第10話 着替え


「ッ!!??」

 朝起きたら目の前に天使がいた。

 一瞬驚いてしまったがだんだんと意識がはっきりしていくに連れて昨日のことを思い出した。

 冷静になって考えてみると付き合ってもない男女が同衾するのはどうなんだと思ったが特に何もしてないのでセーフということにした。


 (寝てる葵も可愛いな)


 普段から寝顔を見ているので見慣れてはいるのだがここまで至近距離でなおかつ同じベッドに入って見たことはもちろんなかったので新鮮だ。


 葵は泣いたせいか目元が少し赤く腫れていて、私が昨日、抱きつきながら寝たせいか葵も私の背中に手を回していて抱き合っている状態だった。

 何時間でもこうしていたいがお花摘みに行きたくなったので名残惜しくも葵の拘束を解いてベッドをおりた。


「?」


 袖を何かに引っ張られたので何かに引っかかったかなとベッドの方に視線を向けると葵が掴んでいた。


「……いか…ないで」


 起きてるのか起きてないのかは、分からないけど葵そんなことを言われてしまってはトイレに行くわけには行かないので大人しくベッドの中へと戻った。


 葵と向かい合うように寝ると葵がさっきと同じように抱きついてきたので私も抱きつき返して左手で頭を撫でた。

 そこで、ふと気づく。これいつになったら終わるんだ?

 もちろん、葵が起きれば終わりだがいつ起きるかが分からない。平日なら多少早くても起こせばいいのだが、今日は平日で目の前で気持ちよさそうに眠っている葵を起こすのは憚られた。

 

 今はまだ大丈夫だがこれが何時間も続くとなると少し不安になってきた。現在の時刻は朝7時、何も無い休日に起きるにしては早い時間だ。

 葵は未だに気持ち良さそうに寝息を立てていて起きる気配は無い。


 私と尿意の戦いの火蓋が落とされた瞬間だった。




 結論から言おう。おもらしはしなかった。

 いや、正直かなり危なかった。


 葵は三十分経ったぐらいで目を覚ました。けど、すぐさま二度寝に入ってしまいそこから更に三十分経った所で二度目の起床を果たした。

 私はそこを逃すまいと、葵に必死に話しかけて何とか葵の目を覚ますことに成功し、晴れて名誉を守れた。

 ……あのまま三度寝やもっと遅い時間に起きてきたかもと思うとちょっと震える。



 お花摘みを終えて寝室に戻ると葵が着替えていた。


「っ!ご、ごめん」

「あ、しーちゃん、おはよう」

「え、ええ、おは、よう」


 葵は私が入ってきたにも関わらず普通に着替えを再開した。今はパジャマの最後のボタンに手をかけたところだ。


「ちょ、ちょっと待って」

「どうしたの?」

「私、まだ部屋の中にいるんだけど!?」

「?、うん」


 まさか葵、私に見られても特に気にしてない?

 てか、普通こういうのって女の私が覗かれて『気にしないから大丈夫』って言って葵がドギマギするもんじゃないの?もしかして女の子だと思われてない?

 ……なんか悔しいな。


「じゃあ私もここで着替えちゃお」

「わかった」


 そう言って私は服を脱ぎ始めた。まあ、着替えなんて持ってきてないんだけど。


「あ!そうだしーちゃん、聞きた……」


 葵が何か思い出したかのように私の方を向いてきて不自然に言葉が途切れた。


「どうしたの?葵」

「や、やっぱり、一緒に着替えるのはダメ!!」


 お?これは……


「別にいいでしょ、昔は一緒にお風呂入ってたし」

「それとこれとは話が別!!」

「けどさっきいいって言ったわよね?」

「ダメになったの!!」

「どうして?」

「そ、それは……」


 ふふふ、意識しちゃって可愛い。葵もやっぱり男の子だもんね。


「ふふっ、ごめんごめん、じゃあ私は家で着替えて来るからまた後でね」


 私は着替えるために自分の家へと戻った。

 そして着替えを終えて戻ると頬を膨らませた葵が居た。


「ど、どうしたの?」

「むーー」

「葵?」


 あっ、この顔しってる、この顔は怒ってる顔だ。


「しーちゃん、嫌い!」


 そう言って葵はリビングの方に向かって走っていってしまった。


 まずいまずいまずい!葵を怒らせしまった。

 葵があまりにもいい反応するからついつい楽しくなっちゃった。

 昔は私の裸を見ても普通にしてたのに今じゃちょっと下着を見せただけであれだものね、葵の男の子の部分を見れて嬉しかった、じゃなくて!


「とりあえず、謝らないと」


 私は葵を追いかけてリビングへと向かった。

 葵はキッチンで朝ごはんの準備をしていた。多分出ている材料の量的に二人分なので、なんやかんや葵は優しいなと思いつつも私は謝罪に入った。


「葵、ごめんね?」

「…………」

「ちょっと調子乗りすぎちゃた」

「…………」

「もうしないから許して欲しいな?」

「…………」


 あっ、これ結構ちゃんと起こってるパターンだ。

 こういう時は秘密兵器を出しましょうか。


「葵、今日遊びに行かない?」

「遊びに?」

「そう、久しぶりに二人切っりで遊びたいなって」

「何するの?」

「そうね〜、動物園でも行く?」

「ッ!!!行く!!」

「じゃあ早く朝ごはんを食べて準備しないとね?」

「うん!」


 よし!作戦成功!

 葵は動物が好きだから動物に会えるところとかに行くとすぐに機嫌を治してくれるだよね。

 葵と二人で出かけたいのはほんとだし、楽しみだなー。

 鼻歌混じりに朝食を作る葵を横目に私も動物園に思いを馳せるのだった。

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