に意識を集中させた。間もなくして眠りに落ちる。


「廉夏……ごめん……」

 

 気持ちに応えられなくてごめん。好きになれなくてごめん。思い出をどうでもよくできなくてごめん。

 オレがこんなにも引きずっていなければ……と、思考が続くより先に、オレはいつも通り約束された幸福の楽園へと意識は転送された――

  

    *

  

「……あ、れ? なんで、オレ……」


 思い出に到着してすぐ、オレはうっかりしていたことに気づいた。いつもなら寝る直前に魅たい思い出を頭の中で考えるのだが、ど忘れしてしまった。

 でもそのことは、今オレが当時のころのオレではなく、状態で思い出の世界にいるという事実に比べたら、どうでもいいことだった。


「どこだ、こ、こ……」


 周りをきょろきょろと見回す……必要はなかった。なぜなら面を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは――全員の大人や子どもが喪服に身を包んだ背中の一群だった。

 自分も例外ではなかった。黒いブレザーに黒いネクタイ……ありありと記憶がよみがえってきた。この感覚は久しぶりだった。

 広々とした清潔感のある空間に、全体的に白くデザインされた室内。ところどころには死んだ魚のような目をしている人、ハンカチで涙を拭っている人などがいた。

 正面奥には、白い菊や百合の花がこれでもかというほどに添えられている。遺影のなかで笑顔を浮かべているその人は……燈火の父方の叔母である水樹ミズキ姉ちゃんだった。


「水姉ぇ……水姉ぇ……どうして……」

「……あっ」

 

 隣に、一際大きい泣き声を出す人の存在に気がついた。燈火だ。見慣れない喪服に身を包んでいるせいで、一瞬だれかわからなかった。

 深夜のように黒いのスカートからのぞいているふくらはぎが、一切の温度を失ってしまったかように白く青ざめて見えた。オレの視線に気づいたのか、燈火が、


「ひゅーちゃん、肩、貸してもらっていいかな……?」


 オレが許可を出すよりも早く、燈火は肩にもたれかかってきた。

 密着することでより一層伝わる、小刻みな震え、鼻をすする音、他にも構成する要素全てが、言葉セリフなんてなくとも深くて苦しい悲しみを物語っていた。


「ひゅーちゃん。どうして人は、死ぬんだろうね」

 とつぜん燈火は、そんな神様でもない限りはわからないような疑問をぶつけてきた。考えた末にオレは、

「……わから、ない」

  

 オレはできる限り、あの日と同じような言葉セリフを使うことにした。

 今個人的な意見を言ったりしたら、価値観の相違が原因で、たとえ思い出であれ燈火を傷つけるかもと思ったからだ。


「私は……悲しいよ。悔しいよ。いくら病気で寿命がきちゃったとしても、仕方なかったとしても……残された人は、どうやってそれを受け入れればいいの……?」

「……わかんな――ッ!!」


 直後、眉間をピストルで撃ち抜かれたような気分になった。反射的に口元を手で押さえる。

 わかんないというよりも早く、オレがあの日に言った本当の言葉セリフを思い出して――その場で吐きそうになった。


 ――。たとえ今がどんなに辛くても、悲しくても、いつかはそれを受け入れないと。

 目いっぱい幸せになった姿を、天国そらにいる水樹姉ちゃんに見せてあげないと、きっといつまでもうじうじしてたら、悲しむだろうから。

 それが残された人の……受け入れ方かもしれない。


「? どうしたのひゅーちゃん? そんな怖い顔して」

「いや、なんでも……な……」

「――ッ!! ど、どうしたの!? ひゅーちゃん! ひゅーちゃあん!」

  

 椅子から前のめりに倒れる。薄れゆく意識のなか、燈火が金切り声をあげながら必死に体を揺さぶり、オレの名前を呼びかけていた。

 ごめん……でも自分は、そんな心配されるような人間じゃないんだよ。

 あの日に言った言葉セリフを、一言一句噛み締める。前へ進むしかない? 馬鹿かオレは。一番前へ進むことができずに、あろうことか過去に縋っているのは自分自身だろ。

 いつかはそれを受け入れないとだぁ? いつかの有効期限はとっくの昔に過ぎてんだよ畜生が! あのころは、燈火の涙を止めたいがためにヒーローを気取っていた。

  

 実に……滑稽だ――


    *

 

 翌日から、もう廉夏が朝から家に来ることはなかった。登校のときも、昼休みのときも、下校してからのはコンビニに誘うこともなくなった。

 高校生以前に送っていた、平穏な日常が戻ってきたのだ。本来なら喜ぶべきことのはずなのに……どうしてだ? すごく、すごく、

 

「虚しい……」


 このなんとも言えない寂れた気持ちになったのは、燈火を失ってから一週間ほどか経ったときだった。

 涙なら体の水分をすべて搾り取る勢いで出しきり、あとに残ったのは、どこか知らない世界で自分が浮遊しているような、オレがオレでない感覚だった。


「オレは、廉夏を失って悲しんでるのか? それともまた、燈火を失ったときと同じように、ダブって考えてるのか? わかんねぇ、わかんねぇよ……!」


 誰にもぶつけることのできないこの気持ちの、処理の仕方がわからなかった。気づけば一カ月以上が経過していた。その間ロウソクは使わなかった。

 今日は十二月二十四日。最も有性生殖繁殖所ラブホテルが利用されている日であり、男がパートナーの女に向かって生臭い雪を降らす。まさに性なる夜と言ったところか。

 教室内ではそのムードに包まれており、オレは頭を抱えていた。ああ鬱陶しい、ウザったい、視界に入るな猿共が。軽い頭痛に襲われながら授業を終え家に帰る。

 夕食を食べようとして気づく。冷蔵庫の中身がすっからかんなことに。ぐぅ〜と情けない音を立てるお腹。ふと甘いお菓子が食べたい気分になった。それも……

 

「チョコロールパン、買いに行くか……」 


 ふらふらとした足取りで部屋を出た。空はすでに薄暗い。一番近くのコンビニに入る。店内からは小さくクリスマスソングが流れていた。オレの耳を癌にする気かよ。

 手早く菓子パンのコーナーに行く。見ると残り一個だ。手を伸ばして――もう一つの白い手にぶつかってしまった。その手の主を見て、自分の心臓が一瞬凍りついた。


「あっ……」

「あ……」


 どうやら最悪のタイミングで買い物に行ってしまったらしい。クリスマスソングの音が遠くなる。同じくチョコロールパンを購入しようとしていたのは、廉夏だった。

 以前オレに向かって宣言したときの情熱に燃えた目は、すっかり鎮火されてしまっていた。そうしたのは間違いなくオレのせいだ。罪悪感が逆流するように想起される。

  

