第9話 夢
『ほら、取ってみろよ!』
『か、返してよ』
『取り返せばいいだろ〜』
あぁ、またこの夢だ。
昔から、からかわれることが多かった。僕の身長が周りに比べて小さいからだ。
『ほ〜ら、保育園は向こうですよ〜』
『よしよーし、言葉分かるかな?』
『君にはまだ少し早かったかな?』
身長が低いから物理的にも精神的にも下に見られる。
僕はいつも見上げるしかなかった。年齢は一緒なのに立場が違う。僕には対等な存在がいなかった。
『お前がこんなにちっちゃいってことは親も同じくらいちっちゃいんだろうな〜』
『チビ家族だ!チビ家族!』
僕が小さいから家族までバカにされる。
けど、僕には言い返す度胸もなかった。
服の裾を掴んで耐えるのが当たり前になっていた。
耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けた。
学校に行くのが嫌になった。玄関のドアに手をかけると軽いめまいを起こすようになった。朝ごはんを無理やり詰め込んで学校で吐くのが当たり前になった。
寝るのが怖くなった。家にまでアイツらが来るんじゃないかと考えてしまう。
別に何か酷い暴力を受けたりしてたわけではない。
けど、日々の小さいけど明確な僕への加虐心が僕の心を摩滅させた。
親には、相談できない。心配をかけさせたくないから。先生も軽く注意するだけで本格的に怒ってくれたりはしなかった。子供の戯れ程度に思われてたんだと思う。
だから耐えることを選んだ。
けど、3年生になった時助けてくれる人が現れた。
しーちゃんだ。彼女は身長が高くて女の子の方が成長が早いこともあり大体の男子よりも身長が上だった。
彼女は僕を庇ってくれたあとしゃがんで僕の目線まで合わせて話しかけてくれた。
それがすごく嬉しかった。いつも上から聞こえてくる声が正面から聞こえてくる。そんな当たり前のようなことが嬉しかった。
それからしーちゃんは僕と一緒に居ることが増えた。
からかわれることも完全に無くなったわけではないが減った。
学校に行くのが楽しみになった。早く明日にならないかなと考えるようになった。
そんな生活も2年程で終わりを告げた。
しーちゃんが引っ越すことになった。
行かないで欲しかった。ずっとそばにいて欲しかった。もっと遊びたかった。彼女にお礼を言いたかった。
その全てが出来なくなってしまった。
酷く落ち込んだし、またからかわれるようになった。
親同士で連絡先を交換してたみたいで何度か電話をする機会もあった。
でも電話だけでしか会えないと思うと悲しくなった。
そのうち電話をするのも嫌になった。
申し訳ないことをしたとは思う。けど辛くなってしまうから。もう直接会って感謝を伝えれないかもしれない。そんな気持ちになるから嫌になった。
彼女がいなくなってから今みたいな夢を見るようになった。この夢に彼女は出てこない。
これは僕への戒めだと思う。
助けてもらったくせに勝手に関わりを切って勝手に悲しんでる僕への戒め。
だから誰も助けてくれない。
「……い」
誰かの声が声が聞こえる。きっと僕をバカにしてる。
「……おい」
頼むから静かにして欲しい。夢にまで来ないで欲しい
「葵!」
――――――――――――――――――――――――
今日も今日とてやってきた葵の寝顔鑑賞会〜。
いや〜、ほぼ毎日やってるけど飽きないんだよね〜
ということで今日も可愛い寝顔を堪能させてもらいましょう。
「葵?」
なんだか様子がおかしい。浅い呼吸を何度も繰り返して、すごく汗をかいてる。時々呻き声のようなものをあげて苦しんでるように見える。目からは涙が流れている。
あきらかに異常事態だ。
「葵!」
私はすぐにベットの横まで行って葵を起こすことにした。この際侵入してたことがバレるとかはどうでもよかった。苦しんでる葵を見たくなかった。
「葵!起きて!」
昔から眠りが深い葵は簡単には起きない。いつもならしょうがないな〜で終わるけど今はそうもいかない。
肩を揺らしながら何度も名前を呼んだ。
「……ん」
「葵!大丈夫?」
「しー、ちゃん?」
葵はまだ完全に起きてはいないがとりあえず目を覚ますことに成功した。
「葵、どうかした?なにか怖い夢でも見た?」
私は努めてなるべく優しく葵に問いかけた。
ベットの横にしゃがんで葵と目を合わせた。葵と話す時はなるべく同じ目線になるようにしてる。可愛い顔が見たかっただけなんだけど今はそうしないといけないと思った。
「……夢を見てたんだ」
「夢?」
「うん、しーちゃんが僕のことを助けてくれる前の夢」
私と葵が出会ったのは小学3年生のときだ。それまではクラスが一緒にならなかったから葵って子がいることも知らなかった。
「……そう」
3年になった時最初はいじめられてるから助ける、ぐらいの気持ちでいじめっ子達との間に入った。
いじめっ子達を追い払ったあと私は葵に声をかけた。
『大丈夫?』
『えと、あの、あ、ありがとう』
そこで私は天使に出会った。
可愛さという名の暴力を全身に受けた私は思わず抱きついてしまった。
当時の私は活発な女の子という表現がよく似合う子供だったので抱きつくことに抵抗はなかった。
……ちなみにこの時は葵のことをすごく可愛い女の子だと思ってた。
気づけば私は葵に抱きついていた。
頭を撫でながら子供をあやすように優しくゆっくりと言葉を発する。
「大丈夫、大丈夫だから」
葵は黙ってそれを受け入れてくれた。
私より一回り小さい葵の体はすっぽりと収まった。
体は小さく震えていて、この小さな体に一体どれだけのものを抱え込んでいるのかは分からない。
しばらくすると嗚咽が聞こえなくなり規則正しい寝息が聞こえてきた。
私は少し迷った後、葵と一緒に寝ることにした。
「もう絶対一人にはさせないから」
そう決意しながら私は眠った。
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