第7章 - 危機の瀬戸際で

私はその場に立ち尽くし、深呼吸をした。胸の奥で高揚感が渦巻いているのを感じる。ただの任務ではない――これは私がずっと夢見てきた道への第一歩だった。役に立っている実感、手がかりを組み立てる興奮、レオン署長と無線越しに直接話した瞬間――それら全てが現実だった。

「本当に、ここにいるんだ……」

自分の手が微かに震えていることに気付き、震えを抑えようと拳を握りしめた。けれど、その喜びを噛みしめるほどに体が熱くなり、じっとしていられなくなる。


「やった!これ、本当にすごい!夢みたい!」

抑えきれない興奮が言葉となり、静かなアパートの一室に響き渡った。両足が自然と飛び跳ねてしまう。


そんな私の背後から、穏やかな足音が近づいてきた。そして振り向くと、キアランがドア枠に寄りかかり、彼特有の皮肉混じりの笑みを浮かべていた。灰色の瞳がわずかに柔らかく輝いている。

「よほど楽しい瞬間みたいだな?」

声は軽くからかうような調子だったが、その裏に優しい響きがあった。


私は動きを止め、いたずらっぽい笑みを浮かべて彼に返した。

「あら、探偵キアランさん?私の小さな喜びの時間を邪魔するなんて、礼儀がなってないわね。静かにした方がいい?」


彼は一瞬きょとんとした表情を見せ、それから気まずそうに目を逸らした。珍しく耳の先が少し赤く染まっている。彼の首の後ろを掻く仕草に、つい笑みがこぼれた。

「……まあ、悪かったな。でもな、俺もずっと探偵って肩書きが夢だったんだ。こうして本当の任務に関われるなんて、今でも信じられないくらいだ。それに――」

彼の視線が窓の外へと向けられ、言葉が途切れる。自分の感情を抑え込もうとしているのが伝わる。


「それに?」

私は促すように声をかけると、キアランは軽く肩をすくめた。

「君と一緒に、この任務をやれるとは思ってなかった。それがなんだか……不思議だよ。」


冷静沈着なキアランがこうして感情を垣間見せるのは珍しい。彼の横顔を見つめながら、私の胸にほのかな安心感が広がった。同じ夢を持ち、同じ道を歩む仲間がいることが、これほど心強いとは思わなかった。


数分後、私たちは興奮を押さえ込み、次第に冷静さを取り戻していった。深呼吸を一つして気を引き締めた私は、再び彼に話しかけた。

「キアラン、この場所、監視地点としてはどう思う?狙撃スポットにも使えそうな気がするけど。」


彼は真剣な表情に戻り、部屋の構造をじっくりと見回した後、静かに頷いた。

「ああ、視界は悪くないな。廊下全体が見渡せる。ただし、ここは高すぎるし、目立ちすぎる。プロの狙撃手なら、こんな場所を選ぶとは思えない。俺ならもっと隠れられる場所を選ぶだろう。ここは……正直、素人の選択だ。」