「せんぱ……」


 声をかけられるより先に、オレはコンビニを出ていた。心のなかで再び、あの日の無礼を詫びる。ごめん、ごめん、ごめんと。しばらく走ると息切れしてしまった。

 廉夏への申しわけなさと、発言による自己嫌悪と、ロウソクを使った甘えと、燈火の優しさの四つにもみくちゃにされて、なんかもう、消えてしまいたかった。


「オレが、生きる価値って……」

 

 ふと道路を絶え間なく走る軽自動車や、大型のトラックなどが目に入る。遠くから見えるヘッドライトの光に導かれるようにして、一歩、また一歩と歩を進める。

 整えられたレンガタイルの道を越え、あと一歩でゴツゴツとした真っ黒なアスファルトの道路を踏もうとしたそのとき――頭にかつての廉夏の声が響いた。

 

 ――でも……ひっ、好きな人には生きててほしいからぁ……ひっぐっ……これからの人生、過去ばっかり見てないで……前を向いて、生きてほしいからぁ!!

 

「――ッ!!」


 気づいたときには、体を勢いよく退かせ、尻もちをついていた。怖い、怖い、怖い。その思いだけが脳内を支配した。歯を痛いほどにギチギチと鳴らして怯えた。

 恐怖を司る感情が、大波のようにしてやってきた。オレはそれから逃げるように、街灯が照らす明かりの中へと入る。安心感が全身を包みこんだ。その瞬間、

 

「――ッ!! そう、だったのか……!」

 

 オレは気がついた。今までは思い出を太陽と比喩したが、それは間違いであると。正しくは――だ。

 ぽかぽかしてて……暖かくて……ずっとここにいたいと思える場所。でも、その陽だまりによって自分自身を、廉夏を苦しめる結果となった。

 当初の目的を思い出す。オレは前へ進むために思い出ロウソクをカルアからもらったんだ。決して過去の記憶鑑賞会として一生過ごすための品ではない。

 廉夏の顔が思い浮かぶ。あとから振り返ると、思い出の奴隷だったころのオレを解放してくれたのは、あの好きと言わせる宣言だった。お礼を言いたい。そのためには、


「前へ進めば、きっと、オレは……!」


 その先の言葉セリフを口にする前に、体は我先にと行動を開始していた。スマホを起動し、詰め込まれるようにして電話帳アプリに入れられた廉夏の名前をタップする。

 プルルルルルル と何回かコール音が鳴り響いたあと、突如として無音の時間が訪れる。溜め込んだものを吐き出すようにして一言、なんですか? と廉夏。


「一つ、話があるんだ――」


    *

 

 突然だが、今オレと燈火は遊園地の前にいる。すぐ近くではいかにも私たち幸せです! オーラをこれでもかと纏ったカップル達が脇を通り過ぎていった。

 あの日から三日が経ち、今日は十二月二十七日。シーズンを過ぎたせいか、客足は思っていたよりまばらだった。オレは廉夏に電話した内容を思い出す。


 ――もう一度、廉夏を好きになるチャンスが欲しい。だから……デートをしてほしいんだ。

  

 虫がいい話なのはわかっている。自分から実質振るような発言をしておいて、今さらチャンスもなにもあったものじゃないだろう。

 だがもしこのまま離れたら最後、ただでさえ昔燈火を含めた三人でよく遊んでいた思い出さえもなくなってしまうようで、そう考えたら動かずにはいられなかった。

 そして最悪の事態として、また燈火のときのように大切なものが手元からこぼれ落ちてしまったら、今度こそオレは立ち直れないかもしれない。

 遊園地の出入り口は、まるでメルヘンチックな城のような設計をしており、可愛らしい絵柄の動物たちが描かれている。オレは涼しい顔をした廉夏に声をかける。

 

「今日はその……来てくれてありがとう」

「…………」


 答えることなく廉夏は、量産型カップルのイチャつきをぼんやりとした目つきで眺めていた。

 やがて去っていくのを見届けると、静かに語り始める。


「あのとき、先輩が恋愛感情じゃなくて感謝の気持ちって言ったとき……私、目の前が真っ暗になったんです。

 これが先輩の言っていた……中間地点の道が没収された状態なんだなって、久しぶりに知りました」

「久しぶり?」

「一回目のときは、私が先輩と燈火姉ちゃんの結婚式ごっこを見たときですよ。

 あのときも同じように目の前が真っ暗になって……ほら、いつの日か突然、露骨に先輩を避けるようになったじゃないですか」

 

 バツが悪そうな顔をする廉夏。記憶を巡らせてみると、たしか小学五年生だった気がする。

 今までずっと、オレを見つけると決まって笑顔で走ってきた廉夏が、一切目すら合わせてくれなくなったのだ。

 

「……あ、ああ」

 

 なにか悪いことをしたのかと考えたが、いつの間にか考えることをやめていた。

 母に相談したこともあるが、女心は複雑なものだと言われまともに取り合ってくれなかった。

 

「今回私がデートを承諾したのは、あのときのお詫びだと思ってください。それに……」

「それに……?」


 次の瞬間に廉夏は、ダッシュで入り口付近の行列へと向かった。着いたとたん、せんぱーい! と呼びながら大手を振ってこちらへ来ることを促してくる。

 さっきの涼しい顔から一転、廉夏はまるで童心に返ったかのように無邪気な笑顔だ。オレが困惑しながら向かうと、彼女は出入り口の向こう側の景色を指さした。

  

「見てください先輩! ジェットコースターがあんなにでかいです! それにほら、メリーゴーランドも!」

「れ、廉夏?」

 まるで昔の燈火を見て……のところで急いで頭を振った。廉夏は軽く興奮気味に、

「私……先輩からデート場所としてこの遊園地を言われたとき、嬉しくて思わず飛び上がっちゃったんですよ。行きたい気持ちはあったんですけど、いかんせん距離が遠くて。

 でも、先輩となら電車に揺られている時間も十分に楽しかったので、今日は来ることができました。ありがとうございます」

 

