誰にも邪魔されたくない

「はぁ…はぁッ」


釘バットの魔装凶器との戦闘に満身創痍となるとき

しかし苦痛の表情は浮かべていない、むしろこの状況を真剣な表情で楽しんでいた。


(あれだ、あれさえ決まれば…コイツに勝てる)


靴底から歯車を作り出す。

歯車を高速回転させて一気に至近距離へ近づく。

相手が釘バットと化した腕を大きく振り上げた。


(この一瞬、隙を突く!!)


そうして、刻が飛び出そうとした時。

唐突に、脚部に力が入らなくなる。


「あ?」


彼は動きを止める。

体中が錆び付いた様な感覚がして、上手く動けない。


(限界、かよ、そんなの今まで迎えた事なんざ…)


多くの戦闘で歯車を生み出す行為は体力の消耗を加速させる。

それが特訓であればまだ限界は先になるだろう。

しかし魔装凶器と言う敵との戦闘、より多くの負荷が肉体に蓄積され、予想以上の速さで限界を迎えた。


(回避、出来ねェ)


釘バットの攻撃。

脳天を一撃で破壊する。

それを受ければ、どんな人間だろうと死は免れない。

死と言う感覚が脳裏を過った。


あおぎなさいまし〈戦処神器セイヴァード〉」


戦女神の声が響いた。

涼やかな声と共に、四葩八仙花が雅を武器として迎え入れる。


「〈羽搏く煽動王アネモネ・アトモスフィアキング〉」


名を口にする。

即座、魔装凶器だけが、謎の力によって弾き飛ばされる。


「ッ、あ!?」


ふと我に返る刻。

そして、その能力の根源となる方向へと視線を向ける。

其処には、四葩八仙花が武器を携えていた。


巨大な扇である。

鉄製であるのか、その扇は黒色の光沢を帯びていた。


「良く一人で頑張りましたわね、後は私が引き継ぎますわ」


四葩八仙花はそう言って、膝を突く刻の隣に立った。


息を切らす刻。

彼女の登場に、彼は疲労が一気に放出された。

気を張っていたが、これで終わりなのだと思った。

戦女神が登場した以上、彼女たちに戦いを引き継がせた方が良い。

そう納得して、刻は立ち上がる。

そして彼女の肩に手を掛けた。


「(分かりました、ありがとうございやす)邪魔すんな、今良い所なんだよ」


心の中で思っていた事。

口に出て来た言葉は、彼女の颯爽とした登場に反感した言葉であった。

自分でも何を言っているのか、混乱している様子で目を大きく見開いた。


「…今、なんと仰いまして」


ゆっくりと振り返る四葩八仙花。

可憐な少女としての柔和な表情を浮かべているつもりなのだろう。

しかし、彼女の目は笑っていなかった。

額にも青筋を浮かべている。

確実に怒りを帯びている事が分かった。


なので、刻は一瞬、自分が口走った事を後悔した。


(…いや、後悔なんて、事実、そう思ったんだろうが)


自分の気持ちを改めて考える。

今、刻は相手に勝てそうだった。

それなのに、彼女が刻の勝利に水を差した。

邪魔と言う他無い行動だ、怒りを覚えるのは当然の事だろう。

自分の気持ちを整える。

そして、刻は目前と彼女の顔を見て、改めて告げた。


「被害は建物だけだ、あんたは周囲の人に怪我が無い様に尽力するだけで良い、これは俺の戦いだ、横槍なんて無粋だ」


心臓を高鳴らせながら刻は言った。

あの戦女神に反論したのだ。

スカした態度を取る真似はした事があるが。

此処まで彼女を否定する様な言葉は今まで言った事が無かった。

けれど、それが妙に晴れやかな気分に繋がった。

満身創痍でありながら、刻は自分の遣りたい事が見つかったのだ。


(俺は戦うのが好きなんだな…武器としてじゃなくて、人として)