彼の指摘に私はうなずき、これまでの手がかりを頭の中で組み直す。すべてが妙に簡単すぎる――わざと私たちに見せつけているような感覚が拭えない。

「ねえ、キアラン。なんだか変だと思わない?まるで、最初から私たちに見つけさせるために仕組まれてるみたい。」


彼は私の言葉を聞いて小さく頷いた。

「確かに、何かがおかしいな。それに、あの学生3人を雇ったって話だろ?奴らがこんな計画を立てられるとは思えない。どう見ても適当な小物だ。」


私は苦笑しながら肩をすくめ、少しでも緊張を和らげようとした。

「じゃあ、敵はかなり怠け者ってこと?適当で、素人っぽくて、なんだか拍子抜けするね。」


だが、キアランの表情は変わらない。眉をひそめ、鋭い視線を私に向けてきた。

「ああ、そうかもしれないな。でも、それが逆に不安なんだ。敵は近くにいる……いや、それ以上にすぐそばにいる気がする。」


その言葉に私も考え込む。すべてのピースが揃っているようで、どこか不自然に感じられる。

「それならどうするの?ほとんどのパズルは完成してるけど、いくつかがまだ足りない気がする。」


キアランはしばらく沈黙した後、静かに答えた。

「答えを知るにはテストするしかない。敵の視点に立って考えてみるんだ。もしこれが罠なら、次に奴らが仕掛けてくる動きを読まないとな。」


彼の言葉に深く頷き、私は目を閉じて思考を整理した。この場所は目立ちすぎる――プロなら決して選ばない。それに気づいた瞬間、全身に寒気が走った。

「これ……おかしすぎる。敵は私たちにこれを見せたかったんだ。」


キアランも同じ結論に達したようで、視線を細めて部屋の隅々を見回した。

「ああ、これはおそらく囮だ。敵の本当の狙いは、この先に隠されているだろう。」


露骨すぎる罠の意図に苛立ちを覚えつつ、私は次に何が起こるかを予測しようと集中した。

「囮の背後には、もっと大きな計画があるってことよね……でも、それって一体何?」

沈黙が訪れる中、私の呟きだけが静かな部屋に響いた。


突然、無線機がノイズ混じりに作動し、私の思考を断ち切った。「リア。」署長のレオンの声が低く響いた。その声には、彼特有の落ち着きと重みがある。「さっきの午後、三人の学生から押収したもう一台のパソコン、どこにある?」


一瞬、息が詰まった。昼間の逮捕劇で押収したパソコン――忘れていたわけじゃない。ただ、それを考慮に入れるのを見落としていた自分に苛立ちが湧いた。どうして気づけなかったんだろう?


「あ、すみません、署長…その…」私は言葉を探し、苦い気持ちを隠しきれなかった。「完全に忘れていたわけでは…ただ…」


それでもレオン署長の声は変わらなかった。その落ち着きが、逆に私をさらに焦らせる。「気にするな、リア。実は、私も今思い出したところだ。」


その一言に、少しだけ肩の力が抜けた。深呼吸して気持ちを落ち着け、改めて答える。「三人の学生とその所持品は、レイヴンブルック警察に保管されています。」


無線越しに署長の思考が巡る気配を感じる。彼の沈黙の背後で、受付担当者が逮捕報告書――押収品のパソコンも含め――を確認しているという知らせが届いた。署長はほっとしたように息をつきながらも、その声には微かな不安が残っていた。「なら、これで一応の確認は済んだな。」彼の声が少し低くなり、その語尾には釈然としないものが漂っていた。


「署長、本当に申し訳ありません。」罪悪感が胸を締めつける。


「リア、気にするな。」彼の声にはどこか優しさがあった。「君が懸命に働いていることはわかっている。だが、慎重に進めるんだ。外では気をつけろ。」


通信が途切れると、静寂が部屋を支配した。しかし、その静けさは不安を消し去るどころか、むしろ増幅させた。見落とした手がかり、解けない謎、そして背後に潜む罠――それらが私の頭をぐるぐると回り、未完成のパズルが次々と形を変えるようだった。


そんな私にキアランが声をかけてきた。「あまり自分を追い詰めるな。リア、君のせいじゃない。むしろ、パソコンの件をすぐに対応できたのは君のおかげだろう?」


彼の言葉に少しだけ救われた気がして、彼の方を見上げる。「でも…もし致命的な何かを見逃していたらどうしようって…それが怖い。」


キアランは首を横に振り、断固とした口調で答えた。「失敗を恐れるな、リア。それじゃ前に進めない。それに、正直言えば俺もほとんど忘れかけていたくらいだ。疲れてるんだよ、俺たち。」


彼の言葉に、肩にたまっていた緊張が少し緩んだ。二人同時にため息をつき、軽く頬を叩き合う――集中を取り戻すための、私たちの小さな儀式だ。キアランの言葉通りだ。自己嫌悪に引きずられるわけにはいかない。


「これが罠だとしたら…」私はぽつりと呟き、沈黙を破った。「なんでこんなに露骨なんだろう。まるで私たちに見つけさせたいみたいに。」


キアランの瞳が、その言葉に共鳴するように光った。彼はしばらく考え込み、低い声で言った。「時々、簡単に見抜ける罠は、本当の目的を隠すためのただの陽動だったりする。」


その一言が新たな思考を引き出す。もし彼らが私たちの目を逸らそうとしているのだとすれば、もっと危険な何かが隠されている可能性が高い。でも、それが何なのか?


手がかりは少しずつ繋がり始めているのに、全体像が見えたかと思うと、新たな要素がすべてを覆してしまう。この引っ掛かりは、学生たちが持ち込んだ二台目のパソコンだった。このアパートがホールビルを監視するために使われていたのなら、一台で十分なはずだ。それなのに、なぜ二台も必要だったのか?


