1-2 鉱山都市ダカウロンの門にて①

 ――すべてはおじいさまの遺品整理から始まりました。


 私のおじいさまには蒐集癖があり、美術品や骨董を買って来てはお気に入りの離れに貯め込んでいました。


 しかし、そんなおじいさまも年には勝てません。ふとしたことから返らぬ人になり、そのまま離れも手つかずになっていたのです。


 七回忌を過ぎたころのこと。お母さまの『そろそろ……』という鶴の一言で、一家総出で片付けをすることになりました。


 そこで私が見つけたのが、大きな桐の箱。ふたにはおじいさまの達筆で『温羅』の文字があります。はて、どこかで聞いたようなと思いつつ開けると、恐ろしく古びた鋳鉄の『お釜』が出てきました。


 なあんだガラクタかと落胆しつつも、ふたを取ると――なんと中身は頭蓋骨。しかし、偽物でしょう。だって大きすぎますし、その額には立派な角が生えているのですから。


 ハロウィンで使ったのかしら。おじいさまにもハイカラなところがありますのね。


 そう思いながら頭蓋骨さんを手に取ります。なかなかに精悍な顔つき。どことなくおじいさまに似ていました。


 ふと、目が合います。いえいえ、目なんてあるわけはありません。気のせいですわとくぼんだ眼下を覗きこむと――


 奥に広がる暗闇の中に、砂子のような銀河が渦巻いていました。そして次の瞬間、私は浮いているような感覚に包まれて――


 気が付けば異世界に迷い込んでいたのです。 





「なんたる保温力……! これの中身はなんだ!?」


 揺れる馬車のなかで、私のダウンコートを揉みしだくドルポルさん。


「水鳥の羽毛と羽ですわ」


 花も恥じらうかんばせに、しぴぴっと唾が飛び散ります。


「そんなものが……!! 父に報告して試作品を作らねば! 原価はどれぐらいに――」


 数字を呟きはじめてしまいました。……取らぬ狸の皮算用とならなければよいのですが。


 苦笑を残して御者台に座ると、お日さまもそろそろお暇のころ。まぶしい斜陽に目を細めていると、隣で手綱を握っていた弓使いさんが白い歯を見せました。


「アツキだったね。私はアラヴィナ。ぼっちゃんドルポルの店の従業員だよ」


年齢はドルポルさんと同じか、少し上くらいでしょうか。彼女もダルヴァリアの生まれなのでしょう、髪と瞳は濃い茶色で同じです。


 けれどそれよりも気になるのは、アラヴィナさんが担いだ長弓です。出会いがしらの一撃は、その弓から放たれたものに違いありません。


 私は会釈を返してからちくりと言ってやります。

 

「大した手練れですわね。つま先が涼しくなるかと思いましたわ」


 アラヴィナさんはおもしろそうに目を細めます。


「……私も腕が鈍ったかな?」


 お返しとばかりに私を視線で射抜く弓使い。やはり腕利き、私が矢をことを見抜いています。


 ふん! と私が顔を反らすと、アラヴィナさんは申し訳なさそうに笑い返しました。


「わるかったよ! こんな町から外れたところに女の子がひとりでいるんだ、何かの罠かと思ったんだ」


 たしかにあのとき、私は道で通せんぼをするかのようでした。馬車を止めようとしていると思われても仕方ありません。


「事情はわかりましたわ」


 乙女は昔のことを根に持ったりはしませんの。今を生きるのですわ。……ということで、私は差し迫った問題をアラヴィナさんにぶつけます。


「私、お尻が痛くなってきましてよ。町にはまだ着きませんの?」


「あと少しだよ。そろそろ町を囲む城壁が見えてくるはずさ」


 乗せてもらっておいてそれかと、アラヴィナさんは呆れ顔。痛いものは痛いのですと、あくびで可憐に反論すると、お腹がぐぅと答えました。


「町に着くまで我慢できませんわ。食べ物はありませんの? パンとか、暖かいスープとか。すこしぐらい粗末でも我慢しましてよ」


 アラヴィナさんはぶっと吹き出しました。


「お嬢ちゃんの図々しさに負けたよ。ほら、食べな」


 足元の袋から取り出した大きなパンを、私は遠慮なく受け取ります。お嬢さまの心得その1。『お嬢さまたるもの、平民からの搾取は当然』ですわ。けれど礼節を欠いてはなりません。私は心からの感謝を述べます。


「艮御崎家の者は、受けた恩を決して忘れることはありませんの。きっといつか、私に感謝する日がきましてよ!」


「な、なんか私が感謝する話になってない?」


 うろんげな視線を面の皮で弾きつつ、さっそくパンにかじりつきます。固くてしょっぱいお粗末でしたが、空腹のスパイスをかければなんのその。


 もぐもぐと咀嚼していると、アラヴィナさんが不思議そうな顔で尋ねてきました。


「所作が美しいね……。本当にお嬢さまみたいじゃないか。ウシトラオンザキ? だっけ。アツキの家は貴族なのかい?」


「貴族ではありませんけれど、いにしえから続く名家ですわ。大きな武功を立てた――」


 武士、と言いかけて言い直します。


「戦士の末裔ですの」


「どうりであの身のこなしのわけだ」


 そこで話は終わりかと思いきや、なぜかアラヴィナさんは私の瞳をちらちらと見てきます。私が思わず首をかしげると、おずおずとたずねてきました。


「もしかして――遠い東の方からきたのかい?」


 思わずパンを落としそうになります。私の故郷は、まさに極東にある島国ですもの!


