第2章 - 自己疑念の影
目を覚ますと、頭に鈍い痛みを感じ、ぼんやりと天井を見上げた。朝の光が静かに部屋を満たし、長い一日が始まる予感がした。疲れを払いのけようと深く息を吸い、覚悟を決めてベッドから体を起こす。
浴室へ向かい、冷たい水で顔を洗いながら、心のざわめきを押し流そうとする。思考はまとまらず、頭の片隅にはどこか迷いが漂っていた。しかし、このままではいけない――と、日課の手順に従い、シャワーを浴びることで肉体的にも精神的にもリフレッシュしようと試みた。
着替えを済ませた後、ダイニングテーブルに座り、淹れたてのコーヒーを口に含む。テレビをつけると、ニュースが賑やかに街の話題や、昨夜の作戦について報じ始めた。特殊部隊第8課が街を脅かしていたギャングの一斉検挙に成功したことが、大々的に報道されている。
画面には見慣れた名前が映り込む。副署長のエリス、冷静で揺るぎない目の輝き、第3指揮官カイロス、淡々とした落ち着きを見せ、そして署長のレオンが鋭く質問に答えていた。彼らはどこまでも有能で、カメラの前で確固たる存在感を放っている。その姿は、自分とまるで対極にいるように思えた。
胸の奥に重苦しい何かが沈んでいくのを感じる。「自分に特8課の一員としての資格があるのだろうか?」そんな疑念が、毎日のように私の心を支配する。
彼らと自分の違いが目に見えてわかってしまう。私は…エリスのように勇敢でもなければ、カイロスほど冷静でもない。表に出ることも少なく、裏方に徹する役割だが、それさえも小さな貢献に過ぎないように感じるときがある。
本当は…もっと普通の警察にいた方が向いているのではないか?そう考えると、心の内にまた違和感が生まれる。
コーヒーを飲みながらぼんやりと考え込む。この不安な気持ちは決して理にかなっているとは言えない。それでも、私の中には、彼らと肩を並べて戦うために必要な“何か”が欠けている気がしてならなかった。
ため息をついて、ネガティブな思考を振り払おうとテレビを消す。今日も本部で朝の会議がある。毎日のことだが、同僚に会う前には緊張が募ってしまう。
クローゼットに掛けられた制服に目をやり、自分に問いかけた。「私はこれを着る資格があるのか?バッジと称号の陰に、自分の弱さを隠しているだけではないのか?」
特8課の徽章が誇りの象徴であるはずなのに、今の私には重い荷物に思える。深く息を吐き、今日もまた疑念を抱えたまま仲間と向き合わなければならない現実に目を閉じた。
私はクローゼットに頭を預け、深いため息をついた。今日もまた、すべての疑念を抱えたまま、彼らと向き合わなければならない。数秒の沈黙が流れた後、深呼吸をして制服を着ると、本部に向かう準備が整った。車に向かう途中、朝の会議に関する些細な考えが頭をよぎった。私は彼らが私の存在を問題視しないことを知っていた。しかし、彼らの視線の裏には、いつも何かしらの期待が隠れている—私が背負うべきものはあまりにも大きすぎて。
「これは多分、ただの私の恐れだろう」と自分に言い聞かせ、本部へ向かう車をゆっくりと走らせた。でも、どうしてもその不安感は消えなかった。
車のエンジンの音が手のひらに微かに振動し、私は湿ったレイブンブルックの街をゆっくり進んでいった。朝の露に濡れた通りを走りながら、冷たい空気が窓から滑り込み、まだ眠気の残る私を引き締めていくのを感じた。後部座席のミラーに映る自分の姿を見つめ、かすかな笑みが浮かんだ。金色の目が鏡の中で私を見つめ、目覚めたばかりの乱れた金髪が後ろに流れ、顔を優しく縁取っている。今の私は、少しだけフレッシュに見える。
私の名前はリオラ・ヘリオス。みんなはリアと呼ぶけれど、私は24歳で、特殊部隊第8課では最年少、そして最も経験が浅いメンバーかもしれない。若い兵士として、ここでの立場は他の隊員たちより重要ではないことはわかっている。それでも、私はまだ諦めるつもりはない。
レイヴンブルックの街を見渡す。ここで育った私は、この街を見つめるたびに、少し誇らしい気持ちが湧いてくる。確かにレイヴンブルックには暗い歴史がある。ギャングが街を徘徊し、危険が常に住民を脅かしている。それに、警察の成果もよく疑問視されてきた。でも、特殊部隊第8課が結成されてからは、少しずつ状況が変わり始めた。レオン署長、エリス副署長、カイロス指揮官、そして他のメンバーたちがいるおかげで、街の治安は実感できるようになった。私はまだ何も大きな貢献をしていないと感じるけれど、それでも心のどこかで誇りを感じている自分がいた。
「ここに来てもう一年だ」と、ふと頭に浮かんだ。でも…今まで、私は何をしてきたんだろう?
