EP10 加害者
遠野秋の話をしよう。
遠野秋はあの事件の犯人である。僕の家に火をつけ、そして三人を殺した。だが、心神喪失と年齢により、重い罪にはならないようだった。
彼はどうして火を付けたのだろうか。彼の後ろには何があったのだろうか。
これは、彼と僕を含めた彼を取り巻く環境を、僕の視点から見た話である。
遡ること七年、僕達は同じ小学校に入った。その「達」という文字には、僕と彼、その他に三人が含まれていた。清水大成、高木健、木下倫太郎の三人だ。この三人は幼稚園時代からの仲良しであり、親まで仲がいいのだというらしい。僕達はたまたま近所に住んでいた。でも、それぞれの立場は違った。三人は金持ちで、なぜ私立の学校に行かなかったかが分からないくらいに、本当に金持ちだった。一方の僕達は貧乏で、それ故か、僕達は三人に逆らうことが出来なかった。
グループ内にはカースト制度があった。判断の基準は持ってる金の量で、勿論、三人が上で、僕達が下だった。更にそこから上下があり、三人の中だと抜きん出て偉いのは清水で、僕達の中で偉いのは遠野だった。
グループの「遊び」はそのカースト制度が中心だった。三人だけの時はビデオゲームをしていたらしいが、僕達がそこに混ざる時は別の事をしていた。それを簡単に言うならば、「王様ゲーム」だろうか。三人の金持ちな王様が、僕達にチップを払うことで、僕達を操り笑い物にするという遊びだ。大抵の場合、僕が遠野に何かをされて、遠野がチップを受け取る役だった。勿論、常にそうだった訳ではない。だが、基本は二人組で、このようにやっていた。片方が休むともう片方が全ての責苦を受ける都合、遠野がそれをよしとしなかった為、基本的に遠野が得をするこの形となったのだった。
この関係は、結局のところ、事件の日まで続いたのだった。そして、この事件も、この関係が引き起こしたものだった。
某日、こんな話が出た。
「お前、火ぃ付けてみろよ」
僕不在の集まりで、清水が遠野にそう言った。
「そりゃぁ、おもしれぇに違いねぇ」
「ほらほら、やってみろよ。あくしろよ」
僕達の王様ゲームは日に日に過激となっていった。放火は勿論犯罪だ。しかし、子供の無邪気さゆえか、優先されたのは法律や道徳でなく、一時の快楽だった。
「いやぁ、僕はちょっと……」
「なぁに、遠慮するな。いい場所を知ってるんだ」
清水に丸め込まれそうになる遠野、そしてそれを囃し立てる高木と木下、ブレーキ役はその場所に居なかった。
「この町の一角にアパートがある。と言っても、そうは見えないがな。古すぎんだ。俺の親父が産まれる前からあったらしい。そこを燃やせ」
「で、でも」
「大丈夫、大丈夫。あんなボロアパート、誰が住んでるんだって話だ。住んでる奴が悪い。————必ずやれよ。やらなかったら、今まで渡したチップ、全額キッカリ利子つけて返してもらうからな」
後に分かったことだが、この時「イチゴイチゴ」と言って笑っていた二人と清水は、アパートに一世帯住んでいるのを知っていたのだという。そして、その一世帯が僕の家族であることも、だ。また、後に取り調べを受けた三人は、まさか遠野が火を付けると思っていなかったらしく、軽い冗談のつもりだったらしい。確かに、中学生が放火犯になるなんて誰が思っただろうか。
————だが、追い詰められた人というものが取る行動の恐ろしさを、その時、誰も知らなかったのだ。
その後、遠野は図書館に行き、キャンプの本を読んで火の付け方を学んだらしい。そして、百均で材料を買って、ことを始めた。
僕が家を出る少し前、遠野はアパートの裏に居た。可燃性の綿を用意し、火を付け、壁の隣に放置したのだと言う。そしてそのまま、遠野はそこから逃げ帰ったのだと言う。実際、これだけを聞くと、本当に火が付くのか疑問に思った人もいるかもしれない。しかし、実際に火は付いたのだ。僕が家を出る頃には、家の裏は静かにその火を広げていたのだ。
そして僕が家に帰る頃には————そこから先はご存じの通りだ。
取り調べの際、遠野は洗いざらい話したらしい。だが、それは僕の取り調べがある程度済んでからだった。というのも、遠野は極度の神経衰弱により、他者と会話をするのが難しい状況が続いた。僕の取り調べ中に不明だった犯人が、僕が祖母の家に居る時になって判明し、テレビで報道されていたのはそれが原因だろう。
現在、遠野のことは名前も含め、詳しく報道されてはいないが、僕は知っている。遠野が、重度の精神疾患を持っていることを。そう、殺した側の遠野は後遺症を負ったが、殺された側の僕は全く後遺症を負っていないのである。
あぁ、やっぱり僕は異常だ。地に寝ね、泥を啜り、死を甘受する僕は、常人のそれと相容れない存在だ。
何度も死を望んだ。僕は生きるべきではない。僕がいるから不幸が生まれる。僕がいなければ、家族が焼かれて死ぬことはなかっただろう。一人の異端と三人の普通なら、後者を選ぶことに迷いはないだろう。道徳的観点さえも同様だろう。
しかし、どれだけ僕が自死を望んだところで、僕が家族の死を悼むことは無かったし、遠野への恨みが沸き起こることは無かった。寧ろ、家族の死を嗤ったくらいだ。
きっと、この穢れた魂は、いつまでも変わることを知らないだろう。そう信じていた。
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