 そう言うと廉夏は歯を見せるようににっこりと笑った。その笑顔にドキリと胸が高鳴る。さっきも言ったが、今回はデートだ。

 他にもオレをときめかせる要素がある。廉夏が着ている白のダウンジャケットは、羊のモコモコとした毛を連想させ、そこから水色のプルオーバーがのぞいている。

 ロングのプリーツスカートは風に吹かれてふわりと揺れていた。制服ばかり見ているオレには、その姿はとても新鮮で、思わずうっとりと見つめてしまった。

 きっとまだ廉夏は、オレのことを好きでいてくれているのだろう。じゃなきゃ今日オシャレをしていることも、ましてや遊園地に来てくれたことにも説明がつかない。


「すみません、高校生二名なんですけど」


 いち早く受付係の人からチケットを購入しようとしている廉夏。その後ろ姿を見ながらオレは決意した。

 どんな手段を使ってでも、廉夏のことを好きになってみせる。そのためにこれから――。そして廉夏の気持ちに応えてみせる。


「ああちょっと! オレも払うよ!」


 ふと廉夏の財布から、明らかに一人分の代金を超えたお金を受付係の人に渡そうとしていたので、慌てて制止させる。さすがに払わせたら男としての面目が立たない。

 話を戻すが、燈火さえ嫌いになれば、オレは新しく陽だまりという名の牢獄から抜け出せて、前へ進めると結論を出した。今まで散々苦しめられてきたんだ。

 どうしてもっと早くその結論にたどり着けなかったんだろう。自分の心に残った未だに燈火を引きずる気持ちが、今は忌々しくてしょうがない。

 この瞬間から、自分は廉夏だけを好きなまったくの別人になりきらなければいけない。不快感はなかった。嫌悪感はなかった。実際オレは、廉夏のことが気になっている。

 

「せんぱーい! 並ばれちゃう前に走らないとー!」


 と、すでに入り口をくぐった廉夏が、大声でオレを呼んでいた。そんなことをしなくても来るのにと内心ため息をつく。

 小走りで廉夏に近寄ると、なんの前触れもなく恋人繋ぎをした。まるで自分の所有物であることを示すように、我ながら大胆な行動だなと思った。


「えっ、ちょっとせんぱ――」

「行こうか。最初はなに乗りたい?」

 まず最初に笑顔だ。少しでも相手を安心させないと。

「ジェ、ジェットコースター……」

「よしついてこいっ!」

 

 と、オレは足のアクセルを全開にし、頭の中に新幹線を思い浮かべながら走り出した。うっかり手を離してしまわないように、強く、強く握りしめながら。

 おどおどとした表情は、やがてお宝を見つけたようなキラキラとした表情に変わった。ジェットコースターまでは目と鼻の先だ。オレは努めて明るい口調で、 

  

「廉夏」

「なんですか?」

「いっぱい、楽しもうな!」

「……はい!」


 そこからの時間はあっという間だった。最初は廉夏のリクエスト通りのジェットコースターや、次にコーヒーカップ、メリーゴーランド、お化け屋敷など。

 レストランで食事もしたりした。その間にカップルには定番のカップルストローでドリンクを飲むというリア充イベントをやってみたりもした。チューとストローを吸う。


「……美味しいですね」

「……美味しいな」

 

 そんなありきたりな感想しか出てこなかった。視線を合わすのが恥ずかしい。でも合わせたい。目が合う。そらす。また目が合う。そらす。その繰り返しだ。

 心臓が淡く鼓動を刻んでいる。あるとき廉夏がトイレに行ったことで、必然的に一人になったのだが、そのたかが数分間がものすごく長く、不安に感じてしまったのだ。

 短いようで長いトイレを終えた廉夏がまたオレのところへ来ると、不安は一瞬で消し飛んでしまった。心の情動から理解した。オレは今――なのだと。

 十一時に入園したのだが、最後の観覧車に乗ったころにはすでに夕暮れを過ぎて、空には藍色が覆い尽くしていた。出入り口の城をくぐり抜けると、身近なベンチに座る。


「楽しかったですね、先輩」

「……ああ」

「なにが一番面白かったですか?」

「オレは最初に乗ったジェットコースターかな。あの一気に落ちるときのスリルは、なんかやみつきになっちまうんだよなー。廉夏は?」

「私は最後に乗った観覧車です。ちょうどてっぺんまでゴンドラが運んでくれたとき、太陽が地平線に沈むときだったじゃないですか。

 あれがすっごくきれいで……もう一回見たいくらいです」

 

 うっとりとした顔を見て、オレの心臓は痛いのにとても心地よく脈を打っていた。

 はっきりと好意を意識した状態でのその顔は……反則だろと心のなかで主張した。でもそんな廉夏が、たまらなく愛おしかった。

  

「……本当にもう一回見る?」

「さすがに先輩にそこまで迷惑かけられません。もう一回見たいと思えるほど綺麗な景色だったって、ものの例えですよ」

「……そう」

 

 オレたちは無言で、退園する人たちを眺めていた。寒さのせいなのか、全体的に肩をくっつけ、寄り添っているカップルや夫婦が多く見られる。

 今日一日、廉夏を楽しませることができたのだろうかとずっと不安になっていたが、さっきの発言から心配は杞憂に終わった。やがて廉夏がいきなり、

 

「私のこと、好きになれました?」

 

 と、オレを見ずに、まるで薄暗くなり始めた空に溶かすようにして言葉セリフをボソッと放った。その瞬間、安らぎモードだった自分は即座に別人へとチェンジする。

 あまりにも楽しすぎて、危うく目的を忘れてしまうところだった。オレは廉夏を好きになるために、燈火を嫌いになるんだと。まっすぐ射抜くように廉夏を見ながら、

 

「ああ――大好きだ」

 

 ……言えた。恥ずかしがることなく、まるで親しい人と会話をするにしてあっさりと。飾り気がないかもしれないが、オレにはそんなものは似合わないと思う。

 今の言葉を聞いて、さぞかし廉夏は照れた表情をしているだろうと、オレは考えに酔いしれていた。だから――彼女が先ほどと顔つきが変わらないことに気づかなかった。

 

「先輩、もう隠さなくていいですよ」

「――ッ!! なにを、言って……」

 

 まるで心のなかまで見透かしたような力のある目でオレを見つめてくる。隠すもなにも、今自分の心は、廉夏一色で満たされている。不純物が混入しているはずがない。

 ない、ないんだ。オレが廉夏以外の女の子を、好きでいるはずがないんだ。なのに、どうして……そんな目で……オレを……

 

「――? 燈火姉ちゃんのこと」

 

 廉夏の口からあまりにも予期せぬ言葉セリフが出てきたため、一瞬声を発するのが遅れてしまった。

 オレはガバっとベンチから立ち上がり、廉夏の両肩をつかみながら否定する。

 

「ちっ、違う! オレは、燈火のことなんか、忘れて……廉夏のことが本当に好きになったんだ!! 頼む! 信じてくれ!」


 ガクガクとつかんでいる腕が震える。辛い。気持ちが伝わらないのって、こんなにも痛くて苦しかったんだと理解する。

 それを乗り越えたか、あるいは今現在もずっと戦っている廉夏は、オレなんかよりずっと強かに感じた。

 その言葉セリフの直後、オレと同じように勢いよく立つと、うつむきながら両肩に置いている手をそっと下ろさせた。

 そしてなぜか、今度は廉夏が両肩に触れてオレを後ろに振り向かせようとしてきたのだ。予期せぬ行動の理由を聞いてみる。

 