その考えが再び頭をよぎる。まるで消えない影のように。一年…それでも誇れることは何一つなかった。私はただ傍観者で、いつか自分が本当に役立つ日が来ることを願いながら、その時を待っていた。
ゆっくりと息を吐き、視線を通りに移す。両側の店が朝の営業に向けて準備を始めている。店主たちは店先を掃きながら、商品を並べているところもあれば、まだ静かなひとときを楽しんでいる者もいた。
歩道には、小さなリュックを背負った元気な子供たちが歩いている。スーツ姿の会社員たちは急いで歩きながら腕時計を確認し、家族連れが並んで歩いている。親は子供の手を優しく握っている。
「平和だ…」私は静かに思った。この平和が、どうしてこんなにも壊れやすく感じるのだろう。ギャングたちは裏で潜んでいて、また次の機会を狙っているのはわかっていた。でも、この穏やかな光景を見ると、不安な気持ちが少しだけ和らぐような気がした。もしかしたら、私の役割は小さなものだけれど、私はこの平和の一部になっているのかもしれない。
もう一度前を見つめ、心の中で小さなエネルギーが湧き上がるのを感じた。もしかしたら…もっとできるかもしれない。努力を続け、エリスさんや他のみんなから学べば、いつか私もここで自分の場所を見つけることができるはずだ。私はできる。
車はゆっくり進み、今日はじめて、本部で待ち受けているものに立ち向かう準備が整ったと感じた。
私の車は、特殊部隊第8課本部の駐車場に停まった。レイヴンブルックの中心にそびえるその建物は、まるで強固な砦のようで、秩序を守るために常に準備を整えている。私は車を降り、風に乱れた髪を整えながら深呼吸をした。他の人たちにとってはただの本部でも、私にとっては特別な場所だ。毎回その扉をくぐるたびに、誇りと責任が私を包み込む。
「おはよう!」私は元気よく声をかけながら、建物に足を踏み入れた。
数歩進んだところで、足元に冷たいものが触れる感覚がした。見ると、リモコンカーがゆっくり私の足を押している。まるで歓迎されているように。
「おはよう、リア〜」遠くからリスの声が聞こえた。いつもの元気な笑顔で手を振っている。「気をつけて、それは私のお気に入りの車だよ〜」と、冗談交じりに言った。
私は微笑みながら、その小さな車を見下ろした。「いい車だね、リス先輩。正直、いったい何台持っているんだ?」
リスはくすっと笑って肩をすくめた。まるで本当のことを言いたくないかのように。「うーん… この本部の人数より多いかもしれないわ。」
私は小さく笑った。「じゃあ… 数百台ってこと?」
リスはにっこり笑いながら、その小さな車を拾い上げた。「さあ....彼らは私の友達、忠実なストレス解消剤よ。リモコンカーを集めることの重要性を理解している人は少ないけど。」
私は少し首をかしげて笑った。リスはちょっと変わり者だけれど、彼女のおかげでこの真剣な場所に明るい雰囲気がもたらされている。彼女には珍しいカリスマがある—どんな時でも明るく、自由で、プレッシャーを感じてもその陽気さを失わない。
「まあ、もしこれらの小さな車がリス先輩をこんなにフレンドリーで元気に保っているなら、素晴らしい投資だと思うよ」と冗談を言った。リスは笑いながら、その小さな車をバッグにしまった。
私はリスを見守りながら、まだその小さな車に夢中になっている彼女の様子を見ていた。それはまるで生き物のようで、彼女が大切にしているものだった。金髪の波状の髪が肩を越えて流れ、明るい黄色の目が元気に輝いているリスは、本当に強く、そして少しおかしい一面を持っているけれど、私たちが頼りにできる人だった。
25歳のリサンドラ・「リス」・グレイソン—私たちは彼女をリスと呼んでいます—は、特殊部隊第8課の第四指揮官で、中佐。彼女は装甲車の運転だけでなく、近接戦闘にも精通しており、その技術には驚かされるばかりです。彼女の名を冠したカスタム装甲車は、障害物を正確かつ迅速に打破する能力を誇り、その圧倒的な力から「バタリング・ラム(破壊槌)」という異名を持っています。彼女はスリムで体格は特に大きくはなく、筋肉質でもありませんが、その力強さは並外れたもので、笑顔の裏に隠された鋼のような強靭さを感じさせます。リスの存在感は、どんな困難な状況にも耐えうるエネルギーを放ち、彼女がいるだけで周りの空気が変わるような気がします。
しかし、リスの最も意外な一面は、彼女の趣味にあります。誰が想像したでしょうか、あの戦場の猛者が、リモコンカーに夢中になっているなんて?それはまるで矛盾しているかのようですが、きっとそれが彼女を一層魅力的にしているのでしょう。忙しい任務の合間にリスは、時に戦闘の緊張感を和らげるために、ささやかな笑いを提供してくれる存在です。
私の足音が静かに響き、私は本部の奥へと向かいました。特8課の基地は豪華ではありませんが、広々として整備されており、メインルームには各メンバーのデスクが並んでいます。デスクの上には書類、地図、コンピュータ、そして任務に必要なさまざまな機材が置かれていて、ここはまさに私たちの拠点です。忙しく出入りするレイヴンブルックのオフィサーたちの姿が、ここが常に動き続ける場所であることを物語っています。
「ところで、ここにはまだ私たちだけ?」と、私はリスに尋ねました。
リスは軽くうなずき、部屋の隅にあるトイレを指さしました。「実は、トリンが先に来ていたけど、まだトイレにいるの。昨日のパーティーで食べ過ぎた辛い料理で、お腹の調子が悪いらしい。」
私は笑いをこらえながら言いました。「ああ、トリン…彼は辛い料理に対する限界を学ばないよね。」
リスは笑いながらうなずきました。「ほんとに!次回はトリンのためにレイヴンブルックで『辛くない料理マップ』でも作ってあげないとかな。」
私は椅子に深く腰を下ろし、肩の力を抜いて部屋を見渡しました。ここにいると、いつもあの感覚がよみがえります—私は何か大きなものの一部であると感じる瞬間。この場所では、私たちは皆一つの目標に向かって団結しており、まるで家族のような存在です。それが、レイヴンブルックを守るという、私たちの誇り高き使命なのです。
