3
駅前に着くころには、辺りは暗くなっていた。急に空気が冷たくなる。バットを振って温まっていた昌也の体もしっかりと寒さを感じていた。両腕を擦りながら、楓に声をかける。
「本当に、もう一軒行くのか?」
「もちろん」
足を止めて笑顔で意気揚々と答える楓に、昌也は苦笑した。酔っていたとしても、人とはこんなにも変わるものなのだろうか。いや、これが本来の楓なのかもしれない。子どものころには、澄ましているようなところがあった気がする。そして、ときどき無邪気さを発揮する。そういう楓と触れ合うとき、特別な親密さと緊張感を味わったものだった。
いまでは、常に無邪気に振る舞っているように見えた。そう思うと可笑しかった。子どものときよりも子どもらしい。
「はいはい」
あしらうように返事をしてやった。楓は気にする様子もなく、ぐいぐいと進んでいく。
バスロータリーの前を通る。中央に植えられた木々が、イルミネーションで装飾されていた。青。緑。赤。白。光が流れていく。鋭く、まぶしかった。
バス停に並ぶ人が列をなしている。みんな俯いている。スマホをいじっていた。イルミネーションの輝きを受けて、顔が黒く映った。バスが来て、人々はもぞもぞと動く。バスの中に吸い込まれていく。長かった列はしっかりとバスに飲み込まれてしまう。座席に座った人の顔がちらりと見えた。疲れた顔をしていた。これから家に帰る顔とも思えなかった。
「ここでいい?」
一軒の店を指し示す。
「どこでもいいよ」
「呑めればどこでもいいよね」
「それはお前だろ」
思わず語気が強くなった。
「おれはあんまり酒強くないから、好きな店にすればいいよ」
「そっかあ」
残念そうな声。扉をあけて、店へと入る。流行りの曲が流れていた。自然と耳に入ってくる。
「昌也はさあ、酔っ払いたくなるときないの?」
昌也は顎に手を当てた。
「ないな」
店員に席へと案内される。通路側にも壁がある、半個室といった席だった。店は半分も埋まっていない。そういう雰囲気なのか、店内は薄暗い。いらっしゃいませ、と次々に聞こえてくる店員の声も大きいが、活気が感じられなかった。
「何にする?」
タブレットを渡してくる。楓はすでに決めているようだった。
「あたしはビール」
それから、ちょっとトイレ、と席を立った。
一軒目でも楓はビールを頼んだ。昌也もビールを頼んだ。楓はずっとビールを呑んでいた。昌也は一杯で限界だった。どうしてもビールが美味いとは思えなかった。口の中に広がる苦味が食事に合うとも思えない。腹に溜まる感じも好きになれなかった。ソフトドリンクが頭をよぎる。しかし、ここでビールを選ばないのは負けたような気がするのだ。せめて、アルコールだ。悩んだ挙句、レモンサワーを注文することにした。
「そういえば」
戻ってきた楓が座りながら言う。いくらか顔の赤みが消えていた。
「どうして、あたしたちはバッティングセンターに行ったんだっけ?」
昌也は頭の後ろをかきむしる。
「おれが聞きたいよ。君が言ったんだ。バッティングセンターに行きたいって。近くにはないって言ったのに、どうしても行きたいというから、調べて行ったんだろ」
「そうだったっけ?」
「人に打たせるだけ打たせて。自分は打ちもしない。何のために行ったんだか。少し前の自分に聞いてみてくれ」
「不思議だね」
悪びれもしない様子に、昌也はため息を吐く。お待たせしました、と店員が生ビールとレモンサワーをテーブルに置いていった。楓がジョッキを手に取り、掲げた。昌也もしぶしぶ持ち上げる。
「乾杯」
楓が力強くジョッキをぶつける。口をつけてジョッキを傾けていく。半分ほど呑んだところで、テーブルに置いた。どん、と気持ちのいい音がした。昌也はレモンサワーを少しだけ口に含んだ。冷たさと酸っぱさが口に広がる。ぶるりと体が震えた。
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