思考の迷路に迷い込む私を見て、キアランも眉をひそめた。「別の目的がある気がしないか?パソコンとマイク、こんなに念入りに仕掛けられるなんて…」


私は頷き、深呼吸して冷静さを取り戻した。「わからない。でも確実に理由がある。彼らが無意味なことをするとは思えない。」


無線機が再び作動し、鋭いレオン署長の声が飛び込んできた。「ルーサー。」その声には明らかな切迫感が漂っていた。

短いノイズが入った後、ルーサーの声が応答した。「こちらルーサー、署長。」

キアランと私は即座に視線を交わし、不安な空気を感じ取った。胸の奥に嫌な予感が広がる。


「ルーサー、セレーンにすぐ連絡を取れ。」レオン署長の声は続いた。「学生たちから押収した物品、特に二台目のパソコンが無事か確認しろ。そして、怪しい機器が含まれていないか、細かく調べるんだ。」


数秒の沈黙の後、途切れ途切れのルーサーの声が再び聞こえた。「署長、でも……」

その声には不安がにじみ出ており、無線にはますます激しいノイズが混ざり始めた。


鼓動が速くなるのを感じた。「一体、何が起きているの?」私は小さくつぶやき、ノイズの合間から何とか言葉を拾おうと耳を澄ませた。

レオン署長の声は一段と鋭くなった。「ルーサー、繰り返せ。信号が妨害されているのか?現状を報告しろ。」


突然、ルーサーの声が戻ってきた。しかし、その声には恐怖と切迫感が入り混じっていた。「署長……何かが……おかしい……」

再び無線は激しいノイズに飲み込まれ、完全に途切れた。その静寂の中、レオン署長の深いため息が聞こえた。それは状況が非常に悪いことを無言で物語っていた。背筋に冷たい戦慄が走る。


その時、再びルーサーの声が無線を突き破るように響いた。今度は焦燥感がはっきりと感じ取れた。「待って……ダメだ!セレーンが危ない!現場の誰かが何かを漏らした!ロリアン!急げ!」

通信はまたもや途切れ、キアランと私は緊張した沈黙に包まれた。全身が硬直し、恐怖の冷たい波が私を覆う。何が起きているの?なぜ、突然こんな危機が――?


キアランが深呼吸をして私を落ち着かせようとした。「リア、セレーンはきっと無事だ。でも、気を抜かないで。この無線信号……何かに妨害されている。」

私はなんとか呼吸を整えようとしながら頷いたが、頭の中では最悪のシナリオが次々と浮かび上がるばかりだった。私たちは手を動かし続け、証拠品を箱に詰め込んでいったが、思考はどうしてもルーサーの声に引き戻されてしまう。セレーン……どうか無事でいて。


最後のケーブルを箱に収めた瞬間、キアランの動きがぴたりと止まった。その目が鋭く細められ、私には聞こえなかった何かを察知したようだった。


「キアラン、どうしたの?」私は不安が押し寄せる中、低い声で尋ねた。

キアランは何も言わず、突然私に飛びかかるようにして叫んだ。「リア!伏せろ!」

反応する間もなく、彼に押し倒されたその瞬間、耳をつんざくような銃声が轟き、張り詰めた静寂が粉々に砕け散った。

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灰色の夜空の下で、遠くにある建物の輪郭が霞の中にかすかに浮かび上がっていた。

レイヴンブルック警察署を監視するため、ルーサーとロリアンは数百メートル離れた高層ビルの屋上に立っていた。下の路地には唯一の街灯がちらついているだけで、静寂な街に冷たい雰囲気を漂わせていた。


彼らの視界は、ノートパソコンの画面に映し出されたライブ映像を通じてフィルターされていた。そこに映っているのは、空っぽの部屋と、その中心で一人の警官と向き合うセレーンの姿だった。しかし、ルーサーは不満げに舌打ちをした。セレーンの細い体が視界を遮り、警官の顔をはっきりと確認することができなかったからだ。


「毎回こうなるんだよな…」ルーサーはライフルの銃床を指で叩きながらぼやいた。こんなふうに、完璧な射撃位置を確保できない状況が彼は大嫌いだった。


隣で立っているロリアンは落ち着いているように見えたが、片手が彼の腰にある刀の柄をかすめていた。その目は鋭く、いつでも行動を起こせるように周囲を警戒していた。「今すぐ行くか?」彼は画面から目を離さず、小さな声で尋ねた。一つの合図があれば、すぐに距離を詰める準備ができていた。


