思い出ロウソク 中

「だ、誰だよ……あんたは」

「同族の臭いがしたからね、はるばるとセカイからやってきた次第だヨ」

「同族? 世界?」

 ボクの言葉セリフなんて気にも留めず、その女の人は自己紹介を始めた。 

「僕の名前はカルア。呼び捨てでいいヨ。色々と訳ありでね、セカイ中を旅している。今は――主人公の君に向けた商いをしているんだヨ」

「主人公? 商い?」

 

 さっきからなにを言っているんだ? この人は。

 そんなオレの考えていることはよそに、カルアという少女は、ビシッとオレに指先を突きつけて、

 

「ズバリ君は、欠けてしまった好きな人との思い出を取り戻して、前に進みたいと思っているね?」

「――ッ!! な、なんで……それを」

「そんな君にオススメしたい孤道具がこちら! ちょっと待ってねー」

 

 カルアはクルッとオレに背を向けてシルクハットを取り、まるで中にある物をまさぐるようにして手を動かしはじめた。それにしても孤道具っていったい……

 しばらくすると、あった! という元気な声を出して、カルアは再びシルクハットを被ってオレに向き直った。見せてきたのは――なんの変哲のないロウソクだった。


「名付けて! 思い出ロウソク! 使い方は超簡単! 暗い部屋で一人きりのとき、ロウソクを灯して火を見つめるだけ! これ一つで繰り返し使うことが可能!

 それだけで過去に戻って思い出を再び体験できる! ただし現在の意識は持っていくことはできないけどね。今ならお試し期間中! どうだい? 欲しいと思わないかい?」

「……そ、そんなの……」


 あるわけがない。言うまでもないだろう。でも少しだけ期待している自分がいるのも事実だ。だがはっきり言って信じる要素は皆無だろう。

 逆に、すぐ話を信じる人なんているのだろうか。考えを察したのか、カルアの口の端が、一瞬だらりと悲しげに下がる。しかしすぐにニヒルな笑顔に戻って、


「まぁ、信じてもらえないのは当然だろうね。でもせっかく今はお試し期間中なんだから、商品はここに置いておくヨ。捨てたかったらそれはそれで構わない。それじゃっ!」


 その瞬間、突然目を瞑ってしまうほどの強風が吹き荒れたが、それは一瞬で収まった。再び目を開けると、そこには誰もいなかった。

 ついさっきまで幻覚を見ていたのだろうか。しかしそうではないと示す証拠が一つ。それは、カルアにお試し期間と言って渡されたロウソクが、手元にあることだ――


    *

 

「いただきます……」


 特に面白くもないテレビをつけながら、オレはちゃぶ台に上にあるカップラーメンを啜っていた。味は豚骨醤油と書いてある。

 ラベルを見てみると、自分の知らない有名店が監修しているらしい。廉夏のラーメン話を思い出す。改めて考えてみても、味噌ラーメンへの行き過ぎた愛だと思う。


「やべっ、食う前に学校の課題やるべきだったな。食ったあとだと、なんか眠くなっちゃうからな」


 パパッと不健康の塊を食したあと、オレはカバンから課題を取り出して取り組んだ。解答欄をすべて適当に埋めていく。これで一生懸命やりました感は出るはずだ。

 その最中、ふと脳裏に昔の自分が勉強している姿が映し出される。あのころは我ながらすごいと思う。なぜなら、ほぼすべてのテスト成績を一番で修めていたからだ。

 別に今現在と違って頭が良かったわけじゃない。あのころはなんというか……使命感みたいなものがあった。やらなければならないという戒めに誓いがあった。

 燈火は言ってしまえば頭の悪い子だったので、自分が引っ張ってやらないといけないなんて気持ちが、成績に反映されたに過ぎない。今の自分にはない、眩しいモノ。

  