その時、トイレの扉がようやく開き、トリンが出てきました。顔色は青白く、少し疲れた様子でしたが、明らかにほっとした様子でした。壁に背をつけて長いため息をつくと、まるで戦場から帰還したかのように、安堵の表情を浮かべていました。
「おはよう、トリン。」私は、彼の苦しげな表情を見て、笑いをこらえつつ言いました。
「おっ!おはよう、リア。」彼は弱々しいながらも笑顔で返しました。その笑顔は、どんなに疲れていても、まるで兄のように温かく、私たちを安心させてくれるものでした。
リスはその瞬間を逃さず、軽くトリンをからかいました。「ようやく戦いが終わったのか、ジャガーノートさん?今回の敵は辛い料理だったのか?」
トリンは少し顔をしかめ、子どもっぽく口を尖らせながら言いました。「はは、面白いな、リス。君みたいに小さい体の人間が、僕みたいな大きな体で辛さを耐えられると思ってるのか?」
「小さな体?」リスは楽しそうに笑いながら言い返しました。「これは、私みたいなかわいい女の子には完璧なサイズなのよ。ありがとう、大きいお兄さん。」
私は思わず微笑んでしまいました。こういったやり取りがあると、朝が少し明るく感じます。
トリンを見て、改めて彼がどれほど堂々としていて、信頼できる存在であるかを再認識しました。トリン・ヤンセン。私たちの軍曹であり、特殊部隊第8課の「ジャガーノート」。身長190cm、筋肉質な体はまるで巨人のようで、彼の圧倒的な力と耐久性は伝説的です。現場では、彼のオーダーメイドの「ジャガーノートスーツ」と、弾丸や爆風にも耐えるシールドが、彼を無敵にしているのです。
彼の白髪はいつも整えられており、規律を感じさせます。彼の灰色の目は鋭く、まるで隠された真実を見抜くような眼差しを持っています。しかし、その目の奥に見えるのは、私やチームが危険にさらされている時に感じる、彼なりの静かな心配の色です。それでも、彼の強さの裏には、近しい人々にだけ見せる優しさがあり、そのギャップが彼をさらに魅力的にしています。
「さて、」リスは再びトリンをからかいながら、満足げに言いました。「一体何を食べたらそんなに具合が悪くなるんだ?私が頼んだ料理も食べたの?」
トリンは首を振り、ゆっくりと答えました。「料理自体は問題じゃなかった。ただ、食べ過ぎただけだと思う。量がちょっと…過剰だったかも。」
「降参しなさいよ~」リスは軽く笑いながら言いました。「次回は、君を子ども向けの辛さの料理があるところに連れて行って、安全にしてあげるから。」
「はは…舐めないでよ!待てよ、それが君の注文だったのか!?全部君のせいだぞ!覚えてろ、リス—!」トリンは気づいた瞬間にからかいの声をあげて、驚きの表情を見せました。
リスはただにやりと笑い、笑いをこらえながら答えました。
このような軽い会話が、馬鹿げているにもかかわらず、特殊部隊第8課の朝をさらに生き生きと感じさせてくれる。サバサバした兄のような雰囲気を持つトリンと、いつも元気にふざけるリス—彼らは、この部隊には欠かせない存在であり、私にとっては、彼らがここにいることに感謝している。
私たちが立っていた場所からそう遠くないところで、急ぎ足の音が一瞬の静けさを破った。赤と白の髪を持ち、少し乱れた服装をした人物が、まるで旋風のように私たちに向かって駆け寄ってきた。息を切らし、その顔には—普段は陽気で朗らかな彼—驚きと安堵が入り混じっていた。
「まだ時間通りだ!遅れてない!」フェリックスが叫んだ。その顔には、驚きと必死さが混ざり合っていた。
トリン、リス、そして私が一斉に彼を見て、揃って答えた。「いや、いや、いや、全然遅れてない。」
フェリックスは一度立ち止まり、大きく息をついて、まるでマラソンを終えたかのように顔の汗を拭った。
「よかった、命拾いしたよ」と彼は大げさに言い、腰を曲げて膝に手をついている。私は思わず笑いをこらえた。これこそフェリックスだ—遅刻を心配しすぎるくせに、時計を見ればまだ7時10分だ。全然遅刻する時間じゃない。
フェリックス・レン、25歳。特8課の仲間で、キャプテンの肩書きを持ち、「多芸の男」「殺戮機械」といった異名を持っている。遅刻を心配しながらも、すぐにエネルギー満ちた状態に戻る唯一の人物かもしれない。赤と白が混じった髪は、まるで漫画のキャラクターのようで、いつでも行動する準備ができているような印象を与える。彼の目もまた特徴的で、一方は鮮やかな赤、もう一方は純白で、まるで対照的な力が彼の中に共存しているかのようだ。それは彼の性格にも似ていて、瞬時に変わる。
平均的な身長とスリムで筋肉質な体型のフェリックスは、典型的なパワーハウスのようには見えない。しかし、彼は多くの分野において高いスキルを持っている—高速で車を運転でき、二刀流を使いこなし、システムにハッキング(マグナスほどではないが)、そして状況に応じてどんな方法でも敵に立ち向かうことをためらわない。本社にでは、彼は笑いとエネルギーの源であり、フィールドではまるで別人のように、笑顔は消え、鋭い目つきが恐ろしいものに変わる。
リスは笑いをこらえながら、フェリックスの肩を軽く叩いた。「フェリックス、今朝は何してたの?家から全力疾走で来たの?それとも訓練場から?」
フェリックスは鼻を鳴らし、にっこりと笑った。「ちがう、確認してるだけだよ、わかった?遅刻して怒られたくないだろ!」
「こんなに元気なんだね、フェリックス」とトリンが小さく笑いながら言った。「まだ報告の期限には全然間に合ってないのに。」
「まあ、もしかしたらレオン署長がまたサプライズミッションを突然言い出すかもしれないしな、前みたいに」とフェリックスが言いながら姿勢を正した。「彼が何を考えているかなんてわからないだろ?」
「前回の署長のサプライズミッションでまだトラウマが残ってるみたいだな」とトリンが言った。
