青空を泳ぐ。

銀野 沙波/ギンノ イサナ(旧:鯨伏来夢

やさしい海賊と、奇妙なクジラ。

 ——ぶっぶお〜ん!

 起床ラッパがけたたましく響く。


「……朝かぁ……」

 私が眠るのは油臭のキツイ寝床。それも、身体がゴチゴチになってしまうような硬さ。ほぼ床……いや、ひょっとすれば床で寝た方がマシかもしれない。


 しゃっとカーテンを退けて丸窓に映るは、変わり映えのない海原の光景。一つ二つ船があっても良い物なのだが、なにせ大戦争で世界が焼けた後。

 人が居なければそもそも船が出ない。当然の事である。


 さて、私たちは海賊である。……総勢十二名の小さいものだが。

 それぞれ、カール船長、航海補佐のメアリー、整備士のニアに、コックのドン。ドンは医師も兼任している。


 私たちは雑務員で、先輩のペディ、ほとんど同期のニックとジュナ、かわいい新人アイル。それと、フィンとジャックの探索班コンビに、釣り名人のリール。


 なかなか賑やかな仲間たちである。


 ただ、今や私たち海賊は、みんなが思い描くほどカッコイイものじゃない。

 戦争などで沈んだ船を漁るだけで、言うなればただの「海の掃除屋」である。

 ワクワクする冒険や、手に汗握る戦いだなんてそうそう無い。


 ……でも、代わりにこういう事がある。

 戦争で亡くなった方の遺品が、ちゃんと遺族の手に戻るという事。


 遺族のみんなは泣いて喜んで、私たちを抱きしめてくれる。

 それがなくとも、優しい言葉で私たちを労ってくれる。

 そのときの心の暖かさが拠り所で、私達は海賊を続けているのだと信じている。


 少し薄いコーヒーと、一片のパン。ぼうっと、簡素な朝食を取っていると……ドンドン!!けたたましく扉が吠えた。

 ギョッと心臓が跳ね、危うくコーヒーをぶち撒けるところだった。


「ルーシア!また寝坊かい? もう七時前だよ!朝礼遅れるぞ!」


 ペディの声が扉を貫通して耳に刺さる。

 ハッとして置時計に目をやると、短針はもう七の目盛りに覆いかぶさっている。


「起きてるよ! すぐ行くさ!」

 私は素早く髪を結った。

 