「――ッ!! な、なんだ!?」


 そのとき、突拍子もなく部屋が暗くなった。部屋に自分以外の誰かがいて、電気を消したわけではない。だとしたら原因は一つ、停電だろう。

 本来ならすぐにでもブレーカーがある位置まで行きたいところだが……暗闇のなかでオレは、欠けたはずのある記憶を思い出そうとしていた。


「暗くて……大きくて……騒がしくて……ハッ!!」


 それは、小学校の五年生までさかのぼる。不定期で行われる社会科見学の授業で、オレの学校は劇薬死去の公演を観に行ったんだ。

 座席は前もって決められた位置に座るのだが、オレと燈火は暗闇を利用して、二人で別の席に移動したんだ。手を重ねながら見たライオンジャックが再生リプレイされる。


「あんなに声が伸びて歌えたら、さぞかし楽しいだろうね」

「……だな」

「そうだ! ひゅーちゃんもあれくらい上手くなって見せてよ。あたしが一番最初の観客になってあげる!」

「バカ言うなよ。無理に決まってるだろ? オレ音痴なんだから」

「うーん……じゃあ      の言葉セリフを言うシーンなら、うまくできるんじゃないかな?」

「……ピンポイントすぎるだろ……」


 舞台照明から漏れ出た光が、観客席を薄っすらと照らしている。横を向いた先に燈火の顔がおぼろげに――見えなかった。

 まただ、また齧られていた。もう嫌なのに、思い出に囚われるのは、もう疲れたのに、逃がしてくれない。このままオレは……一生燈火の影を追いかけてしまうのか。


 ――名付けて! 想い出ロウソク! 使い方は超簡単! 夜に暗い部屋で一人きりのとき、ロウソクを灯して火を見つめるだけ!


 カルアの言葉セリフがリフレインされる。真っ暗な部屋で一人きりというお誂え向きな状況。考えるより先に、体が動いていた。台所からチャッカマンを調達する。

 すでに暗闇に対して目が慣れていたので、スムーズに動くことができた。ロウソクをついでにカルアに渡された燭台の上に置く。

 カチンとチャッカマンのトリガーを引いて火を灯す。とたんにお尻のほうは青く、それより上は白い光が沸くようにして出てきた。

 なぜか風が吹いているわけでもないのに、ゆらゆらゆらゆらと、まるで生き物のように妖しく揺れている。目を離すことができない。吸い込まれてしまいそうだ。


「あ、れ? なんだか……眠、く……」


 ただでさえ暗い視界が、さらに暗く、どんよりと黒く染まっていく。意識が別の世界へと引っ張られているようだ。

 オレは横向きに倒れ込み、プツリと生命反応が途絶える。直後自分は魂だけの存在になって、数多もの思い出を一瞬だけ閲覧する。そして、ある一箇所に、止まった――


    *

 

「……い、…………ん、……ちゃん。ひゅーちゃん!」

「ん……? ん?」


 あれ? おかしいな。今日はたくさんベッドで寝たはずなのに、気づけば少しだけ寝てしまった。目をこすっているんたげど、ぜんぜん目が見えないな。

 ついでに耳も遠かったけど、なんだかボクを呼ぶ声のおかげでだんだんと聞き取れるようになってきた。よかった。視界も元に戻りそうだ。目の前には……

  

「どうしたのひゅーちゃん? いきなり気を失ったみたいに倒れちゃうんだから」

「――ッ!! あ、ああ、あ……」


 あれ――?

 

 どうして? どうして? また目が目えなくなってきた。今度は透明で水分のこれでもかと含んだフィルターを隔てたような景色だ。

 鼻の奥がツンとする。まるで運命的な再会を果たしたような不思議な感覚。

 そんなはずがないのに。つい昨日会ったばかりなのに。会って大人気ゲーム、ポケットウォッチを二人で楽しんだはずなのに。

 目の前にいるのは……目の前にいるのは……

 ぱっちりとした大きな瞳、口元のホクロ、ロングヘアーの髪、常にほんわかとした優しげな表情。柔らかい唇。見慣れた姿のはずなのに、どうして、こんなにも……

 

「? なんか今日のひゅーちゃん、変――ってどどどどどどうしたのいきなり!!」

「あ、ああ……あわ……わあああああああああああああん――ッ!!!!」


 自分でもわけがわからなかった。ボクは恥ずかしさなんてものすべてかなぐり捨てて、目の前の少女――小鳥遊燈火に抱きつき、赤ん坊のように泣いた。

 まるで、今までずっと怖い夢をみていたようだった。その夢の世界では、燈火が死んでいた設定になっていたんだ。

 そんなこと、絶対にありえないのに。


「痛い! 痛いよひゅーちゃん! やっぱり今日はなんか変だよ!」

「――ッ!!」


 少し幸せに浸りすぎたころ、ようやく悲痛な燈火の叫びで我に返り、抱擁という名のクリンチを解いた。ごめん! と額と手を床につけ、土下座スタイルで謝る。

 そこまでしなくていいよと燈火は優しい口調で言うが、ボクは頭を上げなかった。また涙が出てきた。さすがにこれ以上泣き顔を見せるのは、プライドが許さなかった。


「久々にやりたかったけど……無理そうだな。

「……! 今、なんて?」

 