トリンが私の隣に立ちながら、からかうように言った。「フェリックス、君は機械だな。朝からうるさい機械だ!」
フェリックスはにっこりと笑いながら肩をすくめた。「おい、朝から少しは興奮した方がいいだろ?俺がいなかったら、この場所はただの静かな場所になっちゃうぞ?」
リスは頷きながら言った。「そうだね、フェリックスの朝の叫びがなければ、休憩室でまだ寝てたかも。」
「まあ、俺は君たちのエネルギー源さ」とフェリックスは誇らしげに答えた。
「よし、ノイズマシン」とトリンが言った。「そろそろ君を「多芸の悪党」じゃなくて、「多芸の男」って呼ぶべきだな。」
私たちは皆笑い、フェリックスはただ驚いた表情をして、ふざけて腹を立てたような顔をした。結局、フェリックスはいつも冗談のターゲットにされるけど、彼は広い笑顔でそれを乗り越えてしまう。
笑いが収まった後、フェリックスは手の甲で額の汗を拭い、瞬時に彼の陽気な顔が戻り、新たなエネルギーが朝に満ちた。
私にとって、フェリックスは代えがたい存在だった。いつも求められる以上のことをしてくれる。彼の熱意は時に過剰すぎることもあったが、彼は特8課の中で欠かせない存在で、無限のエネルギーの源のような存在だった。
フェリックスの突然の、劇的な登場はいつも楽しませてくれる。私たちは笑い終わったばかりだったが、今度はルーサーとロリアンが入ってきた。二人が来ると、毎回何かしらからかいか、楽しい掛け合いが生まれて、朝の雰囲気が色づく。今回は、ルーサーが半開きの目で私たちを見ながら、いつもの怠けた表情を浮かべていたが、その雰囲気には笑いが満ちていた。
「いつも通り、朝から賑やかだな」と彼は眠そうに呟き、私たちは笑いをこらえた。しかし、その平然とした顔の裏には、彼が私たちの騒がしさを楽しんでいることが見て取れた。
リスは彼に視線を送って、疲れた様子を見ていた。「昨晩はよく寝たの?」と優しくからかった。
ロリアンは彼の隣から小さな笑い声を漏らしながら言った。「寝不足か?少し寝不足に見えるな」と、ルーサーの肩を軽く叩きながら、静かに笑った。
ルーサーはため息をつき、私たち全員を見渡し、感情を抑えようとするような表情を浮かべながら言った。「ちょっと…もう少し静かにしてくれないか?」と。でも、私たちは彼が本気ではないことを知っていた。
トリンは笑いをこらえきれず、ルーサーに言った。「心配すんな、ルー、これがまだ朝のエピソード1だよ。」
フェリックスも負けじと、ルーサーに向けて広い笑顔を見せながら付け加えた。「おお、スターリング隊長、許可をありがとう。もう騒がないようにするよ、たぶん。」その後、真顔を作ってうなずくが、すぐに部屋中が笑い声に包まれ、雰囲気は一層賑やかになった。
「お前も隊長だろ?」と、ルーサーは少し怠けたように答え、ため息をついて頭を振った。「もしお前らが友達じゃなかったら、今すぐ転属願いを出してるところだよ。」その平坦な口調から、彼が本気でないことはすぐに分かった。ルーサーは冷たく見えることもあるが、冗談で気を悪くするような人間ではない。彼の無表情は、ただ疲れているときに現れるものだ。疲れていない時は、私たちと同じようにふざけるのが好きなタイプだった。
私はルーサーとロリアン、二人の幼馴染を見つめていた。どういうわけか、彼らは奇妙にして完璧なバランスを保ちながら、お互いを補完している。
ルーサー・スターリング、またの名を「ルー」、25歳、特殊部隊第8課キャプテンは、こうした混乱の中でも常にどこか場違いな感じがしていた。しかし、逆に朝一番に現れるのはいつも彼だった。
ルーサーは、特殊部隊第8課の中でも一際目立つ人物だった。乱れた黒髪が首元に垂れ下がり、まるでアイドルのような雰囲気を漂わせていたが、その制服の中には隠しきれない力が感じられた。鋭い紫色の目は常に集中しているように見え、右目にはかつての銃創の傷跡が残るアイパッチが覆っていた。それでも不思議なことに、スナイパーとしての腕前に一切影響を与えることはなかった。ルーサーは今でも一番の射手で、私は彼が遠くからでも的確に狙いを定める様子を何度も目の当たりにしていた。
一見すると怠け者に見えるかもしれないが、彼がこのチームに対する忠誠心は深い。ルーサーは決して私たちが危険にさらされることを許さなかった。真剣な一面は、必要な時だけ顔を出す。そんな時、彼は年齢以上の知恵を持つ師匠となり、普段の遊び心を隠してしまう。実のところ、彼はこの騒がしい雰囲気が好きなはずだが、それを表に出すことはなかった。私は、彼が私たちの引き起こす朝の騒動を心の中で楽しんでいることを知っていた。
一方、ルーサーの幼馴染であるロリアン・ヒロシ、25歳、特殊部隊特8課中尉は、性格がまったく異なっていた。もしルーサーが鋭い刃なら、ロリアンは風のように優しく穏やかだ。金髪が乱れずにその魅力を引き立て、青い瞳はいつも温かく、誰かの心に寄り添っているようだった。細身でありながら、筋肉はしっかりとついており、武道を学んだかのようだった。ロリアンは近接戦闘のエキスパートで、常に刀を携えていた。それは彼の技術そのものを象徴していた。
ロリアンは常に親切で、温かい心を持っているが、戦闘ではその動きは一変して精密かつ迅速になる。彼の技術はエリスやカイロスに匹敵し、だからこそ、ルーサーと完璧なコンビを組んでいる。優しさを持ちながらも、その中に隠された真剣さを見た者は少ない。私はよく彼をチームのカウンセラーとして頼っていて、必要な時には耳を傾け、心を開いてくれた。
ルーサーが遠くから撃つ槍なら、ロリアンは常に最前線に立つ鋭い剣。二人はまさに同じコインの裏表であり、私たちにとっては心強い存在だった。何があっても、二人がいれば私たちは守られていると感じられた。
今朝は、いつも以上に混乱していた。そして私はその全てを静かに見守っていた。特殊部隊第8課の面々は、この朝を騒がしく、冗談交じりに迎えているかのようだった。先程の命を懸けた任務のことは、まるで忘れてしまったかのように。
