エピソード3 迷惑

「俺の名前は佐々木。長いことこの街でタクシー運転手をしている。昼も夜も人を乗せ、行き先を聞いて走る。ただ、それだけの仕事だと思っていたけど――たまに、人生の不思議を感じる夜がある。」


深夜2時過ぎ。酔っ払いや観光客がちらほらと消えた繁華街に、派手な金髪の男が近づいてきた。手にはカメラとスマホ、派手な服装に不敵な笑み。タクシーを見つけるなり助手席のドアを開けて、強引に乗り込んできた。


「おっ、タクシーゲット!運転手さん、カメラ回していいよね?あ、オレ有名YouTuberだからさ、むしろ光栄でしょ?」


無遠慮に助手席に座り込むと、男は勝手にカメラを回し始めた。

「みんな見てるー?今日はタクシー運ちゃんに密着だ!どんなヤバい話が飛び出すのか、お楽しみに!」


佐々木は軽くため息をつきつつ、冷静に聞いた。

「どちらまで行きますか?」

男は鼻で笑いながら言った。

「まあ適当に流して!俺が良さげな場所で降りるから!」


走り出すとすぐに、彼は自分が登録者数50万人超の人気YouTuberであることを得意げに語り始めた。迷惑行為や炎上商法で注目を集める手口を嬉々として話す様子に、佐々木は内心で呆れながらも無言を貫いた。


「でさ、この前ラーメン屋で大声出したやつ、あれ大成功だったわ。客も店員もマジギレしてたけど、それがむしろウケたのよ!批判コメ?バズったら勝ちだからね!」


しばらく話を聞いていると、彼の言動がさらに過激になってきた。公共の場での迷惑行為、無許可撮影、他人への嫌がらせ――全てが「コンテンツ」として扱われている。


「運ちゃんもそう思わない?なんか地味な仕事だし、オレの動画で注目されたら人生変わるかもよ?」

ニヤニヤ笑いながら、カメラを佐々木の顔に向けたその瞬間、佐々木はブレーキを踏んだ。


「何やってんの!危ないだろ!」

助手席で文句を言う男を無視して、佐々木は静かな声で言った。

「ちょっと寄り道しますよ。」


タクシーは人けのない広い工事現場のそばに停まった。あたりは真っ暗で、車のヘッドライトだけが地面を照らしている。


「何ここ?オレこんなとこ頼んでないけど?」

佐々木はエンジンを切り、初めて彼を正面からじっと見つめた。


「あなたのやっていること、たくさんの人が迷惑していると思いますよ。」

男が反論しようとしたが、佐々木は冷静に続けた。

「でも今日はちょっと特別に、あなたの動画がバズるお手伝いをしましょうか。」


その言葉に男は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。

「いいねいいね!やっとノってきたじゃん!何する?」


佐々木は無言で車を降り、助手席側に回り込んだ。そして――助手席のドアを開けると、彼を腕一本で引きずり下ろした。


「ちょ、何してんだよ!」

男が叫ぶのを無視して、佐々木はポツリと言った。

「ここ、工事用の防犯カメラがたくさんあるんです。このまま騒げば、あなたの『迷惑行為』動画に警察まで出演してくれるかもしれませんよ。」


その場の静けさと佐々木の冷たい視線に、男は怯えた表情を浮かべた。

「ちょっと待てよ…冗談だって…」


佐々木は静かに言葉を続けた。

「タクシーに戻りたいなら、撮影データを全部削除してください。それができなければ、ここに置いていきます。」


男はしばらく逡巡した後、しぶしぶカメラを操作して映像を削除した。


彼を無事に最寄り駅まで送り届けた後、佐々木はポツリと独り言を言った。

「炎上しなくても、人は変われるんだがな。」


再び夜の街に戻りながら、次の乗客を迎える準備をする佐々木の表情は、どこか満足げだった。

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