第3話 お婆さんのオススメ防具 (所持金5)



 キンケツが耳を澄ましてお婆さんと店の商人さんの話の内容をこっそり聞くと――。

 

「まだ私には高いねえ。もう少し安くならないのかい? 500マネーでどうだい?」

 

「いくら言われても、もうこれ以上は無理ですよお婆さん」


 話の流れから、どうやらお婆さんが値切りをしていて、バザーの商人さんが拒否していることが分かりました。

 500マネー。なんとも景気の良い話だと、勇者キンケツは自分の懐具合の寂しさに悲しくなってきました。

 

「もう一声。35マネー程、手持ちが足りていない」

 

「35マネー……まだそんなに値引きさせようと考えていたんですか……もう帰ってください」

 

「まったく……本当にお金が足りないというのに融通が効かないねぇ。私の持っている物もお金に追加して渡すというのは駄目なのかい?」

 

「物々交換ですか……物によります」

 

「私の予備の服とかはどうだい?」


 お婆さんは背中に背負っている風呂敷のような袋からその服を取り出してバザーの商人さんに見せましたが、

 

「またお越しください」


 一瞬で拒否。

 

 値切りお婆さんは「はぁ、店の人との値切りが無理となると……誰か、儂の服を35マネーで交換してくれる人はいないかねぇ?」、と標的を通行人へと変えました。

 

 キンケツは急いで目を逸らしましたが、しかして、あと少しだけ遅かったのです。お婆さんは獲物を見つけたように目をギラリとさせました。

 

「おやおや……勇者様じゃないかい。その顔、国が大々的に公表しているから見覚えがある。丁度いいところに来てくれた。

 私は今、とても困っているんだがねぇ」


 勇者キンケツは、王様から『魔王を倒すまで自分のお金を使ってはならず。渡された50マネーでなんとかしろ』、と言われています。普段ならいざ知らず、今の状況でお婆さんが交換に出そうとしている謎の服に35マネーも取られる訳にはいかないのです。



「ごめんなさい、お婆さん。僕は王様から魔王を倒すまで、自分のお金が使えなくて……渡された50マネーでやりくりしないといけないんです」


「そうかい。で、いくら残ってるんだい?」

 

 話聞いてたか? そう言おうとした勇者キンケツでしたが、詰め寄るお婆さんの威圧感に耐えきれず、「40マネー」と渋々答えました。


「35マネー払えるじゃないか」


「……いや、まだ防具とアイテムが買えていないんですよ」


「そんなの儂の服を防具にすればいいじゃないか。5マネーで、アイテムを買えばいい。

 勇者だというのに、人助けを渋るんじゃないよ」


 お婆さんの物言いに、勇者キンケツの右手にある打製石器が自分の出番だと主張しています。


――くっ、沈まれ! 俺の右腕!


 最初に倒すのが、魔物ではなく人間になってしまいそうなのを勇者キンケツは深呼吸してなんとか抑えました。あと一歩で旅に出る前から暗黒面に落ちるという、RTA走者並みの最速記録を打ち立ててしまうところでした。


「一応聞きますが、どんな服なんですか?」


 勇者キンケツは訝しんだ目で、お婆さんを見つめて尋ねました。


「儂の服かい。儂の服はね……何十年と着た割烹着さ!」


 お婆さんは語らねばなるまい、とばかりに謎に張り切って、いかに割烹着の性能が素晴らしいかを語りました。

 厚手で丈夫な生地は、耐久性と保温性を兼ね備えており、長期間使用しても摩耗しにくいという特徴があること。割烹着は頻繁に洗濯しても形崩れしにくく、旅においても安心して使用できること。

 

 割烹着が、勇者の過酷な旅についていけるかは未知数ですが、勇者キンケツは押し切られ、数分後にはお婆さんの使い古した割烹着を手にして、お婆さんの手には、35マネーがありました。


 お婆さんはすぐにドレスを購入し、大切に抱えながら店を後に。その時のお婆さんの姿は、まるで若返ったかのように軽やかでした。 


「……たしかに生地が厚いや」


 一方、勇者キンケツはその場に呆然と突っ立って、お婆さんと交換した割烹着を摘まんでみたりして、生地の厚さを実感していました。

 何やかんやで防具は手に入ったものの、お婆さんの割烹着を着て、右手に打製石器を持っているという、およそ勇者とは思えない珍妙な姿となったキンケツ。

 残りの残金は、さあさあ残り5マネーになってしまいました。


【勇者の装備】 

武器 打製石器

防具 お婆さんの“使い古し割烹着”(NEW)

アイテム 無し

所持金 5マネー

 

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