ルーサーは今日も朝の冗談のターゲットになっていた。半ば苛立ち、半ば諦めた表情で、軽く冗談を言われるその姿が、彼の普段の態度をそのまま表していた。部屋中が笑い声で満たされ、誰もがその会話に参加していた—私を除いて、私はただ静かにその瞬間を楽しんでいた。彼らの戯れは、まるでコメディのようだった。誰かが冗談を言うと、次々にそれに続くような形で、時には冗談を言われた側がより面白くなっていった。
その瞬間、マグナスとリヴィアが部屋に入ってきて、雰囲気が一瞬で変わった。マグナスはいつも通りリラックスした様子で、茶色の髪はきちんとスタイリングされ、ウェーブが少しかかっている。まるで俳優が撮影のために現場に登場したかのように見えた。彼の顔には小さな微笑みが浮かんでいて、私たち全員を温かい茶色の目で見つめながら近づいてきた。彼の落ち着いた雰囲気は、部屋のエネルギッシュな雰囲気と見事に対照的だった。
その隣で、リヴィアは優雅に歩みながら入ってきた。銀髪が美しく、少し神秘的な印象を与えるその姿は、まるでアイドルのようなオーラを放っていた。彼女の灰色の瞳は輝き、優しい笑顔を浮かべながら私たちに挨拶をしてくれた。彼女の視線はすぐに私に向けられた。
「おお、リア!」と、彼女は私を呼び、歩み寄って手を差し出した。私は微笑んで手を挙げ、軽く拳を合わせた。私たちのチームでは、単なる仲間以上の絆を感じていた。年齢も近く、まるで家族のような関係が築かれていた。
「今朝はかなり刺激的だったようだね?」と彼女が冗談交じりに言った。私はうなずき、ルーサーがまだみんなにからかわれているのを見守っていた。
混乱の中で、ルーサーはようやくマグナスに助けを求める決心をした。冗談の攻撃から救い出してくれる救世主として、彼はマグナスを頼ることに決めた。ほとんど子供のような希望に満ちた表情で、「マグナス、助けてくれ。あいつら、俺を気が狂うほどにしてる…」と訴えた。
マグナスは眉を一つ上げ、軽く笑みを浮かべながら、ルーサーの肩を軽く叩いた。その仕草からは、まるで彼が何を感じているのか理解しているかのような余裕が感じられた。しかし、彼はどうやら本気で介入する気はないようだった。「どうぞ、君たちの好きにしなよ」と、いつもの無感情な声で言いながら、デスクに腰掛けてリラックスした姿勢で背もたれに寄りかかった。
ルーサーは、まるで裏切られたかのようにマグナスを見つめ、「マジか、マグナス?俺が味方だと思ってたのに!」と驚きとともに叫んだ。マグナスはその反応を笑い飛ばし、その笑い声がさらに他のメンバーたちをからかいの調子にさせた。
私は思わずマグナスを見て微笑んだ。彼は確かに、まるで華やかな世界から飛び出してきたかのような雰囲気を漂わせていた。身長180cm、完璧に整ったプロポーションを持ち、チーム内で唯一のイケメンとされる彼は、まるでセレブのような、あるいはかつてのストリートレーサーのような外見をしていた—それが彼の過去の一面であったことは後に知ることになる。マグナスは車に関しては抜群の腕を持ち、彼の手にかかれば車はただの移動手段ではなく、まるで武器に変わる。
一方、リヴィアもまた強い魅力を持っていたが、彼女のそれはもっと繊細で神秘的だった。乱れた灰色の髪は少し無造作に見えても、なぜかそのままで美しさを保ち、彼女の瞳は一瞬で人の心の奥底を見抜く力を持っていた。リヴィアは努力せずとも、常に注目を集める存在だった。しかし、その美しい外見の裏には、鋭い頭脳と優れたスパイとしての能力があり、その直感力には私はいつも感心させられていた。
私が会話に戻った瞬間、ルーサーはマグナスに向かってコミカルな表情で、困惑しながら言った。「俺はここで一番のスナイパーだぞ、サーカスの道化師じゃない!お前ら、本当に俺を気が狂うほどにしてる!」
マグナス・ライカー、25歳。かつては中尉だったが、さまざまな理由でキャプテンに昇進した。常に落ち着いたオーラを持ち、周囲で何が起きているのかを唯一理解しているような印象を与える。特8課のメンバーの中で、彼はしばしば非公式のリーダーとして見られており、レオンやエリス、カイロスがいない時には、リスが4番目の指揮官であっても、実質的に最も頼りにされている存在だ。彼の茶色い髪は首までの長さで、少し波打っていて乱れているように見えるが、なぜかその不完全さがクールに見える。まるでコンサートのステージから降りてきたか、映画のセットから出てきたようだ。おそらく、それが彼がセレブやモデルと誤解される理由だろう。高身長でスリムな体型、ほぼ完璧なプロポーションは、現場での腕前と見事にマッチしている。
だが、彼の外見だけが優れているわけではない。マグナスは車の専門家であり、私が今まで会った中で最高のドライバーだ。彼はのんびりとした態度を崩さず、車のハンドルを握るたびに、信じられないほどのコントロールと精度を見せる。高速で運転しても冷静さを失うことなく、まるで車と一体化しているかのようだ。これがただの反射神経や訓練だけではない、彼の中にある何か特別なもののように感じる。さらに、彼は特8課の中で最高のハッカーでもある。コンピューターネットワークを完全に掌握し、アクセスしてはいけない情報を引き出す方法を知っている。それが私を常に感心させる。
彼の性格はどうだろう?マグナスは、彼の笑顔一つで誰でも安心させるタイプだ。私たち友人と一緒にいるとき、彼は活気に満ちてエネルギッシュで、周りの雰囲気を明るくしてくれる。陽気な態度は、かつてのストリートレーサーとしての過去を隠す盾のようだ。彼は笑いと危険の狭間で生きていた。だからこそ、彼の笑顔と冗談の裏には、命がけのリスクを経験した者だけが持つ冷静さがあった。
一方、リヴィア・キャラハン、24歳は魅惑的な美しさと鋭い知性を兼ね備えていた。長く滑らかな灰色の髪は、あまり手を加えられていないように見えるが、そのシンプルさがかえって自然で魅力的に見せていた。高身長で細身の体型、そして神秘的な雰囲気を漂わせる彼女の顔は、見る者を圧倒せずにはいられなかった。おそらくこれが、彼女が完璧なスパイである理由の一つだろう。