 結婚式ごっこ――その言葉セリフを聞いた瞬間、脳内が弾けた感覚がした。今までモノクロだった景色が、一気にカラフルな色で満たされていくようだ。

 何度も遊び慣れてきたのに、まるで初めてのように緊張してしまう。か、簡単なことじゃないか。ただ誓いの言葉セリフを言って、最後は……誓いの……


「? だから結婚式ご――」

「したい」

 両肩をつかみ、食い気味に答えた。いきなり触られたことにより、ビクッと体を震わせる燈火。

「ぅえ? え?」

「したい! 結婚式ごっこ! 燈火と結婚……したいよ……」

  

 言い終えると、急に理由もわからぬ切なさが、ボクの胸を締め付けてきた。思わず苦痛に顔を歪める。いったいどうしたんだ? 燈火の言う通り今日の自分は変だ。

 どこも体調が悪いわけでもないのに、物理的な痛みとは違う、もっと奥深くで、じわじわと、陰湿に、まるで、蟲に食い荒らされるような……

 

「……本当に、大丈夫?」

「ああ。本当に、大丈夫、だから。だからしたい、結婚式」

「……わかった。じゃ、行こっ!」


 と、燈火がオレの手を握って二階への階段を上った。温かな体温が伝わってくる。ふとなぜかオレは、道中の壁に張り付けられた燈火の写真に釘付けになっていた。

 運動会の写真、お遊戯会の写真、卒園式の写真など、語り尽くせないほどの写真が、何度も見ているはずのボクの心を昂らせ、ひどくざわつかせた。

 燈火が部屋のドアを開け、内部が視界に入ったその瞬間、ただでさえ最高値を迎えていたボクの心のメーターが壊れて、限界突破したのを全身で感じた。

 ポケットウォッチの文房具やねんどろいど。好きなアーティストのポスター。クマやトラなどの動物のぬいぐるみがベッドに並べられている。なんだか懐かしい気分だ。

 

「あれ? このシミ……」

「ああこれ、ひゅーちゃんがこぼしたオレンジジュースのやつだよ。もう気をつけてよねー」 

 ぷくーとわずかに頬を膨らませた顔がすごくかわいい。思わず見惚れていると燈火が、 

「そういえばひゅーちゃん、ちゃんと今日は指輪って持ってきたよね?」

「……え? ああもちろん」

 

 意識するより先に、ボクは右手をポケットの中に入れて指輪を取り出した。窓から差し込む陽光により、ダイヤモンド(レプリカ)の指輪は光り輝いていた。

 この指輪は二年前、オレたちは小学三年生のころ、よりリアルな結婚式ごっこをしたいという燈火の提案により、互いに小遣いを出し合いおもちゃ屋で買ったものだ。

 

「もしかしてまた学校に持ってったのー? 万が一先生に没収されたら一大事だよー」

「ご、ごめん。でも、手元にあると安心して、つい……」

 

 軽く愛想笑いを浮かべると、しょうがないなという表情こちらを見つめる燈火。その後クローゼットの前に立つと、引き戸をスライドさせて中の物を取り出した。

 それを見た瞬間、ボクの体全体に電流が走るような感覚がした。透明折り紙で作られた手作りのステンドグラス、そしてもう一つ目に入ったのが……


「その、ベール」

「ん? ベールがどうかしたの?」


 ベールと呼んだそれは、のどかな牧場の刺繍が施されているレースカーテンの切れ端だった。

 燈火はついでに取り出したバッグカチューシャを付けて、その間にレースカーテンを挟み込む。あっという間に結婚式でよく見かける、ベールを被った女性の完成だ。

 

「すごく……きれいだ」

 

