第2話
お茶会から数日後ーー
クローデットが自宅のサロンにてお菓子を食べながら幸せな時間を過ごしていると、幼馴染のエルネストがやってきた。
「やぁ、クゥ。今日のお菓子は何かな?」
「エル。いらっしゃい。今日は、ストロベリータルトよ」
「それは、美味しそうだね。僕もいただいていい?」
軽く首を傾げたエルネストの透き通った銀髪がサラサラと揺れる。ソファに座り、翡翠色の瞳を向かい側のクローデットに向け、目を細めた。
「ふふっ。エルの分もちゃんとあるわ」
エルネストが席につくと、エルネストの前に切り分けられたタルトと紅茶が用意される。
「ありがとう。ところで、第一王子の婚約者はロンサール侯爵令嬢に決まったらしいね」
「えぇ、そうみたいね」
ストロベリータルトを味わいながら、エルネストに相槌を打つ。すでに婚約者がオデット・ロンサール侯爵令嬢に決まった事は公表されている。クローデットは知っておくべき情報として認識はしているが、第一王子の婚約者が誰になろうが特に興味はなかった。
「お茶会にはクゥも参加したんだろ? マクシミリアン殿下と話はしなかったのか?」
「挨拶だけしたわ。それ以外は、ずっとお菓子を食べてたもの。流石、王城の料理人よね! 特にフィナンシェとチーズケーキは最高だったわ! すごく美味しくて食べるのを止められなかったのよ」
クローデットは、お茶会で食べたお菓子について嬉々として語り始める。嬉しそうに話すクローデットを見てエルネストは安堵した。いくらお菓子が大好きだと言っても王子様には興味を持つかもしれないと、少しだけ不安になっていたのだ。しかし、クローデットの表情や話で、その不安は払拭された。
「ははっ。クゥは相変わらずお菓子が一番だな」
「えぇ! もちろんよ」
幸せそうに笑うクローデットを見て、エルネストは可愛いなぁと心の中で呟いた。エルネストは天真爛漫で、幸せそうな顔でお菓子を食べるクローデットが好きだった。彼女の笑顔を見ると自分も嬉しくなった。
周りの令息にクローデットは醜いと言われた事があったが、エルネストはどんなクローデットでも可愛いと思っていた。それにクローデットと手を繋ぐ時のぷにぷにした触り心地も良いとさえ思っていた。
4歳の頃からクローデットと遊ぶ機会があり、段々と好きになっていた。本当はクローデットを好きだと自覚した時から婚約者になりたくて、両親に伝えた事があったが、第一王子の婚約者が決まるまでは公爵家のクローデットに婚約を申し込むことは出来ないと両親から言われていた。
やっと婚約を申し込める。
今日の訪問の本来の目的を達成すべく、エルネストは口を開いた。
「第一王子の婚約者が決まって良かったよね。……ところで、クゥ?」
お菓子に意識を向けていたクローデットは、エルネストに呼びかけられたので耳を傾けていたが、エルネストは何も言わなかった。どうしたのかと、お菓子から目を離しエルネストに視線を合わせると、彼はとても真剣な表情をしていた。
「どうしたの?」
「クゥ。僕の婚約者になってくれない?」
「え?」
クローデットは予想外の話題に驚いた。
……婚約者? 私がエルの? なぜ?
「クゥが、もしかしたら第一王子の婚約者になる可能性もあったから、ずっと言えなかったんだ。でも、マクシミリアン殿下の婚約者が決まったから、やっと言える。クゥの笑顔をずっとそばで見ていたいから、僕の婚約者になって欲しい」
「えっと、嬉しいけれど、お父様に聞いてみないと答えられないわ」
「アルトー公爵には僕が婚約者にクゥを望んでることは話をしてあるよ。クゥの判断に任せるって言われたから、クゥの気持ちを教えて? 僕の婚約者になるのは嫌?」
「嫌なんてことはないわ。……でも、一つ聞いても良い? エルは私の見た目は気にしないの? 私はこの体型を気にしてないけど、皆が色々言ってるのは知ってるもの。そんな私を婚約者にしたら、エルの評判が下がってしまうのではないかしら?」
クローデットは一人娘で両親に溺愛され、我儘を言っても両親が叶えてくれる環境で育っていた。クローデットの興味がお菓子にあったため、どんどん娘の望むままに与えていた。アルトー公爵は娘が結婚せずに家にずっと居てくれても良いと思っており、常にそう発言していたため、クローデットは尚更、体型なども気にしなかったのだ。
「僕は気にしないよ。どんな見た目でもクゥはクゥでしょ? 可愛いと思うし、どんなクゥでも僕は好きだよ」
可愛い? 好き?
家族以外からは言われたことのなかった言葉を言われて、エルネストからの突然の告白に目を瞬いた。
幼馴染がそんなことを考えているなんて、思いもしなかった。でも、エルネストはお菓子の話ばかりでも、楽しそうに聞いてくれるし、エルネストと居るのは楽しい。単純に人としてもエルネストは好きだから、婚約を拒否する理由などない。
「私の話を楽しそうに聞いてくれるエルネストは好きよ。私で良いなら、エルの婚約者になるわ」
「ありがとう、クゥ。でも、ちゃんと覚えておいてね。クゥで良いから婚約したいんじゃなくて、クゥだから婚約したいんだよ」
エルネストは、クローデットが自分と同じ気持ちで受けてくれたとは思っていない。まだ10歳で、結婚出来るまで8年もある。婚約者になれるなら、これから少しづつでも興味を持ってもらって、好きになってもらえれば良いと考えていた。
エルネストはとても嬉しそうに微笑み、クゥの近くまで移動し、「これからは幼馴染なだけじゃなくて、婚約者としてもよろしくね」と言って、クゥの頬っぺたに軽くキスをした。
「じゃあ、僕、アルトー公爵と僕の両親にクゥが婚約を受けてくれたことを伝えてくるね!」
そう言ってエルネストは満面の笑顔のまま去っていった。残されたクローデットは突然の展開についていけず呆然とした。しかし、キスされた頬に手を当てて何が起こったか思い返し、じわじわと顔が赤くなった。
その後、エルネストとの婚約が正式に結ばれ、彼は前よりも頻繁にアルトー家に遊びにくる様になった。
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