彼女の灰色の瞳は、まるで深い謎めいた海のようで、他の人が見逃すようなことでも見抜く力を持っていた。どんな状況でも瞬時にすべての詳細を把握し、正確な判断を下すことができる。スパイとして、彼女は変装の達人であり、どんな環境にも適応できる力を持っていた。どんな任務でも成功を収めるのは、彼女の鋭い知性のおかげだ。
でも、その一方で、リヴィアはとてもおおらかで親しみやすい友人だった。誰とでもすぐに打ち解け、バックグラウンドに関係なく親しくなれる。かつてホステスとして働いていた彼女は、今では熱心な警察官であり、常に最新のニュースを追い、何が起こっているのかを理解している。私には、彼女がこの街で誰よりも多くのことを知っているように思えた。
マグナスとリヴィアは、完璧なペアだった。お互いに補完し合う性格で、常にシンクロしているのも不思議ではなかった。私は彼らを見て微笑み、二人の関係がただの同僚や恋人以上の深いものがあるように感じた。確かに、彼らは強いチームだった。
しかし、彼らの関係が恋人同士だということは、隠された秘密ではない。みんな知っている。けれど、ただのカップルではなく、結婚していないのに、まるで既婚者のように見えることが多い。おそらく、それはお互いにぴったりと調和しているからだろう。まるで二つの欠けたピースが完璧に合わさったかのように。
静かな足音がドアの向こうから聞こえてきた。その瞬間、私たちの目は新たに入ってきた人物に集まった。クライブ・ベケット。彼はいつもどおり冷静で落ち着いた雰囲気で、低く響く声で私たちに挨拶をした。まるで何も特別なことはないかのように。
私たちのチームのメンバーはみんな元気に返事をしたが、クライブはそれに反応せず、ただ黙って歩いて行った。彼が私たちのデスクを通り過ぎる間、ほとんど誰とも会話しなかった。彼の物静かな態度が逆に周りの注目を引き、存在感を示していた。
クライブが自分の席に着くのを見て、私は思わず目を凝らした。クライブ・ベケット、年齢27歳、階級は中尉。短く整えられた茶色の髪と鋭い緑色の目を持つ彼は、落ち着きと成熟を漂わせていた。彼の目が部屋の中をゆっくりと見渡すと、何も見落とすことなく、すべてを捉えているように感じた。彼の目は冷静でありながら、どこか人間味がある。クライブは無駄な言葉を使わず、言葉少なに必要なことだけを言うタイプだ。しかし、その静けさの中には、計り知れないほどの強さと深さが秘められている。
彼は私たちの部隊の中で最も優れた射撃手として知られている。どんな状況でも正確に狙いを定め、確実にターゲットを仕留める。しかし、クライブが銃を抜く時、それは決して自己主張のためではなく、ただ単に必要だからだ。彼が武器を手に取るその瞬間、私は彼が冷静であることを改めて実感する。
私が知る限り、クライブは非常に信頼できる人物だ。彼がチームの中で最も安定しており、どんな困難な状況でも冷静さを失わない姿勢が、私たちにとってどれほど重要かは言うまでもない。彼の冷静さが、私たち全員に安心感を与える。
クライブはよく話さないが、彼が口を開くとき、言葉は常に重みを持っている。彼の存在は、何も言わずともその場の空気を支配する。
その後、私の隣でおなじみの優しい声が聞こえた。「リア、どうしたの?」リヴィアが私に微笑みかけながら、さっと席に座った。
「うーん、ちょっと考え事をしていたんだ、リヴィア。」私は背筋を伸ばし、小さく微笑んだ。
「考え事って?まさか、昨日のレポートのことでしょ?正直、まだ頭の中がぐるぐるしてる。」リヴィアは笑いながら言った、そして私もそれに続いて笑った。
「いええ。」私はペンを手に取りながら答えた。「ちょっとね、このチームのことを考えていたんだ。もしも私たちがここにいなかったら、外で上手くやっていけるのかなって。」
リヴィアは興味深そうに眉を上げた。「へえ...それで、もし私たちが違う環境にいたら、私たちはまだ友達になっていたと思う?」
「うーん、それもあるかもね。」私は小さく頷いた。「たとえば、マグナス。彼は俳優やレーサーの方が向いてるんじゃないかと思うし、リヴィアはモデルとかね。」
リヴィアは軽く笑った。「モデルかぁ。それは面白い考えね。まあ、もし警察官じゃなかったら、ホステスになってたかもしれないけど。正直、そういうのじゃ物足りないわ。」
私は彼女を見て、少し興味を持った。「リヴィアは警察の仕事が本当に向いてると思う?」
彼女は肩をすくめて言った。「うーん、リスクのある生活が少し好きなのよね。この仕事はちょうどその欲求を満たしてくれる。ただ、実はもっと大きな夢があってね。それは、無実の人々を守り、必要なところに正義を届けること。」
リヴィアの灰色の瞳が強い意志を示し、私はその言葉に深く共感した。「なるほどね。君は本当に信念を持っているんだね。」
私は軽く頷きながら、微笑んだ。時々、彼女が冷静で理論的な面を見せることを忘れてしまうことがあるけれど、今その信念を聞いて、改めてリヴィアがどれほど真剣に自分の使命を捉えているかを実感した。
リヴィアは私の反応に気づいて、また微笑んだ。「リア、君もどう?この仕事、君にとってどうなの?」
私は少し考え込んでから答えた。「うーん、時々感じるよ、この仕事が私を縛っているような気がすることが。でも、外の世界にはないものがここにはある。ここの仕事を通じてしかできないことがあるし、その点ではこの仕事に意味があるんだ。」
リヴィアはうなずいて、満足げに微笑んだ。「うん、私もこの仕事がきっと私にとっての運命だと思うわ。私たちがここにいるのには、きっと理由があるんだと思う。」
私はその言葉にまた少し微笑んだ。リヴィアと話すことで、心が軽くなる気がした。チームとしての絆は、単なる仕事の仲間という以上のものを意味している。私たちの間には深い絆がある。時にはそれを言葉にする必要はない。それが、私たちの強さの源なのだと感じた。