「ええ!? ちょっとなにを――」

「いいから、黙って向いてください」


 理由もわからず、廉夏に背中を向ける体勢になる。

 数秒ほど無言の時間が続いて、いい加減耐えられなくなり声をかけようとした瞬間、妙にはっきりとした口調で、

 

「これから一つ、先輩の言っていることが本当かどうかテストをさせてください。構いませんよね?」 

「……テスト?」

「はい。と言っても、すごく簡単です。ハチャメチャに簡単です。反吐が出るくらい簡単です」

「反吐が出るって……」 

「ただ振り返って――前を向いて私にだけです」


 その言葉セリフが耳に届いた瞬間、まるで体全体が羽交い締めにされたような錯覚に襲われた。指先一つ、ぴくりとも動かせない。

 口の中が乾く。鼓動が踊り狂う。頭の中に、廉夏の誓いのキスという言葉セリフがこだまし続けている。まるで、冷静な思考をする暇を与えないと言わんばかりに。

 遊園地は、燈火と来たことのない唯一の場所なんだ。だからこそ今回はデートスポットとして選んだのに、まだ……まだオレは……

 燈火……頼むからオレを歩かせてくれよ。一番の原因は、間違いなく非情に過去を捨てきれない自分自身だ。でも、いくらなんでも、こんなのってないだろ……

 

「どうしたんですか? 体が震えていますよ」

「お、オレは……」 


 もっと違う未来があったのかもしれない。もっと素敵な未来があったのかもしれない。そんな可能性を根こそぎ奪った燈火に対して、オレは心のどこかで……恨んでいた。

 そう、恨んだ、オレは恨んでいたんだ。でも今までは必死にそれをかき消すようにして、指輪や手作りステンドグラスに見惚れた。見惚れまくった。実にくだらない話。

 前を向くということは、その日々を手放すことになる。それは別に構わない。いや、むしろ手放したい。手放さないといけないんだ。前へ。前へ。

 前に一度だけされたから、難しく考えずにすればいいじゃないか。でもそう考えたら考えるほど、思考という名の紐は絡まって、解けなくなって……どうして、オレは――

  

「でき、ない……」

 

 と言ってすぐ、自分の言葉セリフが失言だったことに気づき、違う! と訂正しようとしたが……それよりも早く、廉夏はオレの胸に顔を埋める形で抱きついてきた。

 通りすがる客たちが、好奇の眼差しを向けてきた。何十秒ほどそうしてたかはわからない。変わらず埋めた状態の廉夏が、くぐもった声で話しかけてきた。

  

「先輩。話が長くなりそうですから、場所を移しませんか? いつもの、公園で」 

「……へ? どうして――」


 たった今オレは、身を持ってテストができないと証明してしまったのだ。

 そんな自分に、これ以上用なんてあるはずがないだろうと言おうとしたが――それはできなかった。


「れ、廉夏……?」

 

 なぜなら顔を上げて見えた廉夏の目や頬のあたりは薄く濡れていて、ついさっきまで涙を流していたというのは一目瞭然だった。オレは口をつぐむ。

 しかし当の本人は努めて明るい口調で、それでいて笑顔を浮かべている。とても不可解と思うと同時に、潤んだ目の廉夏を――美しいとも感じた。

 

「それと、お腹減っちゃいました――」 


    *

 

 すでに空には星が煌めいていた。オレたちはあのあと、一言も言葉を交わすこともなく駅に向かい、電車に乗り地元に帰り、公園まで歩いてきた。

 すでに遊園地を歩き回ったせいで体力は消耗しているはずなのに、廉夏はいつもの調子でチョコロールパンを買いに行った。しばらくベンチで項垂れていると戻ってくる。

 

「先輩も食べますか? チョコロールパン」

「……いや、やめとく……」


 そうですか。と廉夏の言葉セリフの直後、横でビリリと袋の破く音が聞こえ、パンを口に頬張る音と小さな咀嚼音が続けて聞こえてきた。

 なぜだ? なぜそんな呑気でいられる? オレはそう問いただしたくて仕方なかった。実質自分は浮気をしていますと言ったような男に、どうして今も……

 

「先輩、単刀直入に聞いてもいいですか?」


 一分ほどでパンを完食した廉夏が、意を決したかのように鋭い口調で訊いてきた。オレの体は、直接氷水を浴びせられたようにしてビクッと総毛立つ。

 まるで死んだあと、閻魔大王によって天国行きか地獄行きかと宣告されるみたいだなと思った。ゴクリと生唾を飲み込み、次の言葉セリフを待つ。

 流れからして、きっと今日一日廉夏に知られまいと思っていた作戦を、彼女は言ってしまうだろう。これは予感ではなく、確信に近かった。

 オレは内心言われたくない気持ちを奥へと押しやり、覚悟を決めたように顔を上げた。視線がぶつかり合う。次の瞬間、目の前が真っ暗になる錯覚を覚えた。

 

「先輩は――燈火姉ちゃんをことで、私を好きになろうとしていましたよね?」

「…………ッ!!」


 とたんに眉が、自分でもわかるくらいに引きつる。わかってはいたが、こうもはっきりを伝えられると、ダメージは知らないときと比べても大して変わらない気がする。

 変に隠し立てをしたとしても、勘のいい廉夏のことならすぐに見抜いてしまうだろう。しかし正直に打ち明けようとする気持ちとは裏腹に、唇は無様にも偽りを述べた。

 

「違う、違うんだ……廉夏」

「違わないですよ。だって引きこもって、しかもあんなになってまで燈火姉ちゃんが好きだった先輩が、たかが数ヶ月ほどしかちゃんと関わっていない私に鞍替えするはずがないじゃないですか」


 廉夏は目を細めながら、口の端をわずかに吊り上げる。それは自嘲の笑みに見えた。また傷つけてしまった。失敗した。信じてもらえなかった。悔しい、悔しい、悔しい。

 さらにもう一つの失敗。オレは燈火を嫌いになることができなかった。力不足だった。努力不足だった。ただ陽だまりの中で、足踏みをしていただけだったんだ。


「オレは、本当に……」

  

 必死に言い訳を考えようとする。やめろやめろ。臭い息をばらまくな。あの日、廉夏をデートに誘った日。オレは前に進めたと思ったが、とんだ思い違いだったんだな。

 燈火、まるでお前は怨霊だよ。たとえ死んだとしても、こんなにもオレを狂わせる。にもかかわらず、心のどこかでそれを許してしまっている自分がいる。どうして?