拳を握り締める。

そして刻は走り出し、再び魔装凶器の元へと駆けだした。


『あの狼藉者め!お嬢様になんて言い草を!!』


雅が武器状態のままでその様に叫んだ。

その声を挙げるのは、四葩八仙花としての武器として当然の反応だ。

だからこそ、戦女神である彼女は冷静に雅の事を宥める。


「いいえ、雅、無粋でしたのは、私たちの方でしたわ」


掛ける刻の後ろ姿を見ながら、四葩八仙花は蕩ける様な声色で告げる。


「なんと美しい事かしら、自らの我の為に戦う様など、貴方以来じゃありませんこと?」


優しく、彼女は扇子と化した雅を撫でてそう言った。


「見定めて差し上げますわ、あのお方が、鉄屑で終わるか、武器として昇華するかを」


刻の背中を見て、四葩八仙花はこの戦いが何方に転ぶのかを心待ちにする。


(やる事ぁ決まってる)


刻は走り、魔装凶器へと接近。

当然、刻を脅威と認識した魔装凶器が釘バットの腕を大きく振り上げる。

相手も酷く体力を消耗している、早々に決着を急かしていた。

その隙を狙い、刻は攻撃を回避すると共に背後へと回る。


「が、あ!?」


首に手を回す。

腕を掴んでがっちりと固定。


「首さん、胴体にさよならしなッ!」


裸絞。

チョークスリーパーである。

前腕から皿の様に幅の狭い歯車を突出。

魔装凶器の首元に押し付け、回転と同時に首を絞める。

ぎりぎり、と、魔装凶器の皮膚を剥がしていく音が響く。


「ぐあぁ!がッ!」


魔装凶器の背中から複数の鋼の先端が飛び出る。

釘の先端を受ける刻は歯軋りをする。

肉体を貫く釘は激痛だろうが、それでも刻は我慢する。


「オちろォ!!」


魔装凶器の首から大量の血液が噴出。

血飛沫が周囲に撒き散らしながら、互いの血が地面を濡らした。


「うおァらあ!!」


魔装凶器が刻を引き剥がそうと体を左右に振る。

建物に刻を叩き付けるが、彼の身体が遠心力によって振り回される事により、魔装凶器の首に掛かる負荷が大きくなる、結果的に、刻の裸絞を手助けする。


「…やりましたわ」


四葩八仙花は素直に賞賛するが如く、その光景を目の当たりにしていた。

刻の攻撃により、魔装凶器の胴体と頭部が見事に分断された。


まさかの事態である。


「あ、あんな屑鉄が…一人で」

「まぐれだそんなの!!あんな無能が…ッ!」


周囲でその光景を見ていた市民も、それを守る体で観戦していた武装人器たちも。

そして当の本人である刻ですらも、決して見る事の出来ない辛勝を周囲に示して見せた。

本当の意味で、この事態に驚きを抱かなかったのは、数多くの戦闘を熟して来た四葩八仙花くらいなものだろう。


「は…はッ…ははッ」


驚き、笑みを浮かべる刻。

屑鉄と称された刻が、全身を傷だらけにしながらも、こうして勝利をしたと言う事実。

その時点で刻と言う存在は、屑鉄ではあるが、無価値と決定付ける事は出来なくなった。


(これだ…もう、パートナーなんざ、必要無い、俺は、俺一人の力で戦える、それが証明出来たんだ)


ボロボロの歯車を出しながら刻は、暗い未来に一筋の光を垣間見た。

征く道は決まった、ならば、後は進むだけだろう。


「それ程にボロボロになって、なのに笑顔を浮かべていると言う事は、何か掴む事が出来まして?」


地面に横たわる刻の前に現れる四葩八仙花。

彼女の顔を見ながら刻は、彼女の名前を口に出す。


「四葩八仙花…、さま?」


刻は数時間前に彼女と出会った事を思い出してその様に聞いた。


「えぇ、四葩八仙花でしてよ?」


そう言いながら、刻に向けて手を伸ばす。


「良き闘いでしたわ、例え不利な武器形態であろうとも、自らの意志によって突き進む貴方の姿勢、気に入りましたの、私と共に来なさいまし、私が、貴方に神の領域を魅せてあげましてよ?」


