お土産話

川尻爽太

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 地味な仕事だなと最初は思っていた。高校を卒業し、大学生にも社会人にもならなかった僕は京都駅の「そやかて土産」という駅構内にあるお土産デリバリーサービスでアルバイトをしている。駐車場をくり抜いてつくった簡易倉庫にある大量のお土産を駅構内のお土産屋に運ぶ仕事だ。仕事内容はいたってシンプルだった。だから僕でもそつなくこなせた。


「悟! お疲れ、今月の給料明細な」


「所長、ありがとうございます」


「仕事には慣れたか? もう入ってきて4ヶ月だけど」


「はい! この東野悟、ここで骨を埋める覚悟であります!」


「おお、そうか、そうか! うちはアルバイトと準社員が貴重な戦力やからな頑張ってくれ」


 所長の染田さんは憧れの人だ。特に理由はない。たまに僕が感じる、なんか好きなんだよなこの人アンテナに引っ掛かった稀に見る逸材である。

 僕は正午から出勤して夜の8時半に帰る。休憩は5時半から6時半の1時間。7月の頭からここにきてもう11月の中旬になっていることに憂鬱になった。



「東野くん、行こうか」


 係長の塚本さんが人差し指と中指を口に近づけた。休憩時間に塚本さんと僕はタバコを吸うのがルーティンであった。


「もう少し近かったらいいねんけどな、喫煙所」


「そうですね、貴重な休憩時間が無駄になりますもんね」


 松本さんと喫煙所に着いたとき白いシャツにピンクのエプロンを着た20代前半と思われる女の子がいかにも不機嫌そうな顔でタバコを吸っていた。確かこの制服はお土産屋「都」の。そう思ったとき塚本さんの携帯がなった。


「はい、あーそうですか、うん、今すぐ、はい。ごめん、東野くん戻らなきゃ」


「あ、そうですか」


 こいつと2人きりかよと思った。仁村紗和似で結構美人だなと思っていたら、思わず顔を凝視してしまっていた。案の定その人は睨み返してきた。慌てて目を逸らしジッポでタバコに火をつけた。


「そのジッポ、amazonで2000円ぐらいのやつだよね。いいよね。私も使ってる」


「はい、そ、そうですね」


「あ、ごめんね。びっくりするよね急に話しかけられたら」


「いや、そんなことないです。何かあったんですか? ずっと不機嫌そうな顔してたんで」


「ごめんね、つり目だからそう見えるだけ、うん」


「セブンスター吸ってるんですね、僕も前吸ってました」


「あ、うん。私のじいちゃんがずっと吸ってたの。で少し禁煙するからって私にくれたの。タバコ代が浮くから仕方なくもらったの。いつもはラッキーストライクなんだけどね」


「あ、僕もラキストです。ほら」


 僕は茶色い吸い口を見せた。


「エキスパートカットね、私が吸ってるのは。セブンスターと一緒で吸い口が白いやつ」


「あ、そうですか。すいません」


「なんで謝るの?」


 彼女は少し笑った。吐いた煙でどんな顔をしているかは見えなかった。こうして僕たちは5時半から少しの間、話をするようになった。毎日が少し色づいて見えた気がしていた。






「お疲れ様、紅葉の時期でいよいよ繁忙期って感じだね」


「そうですね、8時半きっかりに終わらなくて大変ですよ、奥田さんはどう」


 彼女の名前は奥田美玲といった。一昨日初めて名前を教えてくれた。タメ口でいいよと言われたが敬語はなかなか抜けてくれない。


「別に何も変わらないよ。悟くんこないだダンボールの回収忘れたでしょう? 接客のスペースがなくなりそうで大変だったんだから」


「ああ、すいません。うっかりしてました」


「面白いよね、悟くんって。話しててなんかちょっと落ち着く」


「そうですか。なんかありがとうございます」


「私ね、お土産って好きなの。この駅のお土産を買う人って、少し騒がしい顔をしてるの。特に夜はね。新幹線の時間に追われているのか、隣にいる人に急かされているのか知らないけど。なんかそれが好き。自分でもよく分からないけどね」


「僕は基本が倉庫の作業なんでよく分かりません!」


 僕は笑ってみた。美玲さんは2本目に火をつけることに集中していて、僕の話をおそらく聞いていない。


「み、美玲さんはなんでこの喫煙所に来るんですか? 他にもあるでしょ、京都駅ならいっぱい」


「今、初めて名前で呼んでくれたね。なんでだと思う?」


 僕は自分の顔を隠すように煙を吐いた。煙はすぐに空気に溶け込んでしまった。


「分かりませんよ。なんでなんですか?」


 次は美玲さんの方に煙を吐いていた。煙は真っ直ぐに美玲さんの方に向かった。


「喋り相手が欲しかった。タバコを吸っている間は心の底から、思っていることを本音で話せる気がするの。吐く煙って正直なの。だから、最近はこの駅のいろんな喫煙所を巡っているの。うちには誰も吸う人がいないし」


 美玲さんは深く煙を吸い込んだ。そして鼻から煙を吐き出した。煙は美玲さんのエプロンを隠した。


「なぜ最初に会ったとき不機嫌そうな顔をしてたんですか。ずっと気になってました」


「仲良くなれそうな人がどこにもいなかったからよ。誰にでも話しかけるってわけじゃないんだよ私も」


「なら、なぜ僕には話しかけてくれたんですか?」


「それはね、好きだからだよ。悟くんのことが」

 

「え?」


「違う、違う! 人としてだよ、人として。うん」


 沈黙が少し続いて僕はついたまらずこう言った。


「あの! 美玲さん、僕と映画を見に行ってくれませんか!」


 美玲さんはしばらく間をあけて、僕に煙を吐いた。煙は僕の前で寒く綺麗な空気に溶け込んでいった。

 こうして僕らは初めてデートをすることになった。僕らは同じタイミングで3本目に火をつけて、笑い合った。



 



 こんなにも緊張する朝はなかった。勇気を出してデートに誘ってみてよかったと思った。僕は映画監督を目指していた。映画をたくさん観ている方だと自分でも思う。何を観に行けばいいのか僕は迷ったが、そのときIMAXで再上映していた「インターステラー」を観にいくことに二人で決めた。王道映画に雰囲気が悪くなる余地はない。しかもIMAX上映。上映時間が長いのも少しでも隣にいる時間を延長したかったからである。美玲さんはどんな映画が好きなんだろうか。そんな想像をするたびに胸が高鳴っていた。



 私はソワソワした朝を迎えていた。まさかこんなにもうまくいくとは。美玲は脚本家を目指していた。映画やドラマの脚本のシナリオブックを読みあさり、お土産屋に行かないときは何時間も家で脚本を書いていた。「インターステラー」を観に行こうと言われたときは本当に驚いた。私が大好きなクリストファー・ノーランの作品で、特に大好きな映画だったからだ。IMAXで再上映されるのも休みの日に一人で寂しく観に行くしかないかと諦めていたところだった。悟くんはどんな映画が好きなんだろうか。そんな想像をするたびに胸が高鳴っていた。





 




 


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お土産話 川尻爽太 @bouzuno_jilly

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