黒き魔女
尤も、刻の考えるフリーとは、条件次第で鞍替えする傭兵では無く、一人で戦うと言う意味のフリーであるのだが。
それは納得の行く解答であった。
刻の話を聞いた以上、四葩八仙花は強引な勧誘をする気にはなれなかった。
仕方が無い、諦める事にしよう、等と口に出そうとした時。
「あ…ダメだ、声出したら、力が抜けて来た」
ふらふらと身体の力が抜けていく刻。
それは仕方のない事だった。
幾ら人間とは肉体の構造が違う武装人器でも。
大量の血液を流し出してしまえば、何れは死に絶える。
怪我の具合も、通常の人間ならば致命傷の傷ではあるが、武装人器ならば耐えられる。
「…取り敢えず、ヴァルハラで治療しましょう」
その様に、四葩八仙花は提案を行う。
ヴァルハラ。
世界各地では日常的に発生する魔装凶器化現象。
生理的現象である為に、男性を根絶しない限り、付き合わなければならない自然災害の様なもの。
ヴァルハラは治安維持の為に政府が創設した対魔装凶器用の防衛組織である。
第四次世界大戦以降に設立し、現在では多くの戦女神と武装人器が所属している。
ヴァルハラ附属第三支部育成機関学園では卒業すると共にそのままヴァルハラに所属する女子生徒、男子生徒の他にも、既にヴァルハラと学園生活を兼任している戦女神など存在する。
四葩八仙花は、ヴァルハラで活躍する戦女神であり、武装人器を治療する為に必要な人材も用意していた。
「あー…疲れた」
刻は呟く。
耳元で、何か軋む音が聞こえていた。
「…?」
刻は、その音に耳を傾ける。
「特別に、貴方に私の武装人器が使用している治療施設へご案内して差し上げますわ、その代わり私のものになりなさい、等と思ってないのでご安心を、完全回復した後に多額の請求書を突き出して借金の肩代わりとして貴方をお金で縛り上げる様な真似もしようと思えば出来ますがそれもしませんので、本当に安心して下さいまし」
近くでは、四葩八仙花が胸を張って鼻高々と武装人器専用の治療施設に関しての蘊蓄と自慢を発していた。
しかし、その音は彼女の声では無かった。
刻の耳元から聞こえてくるのは、かちり、かちりと、鋼と鋼が噛み合う音である。
「…」
その音は、頭部と胴体が分断された魔装凶器の体内から聞こえてくる。
「おい、お嬢様が話しているだろうが」
雅が話を聞いていない刻を嗜める様に言いながら肩を掴む。
此方を振り向かせようとしているのだが、それでも刻の視線は変わる事は無かった。
「…なあ、この音、聞こえるか?」
雅にそう尋ねる。
だが、雅には何も聞こえていなかった。
彼の言葉に不快そうな表情を浮かべて聞き返す。
「一体、貴様の耳には何が聞こえている?」
傷のせいで、他の人間よりも頭がおかしな事になっているのでは無いのか、と憐みの表情を浮かばせていた。
刻は、最後の力を振り絞り、身体を起き上がらせた。
そして、魔装凶器の胴体に向けて歩き出し魔装凶器の胴体を弄った。
「…は、歯車?」
胴体に張り付いたそれは、不規則に動き出している。
その音を感じ取る刻は、頭部を磨り潰される様な歯車の音が響き出す。
「が…ッ」
そして、刻は知覚した。
同じ歯車故か、胴体に張り付いた歯車の使い道が、彼の脳裏に響いて来る。
「…っ」
まだ、終わりでは無かった。
その音を聞くと頭痛が酷くなっていく。
そして。
刻の前に立ち尽くすものがいた。
それは、近くにいた四葩八仙花すらも気がつかないほどに、元々そこに立っていたかのように一人の女性が刻の方を見ていた。
彼女は破壊された魔装凶器を呆然と見つめ、興味深く刻の方を眺めていた。
「これは君がやったの?」
首をかしげながら、全身を真っ黒な衣装に包まれた彼女が言う。
頭痛を覚えている刻は、彼女の言葉など耳にも入らなかった。
ただ、頭を押さえながら、頭痛を和らげるために頭を上下に動かしている。
それが了承の合図だと思った黒ずくめの女は微笑みを浮かべた。
「それはすごいね」
と、感服するように彼女が言うと、魔装凶器の体から一つの部品を取り出した。
それも彼女と同じように、全ての部品が黒色になったストップウォッチほどの大きな歯車だった。
「全てをさらけ出して、私に見せて」
黒色の彼女が甘えたような声色で言うと、頭の痛さによって思うように動けない刻の胸元に向けて黒い歯車を押し付けた。
「ぐおッ…ッ!があぁ!!」
瞬間、刻の肉体が大きく跳ね上がった。
黒色の鋼が葉脈のように刻の肉体を黒色に染め上げる。
大きく目を見開き、体をのけぞらせる刻。
黒く濁った鋼の部品が彼の肌を突き破り、鋼の鎧を構築させる。
「何をしていまして!」
驚き声を荒げる四葩八仙花。刻は先ほどの魔装凶器と同じような形状へと変わっていく。
見たことがない現象に、四葩八仙花は驚き、そして奥歯を噛みしめる。しかし、すでに手遅れだった。