 

「私が先輩に宣言したときのこと、覚えていますよね? 思い出なんてどうでもいいって思えるくらいに、メロメロにするからって。あの言葉セリフ、撤回させてください。

 私、ずっともやもやしてたんです。何度も言うようですが、先輩があんな有様になるまで燈火姉ちゃんのことを想っていたのに、今更どうでもいいなんて、思えるはずがないですよね。 

 にもかかわらず、今日一日先輩には、結果的にそれを強制させる羽目になってしまいました。本当に、ごめんなさい」

 

 仰々しく頭を下げる廉夏を見て、ふつふつと怒りが湧いてきた。もちろん自分に対してだ。

 オレは微かに肩を震わせ、歯を噛み締め、うつむきながら、

 

「……だよ」 

「……はい?」

「なんで……なんで廉夏が謝るんだよ! 悪いのは全部オレだろうが!

 いつの日か話してくれた味噌ラーメンみたいに、ずっとオレに一途でいてくれて……色々とお世話に、なったのに……。

 オレは未練たらたらで、心残りありまくりで、廉夏の気持ちに応えてあげることできずに、あろうことか! まだ――

「…………!」 


 つい衝動的に言ってしまった。燈火が好きという言葉セリフに対してオレは、さっきのように否定――できなかった。声が出なかった。

 まるで自分の心にすとんと落ちてきて、ピッタリとはまったようで、気持ち悪いほどに納得してしまったからだ。悔しかった。悲しかった。これでもう、完全に終わった。

 まるで長時間罪を認めなかった犯人が、ついに自白したときとよく似ていた。言ってしまった後悔と、言ったことによって精神的な重荷が一気に取れた解放感の板挟み。

 きっとオレはこれから、廉夏に嫌われてしまうだろう。昔のオレならなんとも思わなかったのに、今は恐ろしくてたまらなかった。顔を上げることができない。


 こわい、

 こわい、

 こわ……

 

「――」 


 …………一瞬、自分がなにをされているのかよくわかなかった。なぜか廉夏の頭が耳の横にある。背中に回された両腕がきつくきつく、オレを抱きしめていた。

 じんわりと染み込むような温かさだ。

 どうやら抱擁されているらしいと、まるで他人事のように心のなかでつぶやいた。

 耳打ちされているが、特に恥ずかしさはなかった。それ以上に疑問だったのだ。

 

 ――いいんですよ、それで。


 いいんですよ? 頭でも打っておかしくなったのだろうか? もしかして、廉夏は廉夏なりに励まそうとしてくれているのだろうか。

 だとしたら、あまりにも逆効果だ。

 そんな優しさを見せられてしまったら、オレは……自分で自分を許せなくなる。陽だまりにいたころのように。

 でも、廉夏の言葉セリフは、こんなにも耳に優しく響いて……

 

「未練なんてあって当たり前です。心残りなんてあって当たり前です。それが好きな人ならなおさらだと思います。期間の長さなんて関係ありません。

 むしろそんな気持ちを一ミリも持たずに次の恋に移る人のほうが、私は正気を疑います」

「れ、廉夏……」 


 心地よい。

 廉夏の一言一言が、まるで砂漠を徘徊し続けて死ぬ直前、大雨によって喉や体の渇きすべてを癒してくれるみたいに、潤していく。潤していく。

 わかっているのに、わかっているのに、これ以上聞いたら、認めてしまう。肯定してしまう。最低な自分を。

 だからオレは、精一杯己を否定する言葉セリフを探した。

 

「でも……また燈火が、好きなせいで、お前に……迷惑が……」

「かかりません。許します」

 

 やめろ

 

「で、も……オレは、二人も、好きな人がいて……最低な、奴で……」 

「仕方のないことです。許します」


 やめてくれ

 

「でも……」


 廉夏の表情は、その包容力は、まるで聖母マリアのようだと感じた。オレがこれ以上否定したとしても、無駄であると直感した。

 申し訳ないよりずっと……嬉しかった。

 言葉セリフは途切れ途切れで涙声になる。

 目頭に熱いものがこみ上げてきて、ぽたりとズボンを濡らす。

 背中に回された両腕がより強く抱きしめられるのを感じた。廉夏の声は、終始穏やかだった。

 

「先輩。私はですね……過去に自分が抱いていた気持ちを否定してほしくないんです。

 燈火が嫌いだなんて、誰も幸せにならなような悲しいウソはつかないで、逆に、って、受け入れてほしいです。

 それが前へ進むことだと……私は思います」


 ――そんな自分もいる。

  

 言葉セリフがまるで波紋のように全身に伝わるのを感じる。とたんに鼻水をすする。ぼろぼろと涙が大粒に変化する。もはや恥も外聞も関係なくなってしまった。

 せめて赤ちゃんのように泣き喚かないようにと、必死に少しずつ、涙の蛇口を回していく。

 

「うぅ……ひっぐっ……あぁ……ああ!!」 


 凍えそうなクリスマス後のある日の夜、オレは一人の少女に抱きしめられながら泣いた。泣いた、泣いた。

 その涙が、ついでに燈火への想いも一緒に流してはくれないかと願った。でも無理だった。だって好きだから。これ以上の理由が、他に必要だろうか? 

 まだ言葉セリフを全部信じたわけでは無いが……とりあえず今だけはいいだろう。いや、今じゃないと、今後一切こうやって気持ちを吐き出せない気がする。

 温かい腕の中で、オレも強く廉夏を抱きしめ返すと、時間の感覚を忘れるほどに泣きまくった――


    *


 気がつくと、オレの手元にはコンビニの味噌ラーメンが置かれていた。オレが泣いている間にいつの間にか買ってきてくれたらしい。お代を払おうとしたら断られた。

 諦めて一口すする。その瞬間、まるで体の内側へとたいまつを投げられたように、ぽかぽかとすぐに温まっていく。途中廉夏も一緒に食べはじめあっという間に完食した。

  

「やっぱり、寒い時に食べるラーメンは最高ですね」

「……ああ、美味かった」 

「結構量があったはずなんですけど、意外とすぐに食べきっちゃいました」

「そりゃまぁ、二人で食べたんだからな」

「でも先輩、先輩が食べたのって最初の三口くらいですよね? それだけだと食べたうちには入りませんよ」 

「そうだってけか? もうちょっと食べたような気がするんだが……」

「そうですよ。その年でボケるのは、さすがに笑えませんっ」


 と言いつつも、小さく笑顔を浮かべる廉夏。思わず胸がときめく。今になって振り返ると、彼女はここ数ヶ月でかなり笑っていたような気がする。

 昔は引っ込み思案で泣き虫だったのに、廉夏は廉夏なりに裏で苦労を重ねてきたのだろう。

 

