第3話 同一人物
とりあえず高西さんを家にあげた。
高西さんは律儀に「おじゃまします」と言いながらしっかりと靴を揃えていた。
高西さんは廊下や部屋を見回して「すごーい」とか「きれい」とか言葉を漏らしていた。
あとぼそぼそ最後の方になにか呟いた気がするが聞き取れなかった。多分似たようなことを言ってるんだと思う。
僕の家に誰かが来るとは思っていなかったのでいつも食事をとる時に使っている椅子は一つしかないため仕方なくテレビの前に置いてあるソファーに座ってもらうことにした。
その正面、つまり高西さんと向き合う形で床に座ろうとした僕を見て高西さんはソファーの端に寄って自分の横をポンポンと叩いた。
「横、座っていいよ」
そう言われた僕はとりあえず彼女の横に座ることにした。
いくら僕の体がそこまで大きくないといっても一人暮らしの家に置いてあるソファーがそこまで大きいはずもなく、僕と高西さんの距離はそこまで広くなかった。
高西さんからなにか話があると思っていた僕は彼女が口を開くのを待っていた。
彼女はというとチラチラとこちらを窺いながら口を開いては閉じたり、腕が僕の方に伸びてきた方と思うと引っ込めたりしていて端的に言えば挙動不振だった。
そんなことを五分ほど繰り返したあと彼女はやっと喋り始めた。
「私の事、分かる?」
たったそれだけ。
けれど僕にとってそれは昔否定した考えが合っていたことを示す言葉だった。
「……もしかして、しーちゃん?」
「うん、そうだよ。久しぶり、葵」
その言葉を聞いた瞬間僕の中で無理やり蓋をして閉じ込めていた急にいなくなってしまった幼馴染への悲しみが溢れ出して止まらなくなってしまった。
「しーちゃん!しーちゃん!」
僕は思わず彼女――しーちゃんに抱きついて泣き出してしまった。
そんな僕をしーちゃんは優しく抱き返して頭を撫でてくれた。
それがなんだか初めてじゃない気がして、すごく安心出来た。
どれくらいそうしていただろうか、気持ちが落ち着いた頃には少し傾いていただけだった夕日は完全に沈み、外は暗くなっていた。
しーちゃんの顔を見てみると少し目が赤くなっていて、息が若干荒くなっていた。
(僕の前だから泣かないようにしてるのかな?)
そう考えた僕は指摘することなく彼女との雑談を楽しむことにした。
「本当にしーちゃんなの?」
「うん、正真正銘、葵の幼馴染の高西栞だよ」
そうしてニコッと笑った彼女の顔は昔の彼女そっくりで本当にしーちゃんなんだと実感できた。
僕は嬉しさ半分戸惑い半分でまるで夢を見ているかのような不思議な気分だった。
しーちゃんと雑談していてわかったことはどうやら彼女は僕が西宮葵だと最初から気づいてたらしい。
なんで話しかけてくれなかったのか聞いてみると
「もし、忘れられてたら嫌だから」
とのことらしい。
僕がもししーちゃんのことが分かってて話しかけて忘れられてたらと思うとすごく怖い。
やっぱりしーちゃんはすごいなと思う。
僕ならきっとそんな勇気は出せないから。
昔からずっと僕の手を引いて、僕を救ってくれる。
「ありがとう、しーちゃん」
昔から何度も伝えてきた言葉。
でも、決して軽い言葉では無い。
それは彼女にも伝わっていて
「どういたしまして」
そう毎回返してくれるのだ。
「良かったらご飯食べてく?」
少し夜ご飯の準備を始める時間としては遅いがなにかお礼がしたいと思った僕は彼女にそう提案した。
「いいの?」
「もちろん。僕に話しかけてくれたお礼もしたいし」
彼女は少し悩んだ後「じゃあお願いしようかな」と、言ってくれたので僕は急いで準備に取り掛かった。
今日作る予定だったメニューはカレーで、明日の朝ごはんにするために少し多めに材料を買ってきていたので量も心配ない。
彼女は何回も手伝いを申し出てきたがお礼として作っているので僕はその申し出を断った。
彼女は不安そうにしていたが僕が調理し始めると感嘆したような声を出して驚いていた。
僕の両親は出張なども多く昔から何度も料理してきたし、手伝いを積極的にやっていたので料理には少しだけ自信がある。
そんなこんなで完成したカレーを盛り付けて僕としーちゃんは座った。
いつもご飯食べている机は椅子がひとつしかないためソファーの前に置いてあるローテーブルで食べることにした。
「「いただきます」」
僕たちは向かい合うように床に座ってカレーを食べ始めた。
「おいしい……」
家族以外に料理を振舞ったことがなかったので口に合うか不安だったので、彼女のその言葉を聞いた時思わず小さくガッツポーズをしてしまった。
「葵、料理も出来たんだ」
「うん、パパもママも出張が多かったから」
「そっか、葵はすごいね」
彼女の優しい言葉に思わず泣きそうになってしまった。
彼女は昔と言葉遣いや雰囲気は変わってしまったがその本質には昔と同様の優しさがあって改めて彼女がしーちゃんなんだと実感した。
食事を終え片付けをするともうそこそこ遅い時間になってしまっていた。
「しーちゃん、家まで送るよ」
さすがにこの時間に女の子一人で帰らせるのはダメだと思った僕は彼女の家までついて行こうと思った。
少し考えたあと彼女は「お願い」と言ってくれたので僕は少し準備してこようとすると彼女が呼び止めてきた。
「すぐ着くから何も持ってこなくて大丈夫だよ」
僕は少し疑問に思ったが彼女がそう言うなら大丈夫かと一応スマホだけを持って彼女と一緒に玄関へと向かった。
彼女に先に出てもらってしっかりと施錠をした僕は彼女の後ろについて行こうとしたら、彼女は何故か隣の部屋の前で止まった。
「なにか忘れ物でもした?」
「ううん、してないよ」
「じゃあどうしたの?」
そう聞くと彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべながら扉に向かって指を指して。
「ここが私が今住んでる家」
そう告げるのだった。
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