星となったあなたへ

チドリ正明

天使と人間

 夜空に輝く星々は、かつて地上を見守り、人間の願いを叶える役目を果たした天使たちの姿だ。

 彼らは天界の掟を守り、ささやかな奇跡を人間たちに届けることで、その願いを支え続けていた。


 エミールもその一人だった。


 彼は真面目で勤勉な天使であり、毎晩地上に降り注ぐ小さな願い星の声に耳を傾け、時には一瞬の幸運や心の安らぎをそっと届けていた。

 長い間、天使として人間たちの幸せを見守ってきた。


 天使にはある掟があった。


 それは【人間に大きな影響を与えすぎてはならない】というもの。


 エミールはその掟に従い、天界の任務に誇りを持っていた。



 ある夜、エミールはふと特別な声を耳にする。

 それは、病床に伏せる少女サラの祈りだった。


「もう少しだけ……もう少しだけ家族と過ごさせてください……」


 その小さな願いには、ただ生きる喜びをかみしめたいという、彼女の切実な想いが込められていた。


 サラは長い闘病生活の中、たくさんの辛い治療に耐えながらも、いつも夜空を見上げては、星に願いをかけていた。

 親しい友人とも離れ、家族とも心の距離を感じる中、彼女はいつも一人で夜空に語りかけていた。


「この星たちが私を見守っていてくれるのなら……もう少しだけ私に時間をください……」


 サラはかすかな希望を心に灯しながら、一人で重い病と戦い続けていた。


 訳を知ったエミールは、彼女の声を聞くたび、どうしようもない衝動に駆られていた。

 いつもなら、人間たちの願いを、ささやかな奇跡で支え続けてきたが、今の彼女にはそれでは足りなかった。

 掟を破ることの危険さは十分に理解していたが、それでも、彼女の願いを叶えてあげたいという思いが日に日に募っていった。


 エミールはどの天使よりも勤勉だからこそ、人間であるサラの心に寄り添い、掟破りを犯す覚悟さえできていた。


 

 サラの病状が悪化する中、ついにエミールは意を決し、地上に降り立つことにした。

 彼はサラに見えない形でそばに寄り添い、少しずつ自らの力を彼女に注ぎ込んだ。

 毎夜、そっと力を注ぐたびに、エミールの存在は少しずつ薄れていき、天使としての力も衰えていった。

 しかし、反対に、サラが少しずつ笑顔を取り戻していく姿を見ることで、彼は何度でも力を使う覚悟を持つことができた。


 サラもまた、ある日から”見えない誰か”の存在を感じるようになっていた。

 夜空に輝く星たちの中に、特別な星が自分を見守ってくれているかのように思え、心が温かくなるのを感じていた。


 彼女はそんな星たちに向かって、毎夜欠かさずお礼の気持ちを伝えた。


「ありがとう」


 サラは少しずつ生きる力を取り戻していった。


 しかし、天界ではエミールの行動が少しずつ知られ始めていた。


【天使は人間に大きな影響を与えてはならない】という掟に反し、エミールの存在は限界に達しつつあった。


 それでも、エミールはやめなかった。

 サラの命が灯る限り、彼女を見守り続ける決意を胸に抱き、地上にとどまり続けた。


 そして、とうとう最後の力を注ぎ終えたとき、エミールは天界に戻ることなく、地上の星の一つとして永遠に夜空に輝く存在となった。




 エミールが星になってすぐに、サラの病が奇跡的に癒えた。

 医師たちも驚く回復ぶりで、彼女は無事に家族と再び穏やかな日々を過ごせるようになった。

 その夜、彼女はベッドに横たわりながら、ふと夜空を見上げた。

 

 そこには、一際明るく輝く星が瞬いていた。

 まるで、サラのことだけを見つめているかのように。


「あの星が、私を守ってくれていたのかな……? ありがとう、本当に、ありがとう……」


 サラは星を見て自然と涙を流していた。

 それは、星となったエミールに届くことのない言葉だったが、彼女の心にはしっかりと”見えない誰か”に守られていた記憶が刻まれていた。


 こうして、エミールは願い星として夜空に輝き続け、サラはその光に励まされながら、新しい人生を歩んでいくのだった。

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