「なぁ、廉夏」

「はい、なんですか?」

「お前って……変わったよな」

「私ですか? 自分だとどうも、自覚がなくて……」

 恥ずかしかさそうに笑いながら頬をぽりぽりとかく夏。それだよ。その表情がそうなんだよ。

「すごい笑うようになったじゃないか。昔は足を擦りむいただけで泣いていた廉夏が、今やオレをあやすようになるなんて……お父さん嬉しいよ」

 と、オレはわざとらしく泣く演技をした。さっきリハーサルをやったから、うまくできたと思う。

「なんですかお父さんって……好きな人ですよ……」

 最後の方はかすれて聞こえなかった。

「え? なにか言った?」

「言ってないです! で? なんですか?」

 食い気味に訊いてきたので困惑したが、オレは目を覚まさせてくれた廉夏に感謝の言葉セリフを伝えることにした。

「本当にありがとう!……な。オレ、バカだからさ、燈火を嫌いになることで前に進めて、新しく廉夏を好きになれると本気で思ってた。

 でも、違ったんだな。廉夏の気持ちに応えたいと思うばかりに、自分を蔑ろにしていた。

 正直な気持ちに蓋をして、ウソをついて、結果的に最後は、女の子の前で盛大に泣き腫らす始末だ。男の威厳なんてあったもんじゃない」

 

 オレは馬鹿だった自分を軽く笑い飛ばす。すると突然廉夏はベンチから立ち上がり、数歩ほど自分から離れた。

 後ろで手を組みながら、顔だけをこちらに向ける。諭すような口調で廉夏は、

 

「私は気にしていませんよ。それより、むしろ先輩の知られざる一面を見ることができたようで……得した気分です」


 と、最後はまるで小悪魔のように、少しだけ口をニヤつかせた。かわいい。廉夏はさっきのラーメンのゴミを捨てに行った。その間にオレは思いをめぐらす。

 彼女には一生分の借りができてしまった。今度は自分が、なにか、なにか……

 

「お礼がしたい」

「? なにに対してです?」


 つい声に出してしまった。考えに耽りすぎてしまったせいで、すでにオレの隣に座っていることに気づかなかった。

 廉夏はさっきの言葉セリフの返答を待っている。別に隠す必要もないので、オレは正直に話す。

 

「廉夏が……こんな最低なオレを受け入れてくれた、せめてものお礼がしたい! 頼む!」

 オレは両手を膝に置き、さっき廉夏が謝ったときのように仰々しく頭を下げた。

「お、お礼なんて大層な……私はただ、自分の思っていることを言っただけです」

「できることならなんでもやる! オレがそうしたいんだ! 頼む!」 


 再度仰々しく頭を下げた。とりあえず明日から財布の中身は氷河期を迎えるだろうが、後悔はないし、あとに引く気もなかった。そんな犠牲はちっぽけに思えた。

 しばらく廉夏のおろおろとした声を聞いたが、ある瞬間にぴたりと静かになった。じゃあ……という、彼女の妙に震えた声が聞こえたと思ったら、

 

「――私と、を、してください」

「……ごっこじゃない、結婚式……?」 


 いきなり立ち上がった廉夏が、サッとオレの前に移動し、手のひらを差し出した。ぶるぶると震えている手は、寒いだけが理由じゃないのはすぐにわかった。

 その顔は、今から爆発でもするかのように紅潮している。ふらつきながらも、はっきりとした口調で決意を感じた。

 

 その瞬間――その姿が存在するはずのない、高校二年生になった燈火と重なる。

 昔のまま、ひゅーちゃん! と呼ぶ幼い声。無邪気な声。笑い声、怒った声、泣き声。

 でも体つきはしっかりと成長して、道行く人は思わず振り返ってしまうような、とてもかわいい、制服姿。

 変わらないロングヘアを風に靡かせながら、手を伸ばしている。オレは思わず、それをつかみそうになって――直前で押しとどまった。

 ダメだ、ダメだ。もうダブって見てはいけない。今オレに、勇気を振り絞って誘ってくれているのは、他でもない、

 流川廉夏だぞ!!!!

 前を向け。前を向くんだオレ! 今は後ろを振り返る時間じゃない。一人の大好きな女の子の、想いに応える時間だ。それまで、過去はポケットにしまうことにしよう。

  

「したいです、結婚。先輩と……いや、

「――ッ!!」 


 名前を呼ばれたその瞬間、燈火と積み重ねてきた思い出という名の宝石たちが、まるで夜空に昇るのようにしてキラキラと吸い込まれ、星と同化した。

 涙は出なかった。出さないように堪えた。手を伸ばすことはしなかった。これでいい、これでいいんだ。

 オレも廉夏と同じく立ち上がった。差し出された手を握る。もちろん彼女として。ひどく冷え込んでいた。

 それをオレの体温で、少しでも温めたいと思った。

 

「いいよ。しよっか。ごっこじゃない、結婚式を」 

「…………! はい……!」


 満面の笑みで大きく頷く廉夏。電灯が頼りなくオレたちを照らしている。しかし今回は、ステンドグラスに差し込む七色の光の代わりにしよう。

 ベールは必要ないだろう。だって今のオレたちの間には……障壁なんてものは、ないのだから。

 電灯を全身に浴びるようにして正面を向く。

 手を握って間もなく、寒いはずなのに手汗が出てきたのを感じる。申し訳ないと思い手を離そうとしたが、廉夏のほうからガッチリと握られていた。

 廉夏は童心に返ったようなあどけない口調で、

  

「じゃあ私が神父をやりますから、日向君は新郎として返答してください」

「……ちょっと待て。言うこと、わかるのか?」 

「任せてください。後半は、私のオリジナルです」

「え? それはどうゆう――」

 オレの質問をさえぎるようにして、廉夏は誓いの言葉セリフを言い始めた。

「新郎日向、あなたはここにいる廉夏を、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも……」

「……………………?」


 止まってしまった。内容を忘れてしまったのだろうか。今はもうその先の言葉セリフを言われても泣くことはないだろう。

 もしかして気を使ってくれているのか? だったら大丈夫だ。教えてあげないと。

 

「どうしたの……」

 

「――思い出がチラつくときもぉ!!」

 

「――ッ!!」 


 いきなり耳がつんざくような大声をあげる廉夏。横を見ると彼女はうつむいていており、表情はよく見えない。そしてタイミングを見計らったように、雪が降り始めた。

 しとしとと、音もなく、スローモーションで。まるで映画のワンシーンに入り込んでしまったようだ。地上に落ちては消え、落ちては消えを繰り返す、結晶たち。

 すると次の瞬間、スッと手を離し、まるで芝居をする役者のように身振り手振りをつけながら、廉夏は言葉セリフを紡いでいった。オレはたった一人の観客になっていた。

 