 思わず口に出てしまう。直後に恥ずかしさが体の内側からこみ上げてきて、思わずプイっと顔をそらした。

 何度も言うようで悪いが、見慣れているはずなのに、まるで久しぶりに幼いころの映像を見直しているような懐かしさがあった。まだ懐かしむ年齢じゃないのにどうして。

 

「――ッ!! やっ、やだなーひゅーちゃん! そんな当たり前なこと言われてもなぁーっ!」

 

 口元を隠しながら軽くうつむき、不自然なほどに語尾を吊り上げていることから、今のボクと同じ気持ちだというのがわかる。

 無理やり得意げな顔をして鼻をふんふんと鼻を鳴らす。その顔がとてもいじらしい。

 燈火は窓ガラスにステンドグラスを貼り付けていく。途中促されてボクも手伝うことになった。貼り終えたそれを、改めてまじまじと見つめる。

 ステンドグラスの光は、床下に模様を浮かび上がらせるようにして、淡く、儚く、溶けてしまうような質感を感じさせた。手をかざすと、その模様がぼんやりと映る。

  

「じゃっ、今日はひゅーちゃんが神父役で言ってよね」

「? 言うって、なにを……」

「誓いの言葉セリフに決まってるでしょ! この前はあたしが言ったんだから、次はひゅーちゃんの番に決まってるじゃん。

 そして言い終わったあと……そ、その……あたしたち……キスするの。って、恥ずかしーこと言わせるなバカバカバカバカバカーッ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら肩を叩いてくる燈火を見て、ボクの心はなぜか満たされていった。内容を一瞬忘れていたことは気になったが、満たされたので一旦置いておこう。

 そろそろ始めよう。親も周りのクラスメイトも知らない、オレたちだけが知っている、秘密の遊びを。

 

「……準備できた?」

「……ああ」


 遠くで太陽が大笑いしている。そのおかげでオレたちはステンドグラスの光を正面に浴びるようにして並び立ち、背筋を伸ばし手を握り合う。

 まるで唇が別の生き物になったかのように、スラスラと誓いの言葉セリフを述べていった。

 

「新郎日向、あなたはここにいる燈火を、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、死が二人を……」


 ……………………

 ……………………

 ……………………

 

「………………? ひゅー、ちゃん?」

「死が、二人を……二人、を……を……」

 

 泣いていた。先ほど燈火に抱きついたときに出し切ったはずの涙が、まるでウソだったかのようにとめどなく流れ出ていた。ごっこ遊びにしては、本気を出しすぎだろ。

 はじめは困惑した表情を浮かべる燈火だったが、やがて優しくハグしてくれた。まるで泣き虫な息子と母親のような立ち位置だ。恥ずかしいけど、すごく嬉しかった。

 

「なんか今日は、ひゅーちゃんがひゅーちゃんじゃないみたい。いつもとは立場が逆だなんて、らしくないよ。でも……ちょっと嬉しいな」

 

 たっぷり一分ほどハグされたあと、今度は燈火が誓いの言葉セリフを仕切り直してくれた。そして指輪交換。新郎から新婦、新婦から新郎の順番で行う。

 次にベールアップだ。ゆっくりと両手で持ち上げ、顔にかけられたベールを後頭部まで持っていく。肌が白くてきれいな顔立ちの燈火の顔が表れた。


「ひゅーちゃん。いいよ……」

「うん……」

 

 目をつぶった燈火は、まるでシンデレラのように儚く、それでいて誰よりも美しく感じた。それにキスするボクは、さながらチャーミング王子といったところだろうか。

 こんな感性を持ったことを不思議であり奇妙だと思ったが、それ以上に感謝した。

 だってボクは燈火が好きだということを、再認識できたからだ。

 燈火は準備満タンらしい。乱暴に涙を袖口でぬぐったあと、誓いのキスをしようとした直前――ボクは行動を抑制していた。


「……どうしたの?」

「ああ……いや、」

  

 直感的にしてはいけないと思った。それはどうしてか、。どこに? 自問自答が頭の中でネット回線のように複雑に飛び交っていた。

 しびれを切らしたのか、燈火のほうから唇を重ねてきた。その瞬間にわずかに熱が灯る。頭がくらくらする。意識が蕩けていく。唇に残った感触に夢中になった。

  