 今日はなんとか朝礼に間に合った。


「よし、みんな揃ったな? それでネボスケも今日はちゃんと来ているな?」


 いきなりネボスケと言われて面食らった。

 ……まあ、私に反論の余地はないのだが。

 そのまま固まっていると何人かの視線が私に向けられてる事に気づいた。私は思わず消え入りそうな声になって「ハイ」と小さく返事をする。


 船長は豪快に笑った。

「寝坊には気をつけろよルーシア? 知っての通り俺は性悪だから、そういうところは徹底的にいじり倒すぞ?」


 あのシラガ野郎……だなんて軽く心のなかで毒吐きつつ、表面では仕方なく「気をつけます」とだけ、反省してる風で言っておいた。


 さて、船長いわく今日は港町へと赴くのだそう。当然、沈んだ船から入手したものの鑑定と、食料や燃料の補給である。


 町と言っても、やはり世界が焼けた後にできたのだから、それほど大きいものでない。港のある集落、村といったふうである。


 なんで知ってるかって?それは、私が育った場所なのだから。生まれた地は違えど、その村が私の故郷なのだから。




 蒸気タービンは唸り声を上げた。次いで、ごうんごうんと大音を立てて歯車は動き出す。


 焚口を開くと、真っ赤な輝きに思わず目をすぼめる。まるで火山の火口である。

 私はシャベルで石炭をすくい取ると、真っ赤な火口にそれらを放り込む。

「よし、補給完了っと」


 バカン、と戸を閉めシャベルを壁にかける。

 そして燃料室の窓を開け、甲板へ叫ぶ。

「燃料補給完了!」


「補給完了、了解! 出港だ! 錨を上げろ!」

 呼応してカール船長が叫んだ。

 ごごごご、と大きな鎖が擦れる音が響き、海の匂いが濃度を増す。

 そして錨が上がったのを確認すると、ニアがめいっぱいの大声で伝える。

「錨上がりました、いつでも出港可能です!」


「抜錨確認。 これより、外輪の駆動を始める! 全員揺れに備えろ!」

 ニアの弱々しい声とは比較にならないほどによく張った声。メアリーの声だ。


 ごぅん。大きな歯車の噛み合う音が、甲板を震わせる。船の外輪が海を掻き始め、波を立てながら船が動き出した。


 同時に船は大きく揺れるも、私達にとってはもはや慣れたこと。誰も転ぶやつなんていないだろう。

 停泊していた島はみるみる間に小さくなってゆく。無事に出港は完了した。


「出港完了! 朝礼で言った通り、目的地は港町ジュディード! 航海時間おおよそ一時間四十分! 今のうちに準備等済ませておくように!」


「サー・イエッサー!」

 さて、私は朝食の続きでも取りに行くか。




 およそ荷物のまとめが終わったころ、水平線にぼんやりと目的地が浮かんできた。


 今回は非常に収穫が多い。嬉しいことなのだが、これは搬出が大変になるなあ。


 船首甲板に腰を落としていると、ふと隣に誰かが座ってきた。ぱっと目をやるとペディであった。


「や、お寝坊」

「今日は寝坊してないよ」

「あそっか、なら……食いしん坊」

「なんでそうなるのさ」


 軽く笑いながら、ほんの少し雑談を交わす。


「だって、朝飯食ってたんだろ? 遅刻しそうになるくらいに、たくさん」


 おちゃらけた調子のペディは、これでも私の先輩である。そして私とおんなじ女の船員で、なんの気兼ねもなく話せる相手でもある。


「そんなに食べてないよ。 パン一切れとコーヒーを一杯だけ」


「うーん、それなら食いしん坊じゃあ無いな。 ならやっぱりお寝坊か」

 そう言って彼女はケタケタ笑った。


 私が言い返そうとしたとき、ふっ、と甲板が陰った。反射的に空を見上げると、そこにはクジラがいた。


「え?」


 クジラはそのまま、空を滑るように頭上を通り過ぎていった。突風の尾を引いて。


 クジラの残した突風は海を揺らし、船を押す。

 ぐらりと大きく船は揺れ、ふわりと内臓が浮き上がる。


「お前ら大丈夫か?!」

 後方から船長の叫び声が聞こえる。


「こちらペディ。 船首甲板にルーシアと共にいます! 二人とも無事です!」


 とっさにペディが呼応した。ペディについで、他の箇所から安否の連絡が飛ぶ。


「こちらドン。 ボイラー室近辺にニア、アイルと共に。全員無傷」


「こちらジャック! ニック、ジュナと第一倉庫に、フィンとリールは第二倉庫! 荷物崩れたけど両方とも怪我なし!!」


 皆は無事らしかった。

「何だったんだろ……いまのは……」


 お互いにホッとため息を付いた後、ペディはそう呟いた。

「わかんない……クジラには見えたけど」


「だよね、私もクジラに見えた。 でも、おかしな話だよね……」

 未知のものに対して、不安が募る。私だけじゃなくて、皆も同じだろう。それにあのまま真っ直ぐ行けば、おそらく私達と目的地は一緒。


 私達以外に、あの港を利用する者……か。

 どうも、心当たりがない。

 心に、着々と不安がつのるばかりだ。


「このまま予定通り行けば、おおよそ十分弱で到着する。 が、なんだか分からん連中もどうやらジュディードを目指しているらしい。 アンタら!久しぶりに気を引き締めておけ!」

 船長の大声が静まった海に響く。

 

 一連の後、私達は自室に戻った。そして私は、久しぶりにカットラスを手に取った。

 シャコンとその刃を抜くと、窓から射す海の光にぎらりと輝く。


 片手で扱えるはずのその刃はまるで鉛のように重かった。

 きっとペディも……皆んなも、そう感じているのだろう。

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青空を泳ぐ。 銀野 沙波/ギンノ イサナ(旧:鯨伏来夢 @suraimudao

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