ルーサーは首を振り、彼を制した。「もう少し待て。何か使える情報が手に入るかもしれない。」


部屋の中では、セレーンが冷静さを保っていた。彼女の目には疲労の色が浮かんでいたが、その表情には揺るぎない決意が見えた。目の前の警官は、隠しカメラの角度のせいで顔がはっきり映らないまま、声を強めて彼女に質問を続けていた。


「一日中ここにいるようだが、いったい何をしているんだ?」警官は苛立ちを隠せない声で言った。「時間の感覚でも失ったのか?…何か重要なことを隠しているんじゃないのか?」


しかしセレーンは無言だった。その瞳は冷たく、視線をそらすことなく彼を見つめ続けていた。


警官の辛抱は限界に近づいていた。顎を引き締め、不自然な笑みを浮かべたが、その裏には明らかな苛立ちが見え隠れしていた。「わかったよ。」警官は声色を変え、穏やかな口調を装いながら、内心の焦りを隠そうとしていた。「ただ、君がここにいる理由を知りたいだけだ。この本部で何が起きているんだ?なぜここでこんなに時間を過ごしている?」


セレーンは答えなかった。ただ、耳に付けたイヤホンにそっと手を触れ、軽くタップした。それはルーサーとロリアンに送られた暗号だった。


ルーサーはすぐに理解し、画面越しに注視する。その横でロリアンも集中を切らさず、指示を待ち構えていた。


だが、セレーンが窓の方をちらりと見ると、遠くのビル屋上にいる二人の姿が目に入った。動かずに構えているが、その視線は鋭く、彼女を見守っていることがわかった。


セレーンは静かに息を整えた。ルーサーとロリアンがまだ動かないということは、自分がさらに情報を引き出す必要があるということだ。彼女の表情には何の変化もなかったが、その沈黙には確かな意図が込められていた。


警官は腕を組み、焦りを隠せないながらもなんとか冷静さを保とうとしていた。「それで、特8課の目的は何なんだ?」と彼は続けた。「ギャングが捕まったのなら、お前たちの仕事はもう終わりだろう?」


セレーンは凍りつくような静けさの中で固まった。空気が変わり、屋上のルーサーとロリアンは驚いたように目を見合わせた。その言葉は違和感があった。ただの推測とは思えないほど具体的だった。


セレーンはゆっくりと顔を上げ、その鋭い視線を警官に向けた。冷たい無表情の中で、皮肉めいた笑みが唇にわずかに浮かんだ。「演技が下手ね。」彼女の言葉は、刃のように緊張を切り裂いた。


警官は一瞬怯んだ。冷静さを装おうとしたが、瞳に浮かんだ動揺を隠すことはできなかった。「な、何のことを言っているんだ?」彼は防御的な声で言い返したが、セレーンはさらに一歩踏み出した。その目は決して彼から離れない。


「そう?最初は『ここで何をしているのか』と聞いておきながら、次は『ギャングの資料を探している』と知っているような口ぶりね?」セレーンは冷たく言い放つと、さらに鋭い視線を送った。その一言に警官の動揺が一層浮き彫りになった。


「ルー!」ロリアンの緊迫した声がイヤホンを通じて響いた。


ルーサーはすぐに画面に視線を戻し、迅速に動いた。「今だ、ロリアン!」


ロリアンはためらうことなく屋上から飛び降りた。その動きは人間離れしていた。普通の人間なら命知らずの行動だったが、ロリアンは普通ではなかった。彼は驚くほどの精度で建物の側面を使って勢いを抑えつつ、空中で軌道を調整し、近くの木に着地した後、地面に完璧なタイミングで降り立った。