その時、部屋の時計が8時を示していた。特8課の基地内の空気が少し変わり、周囲で小さな会話が交わされている。ほぼ時間だ、つまり、まもなくレオン署長、エリス副署長、そして作戦主任カイが登場する時間だ。
トリンはルーサーの隣のテーブルであくびをこらえながら話し始めた。「今回はどれくらい遅れると思う?」と半分冗談めかして、眠気を撃退しようとしている様子だった。
フェリックスはにっこりと笑い、椅子にリラックスして背をもたれさせた。「たぶんあと5分くらいだろうな。レオン署長はいつも、管理の用事でレイヴンブルック警察署に立ち寄る時間を見つけるから。たぶんね。」
「いつも何かあるよな、あいつは。俺だったら、毎日行ったり来たりなんてうんざりだな」とルーサーは冗談めかして眉を上げ、皆が軽く笑った。
その会話の中で、私はふと何かが足りないことに気づいた。何か、いや、もっと正確に言えば誰かが。キアランだ。もう8時になるというのに、まだ姿を見せない。何度目だろうか、こんなこと。
「ねえ、リヴィア」と私はささやきながら彼女に近づいた。「キアラン、見かけた?」
リヴィアは首を振り、しかし唇に浮かんだ微笑みが、私が尋ねる前にその答えをすでに知っているかのようだった。「リアも知ってるでしょ…彼、いつも遅れるのよ」と、彼女は優しい笑みと共に答えた。
私はため息をつき、心の中で不安が少しだけ膨らむのを感じた。「今回が初めてじゃないよね。あのレオン署長に先週怒られたばかりなのに、また遅れるなんて…学ばないのかしら?」
リヴィアは肩をすくめて、あくまで気楽に言った。「まぁ、キアランだからね。でも正直言うと、怒られてもあんまり気にしてないみたいよ」と、いつものおおらかな笑顔を見せた。
その時、何かが視界の隅に現れる気配がした。まるで影のように、ひっそりと周囲に溶け込んでいくような。私はゆっくりと振り向くと、そこにはキアランが立っていた。乱れた灰色の髪が風に吹かれたように肩まで伸びており、鋭く明るい灰色の瞳がどこか謎めいた光を放っていた。その瞳はまるで私の考えを読んでいるかのようだが、唇の端に浮かんだ微笑みが、私もまた彼の思いを推し量ることができないことを示していた。
「キアラン!やっと来たか!」私はほっとした声を漏らしたが、その裏には完全には隠せない心配の色が混じっていた。「ほら、もう8時よ。なんで毎回遅れるの?」
彼は肩をすくめて、いつものように広げた笑みを見せた。まるで私がいつも彼を許すことを当然のことのように受け入れているかのように。「ごめん、リア。ちょっと道で気が散っちゃって」と、無頓着に頭をかいた。彼は軽く笑って、その背後にいつも何かを隠しているような雰囲気を漂わせた。
私は笑いをこらえ、頭を振った。もうこの言い訳にはすっかり慣れていた。「あんた…もしレオン署長がまた遅刻したことを知ったら、また怒られるんじゃない?怖くないの?」
一瞬、彼の表情が変わった。まるで隠していた不安が顔に浮かび、それをすぐに隠そうとするように。その瞬間だけ、キアランが少しだけ脆弱に見えた。「お、おい、リア、その話はやめてくれよ。署長は…あいつが怒ると本当に怖いんだ。」
私は深く息をつき、隣に立つキアラン・フェンリスをじっと見つめた。私たちは一年以上も一緒に働いてきたが、彼のことはまだまだよくわからないこともある。それでも、彼のいくつかの側面を少しずつ理解できるようになった。
彼は一見だらしなく、フレンドリーで遊び心にあふれた人物だが、その内面には違う一面が隠れていることを私は知っている。見た目には乱れているが、その美しい顔と軽やかな動きの下には、近接戦闘の達人がいる。彼の体はスリムで柔軟で、訓練を重ねた結果、どんな状況にも耐えうる力を備えている。キアランは、まるで影のように静かに、迅速に動き回る。ナイフを使う技術は、まるで獰猛な狼のように鋭く、どんな局面でも冷静を保ち、素早く反応できる。
彼がその遊び心を見せるたび、私も彼の意図を完全には読み取れないが、彼が実際にはどれだけ鋭敏で、物事を迅速に判断できる人物であるかを知っている。キアランは、退屈な仕事を嫌うものの、状況が急変したときは瞬時に状況を読み解き、冷静で迅速な判断を下す。まさに一流の探偵のようだ。
私はわずかに微笑んだが、その一方で、彼のだらしない態度に少し苛立っていた。しかし、今はその軽快な存在に感謝し、少しでも心が和むことを願った。
私はキアランの制服をちらっと見て、思わずため息をついた。シャツはしわだらけで、ネクタイは曲がっているし、ジャケットもきちんと着こなせていないようだ。顔にも少し疲れが見え、目の下には寝不足のクマが浮かんでいる。
首を振りながら微笑み、「署長がこの姿を見たら、絶対に叱られるよ」と、軽くからかうように言った。何気ない冗談だったけど、もしかしたら恋人に注意しているみたいに聞こえたかもしれない――もちろん、私たちはただの同僚なのだけれど。
私は一歩彼に近づき、何も言わずに彼の制服を整え始めた。キアランは眠そうな表情のままじっと立っていて、頬がほんのり赤らんでいた。私は曲がったネクタイを直し、ボタンがきっちり揃うように整えた。彼は黙ったまま私の手入れを受け入れていたが、私は彼の顔が恥ずかしさで赤くなっていることには気づかなかった。
制服を整え終わると、今度は乱れた髪が目についた。「まるで寝起きのまま出てきたみたいね」と小さく笑いながらつぶやくと、彼の銀色の髪をそっと整えた。まるで服をきちんと着られない子供の世話をしているような気分だった。
キアランは頬を少し赤らめたまま、ただ黙って立っている。彼がどれほど動揺しているかに気づかない私は、ただ彼がもう少しきちんとして見えるよう手助けしているつもりだった――特にここは特殊部隊第8課、身だしなみも大切だ。
「はい、これで大丈夫。ちゃんと身だしなみに気をつけてね」私は軽く注意を込めて言った。キアランは小さく微笑みながら頷いたが、こんな姿になったのには彼なりの理由があることを私は知っていた。