「そ、そうですのよ! ――なにかご存じでして!?」


 アラヴィナさんも何かを確信したようで、しきりにうなずきます。


「驚いたよ! まさか『オーガ』のお姫さまだなんて」


 また出てきた謎の単語に首をかしげていると、アラヴィナさんはとんでもないことを言ってきます。


「ま、まさか『悪鬼』じゃあない……よね?」


 温姫と悪鬼は似ていますけれど!


 そう言おうとしましたが、喉元にパンが引っかかって激しくむせ込みます。この数日間、水もほとんど飲んでいないのですから当然でした。


「おっといけねぇ! お嬢ちゃん、これだ!」


青い瞳の傭兵さんが慌てて水筒を差し出してきました。一気に飲むと、やっと生きた心地がします。


「た、助かりましたわ……!」


「いいってことよ!」


 傭兵さんはニカッと笑うと、どかっと隣に座ります。2mはあろうかという巨体で、分厚い毛皮を着こんだ姿はまさに熊。けれども、波打った長い金髪の下に見え隠れする青い瞳は澄んでいて、純朴な光を湛えていました。


 水をのみのみ残りのパンを食べていると、なぜか私の一挙一動をにこにこと見つめる傭兵さん。


 困ってしまって話題を探すと、水筒の装飾に目が留まります。


「この絵……ドラゴンですの?」


 傭兵さんは誇らしげにうなずきました。


「それは火龍だぜ。ちいと短気なとこはあるけど、酒好きで話のわかる陽気なやつだ」


 私は金色の目を丸くします。傭兵さんの口ぶりからすると、まるで隣人のような気軽さ。一度は会ってみたいと思うのは、乙女として当然のこと!


「ド、ドラゴンさんはどこにいますの……?」


「この辺りじゃあ滅多に見かけないだろうな。噂だとアエテリスのやつらが、何頭か連れてきているらしいが……へっ、見たことはねぇな」


 馬鹿にするような口調も気になりましたが、またもや出てきた馴染みのない単語に困惑します。


「ア、アエテリス……?」


「帝政アエテリスだ。若旦那ドルポルも話してただろ、物騒な『隣の国』だ」


「ならずもの国家の名前でしたのね……」


 帝政というからには帝国なのでしょう。私の故郷でも、帝国といえば悪と決まっています。そのアエテリスとやらと無関係でいられるといいのですが……。


 私の返事が面白かったのか、傭兵さんはにやっと不敵に笑ってから話を戻します。


「龍はもっと北の方に住んでいるんだ。アエテリスのやつらは、首輪をつけてむりやり引きずってきたんだろう」


 がお! と傭兵さんは怪獣のように歯をむき出しにします。


「気をつけるんだな! やつらに見つかったらお嬢ちゃんも首輪をつけられて奴隷にされちまうぞ!」


 迫力たっぷりなのにどこか優しいその顔は、子供をあやす父親のようでした。思わずくすくす笑うと、傭兵さんは仲間のお二人を見回しながら言います。


「俺たちはその龍が暮らす『ヴァルトハイム』っつう国からきたんだ。いろいろあって帰れなくなっちまって、こうしてこの国で傭兵を続けてるってわけだ。よろしくな!」


「私こそ……。挨拶がおくれましたわね」


「いいってことよ!」


 熊のような手が私の手を握ります。ドルポルさんの言う通り悪い人ではなさそうですが、ち、力が強すぎて、手が……!


