狂犬チワワ


会議が終わった後。

手錠を外される刻。

しかし、首輪は外されない。

それでも、手首の締め付けが無くなり不快感が消えた。

これから、大変な仕事に就く。

武者震いを感じる刻だった。


「刻ちゃんっ!」


名前を呼ばれる。

無能な刻を、その名で呼ぶ者など、一人しか居ない。

刻は、視線を声のする方へと向ける。

広く長い廊下を疾走する、灰の髪を二つ結びにした、少女だった。

刻は、顔見知りの彼女の顔を見て、思わず名前を呟いた。


「…折紙千代姫」


そして。

彼女は必死の形相を浮かべる。

刻の体の隅々を調べる。

何処にも異常が無いか、手で触って確かめた。

ベタベタと、その距離感は母と息子の様に思える。

心配しながら、折紙千代姫は言った。


「大丈夫?どこも痛くない?怪我、治ったの?…あぁ、こんな目に遭うのなら…最初からあたしと契約してれば良かったのに…」


悔しそうに歯噛みする。

何よりも、刻の存在を心配する彼女。

既に傷は完治しているのだが。

それでも、刻が傷ついたと言う事実だけで悔しい思いをしていた。

そんな過保護な彼女に、刻は少し引いた。

彼女が手を掴んで強く握って来るので、その手をさりげなく払う。


「怪我くらい、武装人器ならついて当然だろ…それに、俺はもう、お前が思ってる程、弱くは無い」


だから心配するな、と刻は言おうとした。

けれど、彼女にとっては、心配する様な事態である事に変わりない。

杞憂ばかり募らせる折紙千代姫に、刻は続けざまに言う。


「黒い歯車…いや、それが無くても、俺は魔装凶器を倒せたんだ、もう、他の戦処女神の力が無くても十分に戦える、お前が心配しなくても良いんだよ」


刻は、黒い歯車が無くても、魔装凶器を倒す事が出来る。

普通の武器であるのならばまだしも、無能、鉄屑と称された刻だからこそ、有り得ない状況を覆して見せたのだ。

それが、刻の自信となると共に、同時に、刻の新たな道標となったのは言うまでも無いだろう。

だが、刻の言葉に彼女は反感を覚える。

魔装凶器を一人で斃せる事は素直に凄い事だろう、だが、問題点は其処では無いのだ。


「それが、心配しない理由にならないと思ってんの?あたしは刻ちゃんが傷つく事自体、嫌だって言ってるの、この世界には、ごまんと、武装人器なんて居るけど、そいつらが全員死んだって、あたしにとってはどうでもいい」


中々酷い言い様だった。

近くで、二人の話を黙って聞いていたトワイライトの眉が少し吊った。

万人の武装人器を愛する彼女にとって、聞き捨てならない言葉だったのだろう。

そんな事露知らず、感情が昂り出している折紙千代姫は、何度も呼吸を繰り返す。

その淡い瞳には、涙を浮かべていた。

刻が怪我をするだけで、自分が傷ついたかの様に、心が痛むのだ。


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