EP11 あたまからでてけ
「将暉、やっと見つけた」
「きつね……さん……」
酷く濡れたきつねさんが、そこに立っていた。この雷雨の中を来たのだ。それも、あの体力がないことで知られるきつねさんが、だ。
家に上げようか、と少し悩んだが、正直言って上げたくなかった。きつねさんは、僕とは違うのだ。僕ときつねさんは分かり合えない。その考えが根底にある以上、僕はきつねさんと会いたくなかった。
「将暉に話したいことが————ううん、謝りたいことがあるの」
軒先の灯りに照らされるきつねさんの目には、僕の姿が映っていた。僕を見ていた。
「きつねさん」
「なに?」
僕の問い掛けに、きつねさんは平然を装って返した。それが何処か痛々しい感じで、心が少し痛んだ。だが、それでも何かをしようと、きつねさんを受け入れようとは思わなかった。きつねさんを家に上げないのはその為だった。
「僕は————きつねさんとは居られない。僕は一人で居るべきなんだ。それじゃ」
「待って! 話を————」
バンッと扉を閉める。それには強い拒絶の意味があった。曇りガラスの向こうには、手を伸ばそうとして、でも届かなくて、ただ手を垂らすことしか出来ないきつねさんの姿があった。扉を叩くことはせず、軒先で待つだけだった。
僕はきつねさんが動かないのを見て、家中の戸締りを確認した。大丈夫だった。そして、再び玄関に戻ると、曇りガラスの向こうの影が無くなっていた。きつねさんは消えてしまった。それからテレビの前に戻り、リモコンを忙しなく弄ってザッピングをし、もしかしたら家の中に入り込んでいるかもしれないきつねさんに恐怖しながら時を過ごした。
きつねさんはどうして来たのだろう。この雨の中を来るということは、余程の用事があったに違いない。その用事と思われる「話したいこと」とは、「謝りたいこと」とはなんだろうか。
だが、それもどうでも良かった。僕は謝られる資格を持っていないことを自覚していた。あぁ、この際だ。もう忘れてしまおう。一切の信心をかなぐり捨てて、現実を直視しよう。きつねさんと過ごした日々は、僕に何の変化も与えなかった。話すことで解決することは何もないのだ。それが出来るなら、僕はとっくに————ぁあ、もう駄目だ。選択肢が消えた。くたばってしまえばいい。
僕は狂人のように立ち上がり、家の中を探し始めた。目的も、過程も、そして結果も一つだった。一つしか認められなかった。だから、最期の祈りの為に自殺するのだ。縄だ、縄が欲しい。最も単純で、確実な方法が欲しい。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこだ。どこに————
————【検査表】?
【以上の結果より、貴方の余命は半年と推測されます】
半年、誰が、誰の余命だ。これは。
探し物を求めて来たのは祖母の部屋だった。部屋の隅、もう二度と日の目を浴びない場所に、くしゃくしゃにして捨てられていた。半年、と書いてあったが、この半年は、後一月弱で終わろうとしていた。
人が死ぬ。また、自分の元から去る。死神でも憑いているのだろうか。親族というものが無くなろうとしていた。祖母がいなくなったら、残るのは叔母だけだ。じゃあ、その叔母がいなくなったら、僕は孤独だ。何も残らない。物語の起点が生まれない。僕は苦しみに生き、そのまま死にゆくだろう。
そうだ、やっぱり死ねばいいじゃないか。死んで楽になろう。お先にお暇させてもらおう。そうだよ、そうしよう。荒縄を握りしめて歩く。縄は結局、倉庫の古ぼけたやつだけがあった。
欄干に縄を結び、輪っかに首を入れ、台となる椅子を蹴っ飛ばす。すると、少しの浮遊感と自由落下、そして強い苦しみがやってきた。一瞬だった。一瞬で全てが終わった。てっきり長々と悶えるものだとばかり思っていたし、躊躇い傷を体中に付けて後悔するとも思っていたが、実際はそれすら出来なかった。
そして、
そして、
そして————
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