EP12 透子さん

 取り調べが終わって、刑事さんは突然こう提案した。

「飯、行かねえか? 奢るよ」

 断る理由も無かったので付いていった。行き先はカレー屋だった。

「ま、ここが一番だな。安いし美味いし、働く男の必需品ってヤツだ」

 中に入り、刑事さんが「二名で」と言って指を二本立てる。カウンター席に通されるとメニューを渡された。何だこれは、と困惑した。

「もしかして、こういうのは初めてか? なら、このカツカレーがいい。この店のスタンダードだ。普通盛りでいいか?」

「はい、それでお願いします」

 刑事さんが注文する。カツカレーを大盛りと普通盛りの一つずつ。多分、大盛りは刑事さんのだろう。

 厨房の奥からいい匂いがする。油の跳ねる音がする。自然と腹が空いてきた。暫くして、目の前にカツカレーが出された。

「いただきます」

「おう! たんまり食べろよな!」

 掬って口に入れる。辛い、辛すぎる。家でたまに出されるカレーは、達也の為に作られたものだから甘いのだ。

「おっ、大丈夫か? すみません! 卵一個!」

 辛そうにする僕を見て、気を遣ってくれたのだろう。卵はすぐに出された。

「これをカレーに割って混ぜるんだ。マイルドになって食べやすくなるぞ」

 刑事さんのアドバイス通りにやってみると、茶色一色のカレーに、卵の黄色や透明がキラキラと輝き始めた。食べてみると、これが美味しい。言った通り、ちゃんとマイルドになっている。

「美味しいだろ。辛すぎたカレーも、工夫一つでこんなにも美味しくなる。何事もやってみることだな」

 僕はその話を聞きながら、カレーを食べ続けた。食べきれないと思っていたが、気がつけば既に食べ切っていた。その頃には刑事さんは既に食べ終わっていたし、会計も終わらせていて、僕が食べ終わるのを待っていた。

「よし、行くか」

 僕達は再び街に出た。



「腹ごなしにあそこのカフェに行くか」

 そう言って刑事さんは近くのカフェを指差した。ありふれたチェーン店だった。

 中に入ると客が疎に居るようだった。刑事さんは「おっ、居る居る」と言って、ある客の元へ向かった。女性だった。

「いやぁ、すみませんねぇ。長い間待たせてしまいました」

「いいんですよ。私も今来たところなので」

 そう言って、女性はグラスに入っていた少し白濁した茶色の飲み物を飲んだ。

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 店員さんが来て、刑事さんには熱々のコーヒーを、僕には氷たっぷりのオレンジジュースを出した。ストローは予め刺さっていて、氷とグラスの隙間で窮屈そうにしていた。

「さて、将暉君、君に紹介したい人がいる————と言っても、もう誰を紹介するか分かっちまってるだろうがな」

 そう言って刑事さんは少し笑った。そして、女性も同様に少し笑った。

「紹介しよう。夏木透子さん、君の叔母に当たる人だ」

「初めまして、将暉君。改めて名乗るけど、私の名前は夏木透子。これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

 目の前の女性は叔母だった。年齢は若そうに見える。もっとも、母の見た目も相当若かったが、それよりも若そうだった。何歳だろうか。二十代前半とか?

「ふふっ、少年、初対面のレディーの年齢を考えるなんて、君はまだまだお子ちゃまだね」

「え?」

 思わず声が出た。どうしてバレてしまったのか。自分の考えが目線に出たのか。それとも————

「まぁ、安心したよ。香澄姉の子がどんな人か心配していたからね。どうやら、思ったより年相応の男の子だったようだね」

「は、はぁ」

 この人は何なのだろうか。別に強い威圧感がある訳ではないが、会話の主導権を握り、僕の調子を狂わせているような気がした。

「将暉君、君は九月から叔母さんの所でお世話になる予定だったね————上手くやっていけそうかい?」

「ま、まぁ、あはは」

 正直言って、今から九月以降のことを想像するのを出来るわけがなかった。だから、笑うことしか出来なかった。そんな僕のことを見て、透子さんは微笑した。

「まぁ、まずはおばあちゃんの所だったね。確か、夏休みの間だったかな。折角の長期休暇だ。満喫してこい」

「は、はぁ…………」

 満喫って……それも祖母の家を……

 言いたいことは飲み込んで、僕は「善処します。あはは」とだけ言った。窓の外を眺めると、何処までも続く青空があった。僕の人生を表しているようだった。

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