それは、勧誘であった。

あの四葩八仙花が、自らスカウトするなど滅多に無い。

なので、余程気に入られたと言う事なのだろう。


その言葉に刻は。


「…あ、いや、間に合ってます」


宗教勧誘を断る様にそう言うのだった。


手を指し伸ばしたまま、硬直する四葩八仙花。

微笑みを引き攣らせながら、ゆっくりと後ろを振り向く。

そして、彼女は膝を曲げて、小さな声で自らの武装人器に話し掛ける。


「…いま、なんと言ったか聞こえたかしら?私の聞き間違い?名誉と栄誉のダブルゲットじゃなくて?それを断るなんてありえますの?」


大きな扇と化した雅が、彼女に聞こえる声で話し出す。


「聞き間違えでしょう、お嬢様の申し出を断る輩が居る筈がない」


雅にも、刻が断りの言葉を口にした事は耳にしていた。

だが、彼女もまた刻の言った言葉が聞き間違えであると認識した。

英雄の娘、四葩八仙花家の御令嬢である彼女の勧誘を拒否する事など有り得ない。


「でも、これでまたスカウトして、それで断られたら?私、一人の殿方に二度振られたと言う事実だけ得る事になりますのよ?」


恥ずかしそうに顔を赤くする四葩八仙花。

お嬢様として気恥ずかしさを感じる彼女に、雅は心配するなと武器化状態で胸を張って告げる。


「その様な展開になれば私めが不躾なあの男を潰します、ご安心を」


何とも物騒な言葉を口にする武器だった。

その言葉に元気を貰ったのか、四葩八仙花は立ち上がり、掌で握り拳を作って咳払いを一つする。


「こほん、…私の武器と「いやならねぇって」


彼女の勧誘を遮り、刻は二度も言わせぬと言いたげに言い切った。


「な、私の言葉を遮ってまで…ッ?!」


今度ばかりはきちんと、刻の言葉が耳に入っていた。

ショックのあまり白目を剥く四葩八仙花。

大鉄扇と化していた雅は自力で武器化を解くと共に、刻に向かって胸倉を掴んだ。


「貴様ーッ!何が不満だと言うのだ、お嬢様の何が不満だァ!」


出血多量で体中ボロボロの刻を、容赦なく上下に振り乱す。


「ぐえ、えッやめ、やべッぐあッ!」


眩暈を覚える刻。

彼の悲鳴を聞いて、白目で遠くを見ていた四葩八仙花は正気に戻る。


「はッ、お婆様の御背中が見えましてよ…って、雅、何をしていらっしゃるのかしらッ!やめなさい、めッ!!」


狂犬と化した雅を止める四葩八仙花。

彼女の静止により、ようやく刻に対する行動が止まった。


「それで…不本意ですが、何故、この私の勧誘を断りまして?後学の為の参考にさせて頂きますわ」


刻の顔を見て少し不満げな顔をしている四葩八仙花。


「そりゃ、パートナーが欲しいとは思うけどよ…俺は一人でも戦える事を知った、だったら、相棒は居なくても良いって思うのは普通だろ?」


そう刻は言った。

元々、鉄屑として蔑まされて来た。

誰からもパートナーとして選ばれなかった。

ならば、いっその事、単独で行動し、魔装凶器を倒す方が楽だろう。

事実、刻は魔装凶器を一人で斃してみせたし、武装人器が一人で行動してはならない、と言う規則も無い。

フリーで動き、時に金次第で他者の武器となる、元々、武装人器アーセナリードの由来は、武器庫を意味する〈アーセナル〉と、傭兵を意味する〈マーセナリー〉、そして武装を意味する〈アーマード〉が交わった言葉だ。

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