「思い出が邪魔をしたときも、過去の思い出が今の思い出を飲み込んでしまったとしても、そのせいで喧嘩して、泣いたり怒ったりしても、いつの日かまた…………ぅ、燈火姉ちゃんを思い出してぇ……苦しく、なったとして、も……最後は必ず…………!!」 


 とんだ大根役者だ。

 なぜなら言葉セリフの途中なのにうまく喋れず、涙を、鼻水を流して、せっかくの整った顔が崩れてしまっているからだ。

 でもなぜだろう。目を離すことができない。

 オレは苦しい気持ちになる。

 どうしてかはすぐにわかった――今廉夏が流している涙を、ただ眺めているだけからだ。廉夏は最後の勇気の一滴を振り絞るようにして、

 

「――最後は必ず、私を一番にしてくれることを、誓いますか?」

「廉……夏……」 


 体中の臓器や細胞が呼応するようにして、涙を止めたいと、このとき初めて思った。

 燈火とダブってなんか見ていない、偽りのない、本当の意味で廉夏の涙を止めたいと思った。

 これはもう、代償行為なんかじゃない。

 影を追い求める必要なんてない。

 だから燈火、もういいよね?

 だって、オレのすぐそばには、こんなにも大切な――

  

「これって……」

 

 驚いて目を見開いた廉夏。それもそのはず、オレは懐から、デートのあとに捨てようと思っていたダイヤモンドの指輪を、廉夏の左薬指にはめてあげた。

 小さい目の端にたまった涙を、そっと指で拭ってあげる。すぐにまた出てくる。

 すごく出てくる。

 すごくすごく出てくる。

 輝きを失い、

 傷がついていて、

 それでいて固まってしまった手垢のようなゴミまでついている。

 正直すぐにでも婚約破棄されても、文句は言えないことをしてしまった。

 それでも、今証となるなにかをあげずにはいられなかった。先走ってしまった自分の青臭さを呪う。

 

「ごめん。こんなものしかなくて。それにあげる順序が違うし……本当に、ごめ――」


 それより先の言葉セリフを、廉夏はオレの唇に指を当てたことで塞いだ。ゆっくりと顔を左右にぶんぶんと振る。

 ぽたりと喜びの雫が、ダイヤモンドの部分に落ちた。

 それは一瞬のできごとであったが、わずかほんの刹那、かつて買ったあの日と同じように煌めき、輝きを取り戻した……ような気がした。

 

「先輩、すごく、きれいです。世界一、きれいな、結婚指輪です……」

 

 一言一言を噛み締めるみたいに、確認するかのようにして、幸せで満たされていく廉夏の心が、手に取るように理解できた。

 廉夏は電灯に指輪を翳し、うっとりとした表情を浮かべている。そしてオレはその姿を見てうっとりとする。

 この時間だけオレたちの心は、まるでもともとそうであったかのように融合して、一つの生命体となる。

 その瞬間、心の情動は最高到達点に達し、高らかに、叫ぶように産声を上げた。感極まった廉夏が、泣き笑いをしながら一言。

 

「今、わたし――幸せすぎて死にそうですっ!」

「――ッ!! 廉夏!!」


 たまらず抱きしめる。力の加減なんて忘れてしまうほどに、強く、強く、強く。もう絶対に離さない。絶対に死なせない。死なせるもんか。

 まだ心にはわずかに燈火がいるけど、

 いつかは必ず、

 本当に大切な思い出だけを残して、

 廉夏を、

 正直に、

 まっすぐ前を向いて、

 

「オレ、穂村日向は、この世で一番……流川廉夏を愛することを、誓います――」


 そう言うとオレは、そっと廉夏の唇にキスを落とす。

 あまりにも冷えすぎたせいで、唇が当たっている感触がよくよからない。本当にできたのかと眉をしかめる。

 廉夏もそうなのか、泣き止んだと思ったら今度はオレと同じように眉をしかめる。

 間もなくして考えていることがシンクロしていると直感したのか、小さく笑い始めた。

 それにつられてオレも笑う。まったく、最後までぐだぐだで、

 拙くて、

 幼くて、

 恥知らずで、

 

 でも――思い出に残る結婚式だった。

 

 こんな未完成なオレたちを神様は、燈火は、祝福してくれているだろうか。祝福してくれるといいなと思った。

 燈火のあの言葉セリフが想起される。


 ――みらいのだんなさんなら、きっとできるよっ!

 

 しばらく笑ったあとは、言葉セリフを交わすことなく一緒に、手を握り合いながら夜空を眺めていた。

 一寸先は闇、もしくは灰色。

 でも廉夏と二人なら、今夜空に輝いている星のように、あらゆる困難を切り裂き、照らし出す光になれる気がした。根拠はないが、それしか考えられなかった。


 強く、強く、そう思い込んでいた――


    *

 

「やぁやぁ、待っていたヨ」


 満たされた気持ちでアパートに帰ると、オレの部屋の扉にカルアが寄りかかっていた。今さらながら、あまりにも神出鬼没すぎて怖い。

 相変わらずのニヒルな笑顔を見ると、せっかくの気持ちが冷めてしまうので、オレは目をそらしながらそっけなく、

 

「なんだ、いたのか」

「なんだとはなんだい。せっかく君にイイモノをあげようと思ったのに」

 

 と、カルアはオレに孤道具を渡してくれたときと同じく後ろを向いてから帽子を取り、ゴソゴソと中を弄る。某青ダヌキの四次元ポケットを思い出した。

 やがて手をグーにしてなにかを持ったカルアは、それをオレの手に握らせた。ゆっくりと開くと、それは黒いパッケージのようなものだった。商品名を見ると……

 

「? なんだよそ――れェェェエエエ――ッ!!」

 

 すっかり夜が耽ったのも忘れて、オレは恥ずかしさで思わず叫んでしまった。

 とっさにカルアからもらった物を放り投げる。きれいな放物線を描きながら、それは雪に紛れるようにして下に落ちていった。

 

「あららーちょっと! せっかく君と彼女の今後を祝って、ヤガミオリジナル0.0000000001ミリ息子の保護者コンドームをプレゼントとしようと思ったのにー」

「手に取った振動で破けるレベルじゃねぇか! それにその……まだそうゆうのはちょっと……」

 

 オレはほんの一瞬でも廉夏とのそうゆうことを想像してしまうが、すぐにかき消した。表情には出なかった。

 こうゆうときに、顔に出ない性格で助かったと切に思う。だがカルアはそんな心の動きをすべてを知り尽くしているかのように、とオレの頬をつんつんと指で突いてきて、

 

