クレーン車のアームが空に突き刺さるように伸びていた。周りに高い建物はなく、遠くからでもよく見えた。クレーンは大きいが、青空はもっと大きい。自分がちっぽけに思えてくる。アームの先から垂れたワイヤーは釣り糸のようで、街の静けさもあってのんびりとした雰囲気が漂っていた。近づいてみると、ワイヤーは驚くほどに太く、クレーン車の厳めしさと危険色のような黄色が異様だった。


 小学校があったはずの土地はすでに更地になっていた。校舎やプール、校庭の面影さえない。ただ空間があるだけだ。街にぽっかりと空いた穴のようだ。

 

「小学校って、意外と広い土地つかってるんだな」


 跡地をぐるりと回ってみて、昌也はつぶやいた。

 かつては校舎があって見えなかったはずの向こうの通りに、ぽつん、ぽつん、と人が歩いている。新鮮でもあるし、当たり前でもあった。ここに立つまでは、悲しいとか寂しいとか、そういうことを感じるのだろうと思っていた。が、小学校がない、ということを淡々と受け容れている自分がいる。目の前の見えていることがすべてのことのように思えた。学校に通っていた記憶は、過去の遠いもの。断片的でしかない。だが、小学校は思い出の中で確実に存在していた。


 向こうの通りの人影が見えなくなっていく。小学校のない景色が街に馴染んでいた。


 あれ、という驚きの声が遠くのほうで聞こえた。


「もしかして、昌也?」


 声が近づいてくる。


「やっぱり、昌也じゃん」


「久しぶり、元気してた? ぜんぜん連絡取らなくなっちゃったもんね。というか、約束もしてないのに会えるなんて奇跡的だね」


 昌也は口がひらけないでいた。黙っているのがいけないのか、畳みかけて言葉を浴びせてくる。


「もしかして、あたしのこと忘れちゃった? それは酷くない?」


「小学校のとき、同じ野球チームだったでしょ」


「あー。島崎、さん?」


 確かめるようにきいてみる。当たり、と楓が悪戯っぽく笑う。


「でも、やっぱり、酷いよね。あたしはすぐにわかったのに、昌也はわからなかった」


「悪かったよ。声を聞いてもしかしたらって思ったけど。見た目が違い過ぎて」


「昌也はあんまり変わってないね」


 他愛のない会話がつづいた。話をしていくうちに、昔の調子を取り戻しているような気がした。二人の思い出を擦り合わせていく。昌也が思い出せない記憶もあった。それを楓が笑う。懐かしさと安心感があった。


「島崎さんも、学校を見に来たの?」


「ほんとは、取り壊される前に来ようと思ったんだけどね。予定が合わなかった。昌也も?」


「おれは予定とか関係ない。来てみたら、もうなくなってた」


「何それ」


 甲高い声で楓が笑う。笑い声が空に吸い込まれていく。楓が黙ったので、しばらくのあいだ、二人で更地を眺めた。


「おれたち、ほんとにここに通ってたんだよな」


 うん、と楓は小声で頷いた。


「信じられないよね。小学校がなくなるなんて。あたしたちまだ二十代だよ。なくなるにしても、もっと先のことだと思ってた」


 十年後でも、同じ感想を抱くのではないか。昌也は心の中で思った。不変のものだと思っていたのかもしれない。


「六年か」


 口から零れた。長いのか、短いのか。昌也にはわからなかった。


「呑みに行こう」


 突然、楓が言った。


「気分転換したい」


 返事を聞かずに、楓は歩きはじめた。

 昌也は跡地に目をやる。それから、クレーンを見上げた。空が近かった。圧迫してくるようだった。

 逃げるように前を向く。楓はずいぶんと先を歩いていた。走って追いかける。

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