同時に、ルーサーの無線からレオン署長の声が途切れ途切れに流れた。「ルーサー」


ルーサーは無線を握り、緊張が高まる中でメッセージを拾おうとした。「こちらルーサー、署長!」彼はすぐに応答し、その声には焦りが滲んでいた。


しかし、通信は途切れ、ノイズだけが残った。

「…セレーンを…確保しろ…証拠を守れ…」


「くそっ!」と彼は低く唸り、画面に目を戻した。

「署長、でも今は無理です!」その視線は警官を鋭く見据えた。残りの指示を聞く必要はなかった。彼はすでに行動の準備を整えていた。


「署長、何か様子が変です!」

しかし、通信は途切れ、ノイズだけが残った。


ルーサーは舌打ちし、画面を睨みつけた。「待って、ダメだ!セレーンが危ない。」彼は低く呟くと、すぐにロリアンへ指示を送った。「ロリアン、急げ!」


室内で、セレーンは警官をじっと見つめながら立っていた。警官は神経質そうな様子を隠そうとするが、声が震えているのが隠しきれていなかった。

「…お前は特8課の者だと知っている。昨日の逮捕についても…全警官に通達があった。」

セレーンはため息をつき、表情一つ変えずに冷静な口調で言った。

「特8課が逮捕結果を報告するのは上層部だけ。それに、あなたがそれを知る立場ではないはずよ。」

その言葉に警官は動揺し、言い訳を探しながら口を開こうとしたが、セレーンは容赦しない。その目には、冷ややかさと鋭さが混ざり合い、相手を見透かすような光を帯びていた。

「それに、どうして私が特8課の者だとわかったの? 今日は特別な制服も着ていないのに。」

警官の顔が青ざめ、苦し紛れの言い訳を口にする。

「そ、それは…前の任務で見かけたから…」声が詰まり、完全に平常心を失っていた。

セレーンの唇がわずかに歪み、勝利の笑みが浮かんだ。「そう?私がヘリに乗ってオペレーターをしていたときのことだよ。現場に出たことは一度もなかったわ。」

その一言で警官の口は完全に塞がれ、青ざめた表情のまま立ち尽くしていた。セレーンは追い詰めるようにさらに言葉を重ねる。

「情報収集の方法を学びたいなら、無料でレッスンを提供しましょうか?」彼女の声には、冷笑と嘲弄が交じり、警官の焦りをさらに助長している。「まず、聞きたい情報を直接尋ねないことね。そんなことをすれば、すぐに怪しまれるわ。まずは何気ない会話から始めて、相手を安心させ、それから質問を滑り込ませるのよ。次に、もっと自然に振る舞うこと。」

セレーンは一歩前に進み、全身を値踏みするように警官を見上げ下げした。

「立ち方、視線、私の動きを逐一追うその目…どう見てもここに馴染んでいないのが丸わかりよ。」

警官は口を開こうとするが、そのたびにセレーンの鋭い視線に射竦められ、何も言えなくなってしまう。彼女の声はますます冷たさを帯び、場の空気を凍りつかせた。

「それから、三つ目。ずっと私の後ろで立ちっぱなしでじっと見ているのに気づかれないとでも思っていたの?」セレーンは挑発するような笑みを浮かべながら続ける。「街中の見物人と同じよ。隠れようとしないで、ただそこに突っ立っているだけ。」

彼の顔は怒りと羞恥心で真っ赤に染まり、唇を噛み締めながら何とか平静を保とうとする。だがセレーンの冷徹な視線の前では無力だった。

「こんな連中ばかりなら、私の仕事もずいぶん楽になるのにね。」セレーンは冷笑を深めながら、彼の無様な様子を楽しむかのように見つめていた。

警官は一瞬口を閉ざし、やがて皮肉を込めた笑いを漏らした。

「ご教示感謝するよ、嬢さん。次の任務ではきっと役に立つだろうな。」

その言葉にもセレーンは動じない。むしろ、その余裕の笑みは相手の反応をすでに予測しているかのようだった。

警官は笑みを浮かべたままセレーンを睨みつけると、突然、ジャケットのポケットから銃を取り出し、彼女の顔に向けて構えた。

「さあ、笑っていられるのはどっちだ?」冷たい声でそう言うと、警官の背筋に一瞬の震えが走った。

だがセレーンは動じない。目を鋭く光らせながら、冷たく静かな声で言い返した。「もちろん私よ。」

警官の笑みが一瞬揺らぎ、隠していた怒りが垣間見えた。その表情は瞬く間に憤怒へと変わり、場の緊張感が一層高まった。


男は一歩前に進み、銃口をセレーンのこめかみに押し付けた。その声は低く、威圧感をまとっていた。

「知っていることを全部話せ。昨夜の急襲の情報、特8課が調べている内容……そんな無駄話に付き合う気はない。」


セレーンは微かに笑みを浮かべ、その声色にはまるで相手の要求が滑稽だという嘲りが込められていた。

「そう単純にいくと思っているのなら、あんたは私が誰かをまるで分かっていないわね。」


警官の目が細まり、唇には歪んだ笑みが浮かんだ。その奥に潜む怒りは、燃え上がる炎のように彼の視線に宿っていた。

「自分の立場が分かっているのか?」そう呟きながら、さらに銃を強く押し付けた。


だがセレーンは動じるどころか、笑みをさらに深めた。「立場といえば……」静かで鋭い声が、部屋の空気を切り裂いた。「レイヴンブルック警察で裏切り者がどうなるか知っている? それとも、自分がスパイだと認めるほど愚かだとでも思っているの?」