「あっ今廉夏君のおっぱいのこと考えてるでしョ?」

「は、はぁ!? 考えてねぇし! 憶測で物を言うなし!」


 なんか言葉セリフ使いが変になってしまった。声も乱れてしまっている。当分はまだ、自己嫌悪は続きそうだ。

 これ以上話すと、かえって墓穴を掘りそうなので口をつぐむことにした。カルアは指で突いてくるのをやめると、ゴホンッ と一つ咳払いをして、

 

「まぁ、ここまでのやり取りが前フリなわけでして、本当はこれをあげたかったんだヨ」

 

 そう言っていつの間にか手に持っていたのは、ロウソクと呼ぶにはいささか大きいような気がするものだった。

 ロウをガラスかプラスチックのような透明な容器で囲み、よく見るとまるでミルフィーユのように、白とイチゴのようなぼんやりとした赤色が配色されている。

 

「これは……?」

「アロマキャンドルだヨ。アロマの香りとキャンドルの炎の揺らぎを見るだけで、リラックス効果を得られる。自律神経にも作用して、集中力が上がったり気分転換にもなるヨ。

 これを使いながら勉強するのもよし、廉夏君と二人きりで香りを堪能するのもよし、食べるのもよし、好きに使いなヨ」

 

 てっきりまた新しい孤道具ではないかと勘ぐってしまったが、カルアの口うるさい商品紹介がないことから本当に厚意でくれたものだと理解する。なんだか気持ち悪い。

 オレが受け取った瞬間、用を終えたのかカルアは踵を返して階段を降りてしまう。オレは気づいたときには呼び止めていた。カルアがめんどくさそうに返事をする。

 

「お、おい!」

「……なんだい? 僕になにか用?」

「いや、用ってほどでもねぇんだけど……カルアが思い出ロウソクをタダでくれたおかげで、紆余曲折はあったけど、結果的にオレは前へ進むことができた。本当にありがとう」

「……そ」

「そこで疑問なんだが……そんなことをしてカルア、お前にいったいなんの得があるんだ?

 言っちゃ悪いが、風貌からして幸せな人の顔を見るのが好きだなんて抜かす慈善活動家には見えないぞ」

  

 カルアはこちらに振り向くことはなく、なにも答えない。ただ見えていないはずの目で正面を見つめていた。

 相変わらずしとしとと静かに雪が落ちていく音が聞こえるなか、まるで独り言のように小さく語り始めた。

 

「意外に鋭いね、君。言った通り、孤道具をあげたのは慈善活動でもなんでもない。ただ君は運がよかっただけで、他の君みたいな人はすごく酷い目に遭ってるヨ。

 僕がやってることは、そうだな……身勝手で、自己中心的で、独善的で、独りよがりな……エゴの押しつけかな」

「……エゴ?」

「あーごめんごめん。この物語タビジでこのこと話しても、君にはちんぷんかんぷんだったよね。忘れてくれ」

 

 手のひらをズイッと前に突き出し、もう片方の手で額に手を当てるカルア。

 そして去ろうとする足取りをオレはまた止めた。今度はふと、個人的な興味が湧いたからだ。

 

「今度はなんだい? 僕は寒いのが苦手でね、手短にたの……」

「――カルアの素顔が見たい」

「…………」

 

 しばしカルアと向かい合う。オレは真剣だった。やがて間に堪えられなくなったのか、彼女は口元を押さえて小さく笑い始めた。

 はじめは耳を澄ませて聞き取れた笑い声が、ふふふと含み笑いに進化し、やがてお腹を押さえながらアハハハハハハ! と高らかに笑ってきた。そして急に無言になり、

 

「ダメ」

「笑うくだりなんだったんだよ! オレの時間を返せ!」

「アハハ、ごめんごめん。でも本当にダメなんだヨ。だって顔を見せてしまったら……」

「見せてしまったら……?」

「君が……」

「君が……?」

「本気で……」

「本気で……?」

 

「――僕のことを好きになってしまうからだヨ」

 

「――ッ!!」

 

 次の瞬間、正面にいたはずのカルアは、なぜか瞬間移動をしたかのようにオレの耳元で言葉セリフを囁いた直後、いつも通り見る影もなく霧散して消えていた。

 オレはいきなり瞬間移動を使ったことよりも、断然カルアの素顔が気になってしまっている。でも心のどこかで確信していた。多分もう二度と会うことはないのだろうと。

 

「なんだったんだ、アイツ……」

 

 と思ってすぐ、自分がずっと外に出ていたせいで体が悲鳴をあげているのに気がついた。急いで解錠すると、滑り込むようにして部屋に入る。

 とうぜん誰もいないから部屋は真っ暗なはず……なのだが、玄関からは見えない場所で薄くなにかが灯っているのが見えた。この明かりは……もしかして……

 

「……! これって……」

 

 とっさに目をそらす。なぜならオレの部屋の中心にはロウソクが、一本だけで淋しげに立っていたからだ。また眠くなってしまう……と思ったが、そんなことはなかった。

 風があるわけでもないのに、ゆっくりゆらゆらと揺れているロウソクを見て――オレみたいだなと、ふと思った。

 あるときは過去に縋ったり、またあるときは未来に進もうとしたけど結局引き返してしまったり、だいぶスケールのでかい反復横跳びをしてきたなと感じた。

 燈火の思い出に囲まれていた生活を思い出す。恋しくないと言ったらウソになるが、だからといってあの生活に戻る気はない。だってオレ……今幸せだからな。

 

「ここにくるまで、長かったな……」

 

 思えば最初は、蟲に齧られた記憶から始まったのだ。ロウソクの効果で思い出を取り戻すことができたオレは、これで前に進めると思ったが、実際はもっと酷くなった。

 気づけば陽だまりのなかにいて、より一層臆病になってしまった。でも廉夏がオレを引っ張ってくれた。そして許してくれた。それがなにより嬉しかった。

 なにかまたお礼がしたいと考えて、すぐに思いついたのは勉強することだった。今さらだが、高校二年生にもなって将来を決めていないことはマズい。

 時間はあっという間だ。もちろんオレの将来のためでもあるが、それ以上に今度は、廉夏を引っ張っていけるほどの学力を身につけてやろう。先は長いが、とりあえず、

  

「なんとかなる、か」


 オレは勉強するのに邪魔なので、ロウソクの火に息を吹きかける。煙は周りの景色と同化するようにして、上に昇って消えていく。

 溶けたロウの匂いが、わずかに鼻孔をくすぐった――

  

(.)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思い出ロウソク(孤独のカルアシリーズ) @usunoromausu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る