彼はふと、からかうような笑みを浮かべながら、「どうして君はそんなに人の見た目にこだわるんだ?」と尋ねてきた。
「うーん、ただの趣味かな。人がちょっとズレてると、どうしても気になっちゃうのよね」と私は肩をすくめて答え、軽く笑った。
彼もくすくす笑い、私たちはしばらく見つめ合い、互いに微笑んだ。「ありがとう」と彼は小さく礼を言った。その声は真剣だったが、どこか別の気持ちが込められているような気もした。けれど私はあまり気にしなかった。
すると、テーブルの向こうから小さな声が聞こえ、私たちは驚いて振り向いた。「あなたたち、いつも一緒で本当にお似合いのカップルよね!まるで理想のカップルみたい!」リヴィアが顔を輝かせ、まるでロマンチックな場面を見てしまったかのように興奮した表情でこちらを見ていた。頬は赤らみ、両手で口を覆っている。
キアランと私は思わず声を揃えて、「私たちはただの同僚よ!ただのパートナーなんだから!」と返したが、リヴィアの目の輝きを見ていると、否定があまり説得力を持っていないような気がした。
時計を見ると、時間はすでに8時を少し過ぎている。なのに、署長のレオン、エリス副署長、カイロス指揮官の誰もまだ来ていない。彼らは普段、時間厳守だ。これは確かに珍しい。
「遅いな」と部屋の隅にいたマグナスが壁の時計に目を向けながらつぶやいた。
近くに座っていたフェリックスも頷く。「ああ、何か本部であったのかもな。」
「レオン署長、何かに怒ってるのかな?」とロリアンが小声でつぶやくが、皆に聞こえる程度の音量だった。
ルーサーは広い笑みを浮かべた。「レオン署長が怒る?ああ、それは見ものだな!まるで炎が燃え上がるようだろうな。」
隣でキアランが小さく笑うのが聞こえた。この朝のやり取りを彼も楽しんでいるようだ。時折時計を見てはいるが、焦りの色は見えない。私もリヴィアも特に心配していなかった。予測できないことが付き物の仕事だからだ。
「このまま誰も来なかったら、リスが署長の代わりをするんじゃないか?どうだ、リス?」とルーサーがからかいながらリスに視線を向ける。
リスは鼻で笑い、冷ややかな視線をルーサーに向けた。「夢の中でだけ言ってなさい」と返したが、頬がわずかに赤らんでいる。「署長の代役なんて、ご遠慮するわ。」
それでもルーサーはあきらめない。「え〜、なんでさ?一応4番目の指揮官だろう?」と、軽く肩を突っつく。
リスは即座に首を振った。「ごめんだけど、署長の仕事はレオン署長に任せるわ」ときっぱり言った。
みんな笑い出す。普段は真剣なキアランもリヴィアも、思わず笑顔を見せた。私もルーサーのからかいに冷静に返すリスに感心した。今の彼女の表情はいつもよりどこか温かみがあり、まさに第4指揮官としての資質が光っているようだった――どんな状況でも冷静でいる姿勢、それがリスを第4指揮官たらしめているのかもしれない。
時計を見て、彼らが本部で何か重要なことに対処しているのだろうと自分を落ち着かせようとした。
キアラン、リヴィア、そして私は自然に目を合わせた。
「お前ら、本当に心配してないのか?まだ誰も来ないぞ」とキアランが笑みを浮かべて尋ねた。
私は肩をすくめ、「まあ、たぶん何かあって忙しいだけだと思う」と軽く答えた。
かつてこのチームのムードメーカーであるルーサーが、室内を見渡すと突然立ち上がり、胸を張ってレオン署長の厳格な姿勢を真似し始めた。あの鋭い有名な視線までも完全に再現している。
「全員、立て!」ルーサーが張りのある声で叫び、その迫力に一瞬みんな驚きで飛び上がったが、すぐに全員がその見事な物真似に大笑いした。「ブリーフィングの準備をしろ!もし誰かが遅刻したら…」ルーサーは私たちを指差して、「…言い訳は許さない!がっかりさせるな!」と真剣な表情で言い切った。
その場にいた全員が笑いをこらえきれず、普段は冷静な私でさえ思わず声を出して笑ってしまった。ルーサーのレオン署長の仕草の再現ぶりは完璧で、朝の緊張を一気に和らげる最高の瞬間だった。
だがその時、突然本部の扉が勢いよく開かれ、まるで外の世界の力が集約されたかのように大きく押し開けられた。その瞬間、全員が扉の方に視線を向け、部屋は一瞬にして静まり返った。扉の向こうには、私たちの上官である三人が立っていて、その圧倒的な威厳が部屋の空気を一変させた。署長のレオンが先頭に立ち、右には副署長エリス、左には指揮官カイロスが揃って並んでいる。彼らの動きは一糸乱れず、揺るぎない結束がその姿からひしひしと伝わってきた。
ついさっきまでレオンの真似をしていたルーサーは、その場で硬直し、喉を鳴らして緊張が顔に現れた。額には小さな汗がにじんでいるのが見えた。
レオン署長はいつもの鋭い視線で部屋全体を見渡し、「全員、静かに」と冷静でありながら鋭い声で言い放った。その声は部屋中に響き渡り、私たちの心を一気に引き締めるようだった。
「立て!」と再び力強く命じるその声には、全権を握る者の圧倒的な威厳が詰まっていた。「ブリーフィングの準備をしろ!」
その迫力に少し怯えつつも、さっきのルーサーの物真似が完璧だったことを思い出すと、心の中でこっそり微笑まずにはいられなかった。彼の再現は本当に驚くほど正確だった。
私たちはすぐに立ち上がり、指示に従いながら朝のブリーフィングの準備を整えた。エリスとカイロスはレオンの後ろに立ち、三人は部屋の奥にある小さな演壇へと歩みを進めた。そしてレオンは演壇の前で立ち止まり、エリスとカイロスがそのすぐ背後に並ぶ。まるで切り離せない三人組のように、彼らは完璧な連携を見せつけていた。
全員の視線は自然と彼らに向けられ、次の指示を待ち構えた。レオン署長は深呼吸をし、重みのある声で、私たちがこの朝ずっと待ち望んでいた言葉を口にした。
「でわ....」と彼は部屋に響く声で言い放ち、「朝のブリーフィングを始めよ。」
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