第4話

 ルネが義弟となって、1年経過した。

 その間、エルネストは変わらずにアルトー家に訪問し、クローデットがルネと本当の姉弟のように仲睦まじくなったのと同様に、エルネストとルネも実の兄弟のように仲良くなった。




 ある日、クローデットは護衛や侍女を数人連れて、エルネストとルネを誘って小高い丘にピクニックに来た。


「ピクニック仕様のダージリンのスコーンやキッシュが楽しみだわ。マドレーヌにダックワーズ、アップルパイにマカロンと色々なお菓子も持って来たのよ! 普段とは違う景色の中で食べるお菓子はきっと最高ね!」


「ははっ、ピクニックでもクゥの優先順位は全くブレないな~」


義姉様ねぇさま! アップルパイは僕の好物なので、大きいやつをくださいね!」


「えぇ、もちろんよ! たくさん用意したから、ルネも好きなだけ食べてちょうだい」


 楽しく会話をしながら目的地に向かう。



 小高い丘の上にある自然公園の入り口までは馬車で行けるが、公園内は徒歩用と騎乗用で道が分かれている。自然の景観を大事にしている公園として有名で、家族連れや恋人とのデートで訪れる人も多い。敷地が広いため、人が混雑することはなく、ゆっくり過ごせる場所である。



 太陽光が反射する湖の周りには散歩コースもあり、木陰で休息を取っている人々がちらほらと見えた。


 遮蔽物のない広い視界に映る自然の風景は心を癒し、色とりどりの花畑は人々の目を楽しませ、甘く優雅な香りが漂っている。奥に進むと樹木が増え、小さい滝が流れ込む水深3mくらいの池がある。


 その近くのテーブル席を確保して、持参した軽食やお菓子をテーブルに並べ、早速、手をつける。自然を感じながら、マナーに拘る必要のない気軽な食事はより一層美味しい。時折、撫でる風も気持ちいい。



 目の前の池は透明度が高く綺麗な水で、覗き込むと底が見える。平民の子供達は、夏の日差しが強く暑い日には、涼むために池に足をつけると聞いた。



 お菓子もお腹いっぱい食べて満足したエルネストとルネは元気よく遊び始めた。クローデットも滝が流れ込む場所を近くで見ようと池に近づいた。



 そこで足を滑らせてしまい、池に落ちてしまった。

 泳ぎ方も知らず、池に落ちてしまったパニックで、クローデットは池から出ようと必死にもがく。しかし、ドレスが水を吸ってどんどん重くなり、泳げずに沈んでいく。暴れたせいで水も飲み込んでしまった。


「た……すけ…っ……す…て!…っ」


 クローデットが池に落ちた音で、周りの者はすぐに気づき、護衛の男性達がクローデットを助けに動くが、パニックになっているクローデットは暴れるばかり。ただでさえ、クローデットは太っていて重いのに、そこに水を吸ったドレスの重さが加わり、池から引っ張りあげるのも容易ではなく、大人3人かがりで救助した。その時にはもうクローデットは気を失っていた。




 目を覚ましたクローデットの目に入ったのは部屋の天井で、自室のベッドに寝かされていると思い至る。傍に居た侍女はクローデットが目覚めた事に気付き、目に涙を溜めた状態で声を掛けた。


「お嬢様っ……お目覚めになられて本当に良かったです。すぐに旦那様をお呼びしますので、お待ち下さいませ」


 侍女は両親や医師にクローデットが目覚めたことを伝えるように他の侍女に指示すると、水差しからコップに水を入れて、クローデットに渡した。


「何か欲しいものはございますか?」


「大、じょぶ……お水、だけ…ちょ、だい」


 侍女に差し出された水で喉を潤す。

 クローデットは頭の中で、自分に起こった出来事を思い返した。エルネストとルネとピクニックに行き、池に落ちて溺れて、死ぬ思いをした……。


 溺れた恐怖を思い出し、身震いを抑えるために両手で自分を強く抱きしめた。その時にクローデットはふと何か違和感を覚えたが、それよりも体が熱く、頭がボーッとしていることに意識が向いた。疲れや池に落ちて身体が冷えたために熱が出て意識が朦朧してるんだ、とどこか客観的に判断した。



 数人の駆けてくる足音が聞こえて扉が開くと、両親は止まることなくベッドのそばまで来て、クローデットを抱きしめた。2人ともクローデットの目が覚めて良かったと安堵の声をもらしていた。医師はクローデットの状況を見て風邪と診断。飲み薬を渡し、しばらくは安静にする必要があると告げ、両親達が部屋から出るように誘導した。部屋には静寂だけが残り、クローデットはすぐに眠りに落ちた。




 目を覚ましたら夜だった。どのくらい時間が経ったのか曖昧だったが、再び駆けつけた両親によると、5日間も寝込んでいたらしい。家族もアルトー家の使用人も、ものすごく心配をしており、エルネストも毎日見舞いに来ていたとのこと。クローデットはたくさんの人に心配をかけてしまった事に申し訳なさを感じた。




 まだあと数日は安静に過ごすように言われ、それには異論もなかった。とりあえず夜だとしても空腹である事に耐えられなかったため、胃に優しいスープと食べやすいフルーツを用意してもらい、ベッドの上での食事を許してもらった。


 食事だけで疲れてしまったから、もう休みたいと伝えて、部屋には誰もいなくなった。



 クローデットは表面上はずっと平静を装っていたが、目覚めた時から内心はパニックを起こしていた。なぜなら、池に落ちたショックで前世の記憶を思い出していたから。


 もちろん、クローデット自分についての認識は一切変わったり忘れたりしておらず、そこに、前世の記憶が入り込んだ状態だ。こことは別の世界の日本という国で暮らしていた黒髪黒目の平凡な見た目の女子大生で、お菓子とゲームをこよなく愛していた前の自分の記憶を、クローデットの過去の記憶と同様に『昔の記憶』として覚えているという感じである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る