警官は傲慢そうに顎を上げた。「もちろんだ。お前に隠すことなんて何もない。」その声には勝ち誇った響きがあり、完全な勝利を確信しているかのようだった。


セレーンは相手を鋭く見据えながら、冷静な目で観察を続けた。その視線は、すべてを見通すような鋭さを帯びている。

「それなら、あなたが知っていることを全て話してみたら? 昨夜の急襲で逃げたギャングの残党はどこ? 他のシンジケートとの関係は? 警察内部での裏取引についても。」


警官は嘲笑を浮かべ、わざとらしく大声で笑い飛ばした。「何でそんなことを教えなきゃならない? 数秒後にはお前は死んでるんだ。」


セレーンは大げさにため息をつき、冷たい口調で応じた。「本当に馬鹿ね。重要なことを一つ見逃しているわよ。」


警官の眉がわずかにひそみ、疑念がその表情に滲み出る。セレーンの唇には薄く鋭い笑みが浮かんでいた。

「一つ忠告しておくわ。ターゲットが背中を見せるとき、それは弱さの兆候かもしれない。でも、そのターゲットが完全に冷静で、何事もないように振る舞っていたら……その時点で、もうずっと前から相手の存在に気づいているのよ。」


その言葉に警官の表情は歪み、困惑と焦燥が混ざり合った。「な、何だと?」


セレーンは冷静な瞳でじっと相手を見据えたまま言葉を続けた。「そして、もしそのターゲットが何もなかったように行動し続けているなら、それは――誰かがその背中を守っているということよ!」


「嘘だ!」警官の声が震え、彼の目は恐慌状態で部屋をさまよった。そして――その瞬間、突然鋭い銃声が部屋中に響き渡った。


ガラス窓が粉々に砕け散り、銃弾が警官のすぐ横をかすめていった。彼は驚愕に目を見開き、何が起きたのか理解できないままよろめいた。


そして、そこに現れたのはロリアンだった。


彼は軽やかに着地すると同時に刀を抜き、その姿には威風堂々たる迫力が漂っていた。警官は焦りのあまり発砲したが、ロリアンはすべての弾丸を刀で弾き返した。その動きは、あまりにも速すぎて人間の目では追いきれないものだった。


目の前で繰り広げられる圧倒的な技量に、警官は呆然と立ち尽くすしかなかった。弾丸が刀に弾かれるたびに、彼の表情は徐々に恐怖に染まっていった。


警官は声を震わせ、呆然と呟いた。「な、なんだこれは……?こんなこと、ありえない……!」

手は震え、引き金を引き続けても効果がない。ロリアンは、自然の猛威そのもののように、落ち着いた足取りで近づいてくる。一歩も狂うことなく、刀ですべての弾丸を叩き落としていった。

「お前……人間じゃないだろう……?」警官はついに喉を絞り、恐怖に満ちた声で呟いた。


ロリアンは一言も発さず、穏やかな表情のまま前進を続けた。弾丸が刀に弾かれるたび、警官の顔から冷静さが消え、恐怖が次第にその瞳を支配していく。

距離が詰まった瞬間、ロリアンは鋭く、しなやかに動き、警官の腕を切り落とした。その断末魔の叫びが響く中、銃が床に落ち、血が冷たい床に広がっていく。

「ロリアン!殺すな!」

セレーンの鋭い声が響いた瞬間、ロリアンの刀が止まった。


彼はわずかに眉をひそめながら、刀の柄で警官の側頭部を打ち抜いた。気を失った警官が床に崩れ落ちると、ロリアンは深い息を吐きながら刀を静かに鞘に収めた。その顔には一切の乱れがなく、唇の端に薄い笑みさえ浮かんでいた。