 ボクの意識は、そこでプツリと途絶えた――


    *

 

「……んっ……まぶし……」


 わずかに開けた目の隙間から、産まれたての太陽光が容赦なく入り込んでくる。気づけば朝になっており、時計を確認すると自分が本来登校する時間だった。

 普通なら焦って準備するのだが、今日のオレは違った。畳の織られた箇所を一点に見つめる。そして思い出す。さっきの夢のような内容を。


「燈火が、燈火、が……」

 

 笑っていた、照れていた、怒っていた。はっきりと、一寸の違いもなく、思い出の燈火の顔は――齧られていなかった。文字通りついさっきの見たかのように鮮明だ。

 信じられなかった。ついに叶ってしまったのだ。そしてオレは、なにかに突き動かされるように押し入れの引き戸をスライドさせ、奥に押し込んだあるものを取り出す。


「たしか……ここに……!」


 ようやくわかった。思い出が蟲に齧られてしまった理由が。それはきっと、思い出してしまったときに感じる辛く苦しい気持ちを封印するための自己防衛だったんだ。

 そしてもう一つ、何千回と掘り返していた思い出。オレと燈火が幼いころ手を握って並び立っていた記憶。結婚式ごっこに間違いない。そうだ、そうじゃないか!

 話を戻すが、奥に押し込んだあるものとは、金属製でところどころ凹んでいる箱だった。中を開けてみると、少し汚れてしまったが色褪せぬ思い出の品々があった。

 ベールに透明折り紙、そして――ダイヤモンドの指輪。オレは導かれるようにして指輪をはめてみる。昔はすっぽりと入ったのに、成長した今では第二関節までが限界だ。

  

「記憶が戻って、よかったぁ……!」


 またもこぼれ落ちそうになる涙を振り切るようにして、オレは朝の準備に取りかかった。ご飯を食べ、服を着替え、歯を磨き、教科の準備をする。

 何でもないような事になぜだが幸せを感じる。まるで虎舞竜だ。燈火が生きていた以来の活気にあふれた生活が再来カムバックしてきたような気がした。


「学校行かなきゃ!」

 

 生きている。オレは今生きている。その喜びを全身で確認するかのように玄関を飛び出し、無駄にエネルギッシュに階段を下った。じっとしていられない。動きたい。

 さらに走るスピードを上げる。まるで今のオレはマ〇オでいうスターを取った状態のようだ。頭からは常時あのBGMが鳴り止むことなく響いている。

 終わらない無敵時間。持続する高揚感。溢れ出る多幸感。思い出を自分のものとして抱きしめている優越感、ニヤけてしまう自分が抑えられない、止められない。

 その日の授業は積極的に手を挙げたり、(ほとんど答えられなかったけど)高校二年生にして初めて来た学食で大盛りの味噌ラーメンを注文したりとすべてが変わった。


「学校って……こんなに早く終わるもんなのか」

 

 まるで射られた矢のようなスピードで、あっという間に放課後になった。オレの変わりようにクラスメイトも困惑していたが、特にイジられることはなかった。

 周りを見ると、ようやく苦行から解放された後のような顔をしている生徒がちらほら見える。だが自分は違う。青春を体験した、感じた、触った、抱きしめた。

 

「先輩」

「……! あ、ああ……」


 だがその状態も、つい頭から抜けていた廉夏の登場により平常心に急降下した。

 昨日の泣きそうな表情が思い浮かぶ。もちろん今は泣いていないが、顔を合わせづらい。


「失礼します」

「ええ!? ちょっと……」


 驚く暇もなく、ガシッと腕を掴まれるとコンビ二に寄ることもなく、そのままいつもの公園へ連行された。

 よく座るベンチをバックにして、廉夏がクルッとオレに向き直る。そして後ろから勢いよく押さえつけられたようなスピードで頭を下げてきた。

 

「昨日は本当にごめんなさい! 私ったら、先輩の気持ちも知らないで、勝手なことばかり言って……最低です」

「……もういいよ。気にしてないから」

「え? でも……」

 

 廉夏は信じられないと言った目つきでオレを見ていた。無理もないだろう。自分自身、まるでまったくの別人にでも生まれ変わった気分だ。

 そうなったのは、言うまでもなくカルアがくれた思い出ロウソクのおかげだろう。とにかく気分がいい。なにか一ついいことをしたいが……そうだ!