ゆっくりと立ち上がる刻。
全身が鋼となり、上半身は無数の釘が打ち抜かれている。
右腕は肥大化していて、人を殴るのに最適な形状と化していた。
どこからどう見ても、先ほど退治した魔装凶器に他ならなかった。
「そんな…っ!」
四葩八仙花は絶望の表情を浮かべた。
あれほど気に入っていた武器が魔装凶器として変形してしまったのだ。
少なからずショックを覚える。
周囲にいた男子生徒たちも、再び魔装凶器の登場に恐れを抱いていた。
「ひ、ひぃッ!」
「やべ、な、に、逃げる、ぞォ!」
その男子生徒の表情を見て、黒いドレスに身を包んだ女性は微笑みを浮かべる。
「怖がらないで、これは進化なんだよ、大丈夫、君たちも強くなれるから」
と、そう言うとともに、どこから取り出したのか、黒いドレスに身を包む女性は空中に複数の黒色の歯車を浮かばせた。
それらは何の変哲もない、ただのストップウォッチにしか見えない道具だった。
それが魔装凶器を作り出すための必要な素材だとすれば、男子生徒たちは恐怖を顔に浮かべた。
自我を失い、魔装凶器として人々を危険にさらす存在になどなりたくはなかった。
彼らはその場から逃げ出す。
しかし、黒いドレスを着た女性は、子供が鬼ごっこをしている微笑ましさを覚えてはにかんだ。
「怖いのは最初だけ、大丈夫、全ての力を受け入れて」
そう言い、人差し指を軽く弾く。
すると、おはじきのように空中へと浮かぶ複数の黒い歯車が男子生徒の後ろ姿に向けて飛び出した。
恐怖を感じる四葩八仙花は、悪い予感しかせず、高らかに声を叫ぶ。
「お逃げなさいまし!」
そう告げるとともに、彼女は巨大な扇を振り上げる。
しかし、初動が遅れたために、弾丸のようなスピードで飛び出た黒い歯刻を撃ち落とすことができなかった。
そして、男子生徒の背中に黒い歯車が突き刺さると、先ほど刻と同じように全身に黒い鋼の色が蚯蚓の様に蠢き、男子生徒たちの肉体を蝕んでいった。
絶叫して頭を抱え出す男子生徒たち。
心臓を杭で打ち抜かれたような悲鳴をあげるのを最後に、彼らの肉体は兵器へと変化していった。
そして新たな魔装凶器が誕生した。
それを見て、黒いドレスの女性は思わず惚れ惚れとした表情を浮かべた。
「皆さん、とても素敵ですよ」
柔らかな表情を浮かべて心底嬉しそうに彼女は言う。
しかし、四葩八仙花は平気へと変貌した彼らを尻目に、黒いドレスを着た女性に向けて怒りをあらわにするのだった。
「あ、貴方ッ!!自分が何をしているのか、分かっていまして!?」
お嬢様とは思えない程に大きな声を発した。
必死の形相を浮かべる彼女は、事の重大さを理解している。
人間が一度、魔装凶器へと成れば、其処から人間へ戻る事は無い。
膨大なエネルギーが、肉体の全てを魔装凶器へと変貌させる為だ。
武装人器であれば、肉体の半分だけ変化させ、もう半分は戦処女神の力によって変化する。
その力は、武装人器の細胞を任意で変化させるからこそ、武装人器は人間と武器の狭間で変身する事が出来るのだ。
故に、一度魔装凶器へと陥る、その現状を作り上げた黒ドレスの女性は、まさに人殺しと同義であるのだ。
しかし、黒ドレスの女性は彼女の声に耳を塞ぐ素振りをする。
「そんなに怖い顔をしないで?可愛い顔が台無しになっちゃう」
何処までも癪に障る女性だった。
怒りのあまり、
「ッ!」
だが、
両腕が大剣の様に変化した魔装凶器。
片腕が巨大な大槌に変化した魔装凶器。
口が弓となっていて、喉を貫き、矢を構える魔装凶器。
複数の魔装凶器が
「ふふ、そうだよね、キミたちは、恨んでいる筈だよね…戦処女神、いや、この世界の在り方に」
彼ら、弱者の気持ちを理解しているかの様な言い方だった。
大槌と化した腕を振り下ろし、攻撃をする魔装凶器。
彼女は攻撃を回避すると共に、巨大な扇子を振った。
その振り翳しによって、周囲に居た魔装凶器の全てが弾き飛ぶ。
「舐めないで下さいまし、魔装凶器が何体いようとも、この
端的に言ってしまえば、考える脳の無い魔装凶器では太刀打ちする事など出来ない。
「そうだね…キミにとって、彼らは、脅威にすらならないクズ同然だと、そう言いたいんだろう?」
と、黒いドレスの女は根も葉もない事を口にする。
決して、
「彼らはね、キミたち戦処女神に復讐したいんだ、自分達を見下し、蔑み、使えない、ゴミ、無価値、そんな事で、傷つけた彼らの心を癒す為に…キミたちを殺したいんだと、魂が叫んでいた、だからね、私が与えたんだよ…力を」
掌を広げる。
黒色の手袋から、影で出来た手が伸びる。
そして、その手は、黒色の手袋から、黒い歯車を複数取り出していた。
(黒い手の、武装人器…いえ、もしや)
ドレス自体が、武装人器で出来ているのかと、
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