EP7 こぼす
今日は御社殿のところできつねさんが待っていた。きつねさんは僕のことに気付くと駆け寄ってきて、今日は何をするの、と元気に訪ねてきた。一方、僕は近頃の疲れと、ここに来るまでの疲れが合わさり、何をすることも出来ない状況だった。
「ちょっと休憩」
そう僕は言った。
御社殿でへたり込む僕、その横には未だ元気そうなきつねさんがいた。
「そういえばきつねさん。後二、三日したら台風が来るらしいよ」
「え、そうなの? じゃあ、ここには来れないね。流石にあの石段を登るのは危険すぎるよ」
石段はそこまで急じゃない。一段につき人が二人縦に並べるくらいにはゆとりがある。しかし、万一の為、石段を登るのはやめといた方がいい。これは年長者のきつねさんの意見だし、僕も同じ意見だった。
「天気予報だと、今日の夜から雨が降り始めるらしい。となると次に会うのは五日後、もしかしたら一週間後になるかもしれない」
「えーっ、一週間も!?」
そう言ってきつねさんは悲しそうな顔をした。きつねさんレベルになると、今生の別れとかを何度も経験して慣れていそうではあるし、まして一週間の別れになるともっと慣れていそうではあるが、それでも悲しいらしい。
「一週間経ったらまた会いに行くよ。その時はたくさんの土産話を持ってね。例えば————面白かった小説の話とか」
「土産話!? 楽しみ楽しみ! 絶対忘れないでね!」
するときつねさんは約束の儀式としてゆびきりを始めた。途中で「神の権能で針千本のます」とか実現しそうで怖いことを言い出したが、それでもゆびきりをするきつねさんは、姿の年相応の行動に見えた。
「そうだ将暉、折角だし今まで読んだ中で一番面白い小説の話でもしてよ」
突然の無茶振り。「そうだね————」と言いつつ、今まで読んだ中で一番面白い小説ってなんだったっけ、と僕は考え込んでしまった。
その時、僕の中で邪な考えが生まれた。
以前から自分の中で燻っていた火種、その発露が起きようとしていた。冷静に考えればすぐに分かることだが、この考えに賛同する人はきっとこの世界に居ないだろう。在りし日の刑事さんの言ったことは、恐らく嘘だろうと。それでも言いたかった。そして、分かってほしかった。勿論、勝手な願望であることは分かっている。それでも、だ。
「ねぇ、きつねさん」
「何?」
口が動く。もはやそこに自制などは無く、ただ何かに突き動かされるままに喋る人形がそこにあった。
「もし、自分に耐えがたい程の責苦を与えてくる人が死んだら、それは喜んでいいのかな」
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