「手応えがないな……」

静かに呟きながら、彼はセレーンの方を振り返った。


そのとき、廊下の向こうから重い足音とどよめきが響いた。複数の警察官が駆け込んできて、混乱と不安に満ちた顔で部屋を見回した。

床に横たわる血まみれの警官、無惨に切断された右手、その光景に一瞬息を飲む者もいた。


「何があったんだ……?誰がこんなことを……!」一人の警官が問い詰めるように叫んだ。視線は倒れている仲間と、部屋にいる他の人間を交互に見回す。

「銃撃戦に巻き込まれたのか……?」別の警官が恐る恐る呟く。互いに不安げな視線を交わしながら、彼らの声には明らかに緊張が滲んでいた。

若い警官の一人はごくりと唾を飲み、負傷した男からロリアンに目を移した。そこに立つロリアンは、まるで何事もなかったかのように冷静さを保っていた。

「どうやったら……こんなことが……?」


ロリアンはその若者を一瞥し、低い声で命令を下した。

「止血しろ。そして生かしておけ。こいつには聞きたいことがある。」

その確信に満ちた声は重く響き、警官たちは一瞬怯んだが、すぐに動き出した。その足取りにはまだ戸惑いが見えた。

「まさか、これ全部あんたがやったのか……?」

一人の警官が疑念混じりの声で尋ねた。


ロリアンは無表情のままその男を見返した。そして、冷淡な声で一言だけ返した。

「黙って命令に従え。」

それ以上の説明を求めさせない、冷酷な響きだった。


その頃、建物の反対側では、ルーサーが通信機を操作しながらロリアンへの連絡を試みていた。しかし、返ってくるのは雑音ばかり。通信が妨害されているのは明らかだった。

ルーサーは舌打ちし、破れた窓越しに建物の屋上を見上げる。すると、ロリアンの姿が視界に入り、手短な合図を送るのが見えた。その動きは簡潔で、無駄がなかった。


セレーンが静かにロリアンのそばへ歩み寄る。その目は冷静だが、鋭い光が宿っている。

「見事だったわね。」

感情をほとんど表に出さない声で彼女は言った。


ロリアンは軽く頷き、薄い笑みを浮かべた。

「大したことじゃない。ただ、本気で来られてたら、少し手を抜く余裕はなかっただろうな。」

セレーンはその言葉にわずかに眉を上げたが、特に否定も肯定もせず、無言で彼を見つめ続けた。


ロリアンは軽く肩をすくめ、穏やかに笑みを浮かべた。「あの程度の攻撃なら基本だよ。それに、俺はただ自分にできることをやっただけさ。」

セレーンは無表情のままだったが、その声には疲れとも呆れともつかない響きがあった。「基本、ね……~でも、あんたがビルから飛び降りて、あんなふうに着地するなんて、何度見ても信じられないわ。」

「大したことじゃないよ。」ロリアンはさらりと答えたが、どこか得意げな微笑みがその顔に浮かんでいた。

セレーンは視線を鋭くしながら続けた。「それよりも……弾を弾き返したことの方が信じられない。前に見たことはあるけど、やっぱり驚くわね。」


負傷者の応急処置をしていた警官の一人が、信じられないという表情でロリアンを見上げた。「ちょっと待て……本当にそんなことができるのか?弾丸を弾いたって、本当かよ?」

ロリアンは相手の驚きに慣れているかのように穏やかに微笑み、わずかに声を低めて答えた。「毎回ってわけじゃないさ。時には運が良かっただけだ。」

別の警官がまだ呆然とした様子で首を振った。「運だって?そんな運が俺にもあったらなあ……。」

セレーンはため息混じりにロリアンを横目で見た。「ビルから飛び降りて、弾を雨粒みたいに弾く奴が、運だなんてよく言うわね。」

ロリアンは軽く笑い、彼の落ち着きと笑みが、その場の緊張感を一瞬だけ和らげるようだった。


セレーンは小さくため息をつき、視線を捕らえられた男に移すと、その声色が鋭いものに変わった。「さて、と。無駄話はここまで。この男から聞き出すことがまだあるわ。」

ロリアンは無言で頷き、冷たい視線を弱々しく目を覚ました男に向けた。「ああ。まだ説明してもらう必要がある。」


男は応急処置を受け、出血が止められた状態で椅子に座らされていた。手錠はしっかりと締められ、逃げる隙は一切ない。

ロリアンとセレーンの冷徹な視線が男を射抜き、その冷たい目は、これから始まる尋問が決して甘くないことを告げているかのようだった。

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