全てを薙ぎ倒す覚悟


「落ち着いて下さい、折紙千代姫さん、どちらにしても、刻さんは〈狂械律の歯車イリーガル・ギア〉の回収と言う任務を受けました、彼の契約はさせず、フリーの状態での活動を戦士長らは望んでいます」


トワイライトはエメラルドの瞳を折紙千代姫に向けながらそう説明する。

しかし、その説明だけでは彼女は納得する事が出来ない。

が、その任務の命令は、彼女よりも上の立場であり、ヴァルハラの戦士長による命令だ。

それを違反させる様な真似は、如何に戦処女神と言えども、出来る筈が無い、のだが。



「…それを聞いて、あたしが怯むとでも?」


少し、表情を蒼褪める。

額から冷や汗を流しながら、それでも、折紙千代姫は牙を剥いた。

ヴァルハラの戦士長の命令違反と、刻の命を天秤に懸け、刻の命の方に傾いた。

怖れを抱く表情を浮かべ、指先が震えている、まるで禁断症状を発症した様にも見えた。

その彼女の顔を見て、刻は心配しながら言う。


「止せ、折紙千代姫、震えてるじゃないか」


そう言ったが、それでも折紙千代姫は止まる事はしない。

大切な人が命をかけた状態なのだ、己の命も棄てる覚悟で無ければ、対等では無いだろう、と。


「あ、あんな…地位に座するだけの人の命令なんか、関係ない…刻ちゃんは、あたしが、今度こそ、守るんだから」


刻に近付く折紙千代姫。

命令違反を行おうとしている彼女の背後から、声が聞こえてくる。


「あーしらんこと、言ってる感じー?」


銀髪の戦処女神と、黒髪の戦処女神が、折紙千代姫の後ろに立っていた。

その声に反応して、折紙千代姫が背後を向くと、会議室から出て来た戦士長の顔が其処にあった。


「ッ、ディセンバー戦士長、それと、レアンカルナシオン総戦士長ッ?!」


狂犬の如き彼女でも、戦士長となれば思わず委縮してしまうのだろう。

その場で背筋を伸ばして、指先も足先も揃えて起立の姿勢を取った。

黒髪を靡かせながら、気品のある香水が鼻の奥を刺激させる、レアンカルナシオン総戦士長が彼女に近付く。


「貴方が、この武器に対して、どれ程の愛を募らせているのか、よく理解しました」


そう言って、警戒を解く様に微笑を浮かべる。

そして、トワイライトの隣に立つ刻の方へ視線を向けた。


「けれど…だからと言って、彼には既に命令を下しています、それを遵守させる事が、私たちの役目でもあります」


現状、〈狂械律の歯車イリーガル・ギア〉の拡散、その回収が出来る可能性がある刻。

彼を連れ出して逃げるとすれば、流石に見過ごす事は出来ず、事前に逃亡の事態を潰さなければならない。


「それを反故にすると言うのならば…同じ戦処女神でも、容赦は致しません」


今度は鋭い目つきをする。

驚愕し失禁してしまう程に恐ろしく、さながら、抜き身の刃を首筋に当て、撫でられているかの様な背筋の凍えを覚える。

動けば死ぬ、そうとまで思える状況で、それでも尚、折紙千代姫は喉を鳴らし、顔を上に見上げながらレアンカルナシオンを睨み付ける。


「…じょ、上等です、全てを薙ぎ倒してでも、刻ちゃんの為に!」


膝が笑っている折紙千代姫。

それを見て、トワイライトは感服していた。


(此処まで来ると無謀を通り越して尊敬致しますわ、余程、この殿方を愛しているのですね…)


刻に対する愛情を、見せて貰ったトワイライト。

少しばかり、折紙千代姫の方を応援したくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る