「でもじゃない。本当に気にしてないんだ。それより廉夏、腹減らないか? 今日はオレが買ってやるよ。チョコロールパン」

「え!? どうしたんですか先輩? 頭でも打ったんですか?」

「……たまには、先輩面するのも悪くないと思ったからな。ほらっ、行くぞ!」


 と、廉夏の腕を半ば無理やり取るとずんずんと歩き出した。後ろからえっ、えっ、と事態を飲み込めていない声が聞こえるが、特に気にすることなくコンビニに向かった。

 ちょうど一つしかチョコロールパンがなかったので、オレは急いで手に取った。あとこれはほんの気まぐれなのだが、ついでに味噌ラーメンも購入しておいた。


「お腹……空いてたんですか?」

「いや、これは廉夏にあげようと思ってな」

「えええ!? そんな先輩、悪いです――」

 バツが悪そうな表情をする廉夏にオレは、半ば押し売りのようにして商品を渡した。

「いいからいいから。それにこのラーメン、今CMで話題の美味しいやつでさ、あとで食べた感想聞かせてくれな。それじゃっ」

「ちょっ、ちょっと先輩、どこに行くんですか?」

「会わなきゃいけない人がいるんだー!」


 脱兎のごとく公園をあとにする。その会わなきゃいけない人というのはカルアだ。

 あの思い出ロウソクを自分のものにしたい。その衝動だけが自分を突き動かしていた。

 まだまだ足りないと思う。前へ進むためには――廉夏の気持ちに、には、もっと思い出を、記憶を思い出さないといけない。

 そんなオレの心情を察しているようにして、玄関を開けた瞬間に待っていたのはカルアだった。相変わらず、不気味に浮かび上がるようなニヒルな笑顔。


「その様子じゃ、買うか買わないかは訊くまでもなさそうだね」

「あ、ああ。でも……」

 

 正直喉から手が出るほど欲しいのだが、すぐに大きな問題にぶち当たってしまう。

 それは値段だ。きっと莫大な金額を請求されるに決まっている。


「欲しい気持ちはあるんだがその……持ち合わせがなくて……」 

「――タダでいいヨ。今回はサービスということで」

「……え?」

「僕が欲しいのは――終点ピリオドだからね」

「な、なにを言って……」

  

 ニヤリと口の端が高く吊りあがるカルア。とにかくボクは、商品が自分のものになった事実に歓喜した。

 しかし直後、カルアのただし! という一際語気の強い言葉セリフに、背筋が釣り上げられたようにピシッと伸びた。ピンと立てた人差し指を唇に当てながら、

 

「約束として、このロウソクはあくまで君が、燈火との死に別れを乗り越えて前へ進むために用意した孤道具だヨ。

 だから間違っても、一生を思い出に浸ることで過ごそうだなんて考えちゃいけないヨ」

「か、考えたりしたら……?」

 そこから先を、カルアは話してくれることはなかった。だが聞く必要はないだろう。だってオレは、

「その約束、絶対に守ります! だから……」


 ――ドンッ!!

 

「えっ……」

 

 驚く暇もなく、まるで睡魔にでも襲われたようにオレは、あまりにも突然、意識が遠のいていった。

 カルアがスッと懐から取り出したのは、暗黒に黒光りした銃身の長いリボルバー拳銃。カチャリと安全装置を解除した音が聞こえ、引き金が引かれた。

 すべての景色がスローモーションで流れていき、まるで世界が静止してしまったような錯覚を覚える。オレはなすすべなく床に沈んでいく。その間際、

  

「――終点ピリオドまでの物語タビジは今……

 

「………ッ………え…………?」


 ドサッと尻もちをつく。一瞬額に痛みが走ったが、次の瞬間には消えていた。

 なにするんだ! と怒ってやりたかったが、カルアはまたしても風のように、いつの間にか姿を消してしまっていた。

 夢でも見ていたようだ。しかし――ロウソクが手元にあるという事実こそ、夢ではなく現実であることを教えていた。

 オレはこれからの行動を強く宣言した。

 

「乗り越えてみせる。燈火のためにも、廉夏のためにも……オレの、ためにも――」

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