第3話

 婚約者となってから、エルネストが遊びに来る頻度が増えた。大体の時間は、お菓子を食べながら雑談をして過ごしているが、エルネストはクローデットの前ではご機嫌でいつもニコニコしていた。


「クゥとのこの時間、ホント癒される。ずっとこの時間が続けばいいのになぁ」


 独り言なのか、話しかけているのかわからないが、ちょっと遠い目をしながらそんなことを言っている。少しお疲れのようだ。


 エルネストには家庭教師が何人もついていて毎日長時間の勉強時間が設けられているらしい。彼は将来は宰相になることを目指しており、知識を吸収することには貪欲ではあるが、空き時間が出来ると、少しでも一緒に居たいとクローデットを訪ねてくる。



 エルネストはジュリオ公爵家の嫡男であり、彼の家は代々宰相を輩出し、他国でも名を馳せている名家だ。そのためエリオットとの婚姻では、クローデットがジュリオ家に嫁ぐことになる。


 しかし、クローデットは一人娘。母のクリステルは出産後に罹った病により、子供を授かることが出来なくなったため、クローデットに婿を取ることも検討されていたが、エルネストとの婚約によって、その選択肢は消え、アルトー公爵家に養子を迎えることとなった。



 養子となるのは、ラギエ公爵家に嫁いだ叔母のマーガレットの三男であるルネ・ラギエ。彼はクローデットの一歳下の従兄弟だったが、今後は義弟となる。


 ラギエ家の15歳の長男ルーファスは頭脳明晰でラギエ公爵家を継ぐことが決まっており、12歳の次男ルイスは剣技に優れており、近衛騎士を目指している。2人とも天才肌で、努力せずに何でも出来ると叔母が良く自慢していた。クローデットはルーファスとルイスにはそれぞれ数回程度会ったことはあったが、三男のルネと会った記憶はなかった。




 クローデットとエルネストの婚約から3ヶ月ほど経ち、アルトー公爵家にルネが迎えられた。



 応接室に呼ばれて向かうと、ブルーサファイアを連想させる青い髪に、ぱっちりとした琥珀色の瞳の男の子が、オドオドとしながらアルトー公爵の影に立っていた。


「クローデット。今日から君の義弟になるルネだ。仲良くやってくれ」


 クローデットはルネの前まで行き、ルネに視線を合わせると笑顔を浮かべて挨拶をした。


「クローデット・アルトーですわ。これからよろしくね、ルネ」


「……ルネです。よろしく……」


 ルネは色々な意味で萎縮していた。

 突然養子に出され、理解が追いついていなかった。

 初めて会う人達を新しい家族だと紹介され、義姉と言われた人の外見はとても褒められるようなものではなかった。仲良くしたいとは全く思えなかった。


 更に、ルネはラギエ家では常に天才肌の兄達と比べられ、自分を卑下していた。色々な人からも長男や次男と比べて「こんなことも出来ないのか」と残念がって言われることも多かったため、密かに自分は家族に捨てられたと思い込んでいた。



 反対に、クローデットは可愛い義弟ができたことをすごく喜んでおり、仲良くなりたいと考えていたが、あまりにもルネが怯えている様子だっため、どう接すればいいのか分からずにいた。しかし、そのままそこに居てもどうにもならないので、ルネに屋敷を案内することにして、出来る限り警戒心をといてもらえるように、優しく接した。


 一通り、屋敷を回った後、一緒にお菓子を食べようとサロンに案内した。そこにいつものようにエルネストが登場した。


「クゥ!」


 嬉しそうに声を掛けたエルネストは、クローデットが誰かと一緒に居る事に気付き、不躾な視線を向けた。


「クローデット。そいつ、誰?」


「ご機嫌よう、エル。こちらは義弟のルネよ」


 義弟と聞いたエルネストは途端に雰囲気を和らげた。


「あぁ、そうか。今日からだっけ?……俺は、エルネスト・ジュリオだ。クローデットの婚約者だから、君にとっては義兄になる。よろしくな」


「ルネです。よろしくお願いします……」


 エルネストは挨拶を終えると、クローデットのすぐ隣に座り、楽しそうにクローデットに話しかけた。ルネは所在なさげに、ずっと紅茶のカップを見つめていた。クローデットは、結局ほとんどルネに話しかけることが出来ずに時間が経った。



 ルネが部屋に戻ると、クローデットは義弟が出来て嬉しく、彼と仲良くなりたいと思っていることをエルネストに伝え、仲良くなる方法について相談した。エルネストとしては、義弟になるにしても、クローデットが他の男ルネに興味を持つことは好ましくないが、クローデットから相談されてしまったからには協力することにした。



 それからエルネストはアルトー公爵家に来る度にルネも誘い、色々話しかけたり、一緒に遊んだり、お菓子を食べたりして仲良くなっていった。


 段々と慣れていったルネは、自分は捨てられたのではなく、アルトー公爵の後を継ぐために養子にされたと理解した。


 アルトー公爵はルネに合った家庭教師を雇うべく、クローデットとエルネストにルネの学力を確認するよう頼んだ。クローデットは、ルネが今までどのような環境で育ってきたのかを知った。



 クローデットが質問したことに次々と答えていく中、わからない事があった時に申し訳なさそうにルネは言った。


「こんなこともわからなくて、ごめんなさい……」


「どうして謝るの? 謝る必要はないわ。知らないことを知らないと言えるのはすごいことよ? それにルネはまだ10歳にもなってないのだから、これから覚えていけば大丈夫よ」


 笑顔でクローデットが伝えると、ルネは驚愕した。

 そして目が潤み、涙が零れ落ちた。

 ルネのその反応に驚いたクローデットは優しく問いかけた。


「どうしたの? 大丈夫、ルネ?」


「ごめんなさい。そんなこと言われたの初めてだったから……」


 クローデットは戸惑いつつも、しばらくルネの様子を窺っていたが、ルネは笑顔になってお礼を言った。


 それからルネは、わからないことに対しては、わからないとハッキリと言い、教えを請うようになった。

 理解できるまで何度も質問をし、クローデットはルネが努力家で物事に一生懸命取り組むタイプの人間であると把握した。


 ラギエ家では努力が評価されなかったのではないかと思い至ったクローデットは、ルネが努力する度に褒めちぎる様になった。



 褒められることが多くなったルネは少しづつ自信がつき、明るくなって笑顔も増えた。エルネストやクローデットにも心を開いて懐いた。


 ルネは初対面では義姉を見た目で判断して嫌悪感を抱いていたが、とても優しくて素敵な人であるとわかり、今ではクローデットのおかげで毎日が楽しくなったと感謝するようになった。

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