「お、おっと悪い!! つい娘のことを思い出しちまってな! 嬢ちゃんと同じくらいの年なんだが、いまごろ何を――」


 急に言葉を詰まらせると、傭兵さんは邪念を振り切るようにかぶりを振りました。


「……わりぃ。なんでもない。忘れてくれ」


 そう言うなり幌の中に戻ると、ぼろ毛布にくるまってしまいます。ほかの2人のお仲間さんも表情暗く、そっと彼を見守るだけ。


戸惑う私にアラヴィナさんがささやきます。


「あいつの祖国のヴァルトハイムは、何年か前にアエテリスに征服されてしまったんだ。……この国に出稼ぎに来たのはいいけれど、帰れなくなってしまったのさ」


 ――奴隷にされちまうぞ。


 傭兵さんの言葉が頭をよぎります。私と同じくらいの娘さんは、もしかして。


「ヴァルトハイムはどんな様子なんですの……?」


 重いため息。それだけで十分に察してしまいます。


「……アエテリスのやり方はいつも同じさ。ぜんぶ持っていってしまうんだよ。物も、人間も……」


 言葉なく静かに揺られていると、重たい沈黙を断ち切るように、アラヴィナさんが快活な声を出しました。


「おっ! 見えてきたね! ――あれが鉱山都市ダカウロンの城塞さ」


 夕日に赤く染まる城壁は、深紅のマントをまとう衛兵のように威風堂々。難攻不落の要塞といった趣でした。


 丘の斜面からもくもく昇る黒煙を見ながら、私はアラヴィナさんにたずねます。


「あの煙は……?」


「あれは精錬所の煙だよ。金鉱石を精錬しているのさ」


 空気に鉄と炭の匂いが混じり、かんかんと金属を打つ音が響き始めています。


「すごい規模ですのね……!」


 大きな門へと差し掛かろうとしたとき、崩れた城壁を補修している職人さんたちの姿が目に留まりました。真っ白な城壁に黒い石を積みあげる姿に、思わず眉をひそめます。


 まるで白黒パンダ。そんな雑な仕事でいいのでしょうか。そう違和感を覚えたのも束の間、私はアラヴィナさんの声に引き戻されます。


「人通りが少ないね。前に来たときは、もっと活気があったと思うんだけど……」


 門をくぐる人々は目を伏せ、早足で家路を急いでいます。ただよう陰鬱な雰囲気に、私まで滅入ってしまいそうです。鉱山の町というからには、もっと陽気で荒っぽい人々がわいわいしていると思っていましたのに……。


 拍子抜けしていると、見慣れない一団が門から出てきます。立派な髭に、どっしりとした体つき。迫力十分ですが、びっくりするくらい背が低いのです。リンゴ16個分の私と同じくらいしかありません。


「あの人たちは……!?」


 その疑問に答えてくれたのはドルポルさんです。


「彼はこのあたりの先住民族のドワーフ族だ。鉱山の採掘や鉱石の精錬、加工にかけちゃ彼らの右に出るものはいない」


 石炭でしょうか? 黒い土嚢のようなものを台車で外に運び出す彼らを眺めていると、胸ときめく2文字を意識してしまいます。


 ドラゴンもドワーフもいるならエルフだっているでしょう、エルフがいるならあれだって!


 私はとしながらドルポルさんに聞きます。


「ま、『魔法』なんてものもありますの……?」


「魔法? もちろんあるぞ」


 ああっ! やっぱり乙女たるもの、一度は魔法少女になってみたいと思うものです! なんて思ったのも一瞬で、ドルポルさんは意地悪く眉毛をくいっと上げました。


「おとぎ話の中にな。おばあちゃんが寝る前に話してくれただろう?」


 も、もう! ドルポルさんのいけず!!


 私がむすっとするのと、門から兵士さんが出てきたのは同時でした。ズボンをはいて、その上には簡素な革の鎧。実用性重視の出で立ちでしたが、大きな曲刀が目を引きます。


「こっちだ。ゆっくり入れ!」


 そう指示する兵士さんの眼差しに、ねっとりとしたものが混じっているように感じたのは気にしすぎでしょうか。 ――補修中の城壁、暗い表情の人々。嫌な予感が積み重なっていきます。


「――ドルポルさん。大丈夫ですの?」


 私が怖がっていると思ったのでしょう。ドルポルさんは笑いながらうなずき返します。


「ダルヴァリアの兵士は誇り高い戦士だ。何も心配はいらない」


 馬車が門の内側に入ると、軍靴の音も高らかに兵士さんたちがぞろぞろとやってきます。


「ずいぶんとでかい馬車だな。どこから来た?」


 そう声をかけられた瞬間、ドルポルさんの顔色が変わりました。


 彼らが腰帯に下げているのはすらっとした短剣。ダルヴァリアの曲刀とは対照的なこしらえでした。


「――アエテリス軍がどうしてここに」


 アラヴィナさんのつぶやきに、馬車にいた全員が凍り付きました。


 こ、この、兵士さんたちがあの悪名高いアエテリスの……?


 唖然とする私たちを置き去りにして、兵士さんたちは馬車の中をのぞきこんできます。その無遠慮な視線にドルポルさんの声が震えます。


「こ、この町は……ダルヴァリアの守護下だったはずだ。勇敢な戦士たちはどこに行った……?」


 馬車を漁っていた兵士が嘲笑します。


「門の外にいただろう? 200人、いや300人はいたはずだ」


「なんだって……!?」


 きょろきょろとするドルポルさんをあざ笑うかのように、ほかの兵士が槍先で門の先を指します。


「ダルヴァリアの誇りもいまでは燃えカスだ」


 ドワーフさんたちが運び出していた黒い塊。その正体を悟った瞬間、全身の毛が逆立ちました。


 ――ああ、あれは『ダルヴァリアの誇り』ではなくて? 


 震えながらドルポルさんがつぶやきます。


「ま、まさか……火龍を……?」


 兵士さんのひとりがにやにやといたぶるように笑いながら答えます。


「そうだ。――1週間前からここは栄光あるアエテリス領となった」

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