1-2 鉱山都市ダカウロンの門にて①

「この軽さでこの保温性……! なんてことだ! 歴史が、いや常識が変わってしまうぞ!?」


 ごとごとと揺れる馬車の中で、ドルポルさんがつつきまわしているのは私が羽織っていたモン〇レールのダウンコートです。見せてほしいと言われてお渡ししたのですが、ものすごいはしゃぎように驚いてしまいました。


「それになんだこの詰め物は!? 指でひっぱると裂けるぞ! 羊毛じゃないな……!?」


 わたしの花もはじらうかんばせに、ドルポルさんの唾液がしぴぴっと飛び散ります。


「そ、それはダウンと言って、グースの綿毛と羽を混ぜたものですわ……」


 きらきらっとドルポルさんの目が輝きます。


「グースというと水鳥か! たしかに北に棲む大型の水鳥は、氷点下の湖でも平気そうな顔をしている……!!」


 唾はこまりますけれど、こう子供のように興奮されると悪い気がしません。私はすこし得意になって補足します。


「私の故郷では、このダウンと同じ材料で作った寝袋もありますのよ。どんなに寒い場所でも、それさえあればぬくぬくですわ」


「なんと……! ううむ。父に報告して、すぐにでも試作品を……!」


 お金の計算をし始めたのか、ぶつぶつと数字を呟きはじめるドルポルさん。ようやく解放された私は御者台にいるアラヴィナさんに声をかけました。


「そろそろ日が暮れそうですわね。まだ着かないんですの? 私、お尻が痛くなってきましてよ」


 アラヴィナさんはあきれ顔で答えます。


「あと少しだよ。そろそろ町を囲む城壁が見えてくるはずさ」


 私は可憐にあくびをひとつこぼし、彼女の横に腰かけます。森でさまよっていたときよりも世界が美しく見えるのは、しっかりと休んで余裕ができたからでしょうか。


 ……けれど「人は寝るのみに生きるにあらず」と言います。今度はパンが必要ですわね。お嬢さまの心得その1、『お嬢さまたるもの当然のごとく略取すべし』ですわ。


「食べ物はありませんの? パンとか、暖かいスープとか。この際、すこしぐらい粗末でも我慢しましてよ」


 ふはは! 突然、大きな声で豪快に笑いだすアラヴィナさん。とつぜん気がふれるなんて異世界の人は大変ですわと思っていると、彼女は足元に置いてあった袋から固そうなパンを取り出しました。


「お嬢ちゃんのふてぶてしさに負けた。ほら、食べなよ」


 私はぷぅと頬を可愛らしく膨らませながら言い返します。


「そんな恥知らずみたいにおっしゃらないで……! いいですこと、艮御崎家の者は一宿一泊の恩を決して忘れませんの。きっとアラヴィナさんも、あのとき親切にしておいてよかったと思う日が来ますわ」


「わかったわかった。ほら、水もやるよ」


 受け取ったパンをむしゃむしゃ。犬のエサのような代物でしたが、空腹というスパイスがあればなんのその。あっというまに食べて、ついでに頂戴したお水をごくごくと飲みます。


「ごちそうさまでした! 生き返りました!」


 神さま仏さまアラヴィナさま! と手を合わせたときです。そのありがたいお方が、地平の先を指さします。


「見えてきたよ! ――あれが鉱山都市ダカウロンの城塞さ」


 小高い丘をすっぽりと包み込むように城壁が伸びていました。その淡い灰色は石灰岩でしょうか。夕日を浴びてほのかに赤く染まっています。丘の斜面からもくもくと上がる黒煙を見上げながら、私はアラヴィナさんにたずねました。


「あの煙は?」


「あれは精錬所の煙だよ。ダカウロンはこの国でも有数の金の産地なんだ。金鉱石から金の延べ棒を作るために、炭を燃やしてるってわけさ」


「私、てっきり田舎の小さな町なのかと思っていましたわ。すごい規模ですのね……!」


 そんな会話をしているうちに、ふと空気に鉄と炭の匂いが混じっていることに気づきます。かんかんと金属を打つ音が足元から響き始めたころには、馬車は大きな門へと差し掛かろうとしていました。


 青銅の鋲で補強された外門からは、多くの人々が出入りしています。彼らの半数以上はドルポルさんのようなダルヴァリア人で、何か言いたげな顔でこちらをちらちらと見てきますが、特に変わったところはありません。


 気になったのは残りの2、3割の人々です。立派な髭を蓄えていて、がっしりとした体つきなのですが、男も女もびっくりするくらい背が低いのです。リンゴ16個分の私と同じくらいしかありません。


「あの人たちは……!?」


 すれ違った一団を目で追いかけていると、今度はドルポルさんが答えてくれました。


「彼はこのあたりの先住民族のドワーフ族だ。鉱山の採掘や鉱石の精錬、加工にかけちゃ彼らの右に出るものはいない」


 ま、まさかとは思っていましたが! ドワーフがいるならエルフだっているでしょう、エルフがいるならあれだって!


 私は「はすはす」としながらドルポルさんに聞きます。


「ま、魔法なんてものもありますの……?」


「魔法? もちろんあるぞ」


 ああっ! やっぱり乙女たるもの、一度は魔法少女になってみたいと思うものです! なんて思ったのも束の間、ドルポルさんが意地悪く眉毛をくいっと上げました。


「おとぎ話の中にな。おばあちゃんが寝る前に話してくれただろう?」


 も、もう! ドルポルさんのいけず!!


 私がむすっとするのと、門から兵士さんが出てくるのは同時でした。チュニックにズボンを着て、その上には簡素な革の鎧を着ています。実用性重視の出で立ちでしたが、猛獣のかぎ爪のように先端が反った大きな剣が目を引きました。


「こっちだ。ゆっくり入れ!」


 そう指示する兵士の目つきに――何か嫌なものを感じました。それは敵意ではなく……嘲笑でしょうか?


「――ドルポルさん。大丈夫ですの?」


 ちらりと視線を送りましたが、ドルポルさんは笑いながら軽くうなずき返します。


「ダルヴァリアの兵士は誇り高い戦士だ。何も心配はいらない」


 アラヴィナさんが手綱をあやつって門の内側に入ると、数人の兵士さんたちがぞろぞろとやってきます。


「ずいぶんとでかい馬車だな。どこから来た?」


 そう声をかけられた瞬間、ドルポルさんの顔色が変わりました。その原因は私にも明らかです。赤いチュニックに腰帯、そして鎖帷子。下げているのは直線的な短剣です。明らかにダルヴァリアの兵士ではありません。


「アエテリスの帝国兵レギオンがどうしてここに――」


 アラヴィナさんのつぶやきに、馬車にいた全員が凍り付きます。それは私とて同じ。傭兵さんたちの国を征服し、その民を奴隷にした侵略者。それがなぜこの町に?


 唖然とする私たちを置き去りにしたまま、アエテリスの兵士さんたちは馬車の中を無遠慮にのぞきこんできます。


「ど、どうしてアエテリス軍がここに?」


 ドルポルさんが兵士のひとりにたずねると、兵士は小ばかにするように微笑して答えました。


「この町は2週間前からアエテリスのものだ。商人よ、お前も命が惜しければ栄光あるアエテリスに従うことだな」

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